しまなみ海道の外国人客が3割超 映画ロケ地人気を支える観光設計
映画公開で再発見される瀬戸内の「走る風景」
2026年10月9日に公開された映画『汝、星のごとく』が、愛媛県今治市と瀬戸内の島々に新たな光を当てています。横浜流星さんと広瀬すずさんが演じる主人公たちの物語を、穏やかな海や港町、しまなみ海道の橋が印象的に彩ります。
今治市の映画特設サイトによると、作品の多くは市内と島しょ部で撮影されました。現地ではロケ地ガイドブックやスタンプラリーも始まり、スクリーンで見た風景を追体験する旅が観光商品になりつつあります。
ただし、しまなみ海道に外国人が集まる理由は映画だけではありません。サイクリングを核に、橋梁、道路表示、レンタル、文化資源を一体化してきた長年の地域設計があります。映画は、すでに世界的評価を得ていた観光インフラへ「物語」という新しい入口を加えた存在です。
外国人比率32%へ伸びた需要の実像
統計が映す外国人利用の構造変化
今治市の基本計画によると、しまなみ海道エリアにおける2024年度のレンタサイクル貸出台数は13万5735台でした。このうち外国人の比率は32.2%に達し、外国人利用は前年度比147.2%となっています。
これは利用者の約3人に1人が外国人だったことを意味します。2019年度の外国人比率が約16%だったことと比べると、運営拠点や集計方法の変化には注意が必要なものの、外国人の存在感が一段と高まった傾向は明確です。
ここでいう数字は、レンタサイクルの「貸出台数」であり、観光客の実人数やしまなみ海道を走った全自転車の台数ではありません。自分の自転車を持ち込む旅行者、ガイドツアーや民間レンタルの利用者は含まれないため、市場全体を示す完全な統計ではない点も押さえる必要があります。
それでも、公的なレンタルサービスは自転車を持たない訪日旅行者にとって主要な入口です。その外国人比率が3割を超えた事実は、しまなみ海道が一部の愛好家だけでなく、訪日旅行の一般的な選択肢へ移りつつあることを示しています。
全国的な訪日回復だけでは説明できない伸長
日本政府観光局によると、2025年の訪日外客数は4268万3600人となり、前年比15.8%増で過去最高を更新しました。観光庁の宿泊旅行統計でも、同年の外国人延べ宿泊者数は1億7787万人泊と、前年比8.2%増えています。
この追い風は、しまなみ海道にも流入しました。ただし、訪日客全体の増加率に比べて現地の外国人レンタサイクル利用の伸びは大きく、単なる母数拡大だけでは説明できません。しまなみ固有の「旅行商品としての完成度」が需要を引き寄せたとみるべきです。
サイクリングでは、移動そのものが観光体験になります。橋を渡り、島で休み、食事や船旅、歴史文化を組み合わせるため、目的地を短時間で撮影して立ち去る観光とは異なります。風景を自分の速度で体験したい旅行者と、しまなみ海道の特性がかみ合っています。
映画がもたらす効果も、この構造の上に生まれます。ロケ地の一点だけを訪ねるのではなく、主人公たちが見た海や夕暮れを追って複数の島を移動する行程を組めるからです。「エモい風景」が、写真映えだけで終わらず、移動、滞在、消費を伴う体験へ広がります。
世界基準に育った70キロの観光インフラ
迷いと返却を減らすモビリティ設計
国のナショナルサイクルルートに指定された推奨ルートは、JR尾道駅から今治市のサンライズ糸山まで約70キロです。島しょ部を通りながら海峡を自転車で横断できることが、他地域では再現しにくい強みになっています。
外国人旅行者にとって重要なのは、景色の美しさだけではありません。土地勘や日本語能力に頼らず移動できる仕組みです。広島県側では車道左端に幅20センチのブルーラインが引かれ、目的地までの距離表示も原則1キロごとに設置されています。地図を頻繁に開かず走れる「ノー・マップ・サイクリング」が、道迷いへの不安を減らします。
橋梁区間には自転車歩行者道が設けられています。一方、島内には一般車両や歩行者と道路を共有する区間があるため、70キロの全行程が自転車専用道というわけではありません。この違いを事前に伝えることも、安全な観光インフラの一部です。
しまなみジャパンのレンタサイクルでは、クロスバイクやシティサイクルに加え、電動アシスト自転車やE-bikeも用意されています。多くの車種は別の拠点でも返却でき、片道だけ走って鉄道やバス、船を組み合わせる行程を作れます。
2026年10月時点では、クロスバイクとシティサイクルが1日3000円、電動アシスト自転車が1日4000円です。自転車の橋梁通行料金も2028年3月31日まで無料とされており、料金所での停車や小銭の準備といった摩擦が取り除かれています。
この構造は、製造業でいう共通規格に近いものです。ブルーライン、距離表示、貸出・返却拠点、橋の通行環境が同じ思想で接続され、旅行者は個別の設備を強く意識せず移動できます。絶景という素材を、利用可能な観光サービスへ変換したシステム設計です。
橋梁技術と島文化を束ねる体験価値
