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AI時代に銀行システム停止も選ぶ金融サイバー防衛の新常識とは

by 白石 葵
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銀行停止論が現実味を帯びた背景

銀行システムは「止めてはいけない」社会インフラです。しかし2026年に入り、金融庁と日本銀行は、サイバー攻撃のリスクが高まった場合に、重要なサービスやITシステムを能動的に停止する選択肢まで検討するよう金融機関に求めました。背景にあるのは、フロンティアAIが脆弱性の発見、攻撃コードの生成、攻撃手順の自動化を加速させるという脅威認識です。

この変化は、単なるセキュリティ部門の問題ではありません。インターネットバンキング、スマホアプリ、API連携、クラウド基盤、共同運営システムが銀行サービスを支える現在、守るべき対象は勘定系だけではなくなりました。顧客の資産を守るには「止まらないシステム」だけでなく、「危険なときに安全に止められるシステム」も必要になっています。

AIで短くなる脆弱性対応の猶予

攻撃者の手数を増やすフロンティアAI

金融庁が2026年4月24日に開いた「AI脅威に対する金融分野のサイバーセキュリティ対策強化に関する官民連携会議」には、金融庁、日本銀行、国家サイバー統括室、全国銀行協会、メガバンク、日本取引所グループなどが参加しました。会議では、金融分野の「日本版プロジェクト・グラスウィング」として、実務者レベルの作業部会を設ける方針が示されています。

焦点は、AIそのものの利用規制だけではありません。より現実的な問題は、脆弱性が大量に見つかり、攻撃に転用されるまでの時間が短くなることです。金融庁と日銀の5月22日付要請は、フロンティアAIが脆弱性の発見や高度な攻撃コード生成に優れ、従来は発見困難だった弱点が短期間に大量に見つかる可能性を指摘しました。

海外の評価結果も、この危機感を裏づけています。英国AI Security Instituteは、AnthropicのClaude Mythos Previewについて、専門家レベルのCTF課題で73%の成功率を示し、32ステップの企業ネットワーク攻撃シミュレーションを10回中3回完了したと公表しました。ただし、同機関は、防御が十分な実環境を攻撃できると断定しているわけではありません。むしろ、弱い設定や未修正の脆弱性を放置した組織ほどリスクが高まるという読み方が重要です。

NISTも生成AIの情報セキュリティリスクとして、攻撃能力の自動化、ハッキング、マルウェア、フィッシングの強化を挙げています。Anthropicの脅威インテリジェンス報告では、AIがサイバー攻撃の助言役にとどまらず、ランサムウェア開発や詐欺業務の自動化に悪用される事例も示されました。金融機関にとっては、攻撃者の質が上がるだけでなく、攻撃者の数と試行回数が増えることが脅威になります。

9つの短期対応に込められた優先順位

金融庁と日銀の要請は、抽象的な注意喚起ではありません。経営トップの直接関与、優先対応すべきサービスやITシステムの特定、技術負債の解消、パッチ適用要員の追加、ベンダー契約の確認、リスクベースのパッチ適用、WAFやEDRなど多層防御の強化、優先システム停止への備え、外部連携の維持強化という9つの対応が示されています。

この中で特に重要なのは、すべてを同じ優先度で守ろうとしない点です。外部公開されるインターネットバンキングや顧客向けアプリは、攻撃者から見える面が広く、顧客被害にも直結します。金融機関は、資産台帳、ソフトウェア構成、ネットワーク構成、特権ID、未適用パッチを短期間で確認し、攻撃が成立しやすい領域から手を打つ必要があります。

ここにはSaaSやクラウドサービスの運用に近い発想があります。重要なのは、完璧な防御を待つことではなく、影響範囲を把握し、優先順位を付け、危険な変更を安全に展開することです。銀行システムでは、更新作業のテスト不足が障害を招く一方、テストに時間をかけすぎれば攻撃猶予を与えます。従来の「障害を出さない」文化に加え、「攻撃される前にどこまで素早く直すか」というプロダクト運用の速度感が問われています。

銀行DXを支える外部接続の弱点

不正送金が示す顧客接点の脆さ

AI時代のサイバー防衛を考えるうえで、すでに顕在化している被害も見逃せません。金融庁の2025年6月資料によると、2024年のインターネットバンキング不正送金は4,369件、被害総額は約86.9億円でした。警察庁などが参照する2025年上半期の情勢では、フィッシング報告件数が119万6,314件に達し、インターネットバンキングの不正送金被害総額も約42億2,400万円に及んでいます。

フィッシング対策協議会のレポートでは、2025年に悪用されたブランドは229に上り、金融、証券、クレジットカード、決済サービスなどが幅広く狙われました。証券会社をかたるフィッシングでは、詐取した認証情報を使った証券口座の乗っ取りや不正取引も問題化し、不正取引の規模は約7,393億円とされています。

