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日銀利上げでも円安が進む理由、市場が急かす通貨防衛の出口戦略

by 松本 浩司
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1.25%利上げ後も進んだ円安の焦点

日本銀行は9月18日の金融政策決定会合で、無担保コール翌日物の誘導目標を1.25%程度へ引き上げました。政策金利は31年ぶりの水準に達しましたが、為替市場の反応は円買いではなく円売りでした。

日銀公表の外国為替市況では、ドル円は9月18日17時時点で157円48〜50銭、9月25日17時時点でも158円09〜11銭でした。利上げ後も円安基調が残った理由は、単に上げ幅が小さかったからではありません。市場は政策金利そのものより、日銀がどこまで連続して動けるのか、政府の財政運営と為替介入が一貫しているのかを見ています。

7対2の採決が示した日銀内の温度差

反対票が市場に与えたメッセージ

今回の決定は賛成7、反対2でした。日銀の声明によると、浅田統一郎委員は、足元の生鮮食品を除く消費者物価の上昇率が2%を下回り、経済の状況も必ずしも強いとはいえないとして据え置きを主張しました。佐藤綾野委員も、経済・物価情勢が大きく加速しているわけではないとして、利上げのタイミングに反対しました。

この2票は、単なる少数意見以上の意味を持ちます。為替市場では、円安を止めるには日銀が先々の追加利上げにかなり強い確信を示す必要があると見られていました。ところが、政策委員会の中に「まだ早い」という声が残ったことで、次回以降の利上げペースは機械的ではないと受け止められました。

利上げは通常、通貨高要因です。円金利が上がれば、円を借りて外貨資産に投資する取引の妙味は薄れます。しかし今回の場合、利上げはかなり事前に織り込まれていました。市場が知りたかったのは「1.25%になるか」ではなく、「1.5%、1.75%へ進む確度がどれほど高いか」でした。

声明と会見に残った曖昧さ

日銀は声明で、基調的な物価上昇率が2%に近づき、金融環境がなお緩和的であるため、経済・物価・金融情勢に応じて政策金利を引き上げる方針を示しました。同時に、調整のタイミングやペースは、中東情勢、AI関連需要、為替相場の変動を点検しながら検討するとしました。

この表現はタカ派的にも読めます。円安や原油高、半導体価格の上昇が物価を押し上げ、2026年度後半以降に消費者物価が2%をはっきり上回る可能性を日銀自身が認めているためです。

一方で、市場はそこに条件の多さも読み取りました。中東情勢が悪化すれば景気の下押し要因になります。AI関連需要は輸出や設備投資を支える一方で、半導体や電力、関連財の価格を押し上げます。為替円安は物価を押し上げますが、急激な利上げは住宅投資や企業金融に負担をかけます。日銀はインフレ抑制と景気下支えの両方をにらむ必要があります。

そのため、声明が「今後も利上げ」と読める内容でも、為替市場には「日銀はまだ慎重に動く」と映りました。ここに、利上げしても円安が止まらない最初の理由があります。

円を縛る日米金利差と実質金利の構図

FRB再利上げで残る金利差

円安圧力のもう一つの軸は、米国金利です。米連邦準備制度理事会は9月16日、フェデラルファンド金利の誘導目標を0.25ポイント引き上げ、3.75〜4.00%としました。決定は12対0でした。日銀が1.25%へ動いても、米国との短期金利差は依然として大きく残ります。

為替市場は名目金利だけで動くわけではありませんが、短期資金の流れでは金利差が強い重みを持ちます。ドル建て短期資産の利回りが高く、FRBがインフレ抑制姿勢を明確にしているなら、円を買う理由は限られます。特に今回のように、FRBが全会一致で利上げし、日銀が7対2で利上げした場合、市場は両中銀の「次の一手」の確度も比較します。

日銀は政策の正常化を進めていますが、FRBは再び引き締め方向へ傾きました。世界の投資家から見れば、日本だけが引き締めているわけではありません。むしろグローバルな金利環境が上振れする中で、日本の利上げが相対的に小さく見えやすい局面です。

円安が物価を押し上げる循環

総務省の8月全国消費者物価指数では、生鮮食品を除く総合指数の前年同月比は1.7%でした。数字だけを見れば、2%を下回っており、反対票の根拠にもなります。しかし、日銀が重視しているのは足元の1カ月の物価だけではありません。

