看護学校の定員割れが止まらない背景と准看護師制度の行方
はじめに
「看護師になりたい」という志望者は決して消えていません。しかし、その受け皿である看護専門学校は全国で閉校が相次ぎ、准看護師養成所に至っては定員充足率が平均55%前後まで落ち込んでいます。一方で医療現場の人手不足は深刻さを増すばかりで、看護師の有効求人倍率は2倍を超え、1人の看護師を複数の施設が奪い合う状態が続いています。
養成と需要のあいだに生じたこのギャップはなぜ起きているのでしょうか。本記事では、看護学校の定員割れの実態、准看護師制度をめぐる存廃論争、そして在宅医療の拡大がもたらす新たなニーズまで、看護人材の構造変化を多角的に掘り下げます。
看護専門学校で進む定員割れと閉校ラッシュ
入学者数5年で7,000人減という現実
看護を学べる教育機関は大きな転換期を迎えています。看護系大学はこの10年で全国に88校増えた一方、短期大学や専門学校は合わせて58校減少しました。全国の看護専門学校のうち約8割が定員割れを起こしており、地方の養成校ほど状況は厳しくなっています。
入学者数はここ5年で約7,000人減少しました。少子化による18歳人口の縮小だけでなく、「同じ看護師を目指すなら4年制大学で」という志望者側の意識変化が、専門学校離れを加速させています。大学であれば保健師や助産師の受験資格も同時に取得でき、一般教養科目を通じた幅広い学びが得られるためです。
相次ぐ閉校・募集停止の具体例
2024年から2026年にかけて、全国各地で看護専門学校の閉校・募集停止が発表されています。京都府医師会看護専門学校は2029年3月の閉校を決定しました。南大阪看護専門学校は2025年度入学生を最後に募集を停止しています。埼玉県内では深谷大里看護専門学校など複数校が相次いで募集停止を発表し、本年度以降で7校が学生の受け入れをやめました。
地方ではさらに深刻です。北海道の苫小牧市と伊達市の看護学校が閉校し、岩手県では盛岡准看護学院が2026年3月に閉校を予定しています。鹿児島県の加治木看護専門学校も2026年度以降の募集を停止する方針です。看護師不足が深刻な地方こそ養成校が必要とされるにもかかわらず、学生が集まらないために閉校を余儀なくされるという皮肉な構図が広がっています。
准看護師養成所の急減と制度存廃論争
20年で養成所は4割に、入学者は3割に
准看護師をめぐる状況はさらに厳しいものがあります。厚生労働省の調査によると、准看護師学校養成所の数は2004年の312校から2024年には182校へと約4割にまで減少しました。入学者数に至っては同期間で14,210人から4,207人へと、実に3割以下に落ち込んでいます。
日本医師会の調査では、准看護師課程の定員充足率は平均55.2%にとどまっています。90%以上の充足率を確保できている養成所は127校中わずか15校で、大多数の学校が経営的にも教育的にも困難な状況にあります。秋田県、山形県、新潟県、福井県、沖縄県ではすでに准看護師養成所がゼロとなりました。
看護協会と医師会の対立構造
准看護師制度をめぐっては、日本看護協会と日本医師会のあいだで長年にわたる見解の相違があります。
日本看護協会は、医療の高度化・複雑化に対応するためには看護師の教育水準を引き上げる必要があるとし、准看護師制度を正看護師制度へ一本化すべきだと主張しています。准看護師は都道府県知事免許であり、業務上は医師や看護師の指示のもとで看護を行うという位置づけです。教育期間も2年と短く、高度化する医療ニーズへの対応には限界があるという見方です。
一方、日本医師会は准看護師が地域のクリニックや介護施設で果たしている実践的な役割を重視し、制度の存続を訴えています。特に人口減少が進む地方部では、准看護師が初期医療や高齢者ケアの現場を支える不可欠な存在となっているためです。
現時点で具体的な廃止時期は決まっておらず、制度は事実上の「凍結」状態にあります。しかし養成所の自然減が続く以上、制度の形骸化は着実に進んでいるといえるでしょう。
准看護師の就業実態と高齢化
就業准看護師の数も減少が続いています。厚生労働省の衛生行政報告例によると、就業准看護師数は約23万人で、前回調査比で8.4%の減少を記録しました。年齢別では55〜59歳が最多層を占めており、准看護師全体の高齢化が顕著です。
准看護師の主な就業先は病院、診療所、介護施設です。特に診療所や介護施設では、バイタルサインの測定、服薬管理、医師の診療補助など、日常的な看護業務の中核を担っています。こうした現場で准看護師の高齢化と退職が進めば、代替人材の確保が急務となります。
看護師不足の構造的背景
有効求人倍率2倍超が常態化
看護師不足は数字にも明確に表れています。看護師・准看護師の有効求人倍率は2.14倍に達しており、全産業平均の1.12倍を大きく上回っています。特に訪問看護ステーションでは3.22倍と突出しており、病院、介護施設との三つ巴の人材争奪戦が激化しています。
