私立大学の収益力を測る経常収支差額比率とは
はじめに
少子化が加速する日本において、大学の「経営力」がかつてないほど注目されています。東京商工リサーチの調査によると、全国の私立大学を経営する545法人のうち、半数を超える287法人が2025年3月期決算で赤字に転落しました。18歳人口の減少が続く中、安定した収益を確保できるかどうかが大学の存続を左右する時代に入っています。
こうした大学の経営状態を見るうえで重要な指標の一つが「経常収支差額比率」です。本記事では、この指標の意味や算出方法を解説するとともに、収益力の高い大学に共通する特徴や、今後の大学経営の展望について独自調査をもとにまとめます。
経常収支差額比率の基本
計算方法と意味
経常収支差額比率は、学校法人の経常的な収支バランスを示す財務指標です。計算式は以下の通りです。
経常収支差額比率 = 経常収支差額 ÷ 経常収入
つまり、経常的な収入から経常的な支出を差し引いた差額が、収入全体に対してどの程度の割合を占めるかを示します。一般企業でいえば「経常利益率」に相当する指標で、大学の本業での稼ぐ力を端的に表しています。
日本私立学校振興・共済事業団によると、大学・短大の場合の目安は「マイナス0.3%からプラス1.6%」とされています。この比率がプラスであれば収入が支出を上回っている健全な状態を意味し、5〜6%以上を確保していれば安定経営の合格ラインとみなされます。
企業会計との違い
学校法人は一般企業とは異なる会計基準を用いています。2015年度に施行された新しい学校法人会計基準では、従来の「帰属収支差額」に代わり「経常収支差額」が導入されました。これにより、教育活動だけでなく、資産運用などの経常的な教育活動外収支も含めた、より実態に即した経営指標として活用されるようになっています。
収益力が高い大学の特徴
附属病院を持つ大学の強み
私立大学の収益ランキングで上位を占めるのは、多くが医学部・附属病院を有する大学です。東京商工リサーチの調査によると、売上高トップは順天堂大学を運営する学校法人順天堂で、その額は2,215億円に達しています。利益ランキングのトップは学校法人帝京大学の234億円です。
私立医学部の収入の多くは附属病院の診療報酬が占めており、病院収益が法人全体の5割以上を占めることも珍しくありません。コロナ禍後の患者数回復や高度医療の普及に対応できている大学は、特に財務が安定しています。
小規模でも高効率な大学
一方で、経常収支差額比率で見た場合、必ずしも大規模大学だけが上位に入るわけではありません。有沢経営分析による562私立大学の経営状況評価では、豊田工業大学が経営状態の良好な大学として高い評価を受けています。
豊田工業大学はトヨタ自動車の支援を受けた小規模な理工系大学ですが、少数精鋭の教育と安定した財務基盤を持ち、高い収益効率を実現しています。このように、規模の大小にかかわらず、明確な教育方針と安定した収入源を持つ大学が高い収益力を示す傾向があります。
赤字大学の実態と地域格差
半数以上が赤字の衝撃
東京商工リサーチの最新調査では、私立大学法人の赤字率が初めて過半数を超えました。545法人中287法人が赤字という数字は、大学経営の厳しさを如実に物語っています。
特に深刻なのは小規模大学です。売上高10億円未満の49法人の赤字率は約7割に達しています。運営コストの上昇を吸収しきれず、採算性が急激に悪化している状況です。
地域による格差の鮮明化
赤字率には大きな地域差があります。四国地方では赤字率が約9割に迫っており、地方の私立大学が特に厳しい経営環境に置かれていることがわかります。都市部の大学は学生確保の面で有利ですが、首都圏でも約6割の私立大学が定員割れを経験しており、都市部だからといって安泰とは言えません。
文部科学省の規制強化と大学改革
経営指導の枠組み
文部科学省は、経営困難な大学に対する指導を強化しています。具体的には、「運用資産から外部負債を差し引いた額がマイナスになった場合」と「経常収支差額が3年連続で赤字となった場合」の2つの指標に該当する学校法人が経営指導の対象となります。3年間で改善が見られない場合は法人名の公表も行われます。
学部新設の厳格化
2025年には、文部科学省の有識者会議で新たな規制案が提起されました。既存の学部の収容定員充足率が7割以下の場合、新しい学部の設置を原則として認めないという方針です。現行の基準は5割以下ですが、これが7割以下に引き上げられれば、全国の約2割の大学が該当するとされています。この新基準は2027年秋の認可から適用される見込みです。
計画的縮小の支援策
一方で、文部科学省は大学の「計画的な縮小」を支援する政令案も提示しています。収容定員を一度縮小した大学が、元の定員に戻す際の手続きを簡素化する内容で、定員の引き下げから7年以内であれば届出のみで定員を戻せる仕組みが検討されています。2026年4月の施行を目指しており、大学が需要に応じて柔軟に規模を調整できる環境を整備する狙いがあります。
注意点・展望
2026年問題の本格化
2026年は「大学の2026年問題」と呼ばれる転換点です。大学進学者数が2026年をピークに減少に転じるとされ、その後は2040年に向けて加速度的に減少する見通しです。18歳人口は1992年のピーク時に約205万人でしたが、2040年には約82万人まで減少すると予測されています。専門家の中には、今後10年で50〜100校の小規模大学が募集停止に追い込まれるとの見方もあります。
経常収支差額比率だけでは見えないもの
経常収支差額比率は大学の収益力を測る重要な指標ですが、それだけで大学の経営状態を判断するのは危険です。自己資本比率や流動比率、教育活動キャッシュフローなど、複数の指標を組み合わせて総合的に評価する必要があります。
また、附属病院の収益に大きく依存する大学は、診療報酬改定や医療制度改革の影響を受けやすいというリスクもあります。東京女子医科大学や聖マリアンナ医科大学のように3年連続赤字に陥る医科系大学もあり、附属病院があるからといって必ずしも経営が安定するわけではありません。
まとめ
経常収支差額比率は、私立大学の「稼ぐ力」を示す代表的な財務指標です。少子化の進行により大学経営が厳しさを増す中、この比率を高く維持できる大学には、附属病院の安定収益、明確な教育ブランド、効率的な経営体制といった共通点が見られます。
受験生や保護者にとっても、偏差値だけでなく大学の財務状況に目を向けることは重要です。入学後に大学が経営難に陥るリスクを避けるためにも、経常収支差額比率をはじめとする財務指標を一つの判断材料として活用することをおすすめします。文部科学省も情報公開を推進しており、各大学の財務情報は年々入手しやすくなっています。
参考資料:
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