声明では、原油高や為替円安、AI関連需要の拡大により、国内企業物価の高い伸びが続いていると説明しています。企業間取引の価格上昇が消費者段階に波及し始め、賃金上昇を販売価格に転嫁する動きも続いているという判断です。

ここで問題になるのは、円安が単なる輸入価格の上昇にとどまらず、期待インフレを通じて賃金・価格設定に入り込むことです。企業が「原材料も人件費も上がる」と見れば、価格改定を前倒しします。家計が「今後も物価は上がる」と見れば、賃上げ要求も強まります。こうした循環は、デフレ脱却には必要な面がありますが、円安が主導すると購買力の低下を伴いやすくなります。

緩和的な金融環境という矛盾

日銀は、利上げ後も金融環境は緩和的だと説明しています。声明では、短中期ゾーンを中心に実質金利がなお低く、企業の資金需要が増加し、金融機関の貸出態度も積極的だとしています。

これは日銀にとっては、追加利上げの余地を示す論拠です。1.25%に上げても、実体経済を急激に冷やすほどではないという読みです。しかし市場にとっては、円安が続きやすい論拠にもなります。実質金利が低いなら、円を保有する魅力は強まりにくいからです。

名目政策金利が上がっても、期待インフレが同時に上がれば、実質金利は十分に引き締まりません。円安で輸入物価が上がり、それが期待インフレを押し上げるなら、利上げの通貨防衛効果は相殺されます。市場が「利上げが足りない、遅い」と急かすのは、この構図を見ているためです。

通貨防衛を難しくする介入と財政の限界

15兆3993億円介入後の残存圧力

財務省は、7月30日から8月26日までの外国為替平衡操作額を15兆3993億円と公表しました。さらに片山さつき財務相は、7月31日に米財務省と協調して円買いを実施したとする声明を出しています。為替介入は、急激で無秩序な値動きを抑えるには有効です。

ただし、介入は金利差や物価見通しを直接変える政策ではありません。円買い・ドル売りで一時的に需給を変えても、投資家が円の実質利回りや財政の持続性に疑問を持てば、円売りは戻ります。今回も、介入実績が公表された後に日銀が利上げしましたが、9月25日時点のドル円は158円台で推移しました。

通貨防衛が難しいのは、金融政策と為替介入の役割が違うからです。日銀の仕事は物価安定であり、財務省の仕事は為替市場の過度な変動への対応です。円安を止めたいという目的では重なりますが、日銀が景気を無視して利上げすることはできません。財務省も、恒常的に介入で水準を固定することはできません。

財政拡張観測が円を重くする構造

円安圧力には、財政面の視点もあります。景気対策や家計支援は短期的に需要を支えますが、財源の不透明さが強まると、長期金利や通貨の信認に影響します。日銀自身も、政府の各種施策が経済を下支えすると述べています。これは成長にはプラスですが、同時に需要や物価を押し上げる側面があります。

市場が警戒しているのは、財政が需要を押し上げ、日銀が物価対応のために利上げを迫られ、国債利払いや長期金利に別の圧力がかかる展開です。円安を防ぐために利上げを急げば、債券市場と景気に負担がかかります。利上げを抑えれば、円安と輸入インフレが残ります。

ここに日銀の内憂外患があります。内側では政策委員の見方が割れ、外側ではFRBの再利上げ、中東情勢、AI需要、財政拡張観測が同時に動いています。どれか一つの政策だけで円安を止められる局面ではありません。

投資家が次に確認すべき3つの指標

円安の出口を見極めるには、ドル円の水準だけを追うのでは不十分です。第一に、10月1日に公表予定の9月会合の「主な意見」で、反対票だけでなく賛成側がどれほど追加利上げを急いでいるかを確認する必要があります。

第二に、米国のインフレとFRBの追加利上げ見通しです。日銀が次に0.25ポイント動いても、FRBも同時に動くなら金利差は縮まりません。第三に、日本の実質金利と財政運営です。名目金利が上がっても期待インフレが上がり続ければ、円の支えは弱いままです。

今回の1.25%利上げは、日銀が正常化を止めていないことを示しました。しかし市場が求めているのは、単発の利上げではなく、物価、為替、財政をまたぐ一貫した政策反応です。通貨防衛の出口は、介入の有無ではなく、円を持つ理由が金利と信認の両面で戻るかどうかにかかっています。

参考資料:

松
松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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