首都直下地震で建物全壊が多い東京の街ランキングと備えの早見表
全壊棟数が示す東京の都市リスク
東京都の首都直下地震被害想定を読むとき、最初に確認すべき点は「予測」ではなく「条件付きのシミュレーション」だという前提です。都は令和4年5月25日に、都心南部直下地震、多摩東部直下地震、大正関東地震、立川断層帯地震などを対象に、建物、人的被害、ライフライン、経済被害を見直しました。令和8年度第1回の東京都防災会議では、令和8年4月30日から5月14日までの書面開催で、新たな被害想定の検討開始と地震部会の設置も扱われています。
この記事では、現時点で公表済みの詳細な区市町村別データとして、令和4年の東京都想定を基準にします。対象は最大被害が出やすい「都心南部直下地震、冬・夕方、風速8m/s」のケースです。建物全壊は揺れ、液状化、急傾斜地崩壊によるものを指し、火災による焼失とは分けて読みます。この区別を誤ると、自宅の耐震化で減らせるリスクと、地域の延焼遮断や初期消火で減らすリスクが混同されます。
東京は人口と事業所が密集し、住宅被害が生活再建だけでなく通勤、物流、金融決済、医療、行政機能にまで波及します。建物全壊が多い街の順位は、不安をあおるための表ではありません。どの地域で耐震化、家具固定、液状化対策、火災対策、避難生活の準備を急ぐべきかを見える化するための材料です。
足立区が突出する全壊棟数の構造
上位10自治体に集中する揺れ被害
東京都の区市町村別表では、都心南部直下地震で揺れ、液状化、急傾斜地崩壊による全壊が最も多いのは足立区です。全壊棟数は1万1952棟で、都内自治体で唯一1万棟を超えます。次いで大田区が8538棟、江戸川区が6656棟、江東区が6600棟、世田谷区が6464棟です。
| 順位 | 区市町村 | 全壊棟数 | 建物総棟数 | 全壊率の目安 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 足立区 | 11,952棟 | 145,465棟 | 8.2% |
| 2 | 大田区 | 8,538棟 | 145,496棟 | 5.9% |
| 3 | 江戸川区 | 6,656棟 | 132,409棟 | 5.0% |
| 4 | 江東区 | 6,600棟 | 51,024棟 | 12.9% |
| 5 | 世田谷区 | 6,464棟 | 189,303棟 | 3.4% |
| 6 | 墨田区 | 5,398棟 | 47,750棟 | 11.3% |
| 7 | 荒川区 | 5,388棟 | 41,405棟 | 13.0% |
| 8 | 葛飾区 | 4,589棟 | 105,945棟 | 4.3% |
| 9 | 北区 | 3,222棟 | 64,426棟 | 5.0% |
| 10 | 品川区 | 2,892棟 | 63,483棟 | 4.6% |
上位10自治体はすべて23区です。ただし、単純に「東部ほど危険」と見るのは粗い理解です。世田谷区は建物総棟数が18万9303棟と大きく、全壊率の目安は3.4%でも全壊棟数では5位に入ります。一方、荒川区や江東区は建物総棟数が比較的少なくても、全壊率の目安が1割を超えます。棟数の多さと、地域内の脆弱性の高さは分けて見る必要があります。
原因別に見ると、全壊の大半は揺れによるものです。都全体では、揺れによる全壊が8万530棟、液状化が1549棟、急傾斜地崩壊が120棟で、合計8万2199棟です。東京都の報告書は、全壊する建物の約8割が旧耐震基準であるとも示しています。つまり、ランキングの中心にあるのは、地名そのものではなく、建物の築年、構造、補強状況です。
棟数と全壊率を分ける視点
足立区の数字が大きい理由は、建物総棟数が多く、揺れによる全壊が1万1848棟と突出しているためです。大田区も総棟数が14万5496棟あり、揺れによる全壊が8302棟に達します。江戸川区は液状化による全壊が286棟、大田区は233棟、葛飾区は470棟と、揺れ以外の地盤要因も無視できません。
