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都市保育のまちに開く理想の保育園経営、地域連携と補助金の現実

by 小林 美咲
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都市保育が量から質へ移る転換点

保育園をめぐる関心は、待機児童の解消だけでは測れない段階に入っています。こども家庭庁の令和7年4月時点の取りまとめでは、全国の保育所等利用定員は303万人、利用児童数は268万人、待機児童数は2254人でした。一方で東京都は令和8年4月時点の保育サービス利用児童数を32万5918人、待機児童数を1113人と公表し、前年から待機児童が774人増えています。

このずれは、少子化で需要が一様に減るわけではなく、都市部では共働き、転入、保育料無償化、住宅開発などが重なり、保育ニーズが局地的に強まることを示しています。そこで問われるのは、単に定員を増やす政策ではなく、子どもの育ち、保護者支援、保育者の働き方を同時に支える経営です。練馬区小竹向原から始まった「まちの保育園」は、その難題に地域連携で向き合ってきた事例です。

小竹向原モデルを形づくる地域接点

パン屋がつくる日常的な入口

まちの保育園 小竹向原は、東京都練馬区小竹町にある認可保育所です。公式情報では、対象は生後57日から未就学児、月極保育定員は80名、開所時間は7時30分から20時30分とされています。施設概要には、配置基準以上の職員体制、栄養士・調理師、看護師、コミュニティコーディネーターの存在も明記されています。

特徴的なのは、園が地域から切り離された施設ではなく、地域の人が自然に近づける構造を持つことです。入口付近にはベーカリーカフェ「まちのパーラー」があり、保護者だけでなく近隣住民や働く人も利用できます。園見学やイベントの日だけ地域に開くのではなく、パンを買う、昼食をとる、子どもの気配を感じるという日常の接点がつくられています。

この設計は、保育園を「預ける場所」から「地域の育ちの拠点」へ広げる発想です。建築・地域事例を紹介するProjects’ CATA-Logも、小竹向原園について、まちと保育園が近しく協働できる関係を目指した事例として紹介しています。カフェやギャラリーのような中間領域は、保育室の内側に地域を無理に入れる仕掛けではありません。園と街の間に、子ども・保護者・住民が互いに存在を感じられる余白を置く仕組みです。

専任職が担う橋渡し

まちの保育園・こども園の考え方で重要なのは、地域連携を善意や偶然に任せていない点です。公式サイトでは、各園にコミュニティコーディネーターを置き、子どもの興味や関心に寄り添いながら、地域、子ども、保護者、保育者をつなぐ役割だと説明しています。

保育の現場では、地域連携はしばしば「行事の協力者探し」になりがちです。しかし、子どもが虫に関心を持ったら近隣の自然に詳しい人へ、商店に興味を持ったら地域の仕事へ、保護者が孤立していれば相談できる人や場へつなぐには、日常的に地域を観察し、関係を温める人が必要です。コミュニティコーディネーターは、その関係資本を育てる専門職だといえます。

この役割は、保育者の専門性を薄めるものではありません。むしろ保育者が子どもの姿を読み取り、次の環境を構成するための選択肢を増やします。子どもの問いが園庭や保育室で完結せず、街の人、店、自然、文化に広がるほど、保育者には記録、対話、調整、リスク管理の力が求められます。地域に開く園ほど、専門職同士の分業と協働が欠かせないのです。

研究と実践を循環させる設計

ナチュラルスマイルジャパンは2010年に設立され、2011年に小竹向原園を開園しました。その後、六本木、吉祥寺、代々木上原、代々木公園、南青山へと展開し、都内で複数の保育所・認定こども園を運営しています。会社概要には、2017年のレッジョ・チルドレン国際ネットワーク加入、2018年の東京大学大学院教育学研究科との協定も記載されています。

ただし、同園はレッジョ・エミリア教育をそのまま輸入しているわけではありません。公式サイトでも、国民性や文化が異なれば保育内容は変わるため、自分たちの保育を実践していると説明しています。ここに、教育実践としての強さがあります。理念を掲げるだけでなく、記録、対話、研修、外部研究機関との連携を通じて、保育者が学び続ける構造を組み込んでいるからです。

保育は属人的な力量に左右されやすい仕事です。優れた園長や保育士がいる間だけ質が保たれるモデルでは、園数を増やした時に再現性が失われます。まちの保育園の注目点は、地域接点をつくる空間、橋渡しを担う職種、理念を振り返る組織学習を組み合わせ、保育の質を個人技だけに閉じ込めない経営にあります。

理想の保育を支える公定価格の制約

配置基準を上回る人員の意味

小竹向原園の公式概要には、配置基準以上のゆとりある職員配置と記されています。これは保護者にとって安心材料ですが、経営上は重い固定費です。保育士の配置基準は近年見直され、こども家庭庁の資料では、令和6年度に4・5歳児が30対1から25対1へ、3歳児が20対1から15対1へ改善されました。1歳児についても、令和7年度から5対1に改善した施設への加算が設けられています。

この改善は重要です。乳幼児期の保育では、安全確認、生活援助、遊びの見取り、保護者対応、記録、会議、環境整備が同時に発生します。職員1人が見る子どもの数が少なくなれば、事故防止だけでなく、子どもの表情や関係性の変化を読み取る余裕が生まれます。

ただし、基準の改善は「理想の保育に必要な人員がすべて制度で賄われる」ことを意味しません。コミュニティコーディネーター、アトリエリスタ、十分なノンコンタクトタイム、地域連携の調整時間などは、最低基準の表には表れにくい投資です。まちに開く保育園ほど、子どもの前に立つ時間だけでなく、子どもの世界を広げるための準備時間にコストがかかります。

