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認知症介護を支える現代湯治と薬に頼りすぎない群馬温泉医療の道

by 河野 彩花
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温泉病院が照らす認知症介護の転換点

認知症の家族を介護するとき、薬は決して敵ではありません。幻覚、妄想、興奮、不眠が強く、本人や周囲の安全が脅かされる場面では、薬物療法が生活を守る支えになります。一方で、眠気やふらつき、食欲低下、嚥下の悪化が積み重なるほど、本人の「その人らしい一日」は見えにくくなります。

群馬県みなかみ町の上牧温泉病院は、内科、整形外科、リハビリテーション科を掲げる76床の医療機関です。整形外科の岡田尚之医師は2023年9月に着任し、スポーツ選手から高齢者まで幅広く診療すると病院サイトで紹介されています。日本温泉気候物理医学会の温泉療法医名簿にも、上牧温泉病院整形外科所属として掲載されています。

この病院が投げかける問いは、「温泉で認知症が治る」という単純な話ではありません。薬、リハビリ、入浴、食事、睡眠、人との関わりをどう組み合わせれば、認知症の人の生活機能を保てるのかという問いです。2025年の認知症高齢者は471.6万人と推計され、介護は特別な家庭だけの問題ではなくなっています。

薬に頼りすぎないBPSD対応の基本線

過鎮静が奪う生活機能

認知症で家族や施設職員を悩ませる症状に、BPSDがあります。BPSDは行動・心理症状を指し、興奮、徘徊、不眠、妄想、暴言、抑うつなどを含みます。厚生労働省のBPSD向精神薬使用ガイドライン第3版は、認知症の人の約60〜90%が何らかのBPSDを経験すると説明しています。

ただし、BPSDは「性格が変わった」という一言で片づけられるものではありません。痛み、便秘、脱水、空腹、睡眠不足、騒音、寒暖差、介護者との関係、慣れない環境などが引き金になります。膝や腰の痛みが強い人が立ち上がりを拒む、夜間頻尿で眠れない人が昼夜逆転する、といった形で身体の不調が行動に表れることもあります。

問題は、こうした背景が十分に検討されないまま薬だけが増えるケースです。高齢者では薬の代謝や排泄が若年者と異なり、少量でも強く作用することがあります。厚労省の高齢者医薬品適正使用指針は、75歳以上では約4割が5種類以上、約4分の1が7種類以上の薬を処方されているという調査を示しています。

多剤服用そのものが即座に悪いわけではありません。心不全、糖尿病、骨粗しょう症、疼痛、不眠など、複数の病気を抱えれば薬が増えるのは自然です。大切なのは、薬の数だけでなく、目的、効果、副作用、やめ時を定期的に見直すことです。とくに抗精神病薬では、認知機能低下、錐体外路症状、転倒、誤嚥、過鎮静などへの注意が求められます。

非薬物療法を先に置く理由

厚労省のBPSDガイドラインは、BPSD管理では非薬物療法を第一選択と位置づけています。やむを得ず向精神薬を使う場合も、必要に応じて認知症疾患医療センターなど専門機関と連携することが望ましいとしています。高齢者施設や在宅介護で重要なのは、薬を否定することではなく、薬だけに介護の難しさを背負わせないことです。

非薬物療法には、環境調整、認知症ケア、運動療法、認知刺激、回想法、芸術療法、介護者支援などが含まれます。たとえば、部屋の照明を整える、昼間に歩く時間をつくる、食事と水分のリズムを安定させる、排便状況を確認する、痛みを言葉以外の表情から読み取る、といった工夫です。

家族が医師や施設に確認したいのは、「この薬は何の症状を何日で改善する目的か」「眠気や転倒は増えていないか」「減量や中止を検討する条件は何か」という点です。薬を急にやめると症状が悪化することもあるため、自己判断の中止は避ける必要があります。処方の見直しは、主治医、薬剤師、看護師、介護職、家族が同じ観察記録を見ながら進めるのが安全です。

いわゆる「薬漬け」という言葉は、介護の現場で感じる違和感を表す一方、必要な治療まで乱暴に否定する危うさもあります。本人が起きて食べ、歩き、眠り、人と関わる力を保てているか。この生活機能を軸に、薬の役割を測り直す視点が欠かせません。

上牧温泉病院に重なるリハビリと湯治

個別リハビリと水中運動の接点

上牧温泉病院のリハビリテーション部は、整形外科疾患の患者が多く、膝や股関節の痛み、腰痛、肩痛、頸部痛、脳卒中後のリハビリにも対応すると説明しています。特徴として、患者ごとに担当者がつく個別リハビリを掲げ、日常生活の動作指導も重視しています。

さらに同院は、温泉を使った水中リハビリテーションを実施しています。水中では浮力により関節への負担が軽くなり、水の抵抗や揺らぎがバランス訓練や有酸素運動につながります。人工関節の術前後や荷重時痛のある人にとって、陸上より動きやすい場面がある点は重要です。

