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『九条の大罪』悪徳弁護士像が映す現代日本の法と倫理の断層構造

by 小林 美咲
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九条の大罪が映す法と感情的正義の衝突

真鍋昌平さんの『九条の大罪』は、犯罪者や半グレ、ヤクザの依頼を引き受ける弁護士を正面から据えた作品です。2026年4月2日にはNetflix実写版の配信が始まり、同日に原作の最新16集も動きました。いまこの作品が目立つのは、刺激的だからだけではありません。法が守ろうとする手続きと、世間が求める感情的な正義が、同じ場面でぶつかる構図を可視化しているからです。

タイトルにある「悪徳弁護士」という言葉は分かりやすい半面、現実の刑事弁護をかなり単純化します。弁護士は依頼人を守る役割を持ちますが、何でも許されるわけではありません。この記事では、『九条の大罪』の現在地を確認したうえで、犯罪者に助言する弁護士の「腹積もり」がどこまで制度に支えられ、どこから倫理違反になるのかを整理します。

作品の現在地と悪徳弁護士像の設計

漫画16集とNetflix配信が重なる2026年春

小学館の作品ページでは、『九条の大罪』は2020年10月から連載が続く現行作として扱われ、2026年4月2日発売の最新コミックスが第16集と案内されています。同じ4月2日にはNetflixで実写シリーズの世界配信も始まり、公式サイトでは全10話一挙配信とされています。2025年10月時点のNetflix発表では単行本14巻で累計400万部超、2026年1月と3月の追加発表では15巻時点でも同規模の話題作として位置づけられていました。つまり2026年春の『九条の大罪』は、連載漫画の新刊、配信ドラマ、SNS上の議論が一気に重なった拡張局面にあります。

このタイミングで改めて目立つのが、九条間人という主人公の設計です。公式紹介では、九条は「厄介な案件ばかりを引き受ける」弁護士で、世間からは悪徳弁護士と罵られながら依頼人を擁護する人物として描かれています。Netflix側の紹介でも、彼のもとに来るのは半グレや前科持ちなど社会の周縁にいる人々であり、飲酒運転のひき逃げ、違法薬物、介護施設の虐待、AV出演トラブルといった題材が並びます。読者や視聴者は、九条の言動を通じて「そんな相手まで守るのか」という反発をまず抱くように設計されているわけです。

100人超の弁護士取材が支える複数の正義

ただし、この作品が単なる挑発に終わらないのは、作者が現場の論理をかなり丁寧に拾っているからです。POPEYEのインタビューで真鍋さんは、九条という人物像を作るために100人以上の弁護士に会い、複数の要素を重ね合わせたと語っています。そこで印象的なのは、「弁護士を正義の人として単純化せず、検察側にも別の正義がある」という視点です。

この発想は、『九条の大罪』をヒーロー漫画にも告発漫画にも固定しません。九条は弱者の味方としても読めますし、制度の穴を使う危うい実務家としても読めます。実写化の紹介文でも「何が正義で何が悪か、自身の価値観を揺さぶられる」と前面に出されていました。悪徳弁護士というラベルは入口として強力ですが、作品の芯はむしろ、立場ごとに異なる正義が衝突する現場の息苦しさにあります。

刑事弁護の役割と「腹積もり」の実相

世論と切り離された依頼者防御の論理

ここで現実の刑事弁護に戻ると、弁護士の役割は「善人だけを守ること」ではありません。被疑者や被告人であっても、法の手続きに沿って扱われるべきであり、弁護人はその権利を具体的に支える存在です。法律相談ナビの整理でも、被疑者には弁護士選任権や接見交通権があり、弁護士は取り調べ対応の助言や不当な身体拘束への申立てを支援すると説明されています。特に接見交通権は、身体拘束を受けた被疑者が立会人なしで弁護士と面会し、書類や物をやり取りできる権利です。

