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上牧温泉病院が温泉プールを守り続ける経営合理性と地域医療価値

by 佐藤 理恵
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温泉プールが問い直す小規模病院の価値

群馬県みなかみ町の上牧温泉病院は、内科、整形外科、リハビリテーション科を掲げる76床の病院です。山あいの温泉地にある小規模病院が注目される理由は、温泉を使った水中リハビリを現在も医療の中に組み込んでいる点にあります。

自己負担120円という低額利用の印象は強烈ですが、経営面で見るべきなのは「安い温泉施設」ではありません。診療報酬、リハビリ政策、人工関節治療、地域包括ケアをどう組み合わせれば、固定費の重い温泉プールを医療資源として残せるのか。そこに、この病院の経営判断の核心があります。

上牧温泉病院を支えるリハビリ特化の事業構造

76床のケアミックス病院という土台

上牧温泉病院の公式情報では、病床は一般病床40床、医療療養病床36床の計76床です。大規模急性期病院のように高度医療を幅広く抱えるのではなく、整形外科とリハビリを軸にした小回りの利くケアミックス病院として位置づけられます。

群馬県の地域医療構想関連資料を見ると、同院は1981年に89床で開院し、2009年に76床へ変更しました。その後、2012年に人工関節センターを開設し、2014年には一般病棟内に地域包括ケア病床15床を設け、2018年に30床へ増床しています。病床規模を追うのではなく、手術後の回復、退院支援、外来リハビリへ資源を寄せてきた流れです。

この変遷は、会計的には「量の拡大」から「機能の選択」への転換と読めます。人口の多い都市部なら外来数で設備を回せますが、みなかみ町のような地域では患者母数に限りがあります。だからこそ、人工関節、膝関節、スポーツ障害、慢性疾患後の機能回復といった分野で、患者が遠方からでも選ぶ理由をつくる必要があります。

温泉プールは、その差別化装置です。単体で高収益を生む設備というより、手術前後のリハビリ、外来継続、地域の高齢者支援をつなぐ「医療サービスの入口」として機能します。病院経営では、部門別採算だけで赤字に見える設備でも、全体の患者導線や紹介元との関係を強めるなら、投資として残す合理性があります。

人工関節と水中運動の補完関係

同院リハビリテーション部は、整形外科疾患、特に膝や股関節の痛みを訴える患者が多いと説明しています。保存療法としての変形性膝関節症リハビリ、人工関節術後の歩行や階段動作への支援、自宅でのセルフエクササイズ指導までを一体で扱う点が特徴です。

温泉プールの意味は、ここで明確になります。水中では浮力が働き、膝や股関節への荷重が軽くなります。一方で、水の抵抗は筋力トレーニングになり、水圧や波はバランス感覚への刺激にもなります。陸上では痛みで動かしにくい患者が、運動量を確保しやすい環境です。

同院のQ&Aによると、大小2つの温泉プールがあり、大きいプールは12.5メートル×4.5メートル、小さいプールは3メートル×2メートルです。利用には医師の許可が必要とされており、単なる入浴サービスではなく、医療管理下の運動療法として扱われています。

経営面では、ここに「再現しにくい資産」があります。理学療法士の技術だけなら他院でも整備できますが、温泉源、プール、浴室動線、医師の判断、整形外科手術後の患者導線を同時に持つ病院は多くありません。温泉プールは維持費がかかる一方、地域内での競争優位を作る設備でもあります。

診療報酬転換で揺らぐ低額リハビリの採算

維持期リハビリの介護保険移行

上牧温泉病院のようなリハビリ特化病院にとって、国の制度変更は収益構造を大きく左右します。厚生労働省の議事録では、要介護認定を受けた人が一定期間、医療保険でリハビリを受けた後は、介護保険の維持期リハビリへ移すという考え方が繰り返し議論されています。

2019年3月末には、入院外の維持期・生活期リハビリに関する医療保険上の経過措置が終了しました。急性期、回復期、維持期の役割分担を進める政策です。制度の目的は、医療保険と介護保険の重複を整理し、生活期の支援を介護サービスへ移すことにあります。

ただし、病院経営から見ると、これは外来リハビリの継続利用者が減りやすくなる変化です。患者が医療機関から通所リハビリや訪問リハビリへ移れば、病院側の外来収入は細ります。温泉プールのような固定費設備は、利用者が少し減るだけでも採算が悪化します。

この点で、同院が地域包括ケア病床や通所リハビリに取り組む意味は大きいです。医療保険だけに依存するのではなく、手術、入院、退院支援、外来、介護保険サービスを横断して患者接点を保つ必要があります。低額な温泉プールを守るには、プールの収支だけでなく、法人全体の患者フローを設計する視点が欠かせません。

