井村屋が130年「失敗」を続けられる経営設計と新規事業の回し方
井村屋130年の挑戦を支える経営設計
老舗企業が新しいことに挑むとき、外からは「本業を守るのか、変わるのか」という二択で語られがちです。ですが井村屋の歩みを見ると、実際はその中間にあります。あずきバーや肉まん・あんまんのような定番で稼ぎながら、その周辺で新しい売り場、新しいブランド、新しい素材活用を絶えず試してきました。
2026年2月には、三重県津市で複合型スイーツ店「imuraya sweets marché Russelia」を開業し、同月にはアンナミラーズ南青山店も再出店しました。こうした動きは、単なる話題づくりではありません。1896年創業の井村屋が、なぜ130年近く「失敗」を繰り返しながらも前へ進めるのか。その理由を、公開資料から読み解きます。
失敗を支える井村屋の経営土台
創業時から続く「まず試す」文化
井村屋の原点は、創業者の井村和蔵が米相場で失敗した後、1896年に松阪で菓子舗を開いたことにあります。公式の歴史ページによれば、和蔵は和菓子づくりの経験がないまま、「作れそうな気がする」という発想でようかんづくりに乗り出しました。型には「山田膳」を使うなど、試行錯誤そのものが出発点でした。
この逸話は単なる創業神話ではありません。井村屋は歴史紹介でも「特色経営」を強調しており、他社がやらないことをやる姿勢を企業アイデンティティとして残しています。失敗しない会社なのではなく、試し方を組織の文化として残してきた会社だと見るほうが実態に近いでしょう。
定番商品が実験費用を生む収益構造
ただし、文化だけでは挑戦は続きません。井村屋には、それを支える稼ぐ本業があります。ロングセラー商品ページを見ると、ゆであずきは1962年発売、肉まん・あんまんは1964年発売、あずきバーは1973年発売です。いずれも数十年単位で磨き込まれた主力商品であり、和菓子、チルド、冷菓、冷凍和菓子、点心・デリと販路も温度帯も分散しています。
会社概要によれば、2025年3月期の連結売上高は511億2100万円、経常利益は31億6900万円でした。つまり井村屋の挑戦は、一発逆転型ではありません。複数の安定収益源が実験コストを吸収する「余白」があるから、新規事業で多少の失敗が出ても会社全体は揺らぎにくいのです。
技術の核がぶれないから横展開できる強み
さらに見逃せないのが、挑戦の軸がぶれていないことです。井村屋の研究開発ページでは、主力原料であるあずきについて、機能性や新たな利用方法を外部研究機関と研究していると説明しています。品質面でも、選別工程を重ねて原料のバラつきを抑える体制を築いてきました。
この「原料への深掘り」があるため、井村屋の新規事業はゼロから別業界へ飛ぶのではなく、既存技術の周辺で広がりやすい構造になっています。和菓子に閉じず、冷菓や点心、フードサービスまで広げられるのは、あずき加工や製造技術という核があるからです。失敗しても知見が蓄積しやすく、次の企画に転用しやすい点が強みです。
「小さく試して広げる」仕組みの現在地
中期計画が求める新価値創造
井村屋グループの中期経営計画「Value Innovation 2026」は、2024年度から2026年度までの3年間で、売上高550億円、営業利益33億円、海外事業売上高比率8.8%を目標に掲げています。方針の一つには「特色性を発揮した新しい付加価値の追求」があり、新規事業の創出や健康・機能性を意識した商品開発を明確に打ち出しています。
注目すべきなのは、新規性だけを追っていないことです。計画には利益体質の強化、DX、ロス・ミス・ムダの削減、アップサイクル投資の強化も並びます。つまり井村屋にとっての「失敗を続ける力」とは、赤字を許容することではなく、小さな挑戦を収益改善や資源活用と同時に進める運営能力のことです。
Russeliaとアンナミラーズ再出店に見るブランド再編集
2025年10月には井村屋フードサービス株式会社が発足し、「ジュヴォー事業部」「アンナミラーズ事業部」「三重事業部」などを抱える新体制が組まれました。その後、2026年2月に津市でRusseliaを開業し、同月にアンナミラーズ南青山店もオープンしています。
Russeliaは、アンナミラーズ、La maison JOUVAUD、菓子舗井村屋の3ブランドを一つの空間で楽しめる複合型ショップとして設計されました。これは単なる新店舗ではなく、既存ブランドを組み合わせて価値を作り直す試みです。アンナミラーズの再出店も、いきなり全国展開に戻すのではなく、まず象徴的な立地で反応を見る打ち手と読めます。大型投資を一気に積むのではなく、旗艦店や複合店でブランドの再評価を図る進め方には、失敗コストを抑える発想が見えます。
廃棄物も実験資源に変える発想
井村屋のサステナビリティ関連ページでは、規格外あずきを再利用する活動を2013年から続けていると説明しています。中期計画でも「アップサイクルへの投資を強化し、ムダを活用した新しい価値を創造する」と明記しており、2026年度までに国内事業の廃棄物量を2023年度比で30%削減する目標も掲げています。
ここで重要なのは、失敗を単なる損失にしない姿勢です。食品メーカーでは、試作品や規格外原料、販売期限の短い商品がそのままコストになりやすい一方、井村屋はそれらを新商品や地域連携に結びつける文脈を持っています。こうした挑戦と資源循環をつなげる発想は、再挑戦の回数を増やすうえで効いてきます。
新業態の学習効果と2030年成長条件
