加熱式増税で揺れるアイコス寡占市場、JTとBATの反転戦略図
十月増税が変える加熱式たばこの採算線
2026年10月1日、加熱式たばこの課税方式見直しは第2段階に入ります。国税庁の公表資料では、2026年4月から始まった段階措置が10月に切り替わり、加熱式を紙巻きたばこの本数へ換算する仕組みが改まります。
焦点は、単なる値上げではありません。これまで加熱式が持っていた「紙巻きより少し安い」「においが少ない」「端末で体験を囲い込める」という三つの優位のうち、価格差が細る点です。国内市場の主導権を握るIQOSに、JTのPloomとBATのgloがどう食い込むかは、税制変更後の消耗品ビジネスを占う試金石になります。
紙巻き中心から加熱式中心への需要移動
販売本数が示すほぼ同数の局面
日本のたばこ市場では、加熱式への移行が数字でも鮮明です。健康ネットが整理する日本たばこ協会データでは、2025年度の加熱式たばこの総販売本数は734億本でした。紙巻きたばこと比べると93.9%に達し、年間ベースでは「ほぼ同数」の水準です。
さらにPMIは2025年12月、日本の消費者購入ベースで加熱式を中心とするHTUカテゴリーが総ニコチン需要の50%を超えたと発表しています。年間販売本数では紙巻きがなお残る一方、月次の店頭購買では加熱式が先行して過半へ入った構図です。
この変化は、たばこ産業にとって製造ラインの主役交代を意味します。紙巻きは葉たばこ、巻紙、フィルターを高速で組み上げる大量生産の世界でした。加熱式はそこに、端末の熱制御、スティックの材料設計、充電池の品質管理、専用アプリや会員基盤まで加わります。競争力の源泉が、銘柄の知名度だけでなく、ハードウェアと消耗品を一体で設計する力へ移っているのです。
価格優位を縮める重量中心の課税
2025年度税制改正では、加熱式たばこの課税標準の考え方が見直されました。財務省の改正説明では、従来の方式が「重量」と「価格」の要素を組み合わせていたため、製品の軽量化や価格設定によって税負担差が残る問題が指摘されています。
新方式では、スティック型とそれ以外を分けたうえで、重量を軸に紙巻きたばこの本数へ換算します。一定重量を下回る製品には最低課税の仕組みも入ります。つまり、メーカーがスティックを軽くしたり低価格帯を設計したりして税負担を抑える余地は狭まります。
実際の店頭価格にも影響は出ています。PMI系のIQOS用「テリア」は2026年10月から620円から640円へ、普及価格帯の「センティア」は570円から590円へ上がります。JTのPloom用では「エボ」が580円から620円、「メビウス」が550円から590円、「キャメル」が530円から570円となります。BATのglo用でもラッキー・ストライクが480円から500円、ケントが520円から550円、ネオが530円から570円へ動きます。
これにより、加熱式は「紙巻きより安い代替品」というより、「紙巻きと同等以上の価格帯で選ばれる嗜好品」へ近づきます。値上げ幅はブランドごとに違いますが、価格で試してもらう局面から、継続利用の満足度で残ってもらう局面へ競争が移ります。
アイコス寡占に挑む二社の技術戦
PMIが築いた端末とスティックの囲い込み
IQOSの強さは、先行者利益だけではありません。PMIは2025年通期決算で、世界の加熱式カテゴリーにおける同社の数量シェアを約76%と説明しています。日本でもIQOSは加熱式カテゴリーで約7割を維持しているとされます。
この数字の背景には、端末、スティック、販売チャネル、会員サービスを束ねた設計があります。加熱式たばこでは、紙巻きのように箱を買えば完結するわけではありません。端末を購入し、充電し、清掃や交換を意識し、対応スティックを継続購入します。いったん使い慣れたデバイスから別ブランドへ移るには、味だけでなく操作感やアクセサリー、保証体験まで変える必要があります。
PMIの有価証券報告書では、2025年の日本向け純収入が42億ドルとされ、日本が同社最大の市場であることも示されています。IQOSは単なる商品ではなく、日本市場で検証された消費者行動、データ、販路運営を海外へ展開する実験場でもあります。
