定年後再雇用の給与激減は古い 公正評価へ向かう人事制度の分岐点
はじめに
「定年後は同じ仕事でも給与が大きく下がる」という見方は、日本の職場では長く半ば常識のように語られてきました。実際、そのイメージには歴史的な根拠があります。継続雇用は嘱託や契約社員への切り替えが中心で、賃金も60歳前後を境に大きく下がる例が多くみられました。
ただし、2026年時点でその像をそのまま現在形で語るのは粗すぎます。制度は2013年の希望者全員65歳までの継続雇用義務化、2021年4月1日の70歳までの就業確保努力義務化を経て変わりました。さらに、同一労働同一賃金の考え方や関連判例が、定年後処遇に「説明できる差」と「説明できない差」をより厳しく問い始めています。本稿では、給与激減のイメージがどこまで古くなったのか、そして正当評価を掴む突破口は何かを、公開資料だけで整理します。
「給与激減」イメージが広がった制度の記憶
継続雇用が再雇用中心だった時代
まず確認したいのは、古いイメージが単なる思い込みではないことです。JILPTの2008年調査では、継続雇用時の年収として現在の年収の8割以上を最低限希望する人が半数近くいた一方、その水準が実現すると見ている人は約2割にとどまりませんでした。2010年の企業調査でも、60代前半のフルタイム継続雇用者の61歳時点の賃金水準は、60歳直前を100としたとき「60〜70台」が多いと整理されています。
しかも当時は、賃金決定に公的給付の受給状況を織り込む企業が少なくありませんでした。JILPTの2009年フォーラム報告でも、定年到達後の継続雇用者の賃金は「50%から75%未満」が多く、賃金決定では60歳到達時の賃金や高年齢雇用継続給付、在職老齢年金が考慮される傾向が示されています。つまり「同じように働いているのに下がる」という不満は、制度の運用から実際に生まれていたのです。
65歳・70歳へ伸びた制度と就業の現実
ただ、その前提は少しずつ崩れています。厚生労働省によれば、定年を65歳未満に定める企業には、65歳までの定年引上げ、継続雇用制度、定年廃止のいずれかを実施する義務があります。さらに、65歳以上70歳未満の定年制や継続雇用制度を採る企業には、70歳までの継続雇用や業務委託、社会貢献事業などの就業確保措置を講ずる努力義務があります。
2025年6月1日時点の「高年齢者雇用状況等報告」では、65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業は99.9%でした。その内訳は継続雇用制度が65.1%、定年引上げが31.0%です。70歳までの就業確保措置を実施済みの企業も34.8%まで上がっています。もう「60歳で事実上終了」という制度像ではありません。
働く側の実態も変わっています。内閣府の令和7年版高齢社会白書では、令和6年の65〜69歳の労働力人口比率は54.9%でした。高齢期の就業は例外ではなく、企業にとっても人手不足の中で重要な戦力です。JILPTの2020年調査でも、60代前半の継続雇用者の雇用形態は「嘱託・契約社員」が57.9%となお多い一方、「正社員」も41.6%に達し、2015年調査より正社員継続雇用の比率が若干増えました。仕事内容が定年前後で変わらない企業の比率も増えています。
ここから見えるのは、給与激減が完全に過去の話になったわけではないが、一律の再雇用割引を当然視する時代でもなくなったということです。定年延長、正社員継続、役割維持型の雇用が増えるほど、「年齢が上がったから下げる」という説明は通りにくくなります。
正当評価を掴む突破口
一律減額から役割基準への転換
突破口は、年齢基準から役割基準への転換です。JILPTの2021年報告は、定年延長を採用している企業の60代前半層の平均賃金が、継続雇用を採用している企業より12.8%高いと示しました。重要なのは金額差そのものより、その背景です。定年延長企業は高年齢者の賃金引下げに批判的で、賃金・評価制度に基づく決定を志向する傾向がありました。逆に、高年齢雇用継続給付の受給状況を最も重視する企業は平均賃金が低いとされます。
つまり、賃金が下がるかどうかより先に、「何を基準に下げるのか」が問われているのです。仕事内容、責任、配置転換の有無、専門性、健康面の配慮、勤務時間の変化。こうした要素を整理せず、定年到達だけで賃率を落とす方式は、制度的にも人材確保の面でも持続しにくくなっています。
さらに、2025年4月1日から高年齢雇用継続給付の支給率は上限15%から10%へ下がりました。60歳到達等時点と比べて賃金が75%未満に低下した人への給付制度自体は残っていますが、公的給付を前提に賃金を調整する余地は従来より小さくなっています。これも、企業に処遇設計の見直しを迫る材料です。
