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ホルムズ危機下で売れる日用品、沈む商品のナフサ不足起点の境界線

by 伊藤 大輝
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ホルムズ危機が日用品の棚を揺らす構図

ナフサ不足は、ガソリンのように給油所で見える危機ではありません。ところが、影響は食品ラップ、家庭用手袋、ポリ袋、洗剤ボトル、印刷インキ、接着剤、建材まで広がります。消費者にとっては「いつもの商品が高くなる」「同じ商品でも包装が変わる」「店頭で買える量が制限される」という形で表れます。

今回重要なのは、ナフサそのものの総量だけではなく、川上から川下までの流れです。政府は備蓄原油の活用や中東以外からの輸入拡大で必要量を確保できると説明しています。一方で、経済産業省も一部で供給の偏りや流通の目詰まりが起きていると認めています。生活用品の売れ方が変わる理由は、この「総量はあるが、必要な場所に必要な形で届きにくい」というずれにあります。

ナフサ不足が石化ラインを止める理由

原油から生活用品へ続く長い工程

ナフサは原油を精製する過程で得られる石油製品です。これを高温で分解すると、エチレンやプロピレンなどの基礎化学品になります。そこからポリエチレン、ポリプロピレン、塩化ビニール、合成ゴム、界面活性剤、溶剤、接着剤などが作られます。つまり、店頭で見るラップや手袋は、原油から数段階を経た「川下」の商品です。

この構造では、川上のわずかな制約が川下で大きく見えます。ナフサが不足すると、石化メーカーはエチレン設備を落とします。エチレンが細れば、包装フィルム、ボトル、トレー、合成繊維、塗料、接着剤まで影響範囲が広がります。石化プラントは止めればすぐ再開できる設備ではないため、メーカーは完全停止を避けながら低稼働を選ぶ傾向があります。

石油化学工業協会の2026年3月実績では、エチレン生産量は272.6千トンで、前年同月比39%減でした。FNNは同月のエチレン設備稼働率が68.6%となり、統計開始以来初めて70%を下回ったと報じています。生産量が減ると、メーカーの在庫、商社の配分、小売現場の発注量が順に絞られます。消費者が変化に気づくのは、かなり下流に来てからです。

中東依存が高い日本の調達構造

日本のナフサ供給は、国内精製と輸入の組み合わせで成り立っています。内閣府の資料では、2025年の国内生産量は約1310万キロリットル、輸入量は約2039万キロリットルで、国内需要の過半を輸入に頼っています。さらに、ナフサの輸入先は中東比率が高く、石油化学工業協会の2024年統計では中東合計が73.6%でした。

ホルムズ海峡は、この調達構造の急所です。IEAのファクトシートによれば、2025年には同海峡を約日量2000万バレルの石油が通過し、世界の海上石油貿易の約25%に当たります。代替できるパイプライン能力は日量350万から550万バレル程度とされ、全量を置き換える余力はありません。EIAも、ホルムズを通る原油・コンデンセートやLNGの大半がアジア向けだと整理しています。

ここで注意したいのは、ナフサ不足が「輸入ナフサ」だけの問題ではない点です。国内で精製されるナフサも、原料となる原油の多くを中東に依存します。丸紅経済研究所は、国産ナフサの原料となる原油でも中東比率が高いと指摘しています。輸入品を別地域から買い足しても、価格、船腹、規格、到着時期がずれれば、同じ品質の中間素材をすぐ同量だけ作れるわけではありません。

製造業全体に広がる調達リスク

帝国データバンクは、ナフサ由来の川上・川中製品に関わる国内製造業を分析し、関連する製造業が4万6741社に上るとしました。これは集計対象の全製造業の約3割に当たります。業種別では「化学工業、石油・石炭製品製造」の67.2%が該当し、ゴム製品、紙加工、窯業・土木製品、印刷関連、食品製造にも影響が及ぶ構造です。

この数字が示すのは、ラップや手袋だけを見ていては実態を見誤るということです。食品メーカーは容器や包装材を使い、印刷会社はインキや溶剤を使い、建設現場は接着剤や塩ビ資材を使います。完成品の原材料欄に「ナフサ」と書かれていなくても、工程のどこかでナフサ由来の素材を使っていれば、供給制約や価格上昇は避けにくくなります。

売れる商品と沈む商品を分ける消費心理

ラップと手袋に集中する備蓄心理

ナフサ不足で消費者が先に反応しやすいのは、単価が比較的低く、保管しやすく、日々の使用頻度が高い商品です。食品ラップ、食品保存袋、ポリ袋、家庭用手袋、使い捨て手袋、ゴミ袋はその典型です。これらは一度に大量購入しても腐らず、家庭内で用途も広いため、価格上昇や品薄のニュースが出ると買い足し需要が起きやすい商品です。

