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看護師働き方改革で広がる夜勤偏在と不公平感、復職離れの病院現場

by 小林 美咲
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看護師働き方改革が問う公平な勤務設計

看護師の働き方改革は、本来であれば離職を減らし、子育てや介護、学び直しと仕事を両立させるための仕組みです。日勤のみ、短時間勤務、夜勤回数の選択といった制度は、看護職のキャリア継続に欠かせません。

しかし、病棟は24時間止まりません。柔軟な勤務を認めるほど、夜勤や急な欠員対応を担える人に負担が集まりやすくなります。問題は、多様な働き方そのものではなく、負担の見える化と補償、育成、配置の設計が追いついていないことです。

この記事では、日本看護協会や厚生労働省の資料をもとに、看護師の働き方改革がなぜ不公平感を生みやすいのかを整理します。復職支援と定着促進を両立させるために、病院が見直すべき勤務設計を考えます。

夜勤を担える人に集中する見えない負担

夜勤不足感が示すシフトの限界

日本看護協会の「2025年病院看護実態調査報告書」では、2024年度の正規雇用看護職員離職率は11.0%でした。新卒看護師の離職率は8.2%で、99床以下の病院では13.2%、500床以上の病院では7.7%と、病床規模による差も見えます。育成余力や教育体制が弱い職場ほど、定着の難しさが表れやすい構図です。

同調査でより深刻なのは、日勤と夜勤の充足感の差です。日勤で「不足感がある」「やや不足感がある」と答えた病院は合計69.2%でした。夜勤でも「不足感がある」38.1%、「やや不足感がある」30.8%で、合計68.9%に達しています。つまり、多くの病院では日勤も夜勤も足りていませんが、夜勤は限られた人だけが担えるため、体感上の偏りがより強くなります。

夜勤の偏在は、単なる感情問題ではありません。同調査では、一般病棟に勤務する看護職員のうち、月72時間を超える夜勤者率が33.9%でした。72時間は診療報酬の入院基本料の算定要件でも基準にされる数字です。全員が一様に夜勤をしているのではなく、一部の人が基準を超える夜勤を担っている可能性が示されています。

多様な働き方が生む納得感の差

病院側も何もしていないわけではありません。人材確保のために導入している働き方では、「日勤のみ」が54.7%、「夜勤回数や夜勤時間、曜日が選択できる」が44.1%、「短時間勤務」が39.3%でした。夜勤免除や日勤専従は、育児、介護、病気治療、学び直しを抱える看護師にとって重要な選択肢です。

一方で、夜勤を担う側から見ると、制度の恩恵が非対称に映ります。誰かが日勤のみになると、残った人が夜勤、休日、急なリリーフを多く引き受けます。夜勤専従や夜勤のみの制度を置いている病院もありますが、夜勤回数に応じた手当の支給がある病院は21.9%にとどまります。二交代制の夜勤手当平均は1回1万1470円ですが、金額だけでは生活リズムの崩れや家族時間の喪失まで補えません。

日本看護協会の「2025年看護職員実態調査報告書」でも、病院勤務の正規雇用フルタイム非管理職では、二交代制の16時間以上夜勤が37.1%と最多でした。二交代制では夜勤回数が4回または5回に集中し、16時間を超える拘束が月単位で繰り返されます。短時間勤務者を守る制度が、長時間勤務者への依存で成り立つなら、職場の納得は長続きしません。

不公平感は、休む人への非難として表面化しがちです。しかし本質は、休む権利を使う人と穴を埋める人を対立させる勤務設計にあります。休暇や免除を認めるなら、代替人員、手当、翌月以降の負担調整、教育役割の分担まで同時に決める必要があります。そこが曖昧なままでは、働き方改革は「休める人」と「休ませる人」を分ける制度になってしまいます。

復職支援が現場で空回りする構造

潜在看護職を呼び戻す制度の前提

厚生労働省は、看護職員確保の方向性として「新規養成」「復職支援」「定着促進」の三本柱を掲げています。都道府県ナースセンターは、無料職業紹介、相談、研修、情報提供を通じて、離職中の看護職を職場につなぐ役割を担っています。看護師等免許保持者の届出制度も、離職後の人とナースセンターがつながりを保つための仕組みです。

制度の方向性は妥当です。看護資格を持つ人が一度離職しても、家庭や健康、地域事情に応じて戻れる道があることは、社会全体にとって大きな意味があります。とくに訪問看護は需要増が大きく、厚労省資料では2020年の6.8万人から2025年推計で11.3万人へ伸びるとされます。病院だけでなく在宅領域でも、看護職のキャリア再接続は欠かせません。

ただし、復職支援が「人を戻す」ことだけに偏ると、受け入れ側の現場にひずみが出ます。復職直後の看護師には、電子カルテ、感染管理、医療機器、急変対応、病棟のルールを学び直す時間が必要です。日勤短時間から再開することは合理的ですが、その間の教育担当者や夜勤可能者の負担が増えるなら、既存スタッフの納得を得る設計が必要です。