1点10円が生む低額利用の限界

診療報酬は、厚生労働省告示で1点10円として計算されます。また医療費の窓口負担は、年齢や所得に応じて1割、2割、3割などに分かれます。75歳以上の一般所得者等は原則1割負担です。自己負担120円という見え方は、この公定価格と自己負担割合の枠組みから生まれます。

患者にとってはありがたい低額利用でも、病院側から見ると、自由に価格を上げられるサービスではありません。仮に患者負担が120円なら、保険給付を含めた医療機関の収入は千円台の水準です。温泉水の管理、清掃、光熱費、安全管理、人員配置を考えると、単回利用だけで設備を回収する発想には無理があります。

ここで重要なのは、診療報酬上の「低単価」を否定することではありません。保険診療だからこそ、所得にかかわらず患者がリハビリへアクセスできます。問題は、医療的価値がある設備の固定費を、どの事業単位で負担するかです。

病院単体の損益だけで見ると、温泉プールは重荷になりやすい設備です。しかし、人工関節手術後の回復支援、退院後の再通院、地域包括ケア病床の機能、介護施設との連携まで含めると、患者満足度と地域での選ばれ方を高める資産になります。企業分析でいえば、PL上の費用だけでなく、無形資産としてのブランド、紹介獲得、患者継続率を評価する必要があります。

温泉療法を続けるための経営リスク

エビデンスと個別適応の線引き

水中運動の有用性には一定の研究蓄積があります。2022年に公表された変形性膝関節症のシステマティックレビューでは、22研究、計1,394人を対象に分析し、水中運動が痛み、こわばり、身体機能に短期的な改善をもたらす可能性が示されています。重い有害事象は報告されていないとされています。

日本温泉気候物理医学会誌にも、変形性膝関節症の高齢者に8週間の水中運動を行った症例報告があり、膝伸展筋力や歩行速度などの改善が報告されています。もちろん症例報告だけで一般化はできませんが、浮力、粘性、水圧を使う運動が高齢者の身体機能に働きかける理屈は明確です。

一方で、温泉プールは万能ではありません。心疾患、皮膚疾患、感染症リスク、転倒リスク、血圧変動など、医師が確認すべき条件があります。同院がプール利用に医師の許可を求めている点は、温泉を「気持ちよさ」だけで扱わないための重要な線引きです。

経営上も、エビデンスの扱いは慎重であるべきです。効果を過大に打ち出せば医療広告や説明責任のリスクが生じます。逆に、単なる福利厚生のように見せれば、医療資源としての価値が伝わりません。水中リハビリを続けるには、患者ごとの適応判断、成果の記録、医療者による説明の質が収益以上に重要になります。

固定費を吸収する利用設計の課題

温泉プールは、病院経営の中でも固定費が目立つ設備です。水温管理、換気、ろ過、清掃、衛生管理、滑りやすい動線への安全対策が必要です。温泉成分は設備に負荷をかける場合もあり、通常の運動室より修繕費が読みにくい面があります。

利用者が多い時代なら、こうした費用は稼働率で吸収できます。しかし、維持期リハビリの介護保険移行や地域人口の減少が進むと、患者数で固定費を薄める前提が崩れます。設備は残っていても、利用者が少なければ1人当たりコストは上がります。

そのため、今後の焦点は「誰に、どのタイミングで、どれだけ使ってもらうか」です。人工関節術前の筋力維持、術後の歩行再獲得、外来リハビリの継続、介護予防的な通所リハビリをどう組み合わせるかで、同じプールの意味は変わります。

また、人材確保も避けられない論点です。水中リハビリには、理学療法士が水の特性を理解し、個別の運動負荷を調整する力が求められます。地方病院が専門職を採用し続けるには、教育機会や働きがいを示す必要があります。温泉プールは患者向けの設備であると同時に、専門職が技術を磨く場でもあります。

地域医療で見る温泉プールの投資判断

上牧温泉病院の温泉プールは、単独で高採算を狙う設備ではありません。むしろ、低額で使えるからこそ、患者の継続利用を支え、人工関節治療や地域包括ケアの価値を補強する装置です。短期の採算だけで切れば固定費は減りますが、病院が地域で持つ独自性も削られます。

経営者が見るべき指標は、プール部門の赤黒だけでは不十分です。手術後の在宅復帰、外来継続率、紹介患者数、患者満足度、介護サービスとの連携、専門職採用への効果まで含めて評価する必要があります。温泉プールは、地方の小規模病院が「選ばれる理由」をどう作るかという経営課題そのものです。

患者側も、安さだけで判断しない姿勢が大切です。医師の許可、リハビリ計画、保険適用の範囲、介護保険への移行時期を確認し、自分の症状に合う使い方を選ぶべきです。温泉病院の価値は、湯に入れることではなく、湯を医療と生活再建につなげる仕組みにあります。

参考資料:

佐
佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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