これらは、銀行の中心システムが直接侵害されなくても、顧客接点が攻撃されれば金融サービス全体の信頼が揺らぐことを示しています。攻撃者は、銀行の堅牢な内部ネットワークだけを狙うわけではありません。メール、SMS、検索広告、偽アプリ、コールセンターを装うボイスフィッシングなど、顧客の行動を起点に口座へ到達します。

そのため、パスキーや公開鍵基盤を使ったフィッシング耐性のある多要素認証、送信ドメイン認証、偽サイト閉鎖、異常取引検知、出金停止や凍結の迅速化は、銀行DXの基礎機能になりつつあります。便利なアプリや即時振込を広げるほど、本人確認、端末確認、取引モニタリング、顧客通知の設計品質が競争力になります。

防衛力を左右する契約条件

もう一つの弱点は、サードパーティです。銀行のデジタルサービスは、自社開発のシステムだけで完結していません。クラウド、共同センター、SaaS、本人確認サービス、決済ネットワーク、セキュリティ監視、開発ベンダーなど、多数の外部事業者に支えられています。

金融庁の短期対応要請は、ベンダーとの維持保守契約にパッチ適用作業が含まれているか、夜間や休日にも緊急対応できるか、SLAとSLOを守れるだけのリソースがあるかを確認するよう求めています。これは、単なる法務部門の契約点検ではありません。AIで脆弱性対応の件数が増えたとき、複数の金融機関から同じベンダーへ依頼が集中し、対応待ちが発生する可能性があるためです。

スタートアップやSaaS企業では、障害時のステータスページ、インシデント後レビュー、段階的リリース、ロールバック手順が運用品質を測る指標になります。銀行でも同じ考え方が必要です。ただし、金融機関では1回の誤送金、認証不備、長時間停止が顧客資産と社会信用に直結します。外部サービスを使うほど、契約、監視、変更管理、退出戦略まで含めた「使いこなす力」が問われます。

日本銀行の金融システムレポートは、金融機関のサイバー攻撃対策を業務継続と顧客からの信頼維持に関わる経営課題と位置づけています。2025年4月から5月にかけて381先を対象に実施した業務継続体制アンケートでは、サイバー攻撃を業務継続上の緊急事態として想定する先が9割以上に上りました。銀行にとってサイバー防衛は、専門部署の守備範囲を超えた経営の標準装備です。

能動停止で問われる顧客保護の設計

「顧客を守るために止める」という判断は、言葉ほど簡単ではありません。インターネットバンキングを止めれば、不正送金の拡大は防げるかもしれません。一方で、給与振込、資金繰り、公共料金の支払い、企業の決済業務に影響が出ます。金融機関には、停止による被害と、稼働継続による被害を同時に比較する判断軸が必要です。

金融庁と日銀の要請は、優先サービスやITシステムを能動的に停止せざるを得ない場合について、経営トップがあらかじめ選択肢として検討すべきだとしています。ここで問われるのは、技術者の現場判断だけではありません。どの条件で止めるのか、誰が承認するのか、顧客へどう伝えるのか、代替手段をどう用意するのかを、BCPと広報、営業店運営、コールセンター、法務、リスク管理が一体で設計する必要があります。

停止判断には批判も伴います。攻撃を受けていない段階でサービスを止めれば、過剰対応と見られる可能性があります。逆に、被害が広がってから止めれば、判断が遅いと批判されます。この板挟みを避けるには、平時から停止基準を言語化し、訓練で検証し、顧客向けの説明テンプレートや代替チャネルを整えておくことが欠かせません。

重要なのは、停止を敗北と見なさないことです。クラウド運用では、障害範囲を隔離し、機能を限定し、復旧可能性を高める設計が当たり前になっています。銀行でも、全面停止か全面稼働かの二択ではなく、振込上限の引き下げ、特定機能の一時停止、追加認証の発動、法人高額取引の確認強化など、段階的な防衛モードを用意することが現実的です。

金融機関が今点検すべき運用指標

AI時代の銀行サイバー防衛は、最新ツールの導入競争だけではありません。まず点検すべきは、外部公開システムの資産台帳が最新か、重大脆弱性を何時間で評価できるか、パッチ適用の責任分担が契約で明確か、経営層が停止判断に関与する訓練を経験しているかです。

読者が金融機関や関連ベンダーの立場なら、SLAやSLOを「平時の稼働率」だけで見ないことが重要です。緊急パッチ、仮想パッチ、ログ分析、顧客通知、復旧確認、再接続判断まで含めて、誰が、どの順番で、どの期限で動くかを確認すべきです。個人利用者の立場では、銀行アプリの正規導線を使い、パスキーなどの強い認証を有効化し、不審なリンクからログインしないことが基本になります。

銀行システムを止める日は、来ないに越したことはありません。ただし、止める選択肢を持たない金融機関は、攻撃者に主導権を渡します。これからの防衛力は、止めない力と、安全に止めて早く戻す力の両方で測られます。

参考資料:

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白石 葵

SaaS・DXスタートアップ

SaaS企業やDXスタートアップを、同世代の目線から取材。プロダクトの仕組みとビジネスモデルの両面から新興企業の実力を見極める。

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