生活者調査にも、この心理は表れています。くふう生活者総合研究所の調査を報じたLogistics Todayによると、2026年5月15日から18日にかけて8383人を対象にした調査で、ナフサ供給不足を知っている人は93.5%でした。懸念として最も多かったのは商品・サービス価格の高騰で71.1%、次いで必要な商品が手に入らなくなることが64.8%でした。

この認知率の高さは、店頭需要を押し上げる条件になります。コロナ禍のトイレットペーパーのように、必ずしも本当に即時欠品する商品だけが買われるわけではありません。「今なら買える」「来月は値上がりするかもしれない」という判断が、家庭の在庫を増やします。小売店の販売データで短期的な伸びを見る際には、実需と先回り需要を分けて読む必要があります。

包装資材が小売価格を押し上げる経路

食品スーパーの現場では、消費者が購入する商品そのものだけでなく、店が使う包装資材のコストが上がっています。FNNは新潟市のスーパーで、5月下旬から買い物用ビニール袋の仕入れが30%値上がりし、無料配布の袋やトレー、シールも30%ほど値上がりする見込みだと報じました。MRT宮崎放送は、延岡市のスーパーで弁当容器が1個30円から50円になり、トレーやラップフィルムがおよそ3倍値上がりしていると伝えています。

包装資材の値上げは、家計には見えにくい形で効きます。弁当や総菜の価格に転嫁される場合もあれば、容器を簡素にする、裸売りを増やす、無料ポリ袋を減らすといった販売方法の変更になる場合もあります。商品価格が据え置かれていても、内容量、包装、利便性が変われば、消費者の実質負担は増えます。

食品メーカーでも同じ圧力が出ています。カルビーは2026年5月12日、中東情勢に伴う一部原材料の供給不安定化を受け、ポテトチップス、かっぱえびせん、フルグラなど計14品の包装を一時的に2色印刷へ変更すると発表しました。対象商品は5月25日の週から順次店頭に並ぶ予定です。中身の品質は変わらなくても、包装インキの色数を減らす判断は、ナフサ不足が「見た目」にまで届いた象徴です。

アルミホイルとインキに及ぶ別ルート

売れた商品を考える際、ナフサ由来かどうかだけで線を引くと不十分です。ホルムズ危機は石油だけでなく、アルミニウムや海上物流にも波及しています。住友商事グローバルリサーチは、カタールやバーレーンの製錬所が生産縮小や不可抗力の影響を受け、中東のアルミ供給が混乱していると分析しています。家庭用アルミホイルはナフサ由来ではありませんが、同じ地政学リスクに反応して買われやすい商品です。

印刷インキも別の入口から生活に近づきます。包装用インキには樹脂、顔料、添加剤、溶剤が使われ、石油化学原料の影響を受けます。DICグラフィックスは、グラビア・フレキソインキや接着剤製品などについて、原油・ナフサをはじめとする石油化学原料の調達環境悪化を理由に価格改定を発表しました。色が減る、柄が簡素になる、結束テープが無地になるといった変化は、単なるデザイン変更ではなく調達制約への対応です。

全国の小売販売データを扱うインテージSRI+は、スーパー、コンビニ、ドラッグストアなど約6000店舗から販売情報を収集し、家庭用手袋、ラッピングフィルム、アルミホイル、食品包装用品、洗剤、紙・衛生用品などを対象カテゴリーに含みます。こうしたカテゴリーは、ホルムズ危機下の消費変化を測るうえで重要な観測点です。ランキング上位の商品を見るより、どの素材と用途に需要が集まったかを読む方が、次の品薄を予測しやすくなります。

一方、伸びにくい商品には季節要因、価格転嫁、供給制約という別の論理があります。売上減を単なる需要減と見なすと、判断を誤ります。

季節商品と嗜好品に出る需要の逆風

ナフサ不足の局面でも、すべての日用品が売れるわけではありません。短期の販売ランキングで売れにくくなる商品には、主に三つの理由があります。第一に、気温や季節で需要が自然に落ちる商品です。使い捨てカイロ、防寒関連品、冬向けの一部衛生用品などは、供給不安とは関係なく春以降に売れ行きが落ちます。

第二に、価格上昇で買い控えが起きる商品です。包装材のコストが上がると、菓子、弁当、総菜、飲料、日用品の小型容器商品などに転嫁圧力がかかります。消費者は生活必需性の高いラップやゴミ袋を先に確保する一方、嗜好品や代替可能な商品は購入頻度を落とします。見た目の価格が数十円上がるだけでも、節約志向が強い局面では販売数量に響きます。

第三に、供給制約によって「売れない」商品です。需要がないのではなく、店頭に並べる量が減るため販売実績が落ちます。容器が足りない、ラベルが間に合わない、インキや接着剤が不足する、物流コストが上がるといった制約は、メーカーや小売の販売機会を直接減らします。ナフサ不足下の売れ筋分析では、需要減と供給不足を混同しないことが重要です。

