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1ドル360円時代より今が円安か 物価差と実効為替で見直す現在地

by 松本 浩司
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360円と150円台を比べる視点

「1ドル=360円の時代より、いまの方が円安だ」と聞くと、直感に反する人が多いはずです。名目レートだけを見ると、360円の方が現在の150円台や160円近辺よりも、円がはるかに弱く見えるためです。

ただし、為替の実力を測るには、数字の大きさだけでは不十分です。重要なのは、ドルと円がそれぞれ自国内でどれだけ物を買えるか、さらに日本が実際に取引している相手国全体に対して円がどれだけ強いかという視点です。この記事では、1971年の固定相場期のドル円、米国と日本の物価上昇、そして日銀の実質実効為替レートを並べて、「なぜ今の方が実質的な円安といえるのか」を整理します。

名目の360円と実質の円安

固定相場の360円という基準

米セントルイス連銀のFREDによると、ドル円の月次平均は1971年1月に358.02円でした。年初にはほぼ360円で固定されていましたが、同じ1971年の年末には320.07円まで動いており、この年が固定相場の揺らぎ始めた節目だったことがわかります。

ここで注意したいのは、1971年の「1ドル」と2026年の「1ドル」は、同じ購買力ではないという点です。米国側では長期のインフレが進み、1971年のドルは今よりかなり強い買う力を持っていました。つまり、360円という数字をそのまま現在のレートと比べると、ドルの中身が変わった分だけ、比較を誤りやすくなります。

米日物価差が示すドルと円の中身

米国の物価については、BLSデータを用いた長期CPI計算で、1971年のCPIが40.5、2026年が325.252とされています。単純計算では、米国の物価水準はこの間に約8倍になった形です。一方、日本側では、JILAFが紹介した総務省統計に基づく数値で、2025年の総合CPIは111.9です。さらにe-Statの長期時系列では、1970年代前半の総合CPIは30台前半で推移していました。

この2つを機械的に重ねると、360円固定期の名目レートは、現在の物価条件では150円前後にかなり近い水準へ縮みます。実際、FREDの1971年1月平均358.02円、日本の1972年CPI 34.6、2025年CPI 111.9、米国CPI 40.5と325.252を当てはめると、おおむね143円台という試算になります。これは厳密な歴史比較ではなく、年次のずれもある粗い推計ですが、「360円だから昔の方が圧倒的な円安だった」とは言い切れないことを示す材料です。

実効為替で見える現在の円の弱さ

二国間レートだけでは見えない構造

ドル円だけで円の強弱を判断すると、日本の貿易構造を見落とします。日本は米国だけでなく、欧州やアジアを含む多くの相手国と取引しており、しかもエネルギーや食料の輸入ではドル建て決済の影響を強く受けます。そのため、円の国際的な購買力を見るには、複数通貨と物価を加味した実質実効為替レートの方が実態に近い指標です。

日銀の月次統計では、円の実質実効為替レートは1995年6月に191.24でした。これに対し、2026年2月は67.03まで低下しています。単純比較でも約65%の下落で、円の対外購買力が長期で大きく落ちたことがわかります。2023年9月でも72.34でしたから、足元はそこからさらに低い水準です。名目のドル円がいったん落ち着いても、実効ベースでは円の弱さが残っているという見方が成り立ちます。

早春の160円接近と家計への含意

2026年のドル円は、年初の152円台から3月末には160.461まで上昇しました。4月初めも158円台後半から159円台で推移しており、名目レートとしても円安圏が続いています。ここに実質実効為替の低さが重なると、輸入物価を通じた家計負担はさらに重くなりやすくなります。

とくに日本では、エネルギーや食料、日用品の多くが輸入価格の影響を受けます。円安は輸出企業や訪日消費には追い風でも、家計にとっては「同じ賃金で買える物が減る」方向に働きます。実質円安という表現が重いのは、単なる投資家の評価ではなく、生活コストの上昇と直結しやすいためです。

143円台試算と賃金が映す円安感

360円時代と現在を単純に一対一で比べるのは危険です。固定相場制、貿易構造、資本移動の自由度、エネルギー輸入依存度、賃金の伸び方が大きく違うからです。今回の143円台という試算も、1971年の為替と1972年の日本CPIなど、近接年のデータを組み合わせた近似値にすぎません。

それでも重要なのは、名目レートの見かけに惑わされないことです。今後の円相場を見るうえでは、ドル円の節目だけでなく、日銀が公表する実質実効為替レート、総務省のCPI、そして賃金の伸びを合わせて追う必要があります。賃金上昇が物価上昇に追いつかなければ、名目レートが少し戻っても、実質的な円安感は残りやすいためです。

実質実効為替が示す円の購買力低下

1ドル=360円の時代は、名目数字だけを見れば現在より強い円安です。ただし、米国と日本の物価上昇を織り込むと、その差は大きく縮みます。さらに、日銀の実質実効為替レートでは、円の対外購買力が長期で大きく低下していることが確認できます。

つまり、「360円より150円の方が小さいから、今はまだ円安ではない」という理解は不十分です。いま問われているのは、数字の派手さではなく、円でどれだけ物やサービスを買えるのかという実力です。ドル円の表面だけでなく、物価差と実効為替まで視野に入れることが、現在の円安を見誤らないための基本になります。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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