判例とガイドラインが求める説明責任
処遇見直しの基準を与えるのが、同一労働同一賃金の枠組みです。厚生労働省のガイドラインは、雇用形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保し、どの待遇差が不合理で、どの差は不合理でないかを示すものだと説明しています。ここでのポイントは、再雇用者を必ず正社員と同じ総額にせよという単純な命令ではないことです。差があるなら、その差を項目ごとに説明できるかが焦点になります。
長澤運輸事件を紹介する厚労省の参考判例ページでも、その考え方は明確です。定年後再雇用の嘱託社員と正社員の待遇差をめぐり、最高裁は一律に全部違法とも全部適法とも扱わず、二つの手当について不合理と判断しました。作業そのものへの対価や安全運転の必要性は、雇用区分が変わっても同じなら、差を設ける理由になりにくいという整理です。
この考え方は企業実務に直結します。突破口は、基本給、役職給、技能給、手当、賞与を分け、何が役割に対応し、何が成果に対応し、何が安全や勤務実態に対応するのかを言語化することです。評価面談や職務定義が弱い会社ほど、「なんとなく下がる」処遇になりやすい。逆に、仕事の中身と責任を定義し直し、賃金項目ごとに理由を説明できる会社ほど、再雇用でも納得感を作りやすくなります。
注意点・展望
注意したいのは、「同じ仕事なら必ず同じ年収になる」と短絡しないことです。定年前後で責任、拘束性、転勤可能性、勤務時間、役割期待が変われば、処遇差自体はありえます。問題は差の有無ではなく、その差が仕事内容や役割の違いと対応しているかです。
今後の焦点は三つあります。第一に、定年後処遇を年齢ではなく職務・能力・成果に結び直すことです。第二に、個別面接や評価制度を高齢期まで接続し、処遇理由を説明可能にすることです。第三に、健康確保や短時間勤務、役割再設計を含めた働き方の選択肢を増やすことです。高齢者雇用は、福祉的配慮だけでなく、人手不足下の戦力化という経営課題に変わっています。
まとめ
定年後再雇用の給与激減は、かつては現実でした。だからこそイメージとして強く残っています。しかし、2026年の時点では、その古い設計をそのまま続ける合理性は弱まっています。65歳、70歳へと制度は延び、継続雇用の形も多様化し、同一労働同一賃金の考え方は「説明できない差」を許しにくくしています。
正当評価を掴む突破口は、一律減額をやめることだけではありません。仕事と責任を定義し、賃金項目ごとの理由を示し、面談と評価を通じて処遇を接続することです。定年後処遇のテーマは、もはや「どこまで下げるか」ではなく、「何を基準に決めるか」へ移っています。
参考資料:
- 令和7年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を公表します - 厚生労働省
- 高年齢者の雇用 - 厚生労働省
- 同一労働同一賃金ガイドライン - 厚生労働省
- 参考判例|パートタイム・有期雇用労働法とは
- 令和7年4月1日から高年齢雇用継続給付の支給率を変更します - 厚生労働省
- 1 就業・所得|令和7年版高齢社会白書(全体版) - 内閣府
- 1 就業・所得|令和5年版高齢社会白書(全体版) - 内閣府
- 労働政策研究報告書No.211 「70歳就業時代の展望と課題」 - JILPT
- 調査シリーズNo.198『高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)』 - JILPT
- 調査シリーズ No.67 高齢者の雇用・採用に関する調査 - JILPT
関連記事
最新ニュース
AI工作機械が熟練不足の精密加工を変える仕組みと競争力の行方
NCプログラム自動化と人材不足が交差する日本の工作機械産業の再編シナリオ
ブーニンが日本を愛する理由と復活を支えた特別な絆の背景を読む
ショパン覇者ブーニンを日本が支え続けた歴史と再起の舞台になった理由の全体像
白内障の基礎知識加齢リスクと受診目安を正しく知る3つのポイント
白内障の症状、スマホとの関係、予防策と手術の考え方を一次情報で整理した基礎知識
突然の透析宣告に備える働く世代の腎臓病リスクと仕事の選択肢整理
透析導入が人生の終わりではない理由と就労継続、治療選択、公的支援の全体像
試験開始2分で差がつく受験力と読解方略・時間配分の決定要因分析
問題冊子を開いた直後の行動差をメタ認知と時間配分から読み解く試験本番の得点差の正体