現場で起きる販売方法の変化

小売現場では、袋、トレー、ラップ、シール、ラベルがそろわなければ、商品を同じ形で売れません。店は包装を薄くする、簡素包装に変える、量り売りを増やす、容器持参を促す、レジ袋価格を見直すといった対応を取ります。これは原料不足への合理的な対応ですが、消費者には「いつもの買い物が少し不便になった」と見えます。

売れにくい商品の中には、この不便さが影響するものもあります。例えば、総菜や刺身のように容器と見栄えが購買判断に直結する商品では、包装の簡素化が購買意欲を下げる可能性があります。逆に、袋やトレーを節約するために大容量品へ誘導すれば、単身世帯や高齢世帯には買いにくくなります。素材の制約は、売り場の設計そのものを変えます。

製造現場でも、同じことが起きています。TBS NEWS DIGは、中国のプラスチック製品工場で原材料費が5%から10%程度上がり、日本向けの製品にも影響が出る可能性を報じました。海外の加工品に依存している商品ほど、原料、輸送、為替、現地在庫の影響を重ねて受けます。日本国内でナフサを確保できても、海外で作る部材が詰まれば、完成品は届きません。

価格転嫁が消費を冷やす連鎖

企業側は、原料高をすべて吸収できません。ナフサ由来の素材は、多くの商品で原価の一部にすぎませんが、容器、袋、ラベル、接着剤、物流資材まで同時に上がると、積み上がったコストは無視できなくなります。野村総合研究所は、日用品の価格上昇による家計負担を年間1.8万から2.6万円程度と試算しています。

この負担が広がると、消費者は買う商品を選別します。必需品は早めに買い、嗜好品は減らし、同じ機能なら安いプライベートブランドや詰め替え品を選びます。小売にとっては、単価が上がって販売金額が増えても、数量が落ちれば売り場の回転は悪くなります。売れた商品と売れにくい商品は、どちらも同じ供給不安から生まれる表裏の現象です。

供給確保の説明でも残る流通目詰まり

政府は、備蓄原油の活用、中東以外からの輸入拡大、ポリエチレンなど中間段階の化学製品の在庫を組み合わせれば、石油由来化学品の供給を年を越えて継続できる見込みだと説明しています。この説明は、パニック買いを抑えるうえで重要です。実際、三井化学や三菱ケミカルグループなど大手化学会社では、代替調達が進み、数カ月先の原料確保にめどが立ちつつあるとの発信も出ています。

ただし、総量の確保と個別商品の安定供給は同じではありません。ポリエチレン、塩ビ、溶剤、インキ、接着剤、合成ゴムは、それぞれ仕様、納期、用途、認証が異なります。食品包装や医療用品では、すぐに別素材へ切り替えられない場合もあります。経済産業省がいう流通の目詰まりとは、こうしたミスマッチが現場ごとに発生する状態です。

リスクは三つあります。第一に、価格転嫁が遅れる中小企業ほど資金繰りが悪化することです。第二に、代替調達が大企業に偏り、下請けや地域の小売に資材が回りにくくなることです。第三に、消費者の先回り購入が局地的な欠品を増幅することです。ナフサ不足は、原料の問題であると同時に、配分と情報の問題でもあります。

家計と企業が取るべき調達の再設計

家計が取るべき対応は、過度な買いだめではありません。ラップ、ゴミ袋、手袋、食品保存袋など、使用頻度が高いものを普段より少し厚めに持つ程度が現実的です。必要量を把握せずに買い占めると、地域の欠品を早め、結果として価格上昇を招きます。代替できる用途は、容器の再利用、詰め替え品、簡素包装の商品選択で補えます。

企業に必要なのは、原料価格だけでなく「包装・副資材」を含めた調達再設計です。主要原料の二重購買、包装仕様の簡素化、インキ色数の削減、容器規格の統一、リサイクル材の採用、顧客への価格改定説明を一体で進める必要があります。代替材料の採用は、品質試験や納入先承認まで含む工程問題です。

今回の危機は、ナフサが見えない基礎インフラであることを可視化しました。売れた商品の背後には家庭の防衛心理があり、売れにくい商品の背後には季節、価格転嫁、供給制約があります。読者が注視すべきなのは、店頭の欠品だけではありません。エチレン稼働率、包装資材の値上げ、企業の仕様変更、政府の流通対策を合わせて見ることで、次に暮らしへ波及する商品を早く読み取れます。

参考資料:

伊藤 大輝

テクノロジー・産業動向

製造業のDX・新素材開発からモビリティの未来まで、技術革新がもたらす産業構造の変化を現場視点で伝える。

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