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カツカレー指数で読む一ドル六二円論とビッグマック円安比較の盲点

by 松本 浩司
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食卓価格が映す円安水準の異常な安さ

カツカレーの価格差から円の適正水準を逆算すると、1ドル62円18銭になるという試算が注目されています。同じ発想でビッグマックを使うと1ドル80円30銭となり、足元の1ドル160円前後とは大きな開きがあります。

この数字が示すのは、明日にも円が60円台へ戻るという予測ではありません。むしろ、外食価格、賃金、家賃、サービス品質、税制、企業の価格戦略が重なった結果として、日本の生活関連価格がドル建てでどれほど安く見えるかという問題です。

為替相場は金利差や資本移動で動きますが、購買力平価は生活者の実感に近い物差しです。両者のズレを読むことで、円安が単なる金融市場の現象ではなく、日本経済の価格形成そのものを映していることが見えてきます。

一皿指数が六二円台を示す計算構造

価格比率から出る単純なPPP

カツカレー指数の考え方は単純です。同じような一皿を日本と米国で比べ、日本円価格を米ドル価格で割ります。日本で約1000円のカツカレーが、米国の都市部で16ドル前後なら、1000÷16で1ドル62.5円程度になります。

今回話題になった1ドル62円18銭という水準も、この種の一物一価の発想から出ます。公開メニューを確認すると、日本のCoCo壱番屋ではポークカレー646円にロースカツ409円を加えたロースカツ相当が1055円です。一方、米国のGo Go Curryではポークカツカレーがサイズにより12.55ドルから15.55ドル、CoCo Ichibanyaの米国トーランス店ではポークカツカレーが13.44ドルです。

この組み合わせだけなら、1ドル60円台後半から80円前後まで幅が出ます。つまり、62円18銭という数字は一つの象徴的な推計であり、店舗、都市、サイズ、税・チップ、店内価格か配達価格かによって結果は大きく変わります。

店舗選択で広がる一皿の水準

カツカレーは、ビッグマックよりも指数として扱いにくい商品です。揚げ物の調理工程、米の量、カレーソースの仕様、店内サービス、立地コストが店舗ごとに異なります。米国では外食の人件費、家賃、保険、チップ慣行も価格に反映されやすくなります。

そのため、カツカレー指数は厳密な為替モデルというより、サービス価格を含む「生活コスト指数」として読むべきです。日本では外食チェーンが低価格を維持する力が強く、労働集約的なメニューでも価格転嫁が抑えられてきました。ドル建てで見た日本の外食が安いのは、円安だけでなく国内の価格競争と賃金水準の反映でもあります。

ビッグマック指数も同じ構造を持ちますが、世界で標準化された商品である分、比較の透明性は高くなります。エコノミストが公開するBig Macデータは、価格、為替、GDP調整の算式を明示しています。一方、日次の配達価格を追う民間データでは、2026年7月時点の日本円のビッグマックPPPは1ドル99円前後、円の割安率は約39%とされています。80円30銭という試算との差は、調査時点と価格取得方法の違いを示しています。

購買力平価と市場為替を分ける力学

ビッグマック指数との共通点

ビッグマック指数もカツカレー指数も、購買力平価の直感的な説明です。日本の価格を米国の価格で割ると、同じ商品が同じ金額になる為替レートが出ます。市場相場がその水準より円安なら、日本円は割安に見えるという判断です。

例えば、1ドル161円を市場の目安とした場合、62円18銭のカツカレーPPPは市場より約61%円高側にあります。80円30銭のビッグマックPPPでも、市場より約50%円高側です。食卓価格だけを見れば、円はかなり安く放置されているように見えます。

ただし、購買力平価は長期の重力であり、短期の相場決定要因ではありません。外食は国境を越えて裁定できる商品ではありません。米国で高いカツカレーを買って日本で安く売ることはできず、輸送によって価格差が埋まるわけでもありません。

実質実効為替レートが示す別の現実

より広い視点では、実質実効為替レートが重要です。BISと日本銀行の説明では、実質実効為替レートは貿易相手国との為替レートを貿易ウエートで合成し、相対的な物価差で調整した指数です。FREDが掲載するBISベースの日本の実質実効為替レートは、2026年6月に65.30でした。基準年である2020年を100とするため、円の実質的な購買力はかなり低い位置にあります。

この指標は、カツカレーやビッグマックのような単品比較とは違い、複数の貿易相手と物価差を反映します。円安が一部の食品価格だけの話ではなく、日本の国際的な価格水準全体に関わる問題であることを確認できます。

OECDや世界銀行が使うPPPも、単品ではなくGDPや家計消費全体の価格水準を比べます。OECDの2023年表では、日本のGDPベースPPPは94.68円、同年の市場為替レートは140.49円でした。単品指数ほど極端ではありませんが、それでも市場相場の円安方向への乖離は明確です。

円高回帰を阻む金利差と低価格構造

食卓指数が円高を示しても、市場がすぐにそこへ戻らない最大の理由は金利差です。米連邦準備制度理事会は2026年7月のFOMCで、フェデラルファンド金利の誘導目標を3.5%から3.75%に据え置きました。日本側の金利正常化は進んでいるものの、米国との金利差はなお投資家にドル保有の魅力を残します。

BNYの為替分析でも、アジア通貨の割安感と当局の不快感は指摘されていますが、実際の資金フローには強い確信が欠けるとされています。別のBNY関連分析では、円は実質実効為替レートで大きく割安だとされる一方、介入や政策協調だけで歪みを修正することは難しいとの見方が示されています。

もう一つの制約は、日本の低価格構造です。外食、宿泊、交通、日用品の価格が海外より安く見える背景には、企業努力だけでなく、賃金の伸び悩み、サービス価格の上げにくさ、消費者の価格感応度があります。これは旅行者には「安い日本」と映りますが、国内の家計には実質所得の弱さとして返ってきます。

円が持続的に上がるには、単に割安だからでは足りません。日本の賃金とサービス価格が上がり、企業が価格転嫁でき、日銀の政策正常化が市場に信頼され、同時に米国の金利低下が進む必要があります。購買力平価は方向を示しても、時期までは教えてくれません。

投資家が食卓指数で確認すべき指標

カツカレー指数やビッグマック指数は、相場予想のピンポイントな目標値ではなく、円安の歪みを測る警報装置です。1ドル62円や80円という数字を見て機械的に円買いへ動くより、なぜ市場がそこまで戻らないのかを分解する姿勢が重要です。

投資家が見るべきなのは、日米の政策金利差、米長期金利、日本の賃金上昇率、サービス価格、実質実効為替レート、貿易収支、訪日消費の単価です。これらが同時に円高方向へそろえば、購買力平価とのズレは縮まりやすくなります。

一方で、米国の高金利が長引き、日本の価格転嫁が遅れ、国内投資家の海外資産選好が続くなら、円は割安に見えても市場では安いままです。食卓の一皿は、為替の将来を断定する道具ではありません。しかし、日本の物価と賃金が国際価格からどれほど離れているかを確認するには、極めて分かりやすい入口です。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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