この仕組みは、一般の感覚から見ると「犯罪者に入れ知恵する制度」に見えやすい部分でもあります。九条のようなキャラクターが不気味に映るのは、その違和感を極端な形で可視化しているからです。しかし制度の側から見れば、捜査機関と個人の力関係が大きく非対称である以上、弁護人が早い段階で介入し、何を話すべきか、黙るべきか、どの手続きに争いがあるかを助言すること自体は、むしろ適正手続の中核です。犯罪を肯定するためではなく、国家が手続きを逸脱しないための装置として弁護が必要になるのです。

守秘義務と接見交通権が生む違和感の正体

では、どこまでが正当な助言で、どこからが「悪徳」なのでしょうか。山中理司弁護士の解説では、弁護士法23条と弁護士職務基本規程23条に基づき、弁護士は依頼者について職務上知り得た秘密を正当な理由なく漏らしたり利用したりしてはならないと整理されています。依頼者が不利になる情報を簡単に外へ出さないのは、信頼関係を成立させる大前提です。九条のような人物が依頼人から本音を聞き出せるのも、まさにこの守秘の構造があるからです。

ただし、守秘義務は何でも隠せる免罪符ではありません。同じ解説では、弁護士職務基本規程75条により、弁護士は偽証や虚偽の陳述をそそのかしたり、虚偽と知りながら証拠を出したりしてはならないと明記されています。つまり、依頼人の利益のために戦うことと、虚偽のストーリーを作ることは別です。現実の弁護士の「腹積もり」は、依頼人の人気や道徳評価を守ることではなく、不利な供述を避け、手続きの弱点を突き、量刑や処分を少しでも有利に運ぶことにあります。その範囲は広いですが、証拠の捏造や偽証の誘導までは越えられません。

『九条の大罪』が面白いのは、この境界を読者に気持ちよくは説明しない点です。九条の助言はしばしば「そこまで言うか」と感じさせますが、その不快さは、私たちが刑事弁護を普段は抽象論でしか見ていないことの裏返しでもあります。被害感情、再犯不安、世論の制裁欲求が強いほど、制度が保障する防御権は「ズル」に見えやすいのです。

九条像と刑事弁護実務を分ける視点

このテーマで気を付けたいのは、作品上の九条と現実の弁護士実務をそのまま重ねないことです。真鍋さん自身が複数の弁護士像を組み合わせて創作していると語っている以上、九条は現実の誰かをそのまま写した人物ではありません。また、作品の刺激的な場面だけを根拠に「弁護士は犯罪者の味方だ」と一般化すると、刑事弁護の制度的な必要性を見失います。

一方で、『九条の大罪』が突いている不安は本物です。手続きの権利保障が強調されるほど、被害者側や一般市民には「法は悪い側に優しい」という感覚が残りやすいからです。今後もこの作品が広く読まれるなら、論点は単なる過激さよりも、法が守るべき最低線と、社会が求める応報感情のずれをどう受け止めるかへ移っていくはずです。ソーシャルワーカーの存在が物語に組み込まれているのも、処罰だけでは終わらない再犯防止や社会復帰の視点を入れるためだと読めます。

悪徳弁護士像が示す法と倫理の断層

『九条の大罪』の「悪徳弁護士」は、単なる反社会ヒーローではありません。犯罪者を守ることへの嫌悪、国家権力に対抗するための防御権、そして弁護士倫理の限界線を、一つのキャラクターに押し込んだ装置です。だからこそ九条の言動は、痛快さより先に居心地の悪さを残します。

その居心地の悪さこそ、この作品の価値です。法は感情の代弁者ではなく、手続きを維持する仕組みです。しかし、その仕組みが人々の道徳感情とずれるとき、社会は強い不信を抱きます。『九条の大罪』は、そのずれをセンセーショナルに煽るだけでなく、現代日本の法と倫理の断層として見せている点に、いま読む意味があります。

参考資料:

小林 美咲

キャリア・教育

キャリア形成・教育改革・リスキリングなど、人と学びの接点を取材。変化する時代に求められる「働く力」を問い続ける。

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