挑戦の量だけでは企業価値にならない現実
もっとも、「挑戦している」こと自体が成果ではありません。フードサービス事業は立地、客数、オペレーションの影響を受けやすく、複合店は魅力が伝わる一方で運営の難易度も上がります。老舗ブランドの再編集も、ファンの期待と新規顧客の理解を両立できなければ、中途半端な印象に終わる可能性があります。
井村屋に必要なのは、話題性のある新業態を増やすこと以上に、どの実験が本業へ学習効果を返しているかを見極めることです。小さな失敗を許容する一方で、撤退や縮小の基準を曖昧にすると、挑戦はすぐ惰性に変わります。
2030年に向けた成長モデルの条件
今後の焦点は、国内の成熟市場のなかで、新規事業と海外展開をどう収益化するかです。中期計画は海外売上高比率8.8%を掲げていますが、これは裏を返せば、まだ伸びしろが大きいということでもあります。既存のあずき技術やブランド力を、海外、機能性食品、フードサービスへどう再編集するかが次の勝負になります。
井村屋が130年「失敗」を続けられるのは、失敗を礼賛しているからではありません。主力商品の収益、技術の蓄積、分散した事業ポートフォリオ、そして小さく試して学ぶ仕組みがあるからです。この構造を維持できる限り、同社の挑戦は単発の話題づくりではなく、老舗メーカーの成長戦略として機能し続ける可能性があります。
失敗を織り込む本業基盤と挑戦設計
井村屋の強みは、老舗でありながら変化を恐れないことだけではありません。もっと重要なのは、変化を小さく試し、失敗を次の挑戦に変えられるよう、収益基盤と組織設計を整えてきた点です。創業時の試行錯誤から、あずきバーや肉まんのロングセラー、Russeliaやアンナミラーズ再出店まで、その発想は一貫しています。
新規事業の成否はこれから見極めが必要ですが、少なくとも井村屋は「失敗しない会社」ではなく、「失敗を織り込んで前に進む会社」です。130年続いた理由は、その失敗を支える本業の強さと、そこから離れすぎない挑戦の設計にあります。
参考資料:
関連記事
売上八割を手放した老舗日東社が一箱五百円マッチに賭ける本当の理由
日東社は紙おしぼりなど売上約8割の事業を譲渡し、縮小したマッチ市場に祖業として向き合った。100均で買える商品を1箱500円に再設計した狙いを、喫煙率低下、一貫生産2社体制、デザイン価値、M&A後の財務構造から読み解く。市場が量から体験へ変わる中、老舗が残すべき技術と捨てるべき売上の線引きを具体的に解説。
武田薬品新CEOが問われる研究力再生と高値導入依存の克服戦略
武田薬品はジュリー・キム新CEOの下、VYVANSE特許切れ後の成長をオベポレクストン、ルスフェルチド、ザソシチニブに託す。年2000億円超の効率化と外部導入中心の後期パイプラインを財務視点で検証し、シャイアー買収後の資本配分、上市速度、自社研究力再生の条件、投資家が注視すべき利益回復の道筋を読み解く。
アンナミラーズ再出店の現在地と井村屋のブランド再生戦略を読む
アンナミラーズ再出店の意味を現在地から捉える。2022年の高輪店閉店後も続いたEC、ポップアップ、バーチャル展開を踏まえ、2026年2月13日開業の南青山店が示す井村屋のブランド再生戦略と常設店の役割を読み解く。多店舗回帰ではない複線型の成長モデルとして、その実態と狙いを分析。復活の核心に迫る。今を読む。
最新ニュース
猫2匹と100種の植物が共存、壁を傷めない賃貸DIYの安全設計
築34年の賃貸マンションで、猫2匹と100種超の植物が安全に共存する住まいをどうつくるのか。有毒植物を購入前に学名で照合する方法、壁に穴を開けない突っ張り柱と自立棚の使い分け、荷重・地震・湿気・害虫への備え、猫の逃げ場と動線、退去時の原状回復まで、園芸経験者の発想を一般の賃貸住宅で再現する設計手順を解説する。
無料訪問は怪しい?ホームスタートが孤立する親子を支える仕組み
無料で自宅を訪ねるホームスタートは、研修を受けた子育て経験者が傾聴と協働で親子に寄り添う家庭訪問型支援です。週1回約2時間、4〜6回の活動内容、オーガナイザーによる調整と安全管理、家事代行・託児との違い、2025年度に3271家庭へ届いた実績、利用前に確認したい地域差や限界と相談先まで詳しく解説します。
日本の原潜保有論が再浮上、68年の検討史と国家決断の条件とは
日本の原子力潜水艦構想は、1958年の民間試設計から68年を経て安全保障3文書改定の論点に浮上した。小泉純也元防衛庁長官の「造る意思なし」と孫・進次郎防衛相の「選択肢を排除しない」を起点に、原子力基本法、NPT・IAEA保障措置、建造費、人材、AUKUSの教訓を検証し、導入判断に必要な条件を読み解く。
しまなみ海道の外国人客が3割超 映画ロケ地人気を支える観光設計
映画『汝、星のごとく』の舞台として脚光を浴びる、尾道と今治を結ぶしまなみ海道。2024年度はレンタサイクル13万5735台の32.2%を外国人が占めた。70キロのブルーライン、乗り捨て、電動化、無料の橋梁通行、島文化が生む体験価値を整理し、急増客を滞在消費へ変える地域課題と旅行者が守るべきマナーを読み解く。
恋愛が怖い若者へ、傷つく不安を越えて関係を育てる心の実践処方箋
恋人がいる未婚者は男性19.6%、女性27.8%――最新の出生動向基本調査が示す若者の恋愛離れを、拒絶への敏感さ、男子校・女子校の交流経験、SNS時代の評価不安から分析。林真理子さんの「欲望」を手がかりに、本人が無理なく踏み出す方法と、親が干渉せず自律を支える具体策、安全な関係の境界線まで解説する。