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楽天広告内製化が迫るネット代理店再編とAI時代の業界生存戦略

by 白石 葵
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楽天の広告内製化が業界に投げた問い

楽天グループが広告運用を自社側に寄せる動きは、単なる大型顧客の出入りではありません。ネット広告代理店が提供してきた「運用代行」という価値そのものが、AIと自社データの時代にどこまで残るのかを問う出来事です。

国内のインターネット広告費は拡大を続けています。ところが、広告市場が成長しても、代理店の利益が同じ速度で増えるとは限りません。媒体側の自動化、広告主のデータ活用、生成AIによる制作効率化が同時に進むからです。

本稿では、楽天の広告基盤、主要代理店の決算、GoogleやAmazonのAI広告ツールを照合し、内製化ドミノが本当に起きるのかを読み解きます。焦点は、広告代理店が「人による運用」から「データとプロダクトを運用する企業」へ変われるかです。

成長市場で進む手数料モデルの揺らぎ

4兆円市場でも残る利益率の難題

電通の「2025年 日本の広告費」によると、国内のインターネット広告費は4兆459億円、前年比110.8%まで拡大しました。インターネット広告媒体費も3兆3,093億円、前年比111.8%です。動画広告やOTTサービス、SNS広告の需要が市場を押し上げています。

前年の2024年時点でも、インターネット広告費は3兆6,517億円となり、総広告費7兆6,730億円の47.6%を占めていました。詳細分析では、検索連動型広告が1兆1,931億円、ビデオ広告が8,439億円、ソーシャル広告が1兆1,008億円です。ネット広告はもはや追加施策ではなく、広告予算の中心です。

ただし、成長の中身を見ると代理店には逆風もあります。ネット広告媒体費の大半は、入札、ターゲティング、クリエイティブ、予算配分を日々調整する運用型広告です。かつてはこの複雑さが代理店の参入障壁でした。現在は、その複雑な作業が媒体プラットフォームやAIツールに吸収されつつあります。

運用型広告の普及は、代理店に大きな仕事量をもたらしました。一方で、作業が標準化されるほど、広告主は「なぜ外部手数料を払い続けるのか」と考えやすくなります。とくに月次レポート、入札調整、簡単なバナー差し替えのような業務は、ダッシュボードとAIで代替しやすい領域です。

市場規模の拡大と代理店利益の伸びは、すでに別の問題になっています。広告費が増えても、媒体費の比率が高まり、運用品質の差が見えにくくなれば、代理店の取り分は圧縮されます。楽天のような大口広告主が内製化を検討する背景には、このコスト構造への違和感があります。

大口顧客離脱が示した決算への感応度

代理店側の感応度を示したのが、サイバーエージェントの2025年9月期第3四半期決算です。同社の決算説明資料では、2025年4〜6月期のインターネット広告事業の売上高が1,113億円、前年同期比0.4%減となりました。営業利益は36億円、同35.6%減です。資料では「大口顧客の離脱」と「人件費増」が減益要因として示されています。

累計で見ると、同事業の売上高は3,467億4,800万円、前年同期比7.1%増でした。それでも営業利益は156億9,700万円、同4.6%減です。市場全体が二桁成長に近い速度で伸びる中でも、大口顧客の予算移動と固定費の増加が重なると、利益は大きく揺れます。

同社資料では顧客名は開示されていません。したがって、特定企業の内製化だけを単独原因と断定するのは適切ではありません。ただ、広告代理店が大口顧客に依存する構造は明確です。大きな広告主が一社動いただけで、四半期の成長率や利益率に目に見える影響が出ます。

この構図はサイバーエージェントだけの問題ではありません。博報堂DYホールディングスの有価証券報告書でも、国内売上高に占める上位広告主10社の売上高が一定の重みを持つこと、インターネット広告の進展に対応できない場合の事業リスクが示されています。大手代理店ほど顧客基盤は広い一方、大型案件の増減が業績に効きます。

広告代理店のビジネスは、メディアを仕入れて販売するモデルから、運用、制作、データ分析、CRM支援を組み合わせるモデルへ移ってきました。しかし、その多くが人員投入型の収益構造に依存しています。AIで作業時間が縮むほど、従来型の人月課金や媒体手数料は説明しにくくなります。

楽天の動きが業界に与えた衝撃は、広告費の絶対額だけではありません。大口広告主が「自社データを持ち、AIを使い、媒体運用を自分たちで管理できる」と判断し始めた点にあります。この判断が広がれば、代理店は運用実務の外注先ではなく、事業成長の設計者として価値を証明する必要があります。

