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JX金属と住友電工、InP基板増産でAIデータセンター特需争奪

by 伊藤 大輝
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AIデータセンターが呼ぶInP基板特需

生成AIの普及で注目される部材はGPUやHBMだけではありません。大規模なAIデータセンターでは、計算機同士をつなぐ通信量が急増し、電気配線から光通信へ置き換える動きが強まっています。その変化の中心にあるのが、光トランシーバーの受発光素子に使われるInP基板です。

JX金属は2026年6月、InP基板の生産能力を2025年度比で7〜10倍に引き上げる方針を示し、今後4年間で最大1200億円を投じると発表しました。住友電工もデータセンター向け光デバイスやInP基板を重点領域に位置づけています。長く特殊材料だったインジウムリン基板が、AIインフラの制約条件に浮上した構図を整理します。

光トランシーバーを支える材料の素性

電気から光へ移る短距離配線

InP基板は、インジウムとリンからなるIII-V族化合物半導体の基板です。光通信では、電気信号を光信号に変えるレーザーや、光を電気信号に戻すフォトダイオードなどの土台になります。JX金属は用途例として光通信モジュール、基地局、データセンターを挙げています。

従来、データセンター内の短距離接続は銅配線が中心でした。銅は安価で扱いやすい一方、速度が上がるほど信号損失や発熱が重くなります。AIクラスターではGPU、スイッチ、ストレージが大量のデータを頻繁にやり取りするため、ラック間やスイッチ間だけでなく、より近距離の領域でも光の優位性が強まっています。

NVIDIAはCPO、つまりコパッケージドオプティクスをAIファクトリー向けの次世代ネットワーク技術として打ち出しています。スイッチASICの近くに光エンジンを置き、従来型のプラガブル光トランシーバーより電力効率や信頼性を高める設計です。光を使う場所がネットワークの外縁から装置内部へ近づくほど、光デバイス材料の需要は面で広がります。

基板品質が左右する光デバイス歩留まり

InP基板は、汎用的なシリコンウエハのように大規模な供給網が整った商品ではありません。単結晶を育成し、インゴットを薄くスライスし、結晶方位や表面状態を厳しく管理する必要があります。住友電工の技術紹介では、インジウムとリンを高温で反応させ、1000度を超える環境で結晶成長を制御する工程が説明されています。

製造現場で難しいのは、単に炉を増やせば同じ品質の基板が増えるわけではない点です。インゴットは脆く欠けやすく、スライスや面取りにも高い加工精度が要ります。JX金属の製品情報では、4インチInP基板の平坦度や低転位欠陥密度を特長として示しており、基板の微細な欠陥が後工程のエピ成長やデバイス品質に直結することが分かります。

AI向けでは400Gから800G、さらに1.6Tへと光トランシーバーの速度世代が上がっています。住友電工のデータセンター関連資料では、AI系データセンター内の光配線高速化として400G、800G、1.6T、3.2Tへの流れが示されています。速度が上がれば、レーザーや受光素子に求められる均一性、熱設計、信頼性の基準も厳しくなります。

このため、InP基板は「あるかないか」だけでなく、「認定済みの顧客で使える品質か」が重要になります。光モジュールメーカーは、歩留まりや寿命の見通しが崩れる材料を簡単には採用できません。供給不足が起きても新規参入がすぐ効かないのは、結晶成長、加工、エピ成長、デバイス評価まで長い検証サイクルがあるためです。

JX金属と住友電工の増産競争

JX金属の段階投資とひたちなか追加

JX金属の投資計画は、短期間で段階的に大きくなりました。2025年7月には磯原工場で約15億円を投じ、2025年比で約2割増の能力増強を決めました。同年10月には約33億円の追加投資を発表し、7月分と合わせて約5割増へ引き上げる計画にしました。

2026年2月にはさらに約200億円を投じ、2030年時点で2025年比約3倍の能力を目指す方針を示しました。この段階では、従来品の増産だけでなく、基板大型化への対応も明記されています。光電融合やCPOが進めば、4インチ品だけではなく、より大口径で安定した基板への要求が強まるためです。

そして2026年6月、JX金属は最大1200億円という桁違いの投資方針を発表しました。過去に公表済みの投資と合わせると、総投資額は約1500億円規模です。生産拠点は従来の磯原工場に加え、ひたちなか地区にも広げる計画です。同社は顧客に価格改定も要請し、InP基板を半導体用スパッタリングターゲットに並ぶ収益の柱に育てる姿勢を示しています。

ここで重要なのは、増産の目的が一時的な在庫対応ではない点です。JX金属は、生成AIからエージェント型AI、フィジカルAIへ利用領域が広がり、データ学習とリアルタイム推論の通信量が増えると見ています。工場投資として見ると、需要が読みにくい先端市場に対して、結晶成長炉、加工設備、検査工程、人材育成を一括で増やす重い意思決定です。

