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東証が警戒する暗号資産トレジャリー企業の上場維持リスクは何か

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はじめに

暗号資産を大量に保有し、その含み益や資金調達を成長戦略の中心に置く「暗号資産トレジャリー」型の上場企業が、日本でも一気に存在感を高めています。株価が急騰する例が出る一方で、投資家が買っているのは本業の成長なのか、それともビットコイン価格への期待なのかが見えにくくなる場面も増えました。

東京証券取引所が足元で問題視しているのは、暗号資産そのものの是非ではありません。上場後に事業の中身が大きく変わり、もしその姿で最初から上場申請していたら審査を通れたのか、という論点です。この記事では、東証の会議資料、海外取引所の制度、日本企業の開示資料をもとに、何が焦点なのかを整理します。

東証が問題視するのは何か

焦点は「暗号資産保有」そのものではなく大幅な業態転換

東証がこの論点を正面から示したのは、2026年2月18日の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」です。資料では、近年「上場後に、上場適格性に懸念が生じるような事業内容の大幅な変更を行う事例」が発生していると明記されました。ここでいう問題は、既存事業の延長として余資を暗号資産で運用する話ではなく、上場会社が事実上の別物へ変わるほど事業の軸を移すケースです。

現行制度でも、定款変更や大規模な希薄化を伴う資金調達には株主総会決議や独立した意見の取得が求められる場面があります。ただ、上場会社が単独で事業内容を大きく変えても、それだけで新規上場時に近い再審査を受ける仕組みは日本では明確ではありません。東証資料が強調するのは、この制度の空白です。

この点が暗号資産トレジャリー企業で目立つのは、資本市場から見た実態が急変しやすいためです。たとえばメタプラネットは2024年12月に「Bitcoin Treasury Operations」を正式な新規事業に追加し、株主総会で事業目的や発行可能株式総数の見直しを進めながら、ビットコイン蓄積を経営の柱に据えました。ホテル事業を持つ会社が、資金調達と暗号資産保有を中核に置く会社へ変われば、投資家が期待する収益構造もリスクの取り方もまったく異なります。

株主保護の論点は希薄化と市場の分かりにくさ

東証が懸念するのは、こうした転換が株主保護の観点で十分に整理されているかどうかです。暗号資産トレジャリー型の戦略では、継続的な株式発行や転換社債、社債を通じて資金を集め、その資金でビットコインなどを積み上げるモデルが採られやすくなります。すると、株主にとって重要なのは売上高や営業利益より、1株当たりでどれだけ暗号資産が積み上がるか、将来どれだけ希薄化するかに変わりやすくなります。

しかも、株価形成が本業ではなく暗号資産価格や市場心理に強く左右されると、上場会社としての比較可能性が低下します。2025年11月13日にJPXは、暗号資産トレジャリー企業の規制強化について「現時点で具体的に決まっている方針はございません」としつつ、リスクやガバナンスの観点から懸念がある場合には、株主・投資者保護の観点から引き続き検討を進めると表明しました。つまり、即時の一律規制ではなく、問題のある企業行動にどう歯止めをかけるかを探っている段階です。

海外比較と財務面の落とし穴

NYSEは「主要事業の変更」を上場維持の論点にした

東証資料が参考例として挙げるのが、米NYSEのルール改正です。SECが2024年7月に承認した変更では、上場会社が「主要な事業の対象」を、上場時には手がけていなかった分野や当時は重要でなかった分野へ大きく変えた場合、NYSEは上場維持の適格性を改めて点検できるようになりました。審査の焦点は、変更後の事業を上場時点で営んでいたなら、その会社の上場を受け入れたかどうかです。

この考え方は、暗号資産トレジャリー企業にそのまま当てはまります。非上場のビットコイン保有ビークルが単独で上場するのは難しくても、既存の上場会社が後からその姿へ転じれば市場に残れてしまう。東証が問題視する「上場適格性に懸念が生じるような事業内容の大幅な変更」とは、まさにこのねじれです。今後の日本の制度見直しがNYSE型の再審査まで踏み込むかは未定ですが、少なくとも「大きく変わった後の会社をどう評価するか」は避けて通れない論点になりました。

会計処理と資金調達がボラティリティを増幅する

財務面でも、暗号資産トレジャリー型には上場会社特有の難しさがあります。日本の会計基準では、活発な市場がある暗号資産は市場価格で評価し、帳簿価額との差額を当期損益として処理します。つまり、保有額が大きくなるほど、四半期ごとの利益が暗号資産相場に振られやすくなります。

リミックスポイントの2025年2月3日開示は、その構図をわかりやすく示しました。同社は追加購入後、2025年1月31日時点で総額85億円の暗号資産を保有し、同日時点の評価損益は約12.8億円のプラスでした。一方で内訳を見ると、ビットコインが評価益でもイーサリアムやドージコインは評価損になっており、損益の振れは極めて大きいことがわかります。投資家は「暗号資産が上がれば企業価値も上がる」と単純化しがちですが、実際には調達コスト、希薄化、会計処理、流動性の条件が重なって株価変動はさらに増幅されます。

このため、暗号資産トレジャリー株は、ビットコイン現物やETFの代用品として見るだけでは不十分です。株式である以上、経営陣の裁量、資金繰り、発行済み株式数の変化、上場維持基準への適合といった論点が上乗せされます。東証の関心が価格変動そのものより、事業実態と上場制度の整合性に向かうのは自然です。

注意点・展望

まず押さえたいのは、東証が暗号資産保有を一律に禁じようとしているわけではない点です。問題になっているのは、上場後に会社の実質が大きく変わる場合に、既存株主や新規投資家がその変化を十分に理解し、適切に承認できているかということです。

今後は、事業目的の変更時の開示拡充、希薄化を伴う調達の説明強化、主要事業の変更をめぐる事前相談の厳格化などが現実的な着地点になりそうです。逆に言えば、本業が明確で、暗号資産保有が財務戦略の一部にとどまる企業と、上場会社という器を使って実質的に暗号資産保有ビークルへ転じる企業とでは、東証の見方も分かれていく可能性があります。

まとめ

暗号資産トレジャリー企業をめぐる論点は、暗号資産の将来性そのものではなく、上場会社として何を約束しているのかにあります。東証が見ているのは、事業の連続性、株主保護、希薄化の妥当性、そして変更後の会社が本当に上場市場にふさわしいかどうかです。

投資家にとって重要なのは、「ビットコインを持っている会社」かどうかではなく、「どのような資金調達で、どこまで本業を変え、1株当たり価値をどう設計しているか」を見抜くことです。東証の制度見直しは、その見極めを市場全体に求める動きとして理解すると実態に近いでしょう。

参考資料:

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