AIと自社データが変える広告運用の競争軸

楽天経済圏が持つ広告基盤の厚み

楽天が内製化を進めやすい理由は、単に広告予算が大きいからではありません。EC、金融、通信、旅行、エンタメなど70以上のサービスを持ち、1億以上の楽天IDを基盤に、オンラインとオフラインの行動データを接続できる点が決定的です。

楽天の広告商品「RMP - Unified Ads」は、楽天グループ内外の広告枠に配信できる運用型広告として説明されています。楽天市場の購買データ、会員情報、楽天経済圏の利用データを基に、推測ではないファクトデータでターゲティングすることを強みとします。2025年には外部提携メディアへの配信を拡張した「Boost Reach」も提供されました。

この仕組みは、広告代理店が外部から買い付ける通常の媒体運用とは性質が異なります。楽天は広告主であると同時に、会員基盤を持つメディア企業であり、決済や購買のデータを持つプラットフォームでもあります。配信、計測、CRM、ポイント施策を自社サービス上でつなげられるため、外部代理店に任せる範囲を狭めやすいのです。

広告運用の内製化は、担当者を数人採用すれば完成するものではありません。必要なのは、データ基盤、広告アカウント管理、クリエイティブ制作、法務確認、効果測定、事業部との予算調整を一体で回す仕組みです。楽天の場合、すでに広告商品を外部企業に販売する側でもあるため、内製化の土台が一般企業より厚いと見られます。

2025年度の楽天グループは売上収益2兆4,965億円、連結Non-GAAP営業利益1,062億円を公表しました。決算ハイライトでは、楽天モバイルの通期EBITDA黒字化、エコシステムのシナジー拡大、AI活用加速を掲げています。収益改善を急ぐ局面で、広告費の効率化は経営上の重要テーマです。

つまり楽天の内製化は、広告宣伝費を削るだけの話ではありません。自社の経済圏データを使い、広告配信を顧客獲得、購買促進、リテンションまでつなげるDX施策です。広告代理店から見ると、最も収益性が高かった大口運用案件が、広告主側のプロダクト戦略に吸収されるリスクを意味します。

生成AIが奪う単純運用の優位

AIが変えているのは、入札調整だけではありません。Google AdsのAI Max for Search campaignsは、既存の検索広告に対する最適化レイヤーとして、検索語句の拡張、広告文の最適化、ランディングページとの連動を自動化します。GoogleはAI OverviewやAI Modeにも広告機会を広げており、検索広告の運用はますます媒体側のAIに近づいています。

Amazon Adsも2025年に、Creative Studio内で使えるエージェント型AIクリエイティブツールを発表しました。商品やオーディエンスを調査し、広告コンセプト、絵コンテ、動画、ディスプレイ広告まで生成する仕組みです。Amazonは、従来なら数週間かかる制作を数時間に短縮できると説明しています。

これらの媒体側AIが普及すると、代理店の標準的な作業は二重に圧迫されます。ひとつは、配信最適化のノウハウが媒体ツールに組み込まれることです。もうひとつは、画像や動画の大量制作が、外部制作会社を通さずに実行しやすくなることです。

サイバーエージェントはこの変化を脅威としてだけでなく、競争優位として取り込もうとしています。同社の統合報告では、広告表現に特化した日本語LLM、AIクリエイティブ、広告運用支援ツールの活用が説明されています。トップクリエイターの平均制作量が15倍、最大70倍になったこと、レポート作成時間が2日から2分に短縮されたことも示されています。

この数字は、広告代理店にとって明るい材料であると同時に、厳しい材料でもあります。AIを使えば代理店の生産性は上がります。しかし、作業時間の短縮が顧客に見えた瞬間、従来と同じ手数料や制作費を請求する根拠は弱くなります。価値の源泉は、作業量ではなく成果設計と検証能力へ移ります。

広告運用の現場では、すでに「AIが作った案を人が選ぶ」工程が増えています。問題は、選ぶ基準を誰が持つかです。ブランド毀損を避ける表現基準、LTVを踏まえた獲得単価、既存顧客との接触頻度、在庫や粗利を考慮した入札判断は、媒体AIだけでは完結しません。ここに代理店が残すべき専門性があります。

代理店がSaaS的に再設計すべき収益源

今後の代理店は、広告運用を「人が頑張る業務」として売るだけでは厳しくなります。むしろ、SaaS企業のように、データ連携、ワークフロー、権限管理、レポート、検証テンプレートをひとつの仕組みとして提供する必要があります。広告主が内製化しても使い続ける運用基盤を持てるかが問われます。

