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中国海洋戦略が台湾東方沖で日本の安保と経済を揺らし始めた深層

by 松本 浩司
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台湾東方沖が日本リスクに変わる背景

台湾海峡の緊張は、もはや台湾西側だけの問題ではありません。2026年9月、中国海警局は台湾東方沖で海警船「普陀山」を中心とする編隊の巡視を発表しました。中国側は通常の法執行と説明しますが、台湾側は主権と国際法を損なう行動だと反発しています。

台湾東方沖は、与那国島、石垣島、宮古島に近く、米軍や自衛隊が西太平洋から台湾周辺へ接近する際の重要な海域です。ここで中国海警、海軍、調査船が活動を常態化させると、台湾有事は日本の南西諸島、物流、企業の供給網を同時に揺らすリスクへ変わります。

中国が日本との武力衝突を決めていると読むのは早計です。しかし、軍事力、法執行機関、民間船舶、情報戦を組み合わせる準備は進んでいます。問題の核心は、戦争が始まる前から海の秩序が書き換えられる点にあります。

海警常態化と第一列島線の圧力拡大

中国海警が東側海域に置く既成事実

中国海警局は2026年9月3日、台湾東方沖で「常態化」した法執行巡視を実施したと発表しました。中国側の説明では、8月以降、同海域の管理を強め、航行や作業の秩序を守る目的だとしています。台湾側から見れば、自国周辺海域に中国の管轄権があるかのように見せる行動です。

この動きは突然始まったものではありません。台湾海巡署は2026年6月、中国交通運輸部が台湾東方沖で特別な海上交通執法を行うと発表したことに対し、中国には同海域で主権的権利や管轄権はないと反論しました。台湾側は、海巡署の巡視船を展開して監視したとも説明しています。

9月には別の動きも確認されています。ロイター配信を掲載したMarineLinkによると、中国自然資源部は8月10日から31日まで台湾東方沖の調査を実施し、海底の地質や構造を把握する目的だったと説明しました。海警の巡視、交通執法、海洋調査が重なることで、法的主張と現場のプレゼンスが一体化しています。

この海域が重要なのは、台湾の東側が従来「後背地」と見られてきたためです。台湾西側は中国大陸に近く、軍事圧力が集中してきました。ところが東方沖に中国の公船が継続的に現れれば、台湾は補給、退避、米日との連携の余地を狭められます。日本にとっても、与那国島や先島諸島周辺の平時の警戒負担が増します。

空母運用と無人機が広げる作戦半径

防衛省の2025年版防衛白書は、中国が第一列島線を越え、第二列島線に及ぶ日本周辺で活動を活発化させていると指摘しています。中国海軍艦艇が南西地域の海域を通過して太平洋と東シナ海を往来した公表件数は、2024年に2021年比で3倍以上に増えたとされています。

CSISのChinaPower分析も、2025年に中国の活動が台湾海峡、南シナ海、日本周辺、第一列島線外で広がったと整理しています。特に注目されるのは空母です。2025年には遼寧と山東が第一列島線外で計58日確認され、2024年の32日から大きく増えました。空母からの戦闘機・ヘリ発着も、公開情報ベースで推計1,680回に達したとされています。

台湾周辺の圧力も高止まりしています。ChinaPowerは、2025年の台湾ADIZへの中国軍機進入を3,764回と集計しました。2024年5月以降の月平均は319回で、それ以前の水準を大きく上回ります。台湾国防部の2026年9月1日の発表でも、中国軍機2機、海軍艦艇5隻、公務船5隻が台湾周辺で確認され、2機はいずれも台湾北部・東部のADIZに入りました。

ここで重要なのは、活動量そのものだけではありません。海軍、空軍、ロケット軍、海警、公務船、調査船が、別々の線ではなく同じ面を押している点です。中国は武力行使の一歩手前で相手の対応コストを上げ、平時と有事の境界を曖昧にしています。この曖昧さが、日本の政策判断と企業のリスク管理を難しくします。

軍民融合が封鎖能力を底上げする構造

漁船・商船・海警を結ぶ動員基盤

台湾有事のシナリオを侵攻だけで考えると、実態を見誤ります。より現実的なリスクは、検査、航行警告、演習区域設定、港湾周辺の圧力を組み合わせる封鎖や隔離です。CSISは2025年の台湾封鎖ウォーゲームで26のシナリオを検討し、中国は台湾のエネルギー部門に深刻な打撃を与え得る一方、封鎖は低コストで安全な選択肢ではなく、エスカレーション圧力を伴うと分析しました。

防衛白書も、中国が台湾周辺で封鎖を演練していると見ています。2024年5月と10月の演習では、台湾を取り囲む形で区域を設定し、海警局の活動も組み込まれました。防衛省は、米国など第三国の軍事介入を避けるため、法執行機関である海警局を前面に出すグレーゾーン封鎖の可能性を指摘しています。

この構造を支えるのが軍民融合です。中国の概念では、国家の産業力、港湾、物流、通信、AI、宇宙、サイバーを軍事能力に接続することが重視されます。米国防総省の中国軍事力報告に関する説明では、中国の統合後方支援部隊が民間製品やサービスを取り込み、動員時や戦時に交通経路の調整を担う可能性があるとされています。

