廃墟を再生し村をつくる「廃屋建築家」の挑戦
はじめに
日本全国の空き家が900万戸を超え、空き家率が過去最高の13.8%に達した現在、空き家問題は地方だけでなく都市部でも深刻化しています。朽ちかけた家屋が並ぶ一帯が放置され、地域の安全性や景観を脅かすケースは少なくありません。
こうした状況のなか、神戸市を拠点に廃墟同然の空き家をDIYで蘇らせ、「村」と呼べるコミュニティへと再生する取り組みが注目を集めています。その中心にいるのが、自らを「廃屋ジャンキー」と称する建築家・西村周治さんと、彼が率いる建築集団「西村組」です。
本記事では、廃屋を買い取り、廃材を使って改修し、人が集まる場をつくり上げてきた西村さんの活動を軸に、空き家問題への新たなアプローチと地域再生の可能性を探ります。
「廃屋建築家」西村周治と西村組の歩み
建築学科卒業から廃屋暮らしへの転換
西村周治さんは1982年京都府生まれで、神戸芸術工科大学建築学科を卒業しています。一級建築士と宅地建物取引主任士の資格を持つ、正統派の建築のプロです。しかし卒業後、西村さんが選んだのは設計事務所やゼネコンへの就職ではありませんでした。
大学卒業後、家賃1万5千円のボロボロの倉庫を廃材で改修して住み始めたことが、すべての始まりでした。その後、不動産会社で働きながら、朽ちかけた廃屋を買い取っては自ら改修して住み、直し終えたら人に貸したり売ったりして、また次の廃屋へと移り住む。まるでヤドカリのような暮らしを続けてきました。
この「住みながら直す」というスタイルは、約20年にわたって続いています。一般的な建築家が図面を引いて新しいものを設計するのに対し、西村さんは既にあるものを壊さず、手を加えて生かすという、真逆のアプローチを貫いてきました。
建築集団「西村組」の結成
2020年、西村さんは「西村組」という有機的な建築集団を結成しました。「組」と呼ばれるメンバーは、建築の専門家だけではありません。歌手、画家、DJなど、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が集まっています。
西村組の合言葉は「無理をしない」「素人がつくる」「屋根が落ちてからが本番」。プロの完璧な仕上がりを目指すのではなく、素人でも参加でき、廃墟のような状態からでも再生できるという姿勢が貫かれています。解体と建築の両方を手がけ、不動産会社すら断るような物件を買い取って再生するのが、西村組の流儀です。
現在、西村さんのもとには各地から廃屋情報が寄せられ、所有する廃屋はおよそ50軒にのぼるとされています。遠方の物件や活用の希望がある場合には、若者に所有権を譲ることもあるといいます。
廃屋群から「村」への変貌——バイソンとバラックリン
梅元町の「バイソン(梅村)」
西村組の代表的なプロジェクトが、神戸市兵庫区梅元町にある「バイソン」(梅村)です。ここはかつて、9軒の廃屋が並ぶ一帯でした。柱が腐り、屋根が落ち、数年前まで廃墟が立ち並ぶだけの場所だったといいます。
2021年に施工が始まり、西村組は空き家の所有者から物件を譲り受けながら、徐々にエリア全体の再生に着手しました。特筆すべきは、仕上げに使う資材の約8割が廃材であるという点です。解体現場や建て替え現場から出る廃材を活用し、コストを抑えながらも味わいのある空間をつくり上げています。
高いブロック塀を撤去して開放的な空間を生み出し、現在は村の半分ほどが共有スペースになっています。畑で野菜をつくり、鶏を飼い、共有のキッチンや通路にベンチを設けるなど、住人同士が自然に交流できる環境が整えられました。
現在、バイソンには20名前後が居住しており、年齢や国籍もさまざまな人々が訪れたり暮らしたりしています。かつての廃墟群は、人と価値が集まる「村」へと生まれ変わりました。
家賃は「労働交換」で免除
バイソンの運営で特に注目されるのが、独自の家賃システムです。西村組で週に一度作業に参加すれば、家賃が免除されるという仕組みが導入されています。金銭的な負担なく住居を確保できるため、若者や経済的に余裕のない人にとっても、暮らしの選択肢が広がります。
この労働交換の仕組みは、単にコスト削減の手段にとどまりません。住人が自ら改修に関わることで、場所への愛着が生まれ、コミュニティの一体感が醸成されるという効果もあります。「自分たちの手でつくった村」という意識が、持続的な運営を支える基盤になっているのです。
丸山地区の「バラックリン」
もうひとつの注目プロジェクトが、神戸市長田区丸山地区の「バラックリン」です。駅前にありながら隔離されたようなバラック廃屋群8軒をまとめて改修し、村づくりを進めています。バラックリンでも村民を募集しており、バイソンと同様に人が集まる場の創出が目指されています。
灘区にある蔦に覆われたアトリエ兼住居や、垂水区にある海の見えるレンタルスペースなど、西村組が手がけた物件は多岐にわたります。1軒単位の改修ではなく、エリアごとまとめて再生するという手法が、西村組の活動を「村づくり」たらしめている特徴です。
空き家900万戸時代の背景と課題
過去最高を更新する空き家率