しまなみ海道の景観は、瀬戸内海の多島美と巨大な橋梁構造物が同時に視界へ入る点に特徴があります。自然だけでも人工物だけでもなく、橋の高さや曲線、海面を行き交う船、島の集落が連続的に現れます。
自転車は自動車より速度が遅く、徒歩より広い範囲を移動できます。この中間的な速度により、橋梁の規模と島の生活圏を一度の旅行で体感できます。映画の場面と現実の風景を重ねるロケ地観光とも相性のよい移動手段です。
沿線には、室町時代から戦国時代にかけて芸予諸島を拠点とした村上海賊の文化も残ります。因島水軍城や村上海賊ミュージアムなどを組み込めば、橋を渡る爽快感だけでなく、瀬戸内が古くから交通と交易の海だったことまで理解できます。
この文化的な厚みは、競合するサイクリングロードとの差別化要因です。道路を走破する達成感、橋梁技術への驚き、地域史、食、船を一つの行程に束ねられるため、初心者から経験者まで別々の楽しみ方を設計できます。
国際大会と映画がつくる認知の循環
2014年には台湾・日月潭のサイクリングコースと姉妹自転車道協定が結ばれました。海外の自転車文化と継続的に接点を持ったことが、しまなみ海道を国内観光地から国際ブランドへ押し上げる土台となりました。
2026年10月25日に開催される「サイクリングしまなみ2026」は、国内外から7000人を迎える計画です。約30キロから140キロまで8コースが用意され、普段は自転車で走れない高速道路本線を使う特別な体験も提供されます。
国際大会は熱心なサイクリストへ認知を広げ、映画は自転車に詳しくない層へ瀬戸内の感情的な魅力を届けます。異なる入口から来た旅行者が、同じレンタル網や道路表示、宿泊・飲食サービスを利用する循環が形成されます。
つまり映画によるロケ地人気は、突然生まれた単発のブームではありません。長年整備してきたモビリティ基盤へ、作品の世界観が重なったことで、しまなみ海道の価値がより広い層に見えるようになった現象です。
人気急増で浮かぶ地域交通と滞在の課題
外国人利用が伸びても、地域全体の収益が同じ割合で増えるとは限りません。今治市は、多くのサイクリング観光客が広島県側で滞在を終えていることを課題に挙げ、市街地までの誘導、宿泊施設、体験コンテンツの充実が必要だとしています。
70キロを一日で走破すると、島での消費は飲食や短い休憩にとどまりがちです。利用台数を追うだけでなく、宿泊日数、島ごとの立ち寄り、修理や荷物輸送など周辺サービスへの支出を把握する必要があります。通過人数から地域内の付加価値へ、評価指標を移す段階です。
安全面の対応も急務です。橋の出入口や島内の一般道では、住民の自動車、通学者、歩行者と空間を共有します。強い横風や雨、日没、疲労による判断力低下もあり、絶景ルートという印象だけで難易度を判断するのは危険です。
愛媛県と今治市などは2026年10月、外国人向けに交通ルールとマナーを伝える映像・ポスターの展開を始めました。主要レンタサイクル拠点や予約画面で案内し、左側通行などの法規を地域文化への敬意と結び付けて伝える試みです。
映画のロケ地巡りでも、生活道路での長時間滞在や無断立ち入りは避けなければなりません。観光地として整備された場所と、住民の日常空間との境界を分かりやすく示すことが、ブームを長期的な信頼へ変える条件になります。
しまなみを消費せず味わう旅程設計
初めて訪れる人は、70キロの完走だけを目標にする必要はありません。体力や風向き、日没時刻を確認し、電動アシスト自転車、途中返却、渡船を組み合わせれば、ロケ地や文化施設へ時間を振り向けられます。
可能であれば一泊以上を確保し、尾道や今治だけでなく島内にも滞在する行程が有効です。映画の風景、橋梁、村上海賊の歴史を別々の観光資源として消費せず、一つの土地の物語としてつなげられます。
出発前には公式のレンタサイクル情報、天候、返却可能拠点、営業時間を確認し、ヘルメットとライトを準備することが欠かせません。ブルーラインがあっても一般道の交通ルールが優先され、橋上では横風への備えも必要です。
しまなみ海道が外国人を引き付けている本質は、絶景だけではなく「自分の力で物語の中を移動できる」ことにあります。映画を一過性の集客装置で終わらせず、滞在、安全、地域消費へ接続できるかが、次の成長を左右します。
参考資料:
- 映画『汝、星のごとく』公式サイト
- 映画『汝、星のごとく』公式ニュース
- 映画『汝、星のごとく』×今治特設サイト
- ナショナルサイクルルート|国土交通省
- 瀬戸内サイクリングロードの整備について|広島県
- レンタサイクルについて|しまなみジャパン
- 第3次今治市総合計画 基本計画
- 訪日外客数・2025年12月推計値|日本政府観光局
- 2025年宿泊旅行統計調査|観光庁
- サイクリングしまなみ2026 大会概要
- しまなみ海道の自転車通行料金無料化|愛媛県
- 原付道・自転車歩行者道|JB本四高速
- インバウンドサイクリスト向けルール周知活動|愛媛県
- 村上海賊ポータルサイト
- 瀬戸内しまなみ海道の自転車通行料金の無料化による効果|愛媛県
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