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日本の無子化が加速する構造的要因と将来展望

by 松本 浩司
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出生70万人割れと無子化の加速

日本の少子化が新たな局面を迎えています。2024年の合計特殊出生率は1.15と過去最低を大幅に更新し、出生数は68万6,061人と統計史上初めて70万人を割り込みました。国立社会保障・人口問題研究所の推計を17年も上回るペースで少子化が進行しているのです。

しかし、この問題の本質は単なる「子どもの数が減っている」という話ではありません。従来の少子化議論では「夫婦が持つ子どもの数が減った」ことに注目が集まってきましたが、実際にはより根本的な変化が起きています。そもそも「第一子が生まれない」、つまり一度も親にならないまま生涯を終える人が急増しているのです。

このまま推移すれば、現在の若年世代では女性の約4割、男性の約5割が生涯子どもを持たない社会が到来するとの予測もあります。本稿では、マクロ経済と国際比較の視点から、この「無子化」という現象の構造的要因を掘り下げます。

OECD最高水準に達した日本の生涯無子率

数字が示す深刻な実態

OECDが2024年に公表した「Society at a Glance 2024」によると、日本の50歳時点での生涯無子率は女性で28.3%に達しています。これは1955年生まれの女性の12%から、1975年生まれでは28%へと急上昇したもので、OECD加盟国中で最も高い水準です。

男性に目を向けると状況はさらに深刻です。2020年の国勢調査では、50歳時点の未婚割合は男性28.25%、女性17.81%でした。1980年には男性2.60%、女性4.45%だったことを考えると、わずか40年間で男性の生涯未婚率は10倍以上に跳ね上がったことになります。

夫婦の出生力は大きく低下していない

注目すべきは、結婚した夫婦が持つ子どもの数(完結出生児数)の推移です。国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査によれば、完結出生児数は1970年代から2002年まで約2.2人で安定していました。その後、2005年に2.09人、2010年に1.96人、2021年には1.90人と低下傾向にはありますが、劇的な減少とは言えません。

つまり、少子化の最大の要因は「結婚した夫婦が子どもを産まなくなった」ことよりも、「そもそも結婚に至らない人が増えた」ことにあります。結婚した夫婦の出生力がある程度維持されている一方で、結婚そのものへのアクセスが狭まっている。この構造的なミスマッチが、日本の少子化問題の核心です。

「少母化」が意味するもの——未婚率上昇の経済的背景

非正規雇用と結婚の壁

未婚率の上昇には、経済的な要因が深く関わっています。ニッセイ基礎研究所の分析によれば、50歳時点の非正規雇用男性の未婚率は60.4%に達しており、正規雇用男性の19.6%と比較して約3倍の格差があります。

この傾向は女性側にも及んでいます。初職が非正規雇用だった女性の既婚率は34%にとどまるとの調査結果も報告されています。男女ともに、雇用の安定性が結婚への大きなハードルとなっているのです。

日本では婚外子の割合が出生数全体の約2%にすぎず、事実上「結婚しなければ子どもが生まれない」社会構造が続いています。したがって、未婚率の上昇はほぼ直接的に出生数の減少に結びつきます。独身研究の第一人者である荒川和久氏が提唱する「少母化」という概念は、まさにこの構造を端的に表現しています。出生数の減少は、母親になる女性の絶対数が減っていることが主因だという指摘です。

若年層の経済基盤の脆弱化

問題の根底には、若年層の経済基盤が1990年代以降に大きく変質したことがあります。バブル崩壊後の就職氷河期を経て非正規雇用が拡大し、安定した収入を得られない若者が増加しました。

内閣府の調査でも、経済的に不安定な若者の増大が未婚化の主要因として挙げられています。年功序列型の賃金体系が崩れ、将来の所得見通しが不透明になったことで、家庭を持つことへの経済的な不安が広がっています。

ただし、経済的要因だけでは説明しきれない面もあります。正社員で一定以上の年収がある男性でも未婚率が上昇していることが複数の調査で示されています。価値観の多様化や、結婚に対する社会的圧力の低下、マッチング機会の変化なども複合的に作用しています。

東アジアに共通する構造的危機

日本だけではない超少子化の波

生涯無子率の上昇と出生率の低下は、日本だけの問題ではありません。2023年の合計特殊出生率を見ると、韓国は0.72、中国は1.00、台湾は0.87と、いずれも日本の1.20を下回る水準です。国連が「超少子化」と定義する1.4を、東アジアの主要国・地域はすべて大幅に下回っています。