教育と受け入れ体制の不足

キャリア形成の観点では、看護師の復職は単なる欠員補充ではありません。知識と技術の再獲得、現場感覚の回復、責任範囲の調整を伴うリスキリングです。復職者を即戦力として数えるほど、本人にも周囲にも無理が生じます。教育期間を人員計画に入れずに採用すれば、現場では「来たのに楽にならない」という不満が膨らみます。

新人定着にも同じ問題があります。新卒看護師の離職率は病床規模で差があり、小規模病院ほど高い傾向が見えます。教育担当者の配置、シミュレーション研修、段階的な夜勤入り、相談できる中堅層の厚みが不足すると、若手は早期に自信を失いやすくなります。若手が辞めると、中堅がさらに夜勤と教育を担い、その中堅が疲弊する循環が起きます。

看護職員実態調査では、正規雇用フルタイム職員の80.5%が超過勤務をしたと回答し、実際に行った超過勤務時間の平均は12.2時間でした。超過勤務には、着替え、研修、患者情報の確認などの始業前勤務も含まれます。病院単位の平均超過勤務時間だけを見ると小さく見えても、個人の体感では前残業や学習負担が積み上がります。

さらに、同調査では暴力やハラスメントを受けた経験がある人が49.3%でした。夜勤負担だけでなく、患者・家族対応、職場内の人間関係、教育負担が重なると、復職希望者は病棟勤務を避けやすくなります。離職中の看護師が戻りたい職場とは、単に求人が多い職場ではなく、学び直しを支え、失敗を責めず、役割を段階的に広げられる職場です。

復職を増やすには、復職者本人への研修だけでなく、受け入れる側の教育設計が要ります。誰が何時間教えるのか、その時間は勤務表上どう扱うのか、教育担当者の夜勤回数はどう調整するのかを明文化しなければなりません。復職支援は、採用部門の施策ではなく、病棟全体の学習設計として扱うべきです。

公平性を取り戻す勤務設計の条件

働き方改革を現場の不公平感にしないためには、まず負担を数値化する必要があります。夜勤回数、夜勤時間、休日出勤、急な呼び出し、教育担当、委員会、リーダー業務、前残業を一覧化し、個人ごとの偏りを見ます。夜勤だけを見ても、負担の全体像はつかめません。

次に、免除と代替負担をセットで設計することです。日勤専従や短時間勤務を選べる人には、夜勤の代わりに教育資料作成、退院支援、業務改善、日勤帯の重症患者対応など、無理のない貢献領域を明確にします。これは権利行使への罰ではありません。チーム全体で納得できる役割配分にするための設計です。

夜勤を担う人には、手当だけでなく休息とキャリア上の評価が必要です。日本看護協会の夜勤・交代制勤務ガイドラインは、勤務間隔を11時間以上あける考え方を示しています。夜勤明けの会議参加や研修受講、短いインターバルでの日勤入りを当然にすれば、疲労は見えない形で蓄積します。夜勤負担は、勤務表の空欄を埋める作業ではなく、安全管理そのものです。

タスク・シフトや看護補助者の活用も、夜勤偏在の緩和に関わります。病院看護実態調査では、看護師から医師以外の医療関係職種へのタスク・シフトまたはシェアを実施している病院は72.9%でした。ただし、課題として人員の余力不足が多く挙げられています。多職種連携を名目にしても、受け手側に余力がなければ、現場の負担は移動せず残ります。

公平な勤務設計とは、全員に同じ勤務を求めることではありません。人生の時期や健康状態に応じて働き方を変えられる一方で、重い勤務を担う人が報われ、休む人が肩身の狭さを感じずに済む仕組みです。そのためには、管理者が「お互いさま」という言葉だけに頼らず、データとルールで負担を調整する必要があります。

現場が次に確認すべき実務論点

看護師の働き方改革は、休める制度を増やすだけでは完結しません。夜勤、教育、急な欠員対応、復職者の受け入れを誰が担っているのかを見える化し、偏りに対して休息、評価、手当、役割調整を組み合わせることが必要です。

病院がまず確認すべきなのは、夜勤可能者の固定化、夜勤明けの会議参加、教育担当者の負担、短時間勤務者の役割設計です。看護師個人にとっても、転職や復職を考える際には、給与だけでなく夜勤回数、勤務間隔、教育体制、ナースセンターや院内研修の支援内容を確認することが大切です。

柔軟な働き方は、看護職を長く続けるための土台です。その土台を守るには、制度の利用者と支える人を分断しない勤務設計が欠かせません。不公平感を放置しないことが、復職したい人を増やし、辞めずに働き続ける人を守る最短の定着策になります。

参考資料:

小林 美咲

キャリア・教育

キャリア形成・教育改革・リスキリングなど、人と学びの接点を取材。変化する時代に求められる「働く力」を問い続ける。

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