総務省が2025年に公表した「令和5年住宅・土地統計調査」によると、2023年10月時点で日本の空き家は約900万戸にのぼり、空き家率は13.8%と過去最高を更新しました。前回調査(2018年)の約849万戸から約51万戸の増加です。
とりわけ深刻なのは、賃貸・売却用や別荘を除いた「その他の住宅」に分類される空き家で、約385万戸に達しています。これらは管理が行き届かず、倒壊や火災のリスク、衛生・景観上の問題を引き起こす可能性が高い空き家です。都道府県別では、和歌山県や徳島県が21.2%、山梨県が20.5%と、地方圏での空き家率が特に高い傾向にあります。
法改正による対策強化
2023年に改正された「空家等対策の推進に関する特別措置法」により、行政の対応手段が強化されました。危険な空き家への勧告や命令に加え、放置すれば特定空家に準じる「管理不全空家」というカテゴリが新設され、早期の対応が促されるようになっています。
各自治体でも独自の支援策が拡充されています。空き家バンクへの登録物件を購入・改修して移住する場合に、数十万円から100万円規模の補助金が交付される制度は多くの自治体で導入されています。耐震改修やバリアフリー改修を含むリフォームに対し、最大200万円が補助されるケースもあります。
しかし、制度があっても活用が進まないケースも少なくありません。所有者の特定困難、相続問題の複雑さ、改修コストの高さなど、空き家問題の根本的な解決には、制度面だけでなく現場発のアプローチも求められています。
広がる空き家活用の潮流と西村組の位置づけ
全国各地の空き家再生事例
空き家を活用した地域再生の取り組みは、全国各地で広がっています。広島県尾道市では、NPO法人が中心となり文化財を含む空き家をゲストハウスやカフェとして再生し、100件以上の空き家再生を実現しています。長野県下諏訪町では、空き家に職人を誘致するプロジェクトが20年間で30店舗以上の開業につながりました。
三重県南伊勢町では、地域おこし協力隊がコワーキングスペースを拠点に空き家再生と移住支援を結びつけています。栃木県栃木市の「あったか住まいるバンク」は、リフォーム費用の補助や税金の軽減措置を組み合わせ、全国でも多くの成約実績を上げています。
西村組のアプローチが示す可能性
これらの事例と比較したとき、西村組の取り組みには独自の特徴が浮かび上がります。第一に、行政主導や制度依存ではなく、個人の情熱と行動力を起点としている点です。補助金や公的支援に頼らず、廃材の活用や労働交換といった独自の仕組みで経済的な持続性を確保しています。
第二に、1軒単位ではなくエリア全体を村として再生するスケール感です。個別の空き家改修では解決できない地域の空洞化に対し、面的なアプローチで人の流れと活気を取り戻す手法は、空き家密集地域への応用可能性を示しています。
第三に、プロだけでなく素人の参加を前提とした「開かれた建築」という思想です。専門知識や経験がなくても改修に参加でき、その過程で技術も場所への愛着も身につく。この仕組みは、空き家問題を他人事にしないための重要なヒントを含んでいます。
注意点・展望
DIYリノベーションの法的留意点
西村組のような廃屋再生に触発されて、自分でも空き家のDIYリノベーションに挑戦したいと考える人もいるでしょう。しかし、建築基準法上の制約には注意が必要です。
構造変更や増築を伴う工事では、床面積が10平方メートルを超える場合に建築確認申請が必要となります。古い建物は現行の耐震基準を満たしていない「既存不適格建築物」であることが多く、大規模修繕の際には建物全体を現行基準に適合させることが原則として求められます。電気・ガス・水道などの専門工事は有資格者への依頼が不可欠です。
西村さん自身は一級建築士の資格を持ち、構造の安全性を判断できる専門知識を備えています。素人の参加を歓迎しつつも、専門家の監修のもとで作業が進められている点は見落とすべきではありません。
空き家問題の今後の展望
最新の推計では、2043年には全国の空き家率が25%前後に達する可能性が指摘されています。人口減少と高齢化が進む日本において、空き家の増加は避けられない構造的課題です。
一方で、リモートワークの普及や地方移住への関心の高まりは、空き家活用の追い風になっています。行政による制度整備と、西村組のような現場発の創意工夫が両輪となることで、空き家を「問題」から「資源」へと転換する道筋が見えてきます。廃墟を村に変える実践は、空き家問題の解決に必要なのは巨額の投資ではなく、場所に対する想像力と行動力であることを教えてくれます。
まとめ
廃墟同然の空き家を廃材で蘇らせ、人が集まる「村」をつくり上げる西村組の活動は、日本の空き家問題に新たな視点を提供しています。900万戸を超える空き家が社会課題として立ちはだかるなかで、行政や不動産業界の常識にとらわれない「現場の力」が、地域再生の可能性を切り拓いています。
空き家問題に関心を持つ方は、まず自分の地域の空き家バンクや自治体の支援制度を確認してみてください。西村組のように大規模な村づくりでなくとも、1軒の空き家に手を入れることが、地域の風景を変える第一歩になるかもしれません。
参考資料:
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