ただし、寡占は永続しません。価格が上がるほど、消費者は「いまのブランドに払い続ける理由」を見直します。10月増税はIQOSにとって逆風ですが、同時に高価格を許容してもらえるブランド力を試す局面でもあります。
JTがプルームオーラで狙う巻き返し
JTの反撃軸は、Ploom AURAとEVOスティックです。JTは統合報告書で、2025年5月末に日本でPloom AURAを発売したと説明しています。味、デバイス設計、加熱方式を見直し、2025年第4四半期の国内Heated Productsカテゴリシェアは15.7%に達しました。
同社の事業報告では、日本におけるPloom販売数量が前年度比35.0%増えたこと、2025年12月時点のPloomユーザー数が2024年12月時点より34%増えたことも示されています。数字だけ見れば、まだIQOSとの差は大きいです。それでも、Ploomはようやく「国産の追随ブランド」から「成長率で存在感を示す対抗軸」へ移りつつあります。
JTの強みは、国内たばこ流通への深い理解と、紙巻きで培ったメビウス、キャメルのブランド資産です。一方で課題は、端末体験で先行者を上回る説得力を出せるかです。加熱温度、吸いごたえ、連続使用、充電時間、スティックのばらつきは、工場の品質管理と製品設計の総合力に直結します。
増税後は、Ploom用エボが620円、メビウスが590円となり、価格面での割安感だけでは戦いにくくなります。JTに必要なのは、値上げを相殺するキャンペーンではなく、端末とスティックの完成度を継続的に改善する開発サイクルです。
BATが低価格帯と高速加熱で作る選択肢
BATのgloは、IQOSとPloomの中間で独自の立ち位置を探っています。2026年10月改定後も、ラッキー・ストライクは500円です。主要加熱式ブランドの中では相対的に低い価格帯を残し、増税後の節約志向を取り込みやすい配置です。
BATは公式サイトで、2025年にglo HiloとHilo Plusを投入したと説明しています。Hiloは赤外線と抵抗加熱を組み合わせた二重加熱を採用し、最短5秒で使用可能とうたいます。加熱式市場では、味だけでなく「待ち時間」「連続利用」「充電の速さ」が日常の使用感を左右します。ここに技術差別化の余地があります。
一方、BATは日本で価格優位を取りにいくほど、利益率とのバランスが難しくなります。端末値引きやスティックの低価格は利用者獲得に効きますが、税負担が重くなるほど原資は削られます。gloの勝ち筋は、低価格だけでなく、短い起動時間や画面付き端末の操作性など、使い勝手の実感を価格差以上に伝えることです。
競争は三つ巴ですが、実態は同じ土俵ではありません。PMIは寡占を守る戦い、JTは国内基盤を生かした奪還戦、BATは低価格帯と端末刷新を組み合わせた切り崩し戦です。10月増税は全社に同じ税制変更を課しますが、影響の出方はブランド階層によって異なります。
税制と健康規制が迫る再編圧力
加熱式市場の成長は、規制リスクと切り離せません。WHOは、加熱式たばこが有害化学物質への曝露を減らす可能性があっても、無害を意味せず、健康リスク低減を直ちに示すものではないとしています。国立がん研究センターも、紙巻きより一部有害化学物質が少ない一方、長期使用の健康影響は明らかでないと整理しています。
このため、メーカーが「煙が少ない」「燃焼しない」と訴求するほど、行政や医療側は表示、販売促進、受動喫煙対策の線引きを注視します。規制が強まれば、端末の広告、店頭体験、キャンペーンの設計に制約がかかります。
税制面でも、2026年10月で終わりではありません。財務省資料では、2027年4月以降に国のたばこ税率を段階的に引き上げる方向も示されています。加熱式だけの価格差が消えた後は、たばこ市場全体で値上げ耐性が問われます。価格上昇が禁煙や減煙を促すのか、より安い銘柄への移行を生むのかが、次の市場再編を左右します。
投資家と業界が追うべき三つの指標
今後見るべき指標は三つです。第一に、加熱式カテゴリー内のシェアです。IQOSが約7割を維持するのか、Ploomが15%台からさらに伸びるのかで、寡占の耐久力が見えます。