ただし、全壊率で見ると景色は変わります。荒川区は全壊率の目安が13.0%、江東区は12.9%、墨田区は11.3%です。建物数が少ないため総棟数ランキングでは中位でも、地域内で被害が発生する密度は高くなります。この密度の高さは、救助、避難所、道路閉塞、災害廃棄物の処理を同時に難しくします。
都市経済の視点では、被害棟数は「壊れる家の数」にとどまりません。住宅の倒壊は、住民の避難、職場への移動不能、地元商店の営業停止、修繕需要の急増、保険金支払い、自治体財政の支出増に連鎖します。全壊が多い街は、生活被害と経済被害が同じ場所で積み上がる街でもあります。
ここで重要なのは、ランキングを住まい選びの単純な序列に使わないことです。区単位の平均は、町丁目単位の差を隠します。東京都の地域危険度測定調査は、都内の市街化区域5192町丁目を対象に、建物倒壊危険度、火災危険度、総合危険度を5段階で示しています。同じ区内でも、駅前の非木造建物が多い街区と、細街路に古い木造住宅が集まる街区では、必要な備えが大きく違います。
液状化と木密地域が重ねる被害経路
液状化が押し上げる低地の復旧負担
液状化による全壊棟数は、都全体では1549棟で、揺れによる8万530棟に比べれば小さく見えます。しかし、液状化は復旧の質を変えます。建物が完全に倒れなくても、傾斜、基礎の損傷、上下水道や道路の段差が発生すれば、生活再建は長期化します。港湾、物流施設、工場、倉庫が集まる湾岸部では、住宅被害と産業インフラの被害が同時に起きる可能性もあります。
葛飾区の液状化による全壊は470棟、江戸川区は286棟、大田区は233棟です。いずれも河川、低地、埋立地、沖積地を抱える地域です。江東区は全壊総数では4位ですが、表上の液状化全壊は27棟で、主因は揺れです。これは「湾岸なら液状化だけが問題」という見方が不十分であることを示します。地盤と建物耐震性のどちらが効くかは、街区ごとの建物分布で変わります。
自宅を点検するときは、ハザードマップや液状化予測図だけでなく、建物の基礎、築年、増改築歴、周辺道路の幅を合わせて確認する必要があります。1980年以前に建てられ耐震補強していない建物は、東京都の「東京マイ・被害想定」でも「耐震性なし」として扱われます。1981年以降の新耐震基準でも、木造住宅は2000年基準の確認が重要です。熊本地震では、旧耐震だけでなく2000年以前の新耐震木造にも倒壊被害が見られたためです。
焼失棟数まで含めた街区の脆弱性
建物全壊ランキングは揺れや地盤の弱さを示しますが、首都直下地震で東京の被害を大きくするもう一つの要因は火災です。東京都の想定では、都心南部直下地震の冬・夕方・風速8m/sで、出火は915件、初期消火されず消防活動が必要となる炎上出火は623件です。火災による焼失棟数は11万8734棟で、揺れ被害との二重計上を除いても11万2232棟に達します。
この数字は、全壊棟数だけでは都市リスクを過小評価することを意味します。たとえば、世田谷区は揺れなどによる全壊が6464棟ですが、火災焼失は1万9989棟です。大田区も全壊8538棟に対して、火災焼失は1万8884棟です。足立区、江戸川区、杉並区、墨田区などでも、火災が建物被害を大きく押し上げます。
木造住宅密集地域では、古い住宅、狭い道路、公園や広場の不足、消防活動の難しさが重なります。東京都は不燃化特区制度で、老朽建築物の除却や建替え、公園・広場整備、住替え助成などを支援してきました。令和8年4月時点では、地区指定の見直しにより44地区が不燃化特区に指定されています。木造住宅密集地域整備事業では、主要生活道路の拡幅や電線地中化、公園整備、共同建替え支援も行われています。
ただし、街区の不燃化は時間がかかります。個人が今日できる対策は、感震ブレーカー、ストーブ周辺の家具固定、初期消火器具の確認、避難経路の確保です。東京都の在宅避難ページは、感震ブレーカーを強い揺れを感知して電気を自動遮断する機器として紹介しています。電気火災は、避難時にブレーカーを落とせない場合にも発生し得るため、古い木造住宅だけでなくマンション世帯にも関係する対策です。
