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内部通報件数ランキングで読む企業統治の実力差と数字の見極め方

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はじめに

企業不祥事が起きるたびに、内部通報制度は機能していたのかという問いが浮かびます。その実効性を測る手がかりとして注目されやすいのが、企業が開示する内部通報件数です。ただし、この数字は売上高のように単純比較できる指標ではありません。件数が多い企業を「問題が多い会社」と見るのも早計ですし、件数が少ない企業を「健全な会社」とみなすのも危ういです。

実際、消費者庁は制度の実効性を高めるため、通報件数や対応結果の概要を従業員に開示することを推奨しています。つまり件数は、隠すべき数字ではなく、制度が使われているかを点検するための経営指標として位置付けられているわけです。本記事では、内部通報件数ランキングを見る際に押さえるべき制度の前提、数字の読み方、企業開示の実例を整理します。

通報件数ランキングが映す制度の実効性

法改正と開示が促した比較可能性

内部通報制度が経営指標として意識されるようになった背景には、公益通報者保護法の改正があります。消費者庁のQ&Aでは、常時使用する労働者が300人を超える事業者に対し、内部公益通報対応体制の整備が義務付けられていると明記されています。改正法の施行は2022年6月1日です。さらに消費者庁は2025年改正法について、2026年12月1日施行と案内しており、制度運用の厳格化はなお続く流れにあります。

加えて、消費者庁の指針の解説では、内部通報制度の運用実績として「通報件数、対応結果等」の概要を、個人情報に配慮しつつ従業員に開示することで、制度の信頼性を高める必要があるとしています。ここで重要なのは、件数が多いこと自体を問題視しているのではなく、件数を含む運用実績を見える化し、制度が使えるものだと組織内に認識させることが重視されている点です。

つまりランキングは、不祥事の多寡ランキングというより、開示文化と制度運用の成熟度を映すランキングとして読むべきです。開示している企業ほど比較対象に載りやすく、逆に開示が乏しい企業は見えにくくなります。この非対称性を理解せずに順位だけを追うと、判断を誤りやすくなります。

件数の多さは必ずしも悪材料ではない現実

消費者庁の2024年調査では、内部通報制度を導入していると答えた事業者のうち、年間受付件数が「0件」「1〜5件」または「把握していない」と回答した企業が全体の65%を占めました。300人超の事業者でも制度導入率は92%に達していますが、導入済みでも活用が進んでいない企業はなお多いということです。制度があることと、使われていることは別問題です。

就労者1万人アンケートでも同じ弱点が見えます。従業員規模301人以上1000人以下の勤務先では65.4%、5000人超でも45.7%が「窓口が未設置、または認知していない」と回答しました。制度理解が不十分な人の割合も、301人以上1000人以下で57.6%、5000人超で47.7%に上ります。件数が少ない背景に、法令順守の高さではなく、窓口の認知不足や心理的ハードルが潜んでいる可能性は十分あります。

消費者庁が企業不祥事の調査報告書265本を分析した資料でも、利用件数が少ないこと自体が見逃されてきた例が示されています。ある事例では、過去5年間で利用が1件しかないのに対策を取ってこなかった点が問題視されました。経営トップへの提言として、運用実績を定期的に分析し、従業員等に開示することが有効だとしています。低件数は安心材料ではなく、むしろ制度不全の兆候である場合があるのです。

数字を見極めるための比較軸

総件数だけでなく内訳と母数の確認

企業開示を見ると、同じ「件数」でも中身がかなり違います。IHIは2024年度のコンプライアンス・ホットライン通報件数が246件で、2023年度の314件から減少しました。一方で、2024年度にコンプライアンス違反と認定された件数は9件で、内訳は差別・ハラスメントが9件でした。受付件数が多いからといって、重大不正が大量に認定されたわけではありません。むしろ、相談や申告が窓口に集約されている姿と読む余地があります。

大和証券グループ本社も2024年度の受付件数は111件でしたが、内訳の中心はパワーハラスメント48件、セクシュアルハラスメント11件、職場環境関連34件です。法令違反だけでなく、職場の人権や労務環境の問題が窓口に上がっている構図が見えます。内部通報は会計不正や品質不正だけの仕組みではなく、組織風土の温度を測る窓口にもなっています。

デンカは2024年度の内部通報件数を41件と開示し、内訳の61%がハラスメントでした。さらに同社は「連結従業員数/通報1件」という指標も示し、2024年度は160人に1件でした。こうした母数補正は、件数比較の精度を上げます。長瀬産業でも2024年度のグループ内部通報件数は79件と開示されていますが、単独の件数だけでは多いか少ないかは判断しにくく、対象範囲や従業員規模との照合が欠かせません。

ランキングを見るときに外せない三つの視点

第一に、利用対象者の範囲です。消費者庁の指針の解説は、従業員だけでなく、役員、子会社や取引先の従業員、退職者まで幅広く通報対象に含めることが適当だと示しています。対象を広げれば、件数は増えやすくなります。

第二に、匿名性と独立性です。消費者庁の不祥事分析では、上司への相談が前提だと誤解される周知や、多言語対応の欠如、通報後の不適切対応が制度利用を阻害すると指摘されています。社外弁護士窓口や多言語窓口を備える企業と、形式的な社内窓口しかない企業では、同じ1件の重みが違います。

第三に、運用後のフィードバックです。通報者保護が徹底され、結果が一定程度戻ってくる企業ほど、次の通報も起きやすくなります。件数は制度への信頼の蓄積でもあり、短期的な増減だけで評価すべきではありません。ランキングはあくまで入口であり、見るべき本丸は内訳、認知度、対象範囲、是正の仕組みです。

注意点・展望

内部通報件数ランキングで最も避けたい誤読は、「多い会社ほど危険、少ない会社ほど安全」という単線的な見方です。行政資料と企業開示を並べると、実態は逆のこともあります。件数が増えるのは、制度が周知され、匿名性が担保され、ハラスメントや労務問題まで拾えるようになった結果かもしれません。

一方で、件数が多ければ無条件に評価できるわけでもありません。IHIや大和証券、デンカのように内訳や認定件数まで開示してはじめて、数字は文脈を持ちます。件数だけを誇示し、対応結果や再発防止策が見えない場合は、透明性としては不十分です。

2026年12月1日に施行される改正公益通報者保護法を見据えると、今後は単に窓口を持つだけでなく、どれだけ信頼され、使われ、是正につながっているかが問われます。件数開示は、ESGや人的資本開示と同じく、企業統治の説明責任の一部として重みを増していく可能性が高いです。

まとめ

内部通報件数ランキングは、企業の不正件数を単純に並べた表ではありません。制度が知られているか、使われているか、守られているかを映すガバナンス指標です。消費者庁の指針や調査は、件数や対応結果の開示が制度の信頼性を高めると示しており、低件数も高件数も、そのままでは評価できないことを示しています。

読者が見るべきなのは、順位そのものではなく、件数の内訳、対象範囲、認知度、通報後の対応です。企業を比較するなら、総件数だけでなく、従業員規模やハラスメント比率、認定件数まで踏み込んで確認することが必要です。ランキングの数字は、企業統治の入口であって結論ではありません。

参考資料:

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