住友電工の一貫体制と伊丹増強

住友電工は、InP基板だけでなく光デバイス、光ファイバー、光コネクタ、CPO関連部品まで持つ点が特徴です。2025年11月のデータセンター関連事業資料では、DC棟内やDC間を結ぶ光配線製品、EMLチップ、CWレーザー、InP基板が一連のポートフォリオとして示されています。

同資料では、InP基板の生産能力を2028年に2023年比2.4倍へ拡大する計画が示されました。その後、報道ベースでは、伊丹製作所の既存設備を増強し、2028年度までに2024年度比3.1倍へ引き上げるため180億円規模を投じるとされています。新棟建設ではなく既存ラインの強化なら、立ち上げ期間を短くしやすい反面、工程間のボトルネック管理が成否を分けます。

住友電工の強みは、材料から光デバイスまで顧客要求を直接つなげやすいことです。EMLはレーザーと変調器を一体化した部品で、CW-LDは一定光を出して外部変調器と組み合わせる光源です。CPOでは外部レーザー光源の重要性が高まるため、高出力で低消費電力のCW-LDが伸びる可能性があります。

市場シェアについては、調査対象や内製分の扱いで推計に幅があります。Reuters系記事は、AXTと住友電工が世界のInP基板製造で約8割を占め、JX金属は約1割と伝えています。一方で、アジアの業界報道では日本勢の存在感をより大きく見る推計もあります。いずれにしても確かなのは、量産品質で供給できる企業が限られ、住友電工とJX金属が非中国サプライチェーンの中核に位置づけられている点です。

この差は、単なる設備投資額の比較では読めません。JX金属は外販基板の供給力を一気に高めようとしており、住友電工は基板と光デバイスを組み合わせた総合力でAIデータセンター需要を取りにいく構図です。素材メーカーの競争でありながら、実態は光モジュール、スイッチ、クラウド事業者まで含むサプライチェーンの主導権争いです。

供給制約を強める地政学と歩留まり

中国規制で顕在化した原料リスク

InP基板の需給をさらに複雑にしているのが、中国の輸出管理です。中国商務部と税関総署は2025年2月、タングステン、テルル、ビスマス、モリブデン、インジウム関連品目に輸出管理を導入しました。USGSの資料では、中国は2024年時点で精製インジウムの世界生産の約70%を占めるとされています。

Reuters系記事によれば、中国の管理開始後、6インチInPウエハの平均価格は約250%上昇し、約5000ドルに達したとされています。AXTは中国子会社で多くのInP基板を生産しており、輸出許可の遅れが顧客への供給に影響しました。米国ではCoherentがテキサス州シャーマンの6インチInP製造能力を拡張するため、CHIPS法に基づく最大5000万ドルの支援意向を受けています。

この流れは、日本企業に追い風です。ただし、追い風は同時に責任も重くします。顧客が日本勢へ切り替えたいとしても、光デバイスでは認定に時間がかかります。新しい基板を使うには、エピ成長条件、チップ特性、信頼性試験、モジュール実装まで確認する必要があります。短期の不足を価格だけで解消するのは難しい構造です。

大口径化と認定期間の壁

増産のリスクは需要側にもあります。AIデータセンター投資は巨大ですが、GPU世代、ネットワーク規格、CPOの普及速度によって必要な部材構成は変わります。NVIDIAはCPOで電力効率や信頼性の改善を示していますが、プラガブル光トランシーバーも当面は大量に使われます。どの方式がどの速度世代で主流になるかは、顧客ごとの設計に左右されます。

供給側では、設備を増やした後の歩留まりが最大の論点です。InPは大口径化すれば1枚から取れるチップ数を増やせますが、結晶欠陥、反り、表面品質の管理難度も上がります。製造ラインでは、結晶成長炉の条件出し、スライス加工、研磨、洗浄、検査の各工程を同時に詰めなければなりません。

住友化学が2026年8月に4インチInPエピウエハの量産販売を始めたことも見逃せません。基板だけでなく、基板上に半導体層を成長させたエピウエハの供給力が増えれば、国内の光デバイス産業に厚みが出ます。AIデータセンター特需は、基板メーカー単体の話ではなく、エピハウス、デバイス、モジュール、検査装置まで広がる産業機会です。

投資家と製造現場が見る確認指標

InP基板の増産は、日本の素材産業にとって久々に分かりやすい成長テーマです。ただし、投資判断では発表額の大きさだけでなく、稼働時期、量産歩留まり、顧客認定、価格改定の定着を確認する必要があります。特にJX金属は、1200億円投資が収益柱化につながるかどうかが焦点です。

住友電工については、InP基板単体よりも、EML、CW-LD、光コネクタ、CPO関連部品を含むデータセンター関連事業全体の利益率が重要です。AIデータセンターは電力制約との戦いでもあり、光通信部材は高速化と省電力化を同時に支える位置にあります。

読者が追うべき指標は、800Gと1.6T光トランシーバーの採用速度、中国の輸出許可運用、インジウム価格、CPOスイッチの商用導入、国内各社の能力増強計画です。GPUの性能競争の裏側で、光を作る材料がAIインフラの速度を決め始めています。

参考資料:

伊
伊藤 大輝

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