南シナ海では、海上民兵の役割も大きくなっています。AMTIは、2025年に中国の海上民兵が南シナ海で過去最高規模の展開を示したと分析しました。台湾周辺では南シナ海と同じ形がそのまま再現されるわけではありませんが、漁船や民間船が監視、存在誇示、相手の海上把握の攪乱に使われる発想は共通しています。

造船力が生む平時からの戦時余力

中国の海洋圧力は、軍艦の数だけで説明できません。背景には、世界有数の造船・海運・港湾産業があります。米中経済安全保障調査委員会は、中国の造船産業の拡大が軍事近代化にもつながっていると分析しました。同委員会によれば、中国の年間船舶生産の約40%は軍と強いつながりを持つ造船所から生まれています。

同報告は、2015年から2023年に中国海軍が78隻の軍艦を追加した一方、米国は20隻だったとも整理しています。さらに、中国造船所は2024年に世界のLNG船納入の約20%、新規受注の38%を占めました。LNG船は高度な技術を要するため、ここでの伸長は商船分野だけでなく、設計、人材、部材、ドックの蓄積を示します。

この産業基盤は、平時には価格競争力と輸出力になります。有事には、修理、補給、輸送、動員の余力になります。日本企業にとっては二重の意味があります。中国発の安い船舶・港湾機器・物流網に依存すればコストは下がりますが、危機時にはその依存が供給制約や政治リスクとして跳ね返ります。

マクロ経済の視点では、これは「安全保障コストの外部化」が終わる過程です。これまで企業は、航路の安定、保険料の低さ、半導体供給、安価な海上輸送を前提に在庫と調達を最適化してきました。台湾東方沖の緊張は、その前提が政治によって突然変わることを示しています。

偶発衝突と経済分断が重なる日本の脆弱性

日本が最も警戒すべきなのは、全面戦争よりも、偶発衝突と経済ショックが同時に起きる局面です。中国海警船が台湾東方沖や尖閣周辺で常態化し、自衛隊、海上保安庁、台湾側、米軍の監視活動が重なれば、接近、警告、追尾、電波照射、航空機のスクランブルが連鎖しやすくなります。

尖閣周辺ではすでに圧力が日常化しています。海上保安庁の2025年版レポートは、2024年に中国海警局所属船舶の接続水域での確認日数が355日と過去最多になったと記しました。ChinaPowerは、2025年には中国公船などが尖閣周辺の接続水域で確認された日数が357日、延べ1,380隻に達したと整理しています。ほぼ毎日、現場で主権をめぐる摩擦が起きている計算です。

さらに、2025年5月には中国海警船搭載ヘリが尖閣周辺の日本領空に入ったとして、日本外務省が強く抗議しました。これは海の摩擦が空の摩擦に転じる例です。中国側が「法執行」を掲げ、日本側が主権侵害として対応する構図は、台湾東方沖でも起こり得ます。

経済面の脆弱性は、三つあります。第一は物流です。台湾東方沖からフィリピン海にかけての海域が不安定化すれば、東アジアのコンテナ航路、エネルギー輸送、航空路に迂回や保険料上昇が生じます。第二は供給網です。台湾の半導体、電子部品、工作機械関連の流れが滞れば、日本の自動車、電機、産業機械にも波及します。

第三は金融市場です。地政学リスクは円高要因にも円安要因にもなり得ます。安全資産として円が買われる場面はありますが、日本自身が紛争当事者に近づくと、エネルギー輸入コストや財政負担への懸念から円売り圧力も出ます。株式市場では、防衛関連だけが上がる単純な構図ではなく、海運、保険、素材、半導体、消費関連まで業績見通しが変わります。

米国防当局は、習近平氏が人民解放軍に2027年までに台湾侵攻の準備を整えるよう命じたと議会証言で説明しています。ただし、2027年は侵攻の予定日ではなく、能力整備の目標として読むべきです。だからこそ日本は、特定の日付を怖がるより、平時の圧力が積み上がる速度を見なければなりません。

企業と投資家が点検すべき三つの指標

台湾東方沖の変化は、安全保障専門家だけの論点ではありません。企業と投資家は、第一に中国海警や公務船の活動日数、第二に中国空母の第一列島線外での展開日数、第三に日米比台の海洋協力への中国の反応を継続的に見る必要があります。これらは危機の温度計になります。

企業は、台湾・中国・沖縄周辺を通る物流の代替ルート、在庫日数、サイバー攻撃時の業務継続、部材調達先の集中度を点検すべきです。投資家は、個別銘柄の短期材料ではなく、海上保険料、燃料価格、半導体納期、円相場、防衛費の増加が収益構造にどう入るかを確認する必要があります。

中国の狙いは、すぐに発砲することではなく、相手が慣れるまで現状を少しずつ動かすことです。日本に必要なのは過剰反応ではなく、平時から経済と安全保障を同じ表で管理する姿勢です。台湾東方沖で始まった変化は、海の秩序が日本経済の前提条件であることを改めて突きつけています。

参考資料:

松
松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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