公定価格と補助金の限界

認可保育所の収入の柱は、国の公定価格と自治体の補助です。こども家庭庁は、公定価格の試算ソフトについて、利用定員や各加算の適否を入力して年間総額を概算できるものと説明しています。公定価格FAQでも、定員区分は利用定員を基準にすること、単価には基本部分や加算部分があることが示されています。

この仕組みは、全国で一定水準の保育を支える基盤です。しかし、収入が制度上の単価と加算に大きく左右される以上、園独自の理念に基づく上乗せ人員や地域拠点機能は、すべてが自動的に補填されるわけではありません。東京都には保育士等キャリアアップ補助金のように、入所児童1人当たりの月額単価と在籍児童数で算定し、人件費改善に充てる支援もあります。それでも、補助金には対象経費、交付条件、情報公開などの要件があります。

つまり、理想を実装する園ほど、制度で評価される部分と、園が自ら負担する部分の境目に向き合う必要があります。地域に開くためのカフェ的空間、外部人材との協働、保育者の研修、記録を深める時間は、長期的には保育の質を高めます。しかし短期の収支だけを見れば、利益を圧迫する要素にもなります。創業期の保育園経営が資金繰りに苦しみやすい理由は、ここにあります。

採用市場が押し上げる固定費

人員を厚くするには、採用できる市場が必要です。こども家庭庁が公表した令和8年7月の保育士有効求人倍率は、全国で2.80倍、全職種平均は1.15倍でした。東京都は4.04倍で、全国平均を大きく上回っています。これは、都市部の保育園が人を増やしたくても、採用競争が非常に厳しいことを示します。

保育士不足は、単なる人数の問題ではありません。人が足りない職場では、休憩や記録の時間が圧縮され、若手の育成も後回しになります。そうなると離職が増え、さらに採用が難しくなる循環が生まれます。逆に、職員配置に余白があり、対話や研修の時間を確保できる園は、保育者が専門職として成長しやすくなります。

まちの保育園・こども園が公表する園づくりの報告では、職員同士の対話、研修費用の一部支援、ノンコンタクトタイム、ウェルビーイングアンケートなどが紹介されています。これは福利厚生の話にとどまりません。保育者の学びと働き続けやすさを経営の中心に置かなければ、地域に開く保育は持続しないという判断です。

教育分野では、理念の高い現場ほど、個人の献身に依存しやすい危うさがあります。まちに開く保育を本当に続けるなら、「よい人が頑張る」では足りません。役割を分け、時間を確保し、研修に投資し、採用市場の変化に応じて処遇を整える必要があります。理想の保育園経営とは、理念を語る力よりも、理念を日々の労務と財務に落とす力が問われる仕事です。

人口動態と保育需要が揺らす拡張戦略

まちの保育園・こども園は、小竹向原から複数地域へ広がりました。博報堂のインタビュー記事やBEARS MAGAZINEでも、都内6園での展開や、実践・共創・研究を循環させる考え方が紹介されています。これは単なる多店舗化ではなく、地域ごとに異なる街の資源を保育環境に変える試みです。

ただし、今後の拡張には慎重な読みが必要です。全国では保育利用児童数が減少する局面があり、地域によっては定員割れが現実になります。一方で東京都のように、利用児童数と待機児童数が同時に増える地域もあります。東京都は待機児童増の背景について、出生数、共働き世帯、保育料無償化など複合的な要因を挙げています。

この環境では、園を増やせばよいという発想は危ういです。保育需要は、駅ごとの住宅開発、年齢別人口、保護者の就労形態、近隣園の定員、自治体の補助制度で大きく変わります。特に、地域に開く園は、単に空き物件へ入るだけでは成立しません。カフェやギャラリーのような接点が機能する立地、協働できる商店や公共施設、住民が園を受け入れる土壌が必要です。

もう一つのリスクは、理念の希薄化です。6園に広がると、各園の地域性を尊重しながら、共通する保育観をどう保つかが難しくなります。画一的なマニュアルで縛れば、まちに開く柔軟性が失われます。各園に任せきれば、質のばらつきが生まれます。だからこそ、記録、対話、研修、研究連携を通じて、理念を現場で翻訳し続ける仕組みが重要になります。

保護者と自治体が見極める持続条件

まちに開く保育園の価値は、見た目のしゃれた空間や有名なカフェだけでは判断できません。保護者が見るべきなのは、配置基準を上回る人員があるか、職員が記録や振り返りに使える時間があるか、地域連携が行事ではなく日常に根づいているか、そして情報公開や財務の透明性が確保されているかです。

自治体にとっても、こうした園は単なる保育定員の供給者ではありません。孤立しがちな子育て家庭と地域資源をつなぎ、保育者の専門性を地域へ開き、子どもを中心に街の関係を編み直す拠点になり得ます。その価値を評価するには、待機児童数だけでなく、家庭支援、職員定着、地域参加、保育の記録といった指標を組み合わせる必要があります。

理想の保育園経営は、補助金だけでも、善意だけでも続きません。制度で支える部分、利用者と地域が理解する部分、事業者が経営努力で担う部分を切り分け、無理のない形で重ねることが必要です。小竹向原から広がった「まちの保育園」の実践は、都市の保育が量の確保から質の持続へ移る時代に、何へ投資すべきかを考える手がかりになります。

参考資料:

小
小林 美咲

キャリア・教育

キャリア形成・教育改革・リスキリングなど、人と学びの接点を取材。変化する時代に求められる「働く力」を問い続ける。

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