第二に、増税後の価格帯別販売です。640円のテリア、620円のエボ、500円のラッキー・ストライクが、それぞれどの程度の利用者を保てるかが重要です。第三に、規制議論です。健康影響をめぐる知見と受動喫煙対策は、成長市場の前提を変えます。
加熱式たばこは、もはや紙巻きの周辺市場ではありません。税制、端末技術、消耗品設計、ブランド運営が絡む成熟産業の主戦場です。10月増税は価格改定のニュースに見えますが、本質はアイコス寡占の次に来る競争構造の始まりです。
参考資料:
- 加熱式たばこに係る課税方式の見直しについて|国税庁
- 販売本数(加熱式たばこ)|健康ネット
- 令和7年度税制改正の解説・間接税等関係|財務省
- たばこ税見直しについて|財務省
- Philip Morris International 2025 Form 10-K|SEC
- Philip Morris International Reports 2025 Fourth-Quarter & Full-Year Results
- たばこ事業|JT統合報告書2026
- 変化を力に常に進化し続けるJTグループ|JT統合報告書2026
- 事業報告|日本たばこ産業株式会社
- 加熱式たばこに係る課税方式の見直しに伴う小売定価改定の認可申請について|JT
- British American Tobacco - glo
- 製造たばこの小売定価の認可|財務省
- 製造たばこ小売定価(令和8年8月17日変更認可)|財務省
- 製造たばこ小売定価(令和8年8月26日変更認可)|財務省
- WHO statement on heated tobacco products and the US FDA decision regarding IQOS
- 日本における加熱式たばこの有害性の認識|国立がん研究センター
関連記事
最新ニュース
猫2匹と100種の植物が共存、壁を傷めない賃貸DIYの安全設計
築34年の賃貸マンションで、猫2匹と100種超の植物が安全に共存する住まいをどうつくるのか。有毒植物を購入前に学名で照合する方法、壁に穴を開けない突っ張り柱と自立棚の使い分け、荷重・地震・湿気・害虫への備え、猫の逃げ場と動線、退去時の原状回復まで、園芸経験者の発想を一般の賃貸住宅で再現する設計手順を解説する。
無料訪問は怪しい?ホームスタートが孤立する親子を支える仕組み
無料で自宅を訪ねるホームスタートは、研修を受けた子育て経験者が傾聴と協働で親子に寄り添う家庭訪問型支援です。週1回約2時間、4〜6回の活動内容、オーガナイザーによる調整と安全管理、家事代行・託児との違い、2025年度に3271家庭へ届いた実績、利用前に確認したい地域差や限界と相談先まで詳しく解説します。
日本の原潜保有論が再浮上、68年の検討史と国家決断の条件とは
日本の原子力潜水艦構想は、1958年の民間試設計から68年を経て安全保障3文書改定の論点に浮上した。小泉純也元防衛庁長官の「造る意思なし」と孫・進次郎防衛相の「選択肢を排除しない」を起点に、原子力基本法、NPT・IAEA保障措置、建造費、人材、AUKUSの教訓を検証し、導入判断に必要な条件を読み解く。
しまなみ海道の外国人客が3割超 映画ロケ地人気を支える観光設計
映画『汝、星のごとく』の舞台として脚光を浴びる、尾道と今治を結ぶしまなみ海道。2024年度はレンタサイクル13万5735台の32.2%を外国人が占めた。70キロのブルーライン、乗り捨て、電動化、無料の橋梁通行、島文化が生む体験価値を整理し、急増客を滞在消費へ変える地域課題と旅行者が守るべきマナーを読み解く。
恋愛が怖い若者へ、傷つく不安を越えて関係を育てる心の実践処方箋
恋人がいる未婚者は男性19.6%、女性27.8%――最新の出生動向基本調査が示す若者の恋愛離れを、拒絶への敏感さ、男子校・女子校の交流経験、SNS時代の評価不安から分析。林真理子さんの「欲望」を手がかりに、本人が無理なく踏み出す方法と、親が干渉せず自律を支える具体策、安全な関係の境界線まで解説する。