韓国では2025年に出生数が前年比6.8%増の25万4,500人となり、合計特殊出生率も0.80へとわずかに反転しました。しかし、これが持続的な回復につながるかは不透明です。

共通する構造的要因

国立社会保障・人口問題研究所の国際比較研究では、日本・韓国・中国に共通する少子化要因として、いくつかの構造的問題が指摘されています。

第一に、性別役割分業意識の残存です。女性の社会進出が進む一方で、家事・育児の負担が依然として女性に偏る「ジェンダー不平等」が、仕事と家庭の両立を困難にしています。

第二に、教育費を中心とした子育てコストの高騰です。東アジア社会に共通する教育熱が、子どもを持つことへの経済的負担感を増大させています。

第三に、住宅取得の困難化です。大都市圏での不動産価格の高騰が、若年世帯の生活基盤の形成を阻んでいます。

これらの要因は、急速な経済成長を遂げた東アジア社会が共通して抱える構造的な課題といえます。競争の激しい社会が経済発展の原動力となった一方で、その行き過ぎが若者の生活を圧迫し、結婚や出産を遠ざけているという皮肉な構図が浮かび上がります。

少子化対策の現状と限界

「こども未来戦略」の取り組み

日本政府は2023年12月に「こども未来戦略」を閣議決定し、約3.6兆円規模の少子化対策を打ち出しました。児童手当の所得制限撤廃と高校生年代への支給延長、出産費用の保険適用に向けた検討など、経済的支援の拡充が柱となっています。

2025年4月からは支援策の多くが本格的にスタートし、児童手当は0歳から3歳未満が月額1万5,000円、3歳から高校生までが月額1万円、第3子以降は月額3万円が支給されています。

構造的ミスマッチという課題

しかし、こうした対策には根本的な限界があるとの指摘が少なくありません。現行の少子化対策の多くは「すでに結婚している夫婦」や「子どもがいる家庭」への支援に重点が置かれています。児童手当の拡充や保育サービスの充実は重要ですが、それは「第二子・第三子を増やす」施策であり、「第一子が生まれない」という根本問題には直接的に作用しにくい構造があります。

少子化の主因が未婚化にある以上、若年層の経済基盤の安定化や、結婚・パートナーシップへのアクセスを広げる施策がより重要になります。非正規雇用から正規雇用への転換支援、若年層の住居費負担の軽減、出会いの機会の創出など、結婚以前の段階への投資が求められています。

出生70万5,809人時代の社会保障リスク

楽観論・悲観論の落とし穴

この問題を論じる際に注意すべき点があります。まず、「少子化は自然な現象であり、先進国では避けられない」という楽観論には根拠が乏しいということです。フランスやスウェーデンなど、一定の出生率を維持している先進国も存在しており、政策や社会制度の設計次第で状況は変わりえます。

一方で、「もう手遅れだ」という悲観論も生産的ではありません。出生数の急回復は現実的に困難ですが、人口減少のスピードを緩和し、社会システムを適応させていくことは可能です。

今後の見通し

2025年の出生数は速報値で70万5,809人となり、10年連続で過去最少を更新しました。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計を大幅に上回るペースで少子化が進んでいることを考えると、現在の20代が50歳を迎える2040年代後半には、生涯無子率がさらに上昇している可能性が高いと考えられます。

社会保障制度への影響も深刻です。現役世代が支える受給世代の比率は今後も上昇を続け、年金・医療・介護の財政基盤はさらに厳しくなります。労働力不足も加速し、特に介護や建設といった労働集約型産業への影響が懸念されています。

第一子が生まれない無子化への政策課題

日本の少子化の本質は、「子どもの数が減った」ことではなく、「親になる人が減った」という無子化の進行にあります。OECD最高水準の生涯無子率、40年間で10倍以上に跳ね上がった男性の生涯未婚率、そして東アジア全域に共通する構造的要因。これらのデータは、問題が個人の選択の問題ではなく、社会経済システムの構造的な帰結であることを示しています。

求められるのは、すでに子どものいる家庭への支援にとどまらず、若年層が安定した経済基盤を築き、パートナーシップを形成できる社会環境の整備です。出生率の回復には長い時間がかかりますが、まず直視すべきは「なぜ第一子が生まれないのか」という問いに正面から向き合うことではないでしょうか。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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