認知症介護においても、痛みや歩行不安は見逃せません。動くと痛い、転びそうで怖い、疲れるから寝ていたいという状態が続くと、昼夜逆転や食欲低下、気分の落ち込みにつながります。反対に、痛みが軽くなり、短時間でも歩けるようになると、睡眠、排便、食欲、会話のリズムが整いやすくなります。

管理栄養の視点からも、運動と食事は切り離せません。高齢者は食事量が落ちると筋肉量も落ちやすく、さらに歩けなくなる悪循環に入りがちです。水分不足はせん妄や便秘の一因にもなります。温泉リハビリを生活改善につなげるには、入浴や運動だけでなく、たんぱく質、エネルギー、水分、睡眠を一体で見る必要があります。

温泉地で過ごす効果の測り方

環境省が推進する「新・湯治」は、2017年の提言をもとに、現代のライフスタイルに合った温泉地での過ごし方を示す考え方です。温泉に浸かるだけでなく、自然、歴史、文化、食、散策、地域交流を含めて心身のリフレッシュを目指します。

環境省は2018年度から2023年度までの6年間、全国の温泉地滞在による心身への影響についてアンケート調査を行い、2万件近いデータを集約したと公表しています。2026年7月には、ウェアラブル端末企業と連携した全国「新・湯治」効果測定調査プロジェクト開始も告知されています。温泉の価値を、感覚だけでなくデータで把握しようとする流れです。

医学研究では、温泉療法やバルネオセラピーについて慎重な評価が必要です。膝関節症を対象にしたメタ分析では、8試験、介入群359例、対照群375例が組み入れられ、痛み、こわばり、機能の改善が示されました。一方で、研究間のばらつきは大きく、効果を過大に一般化することはできません。2023年のシステマティックレビューも、変形性関節症への改善傾向を示しつつ、研究の質には課題があるとしています。

つまり、現代の湯治は「万能な治療」ではなく、医療、リハビリ、生活習慣、地域資源を束ねる枠組みです。認知症介護で期待できるのは、温泉そのものの特殊効果だけではありません。歩く、食べる、眠る、人と会う、季節を感じるという日常の再設計です。そこに医師や療法士の評価が加わると、介護はより具体的な改善目標を持てます。

温泉活用に必要な安全管理と根拠の見極め

温泉や入浴は、高齢者にとって心地よい一方でリスクもあります。消費者庁は高齢者の入浴事故防止として、脱衣所や浴室を暖めること、湯温は41度以下、湯につかる時間は10分までを目安にすること、浴槽から急に立ち上がらないことを呼びかけています。食後すぐ、飲酒後、精神安定剤や睡眠薬の服用後の入浴にも注意が必要です。

認知症の人は、のぼせ、口渇、めまい、寒さ、痛みを言葉で十分に伝えられない場合があります。入浴前後の表情、歩き方、眠気、脈拍や血圧、食事量を観察し、無理のない時間帯を選ぶことが重要です。温泉リハビリを行う場合も、心疾患、皮膚疾患、感染症、脱水、転倒リスクを医療者が確認する必要があります。

効果の見極めには、記録が役立ちます。痛みの程度、歩行距離、睡眠時間、夜間覚醒、興奮の頻度、便通、食事量、水分量、薬の変更を同じ形式で残すと、何が本人に効いているのか見えやすくなります。温泉に入ったから良くなったのか、運動量が増えたからか、眠れたからかを分けて考える姿勢が大切です。

批判的に見るべき点もあります。温泉療法は薬物療法の代替ではなく、必要な治療を遅らせる口実にしてはいけません。逆に、薬だけで生活課題を覆い隠すことも避けるべきです。現代湯治の価値は、科学的な限界を認めたうえで、生活全体を整える医療的な余白をつくるところにあります。

家族が介護方針を見直すための実践知

認知症の家族が薬の多さに不安を感じたら、まず薬剤リストを持って主治医や薬剤師に相談することです。薬名だけでなく、開始時期、目的、効いている症状、副作用、減量の条件を確認します。同時に、痛み、便秘、脱水、睡眠、食事、孤立、環境変化といったBPSDの引き金を見直します。

温泉病院の取り組みから学べるのは、介護を「治療か生活か」に分けない発想です。膝の痛みを軽くすること、湯温を安全に保つこと、日中に体を動かすこと、食事と水分を整えることは、すべて認知症ケアにつながります。本人が穏やかに起きて、食べて、少し歩き、安心して眠れるかを共通の目標にすると、家族と医療者の話し合いは具体的になります。

薬を減らすことだけが正解ではありません。必要な薬を適切に使いながら、薬以外の支えを増やすことが現実的な道です。現代の湯治は、温泉地の魅力を介護の言葉に翻訳する試みでもあります。家族が次に確認したいのは、処方の数ではなく、本人の生活が少しでも取り戻されているかという一点です。

参考資料:

河
河野 彩花

健康・ライフスタイル

医療・健康・食の最新動向を、エビデンスに基づいて発信。管理栄養士の資格を活かし、生活に役立つ健康情報を届ける。

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