損保ジャパンとSkyに学ぶ生成AI定着設計と現場活用の五条件
配布競争から定着競争へ移る生成AI
生成AIの全社導入は、もはや先進企業だけの話ではありません。野村総合研究所の2025年調査では、生成AIを導入済みと答えた企業は57.7%に達し、導入済みと検討中を合わせると76%になりました。JIPDECとITRの調査でも、全社または特定部門で業務利用している企業は45.0%です。
一方で、導入したことと使われていることは別問題です。パーソル総合研究所は、業務で生成AIを週4日以上使う就業者が11.7%にとどまると指摘しています。ツールを配るだけでは、現場の仕事は変わりません。損保ジャパンとSkyの取り組みが示すのは、生成AIの勝負どころが「導入の速さ」から「使い続けられる設計」へ移ったという現実です。
損保ジャパンが全社員利用へ踏んだ段階設計
安全な全社チャット環境の先行整備
損保ジャパンの特徴は、生成AIを一気に業務中核へ入れるのではなく、全社員が安全に触れる環境を先に整えた点です。ソフトバンクの導入事例によると、同社は2023年の早い段階から生成AIに注目し、社内テスト環境の構築、リスク調査、ガイドライン策定を進めていました。そのうえで、Azure OpenAI ServiceのChatGPTを使ったセキュアな社内チャットシステムを構築し、全社リリースを完了しています。
これはSaaSやクラウドツールの導入でよくある「まずライセンスを配る」発想とは異なります。保険会社は顧客情報、事故情報、代理店照会、商品規定など、扱うデータの機微性が高い業態です。個人向けAIサービスを従業員判断で使わせると、入力情報の管理や回答根拠の確認が難しくなります。最初に社内利用の器を用意したことが、現場が安心して試せる前提になりました。
業務照会に組み込むRAGの実装
同社が次に進めたのは、生成AIを既存業務プロセスへ組み込むことです。ソフトバンクの事例では、社内照会業務の効率化が大きなテーマとして挙げられています。保険業務では、営業拠点や代理店から本社へ商品・事務処理・補償判断に関する問い合わせが集まります。人がマニュアルや過去回答を探して返すだけでは、現場の待ち時間が増え、回答品質も担当者の経験に左右されます。
そこで重要になるのがRAGです。社内文書を検索し、回答生成に使う仕組みですが、損保ジャパンの場合、読み込ませる社内データには図表や画像が多く、フォーマットもばらばらでした。データ構造化を施さなければ検索精度が上がらないため、AIエンジニアの支援を受けながら検索精度の改善を進めています。
厚生労働省の働き方改革事例でも、同社は2025年に生成AIを活用した照会回答システムの全国展開を始めたと紹介されています。社員の確認を前提にしながらも、従来より効率的かつ迅速に問い合わせへ回答できる体制を整えた点が重要です。生成AIを「便利な文房具」で終わらせず、照会という具体的な業務フローに入れたことで、利用する理由が現場に生まれました。
管理職研修を軸にした変革人材育成
SOMPOグループは2026年1月から、国内グループ会社の社員約3万人を対象に「SOMPO AIエージェント」を導入しました。損保ジャパンでは全社員約2万2千人が対象です。SOMPOホールディングスの発表では、社内文書検索、要約、デスクトップリサーチ、議事録作成支援、データ分析補助に加え、保険事業の知見や業務プロセスに特化したエージェントとして使う構想が示されています。
注目すべきは、ツール導入と同時に管理職以上の研修を必須化している点です。生成AIの全社導入では、若手やIT部門だけが使い、意思決定者が使わないままになることがあります。その場合、業務プロセスの変更や評価基準の見直しまで進みません。管理職が生成AIを理解し、部下の使い方を評価し、リスクを見ながら業務設計を変えることが必要です。
同社社長のメッセージでも、AI投資ではなく人への投資という考え方が示されています。効果を単なる削減時間だけで測らず、スピード感を持って質の高いアウトプットを出せる人材がどれだけ育ったかを重視する姿勢です。これは生成AIを単発の効率化ツールではなく、働き方と人材育成を変える基盤として捉える発想です。
Skyが自社実践をサービス化できる理由
SKYAIとGemini Enterpriseの多層基盤
Sky株式会社は、生成AIを顧客向けソリューションとして提供するだけでなく、自社の業務にも積極的に組み込んでいます。同社のAI活用推進ページによると、すべての社員が業務にAIを活用できる環境を整え、研修やナレッジ共有を促進しています。2026年1月からはGoogleの「Gemini Enterprise」を全社導入し、社内AI基盤の中核に据えています。
同社は自社開発の社内AIエージェント「AI Division」も2025年9月にリリースしました。予定調整、社内情報検索、日報分析、文書要約などを支援するエージェントを順次追加しています。さらに、希望者にはMicrosoft 365 Copilotのライセンスも支給しています。単一ツールに依存せず、自社開発、Google、Microsoftを組み合わせる設計です。
この多層化は、生成AI活用が次の段階に入ったことを示します。文章作成や要約だけなら汎用チャットで足ります。しかし、社内データ検索、部門別エージェント、ワークフロー連携まで広げるには、複数のAIサービスと社内システムをつなぐ設計力が必要です。SkyはSIerとしての開発力を、自社のAI活用にも使っている点が強みです。