国の最新想定が問う首都機能の継続力
内閣府の首都直下地震対策検討ワーキンググループは、令和7年12月19日に新たな被害想定を公表しました。国の推計は首都圏を広く見るマクロの想定であり、東京都の区市町村別表とは前提や手法が異なります。それでも、東京の住宅被害が日本経済全体へ波及する構図を理解するうえで重要です。
国の都心南部直下地震の定量想定では、冬・夕方・風速8m/sの全壊及び焼失棟数合計は約40万2000棟です。東京都だけでも1週間後の避難者は約190万人、帰宅困難者は約480万人とされています。災害廃棄物は東京都で約4400万トンにのぼる推計です。住宅被害が、避難、道路閉塞、エレベーター停止、廃棄物処理を通じて都市機能に重くのしかかる構図です。
経済被害も、家屋やインフラの復旧費だけでは測れません。東京都の令和4年想定では、都心南部直下地震の直接被害額は21兆5640億円で、うち資産被害が18兆9408億円、ライフライン・インフラ等被害が2兆6232億円です。一方、内閣府の令和7年想定では、資産等の被害と生産・サービス低下による影響の合計が82.6兆円と示されています。建物全壊の多い街を点検することは、家計防衛であると同時に、首都機能と供給網の途切れを小さくする投資でもあります。
この視点は、企業や個人事業主にも必要です。事業継続計画は本社オフィスだけで完結しません。従業員の自宅が被災し、通勤路が遮断され、保育や介護が止まれば、出社可能な人員は急減します。自宅の耐震化、家族の在宅避難、職場の備蓄、リモート業務の代替手段は、企業のBCPと家計の防災をつなぐ同じ問題です。
住まいと家計で先に点検する三層の備え
首都直下地震への備えは、自治体の道路整備や不燃化だけに任せると遅れます。まずは、自宅の築年、耐震診断の有無、補強履歴を確認することです。昭和56年5月以前の旧耐震建物、2000年5月以前の木造住宅、増改築を重ねた住宅は、区の耐震助成制度を調べる価値があります。賃貸住宅でも、管理会社や所有者に耐震診断の有無を確認できます。
次に、室内と火災の備えです。東京都は近年の地震による負傷者の30から50%が家具類の転倒、落下、移動に関係するとしています。寝室、玄関、廊下、ストーブや家電の周辺から優先して固定し、感震ブレーカーを検討します。在宅避難を想定するなら、食料、水、携帯トイレ、常用薬、モバイル電源をローリングストックで維持することが現実的です。
最後に、生活再建の備えです。地震保険、火災保険の特約、住宅ローンの返済条件、マンション管理組合の修繕積立金、罹災証明に必要な写真記録を確認します。全壊が多い街のランキングは、住む街を否定する表ではありません。自宅、職場、親族宅の弱点を具体的に洗い出し、耐震化、火災対策、資金繰りを前倒しするための早見表です。
参考資料:
- 首都直下地震等による東京の被害想定(令和4年5月25日公表)|東京都防災ホームページ
- 首都直下地震等による東京の被害想定 報告書 第3章 想定される被害(PDF)
- 東京都防災会議開催状況|東京都防災ホームページ
- 第5章 大地震時の東京の被害想定|東京消防庁
- 首都直下地震対策検討ワーキンググループ(令和5~7年)|内閣府
- 都心南部直下地震の被害想定 定量的な被害量(PDF)|内閣府
- 地震に関する地域危険度測定調査|東京都都市整備局
- 「地震に関する地域危険度測定調査(第9回)」を公表します|東京都
- 不燃化特区制度|東京都都市整備局
- 東京都木造住宅密集地域整備事業|東京都都市整備局
- 住宅・建築物の耐震化について|国土交通省
- 在宅避難特設ページ|東京都防災ホームページ
- 自宅での家具類の転倒・落下・移動防止対策|東京都防災ホームページ
- 東京マイ・被害想定|東京都
- 首都直下地震に備えて耐震化を!|世田谷区
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