博報堂DYグループは、AI時代の広告ビジネスについて、従来のマージンビジネスからフィーモデルへの転換を意識しています。グループ内ではSQLを学ぶ「Data Juku」やプロンプト研修を進め、EC運営、CRM、SNS運用、データ活用まで支援範囲を広げる方向性が語られています。

同グループの「CREATIVITY ENGINE BLOOM」も象徴的です。戦略、メディア、クリエイティブ、コマース、エンゲージメントを統合するマーケティング基盤として構想され、AIによるコピー生成やPDCA支援を含みます。長期的にはクライアント向けのツール提供も視野に入っています。

サイバーエージェントも、広告DX事業で小売、金融、航空、通信など約30社とのパートナーシップを掲げています。リテールメディア領域では、配信プラットフォームを作る開発力と、効果的なクリエイティブを大量生成する制作力を組み合わせる戦略です。これは媒体手数料の代理販売ではなく、広告主の事業基盤を一緒に作る仕事です。

この流れは、広告代理店とSaaSスタートアップの境界を曖昧にします。広告主はダッシュボード、CDP、MA、BI、生成AIツールを組み合わせ、自社でマーケティングOSを作ろうとします。代理店はその外側から提案書を出すだけでなく、システム連携、データ設計、現場運用まで入り込まなければなりません。

楽天の内製化が示すのは、巨大広告主が「代理店に任せる運用」と「自社に残す知的資産」を分け始めたことです。運用ノウハウが社外に蓄積されるほど、広告主は学習速度を失います。逆に、代理店がツールと知見を顧客組織に組み込めれば、内製化時代でも不可欠なパートナーになれます。

内製化ドミノを阻む組織と検証の壁

内製化ドミノは、すべての広告主に一斉に広がるわけではありません。楽天のような大規模経済圏企業は例外的な条件を持っています。大きな広告予算、膨大なIDデータ、媒体接点、エンジニアリング人材、事業部横断の意思決定がそろっているからです。

多くの企業にとって、広告運用の内製化は固定費の増加でもあります。運用者、データアナリスト、クリエイター、法務確認、計測基盤、媒体アカウント管理を社内で抱える必要があります。採用市場でデジタル人材を確保できなければ、内製化したはずの組織が媒体ツールを触るだけの部署になりかねません。

さらに、広告は短期KPIに偏りやすい領域です。社内運用では、事業部の売上目標やCPA改善に引っ張られ、ブランド価値や新規顧客の質を見落とすリスクがあります。外部代理店には、複数業界の比較知見や第三者としての検証機能があります。この機能を社内だけで再現するのは簡単ではありません。

内製化が本格化する条件は三つです。第一に、広告予算が内製チームの固定費を十分に上回ることです。第二に、同意管理されたファーストパーティーデータを広告配信と効果測定に使えることです。第三に、経営陣がマーケティングを販促費ではなく、顧客データを育てる投資として扱うことです。

したがって、起きるのは全面的なドミノではなく、選別的なハイブリッド化です。大手広告主は戦略、データ、主要チャネルを社内に寄せ、代理店には新規媒体の検証、クリエイティブ開発、ガバナンス、技術実装を任せるでしょう。中堅企業は、AIツールと代理店支援を組み合わせた半内製モデルを選ぶ可能性が高いです。

代理店にとって本当の脅威は、顧客が完全に離れることだけではありません。広告主が内製化を比較対象にすることで、運用代行の価格基準が下がることです。標準作業の単価は下がり、成果設計やデータ基盤構築には高い報酬がつく。収益の二極化が進むと考えるべきです。

経営者が広告予算で点検すべき論点

広告主が今点検すべきなのは、代理店を使うか内製化するかの二択ではありません。自社に残すべき資産と、外部に任せた方が成果が出る機能を分けることです。顧客データ、KPI設計、CRM、粗利を踏まえた予算判断は、できるだけ社内に蓄積すべきです。

一方で、媒体横断の最新知見、クリエイティブの外部視点、計測設計、ブランドセーフティ、新しいAI広告商品の検証は、外部パートナーの価値が残りやすい領域です。代理店選定では、運用人数よりも、データ連携、API活用、検証設計、AI生成物の審査体制を見る必要があります。

代理店側は、手数料率を守る発想から離れる局面です。広告主の内製化を止めるのではなく、内製化しても使われるプロダクト、教育、分析基盤を提供できるかが勝負になります。楽天の動きは一過性の騒ぎではなく、ネット広告業界がAI時代の役割分担を再定義する合図です。

参考資料:

白
白石 葵

SaaS・DXスタートアップ

SaaS企業やDXスタートアップを、同世代の目線から取材。プロダクトの仕組みとビジネスモデルの両面から新興企業の実力を見極める。

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