社内ブログとウェビナーによる知識共有
Skyの定着施策で重要なのは、使い方を社員任せにしていないことです。同社は社内ブログ内にAI活用事例や便利なプロンプトを集める専用コーナーを設け、有益な投稿には報奨金を支給しています。生成AIの基礎から実践的活用法まで学ぶAIリテラシー研修を全社員が受け、社内DX推進部門が自由参加型ウェビナーも開催しています。
この設計は、SaaS定着でよく使われる「チャンピオン制度」や「活用コミュニティ」に近いものです。優れた使い方を個人のPCに閉じ込めず、投稿、共有、報奨、研修へつなげることで、ノウハウが組織資産になります。生成AIではプロンプトや業務テンプレートが成果を左右するため、ナレッジ共有の仕組みそのものが利用率を押し上げます。
同社のブログでは、Gemini Enterpriseを4,000ライセンス導入し、希望する社員への展開を開始したと説明されています。さらに、定期ワークショップでは基本操作、プロンプト作成、簡単なエージェント作成体験まで扱っています。座学だけではなく、部署や役職を越えた実践の場を用意している点が、日常利用への橋渡しになります。
顧客支援へ転用された自社ノウハウ
Skyは自社の実践を、顧客向け生成AIソリューションにも転用しています。同社のサービスページでは、現状把握、プランニング、PoC、実用化、定着化支援というサイクルを掲げています。導入後もモニタリング、利用状況の可視化、動画や研修による活用推進を行う点が明記されています。
キリンホールディングスの事例は、その実装例です。Skyはキリンの「BuddyAI」開発を支援し、先行導入したマーケティング部門で約3万9000時間の創出効果があったとされています。全社展開に向けて、積極的に生成AIを活用したいメンバーを募集したところ、約500人が手を挙げ、学んだ内容を事業部内で横展開しました。
この事例から見えるのは、生成AI導入支援が単なる環境構築ビジネスではなくなっていることです。顧客企業の業務を理解し、プロダクトオーナーを置き、アジャイルで改善し、利用データを見ながら研修や機能追加を回す必要があります。Skyが自社で研修、社内ブログ、エージェント開発を試していることは、顧客へ提案する際の実証済みノウハウになります。
利用率だけで成果を測れない運用リスク
生成AIの定着を語るとき、利用率はわかりやすい指標です。しかし、それだけをKPIにすると誤ります。パーソル総合研究所は、利用率だけでは単純用途の利用者も高度利用者も同じ1人として数えられてしまうと指摘しています。同調査では、生成AI成熟度が高い群は低い群に比べ、業務時間の削減幅が約2.3倍になりました。
企業側の課題も明確です。NRIの調査では、生成AI活用の課題として「リテラシーやスキルが不足している」を挙げた企業が70.3%で最多でした。「リスクを把握し管理することが難しい」も48.5%に上ります。導入済み企業が増えるほど、次の課題はスキル、リスク、効果測定へ移ります。
AIエージェントにも過度な期待は禁物です。矢野経済研究所の調査では、生成AIを活用している企業は43.4%まで広がった一方、AIエージェントを利用中の企業は3.3%にとどまります。導入検討中は13.5%、関心ありは49.3%と高いものの、実業務に任せる段階の企業はまだ一部です。損保ジャパンやSkyのように、研修、権限管理、データ整備、人の確認をセットで設計しなければ、誤回答や情報漏えい、形だけの利用が残ります。
企業が来期AI予算で設計すべき五条件
生成AIを全社員に使わせたい企業が見るべきなのは、ライセンス数ではなく定着の設計です。第一に、安全な利用環境を先に整えることです。第二に、照会、議事録、文書検索、分析補助など、毎週発生する業務へ組み込むことです。第三に、管理職が使い方とリスクを理解し、業務変更を後押しすることです。
第四に、ナレッジ共有を制度化することです。良いプロンプトや活用例を投稿させ、評価し、テンプレート化する仕組みが必要です。第五に、利用率ではなく、削減時間、回答品質、業務プロセスの変更件数、創出時間の使い道を測ることです。
損保ジャパンとSkyの共通点は、生成AIを「配布物」ではなく「業務OS」として扱っている点にあります。全社員導入の成否は、どのAIを選ぶかだけでは決まりません。現場が使う理由を作り、管理職が支え、組織が学習し続ける仕組みを持てるかが、次の競争力を分けます。
参考資料:
- 損害保険ジャパン株式会社 導入事例
- AI時代こそ輝く、人間ならではの価値
- 国内グループ会社社員約30,000人を対象にAIエージェント導入開始
- 損害保険ジャパン株式会社 働き方・休み方改善取組事例
- AI活用推進の取り組み
- Gemini Enterpriseの導入でAI活用を本格化
- 生成AIソリューション
- 生成AIソリューション事例 キリンホールディングス株式会社様
- 野村総合研究所 ユーザー企業のIT活用実態調査2025
- PwC Japan 生成AIに関する実態調査2026 春
- 矢野経済研究所 国内生成AI・AIエージェントの利用実態に関する法人アンケート調査
- パーソル総合研究所 利用率では測れない、職場での生成AI活用の実態
- JIPDEC 企業IT利活用動向調査2025
- 日本リサーチセンター 生成AIについて 2026年6月調査
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