厚生労働省の需給推計では、2025年に必要とされる看護師数は約188万〜202万人に対し、供給見込みは約175万〜182万人にとどまるとされていました。最大で約27万人の看護師が不足するという予測です。地域別では首都圏や関西圏での不足が特に深刻で、地方との格差も課題となっています。
離職の背景にある労働環境
看護師の正規雇用の離職率は11.3%で、全職種平均の12.1%をわずかに下回る水準です。しかし、夜勤を伴う交代制勤務の現場では状況が異なります。16時間以上の夜勤がある二交代制の職場で離職率が最も高く、「人手不足で仕事がきつい」と答えた割合は二交代制・三交代制で60%以上に達しています。
離職理由として多いのは結婚、子育て、転居ですが、その根底には長時間労働と休暇取得の困難さがあります。夜勤の前後に残業が発生し、実質の勤務時間が12時間を超えることも珍しくありません。命を預かる緊張感に見合った待遇が十分とはいえないという声も根強く残っています。
在宅医療の拡大と看護の新たなニーズ
訪問看護の需要は2040年に向け急増
超高齢社会の進行は、看護師に求められる役割そのものを変えつつあります。85歳以上の高齢者の在宅医療需要は、2020年から2040年にかけて62%の増加が見込まれています。医療と介護の複合ニーズを抱える高齢者が増えるなか、病院中心から在宅中心へという医療提供体制の転換が進んでいます。
2026年度の診療報酬改定では、「包括型訪問看護療養費」が新設されました。高齢者住宅等に併設・隣接する訪問看護ステーションが、重症度の高い利用者に対して24時間体制で頻回な訪問看護を行った場合に算定できる新たな報酬体系です。在宅での看護提供を後押しする制度整備が着実に進んでいます。
拡大する看護師の職域
看護師の役割は従来の「医師の補助」から大きく広がりつつあります。特定行為研修制度により、一定の研修を修了した看護師は医師の判断を待たずに特定の医療行為を実施できるようになりました。さらに「診療看護師」という新たな職種も生まれ、より高度な臨床判断を担う看護師の育成が進んでいます。
ICTを活用した遠隔看護や多職種連携の推進も、看護師に新たなスキルと役割を求めています。こうした変化は、看護教育の質と量の両面での再構築を迫るものといえるでしょう。
注意点・今後の展望
看護学校の定員割れ問題を「少子化だから仕方がない」と片付けるのは早計です。看護系大学の定員はほぼ満たされており、学ぶ場の選択肢が変わっただけという側面もあります。問題の核心は、専門学校と大学のあいだで教育機能の再配分が進んでいないことにあります。
准看護師制度については、廃止か存続かという二項対立ではなく、移行期の現実的な対策が求められています。現場で働く約23万人の准看護師を一律に否定することはできません。正看護師へのキャリアアップ支援や、通信教育の拡充など、段階的な移行策が鍵を握ります。
今後は、訪問看護や在宅医療など成長分野への人材シフトをいかにスムーズに進められるかが焦点となるでしょう。地方における養成校の維持には、自治体の奨学金制度や地域枠の拡充といった政策的支援も不可欠です。
まとめ
看護学校の定員割れと准看護師養成所の急減は、日本の医療人材供給体制に構造的な変化が起きていることを示しています。大学志向の高まりによる専門学校離れ、准看護師制度をめぐる存廃論争、そして在宅医療の拡大による新たなニーズ。これらの課題は互いに連動しており、個別の対処では解決できません。
看護という職業の魅力が失われたわけではなく、むしろ役割は拡大しています。養成体制の再編、労働環境の改善、キャリアパスの多様化を一体的に進めることで、次世代の看護人材を確保する道筋が見えてくるはずです。
参考資料:
- 定員割れで看護学校”閉校”続出, 入学者5年で7,000人近く減
- 看護学校がピンチ!8割が定員割れ 看護師不足なのに…なぜ? - SODANE
- 【2025年最新】准看護師の資格は廃止される? 制度の現状と今後の展望 - CLIUS
- 准看護師制度は廃止になる?看護協会・医師会の意見や今後の動きを解説 - 情報かる・ける
- 埼玉県内の看護専門学校 本年度以降、7校が学生募集停止 - 東京新聞
- 盛岡准看護学院、志願者減で閉校へ - 岩手日報
- 看護師不足が加速か 加治木看護専門学校が閉校へ - 南日本新聞
- 【2025年版】深刻化する医療業界の人手不足 - LAYERED Works
- 看護師の離職率は11.8%!高いといわれる理由と高い病院の特徴を徹底解説 - ケアコム
- 令和4年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況 - 厚生労働省
- 令和5年医師会立助産師・看護師・准看護師学校養成所調査結果 - 日本医師会
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