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築五十年超の茶山台団地ニコイチが示す公社住宅再生の実利と限界

by 佐藤 理恵
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茶山台団地ニコイチに注目が集まる理由

大阪府堺市南区の茶山台団地で進む「ニコイチ」は、老朽化した公社住宅を単にきれいに直す改修ではありません。45㎡級の隣り合う住戸をつなぎ、90㎡前後の住まいへ再編集することで、かつて標準的だった団地の間取りを、子育て、在宅勤務、二世帯近居、趣味の空間づくりに対応する器へ変える試みです。

この事例が重要なのは、築年数の古い団地を「負債」と見るのではなく、空き住戸と既存インフラを組み合わせた経営資源として扱っている点です。建替え費用が上昇し、人口減少で住宅需要が細る局面では、保有ストックをどう稼働させるかが事業者の収益力を左右します。本稿では、茶山台団地のニコイチを住まいのデザインだけでなく、公社住宅の投資回収と地域価値の観点から読み解きます。

空き住戸を価値に変えた設計と募集戦略

45㎡を90㎡に変える発想

茶山台団地は、泉北ニュータウンの中でも早い時期に整備された公社賃貸住宅です。公開資料では、1971年4月に入居が始まった大規模団地で、過去の公表資料には29棟987戸、敷地面積8.26ヘクタールといった規模が示されています。住棟の再編や活用方針の変更により戸数表記は時期ごとに変わりますが、築50年を超す大規模ストックである点は変わりません。

ニコイチの核心は、空室対策を「1戸単位」で考えなかったことにあります。一般的な団地住戸は、浴室や配管、間仕切り、収納の位置が標準化されており、1戸を改修しても面積の制約は残ります。そこで隣接する2戸をつなげると、面積の制約そのものが変わります。公式サイトでも、45㎡の2戸をつなげて90㎡の空間をつくると説明されています。

90㎡前後の広さは、郊外の子育て世帯にとって大きな意味を持ちます。リビングを広く取る、寝室を複数確保する、玄関を2つ生かして仕事場と生活動線を分ける、親族の滞在スペースを用意するなど、単身者向けでも高齢者向けでもない中間需要を拾えるためです。住宅市場で希少な「広い賃貸」を公的ストックから供給できる点が、ニコイチの差別化要因です。

公募型リノベが生んだ差別化

もう一つの特徴は、住戸プランを外部の設計者や民間事業者から公募している点です。公社が一律仕様で修繕するのではなく、テーマ性のある住戸を毎年供給するため、同じ団地内に異なる暮らし方の選択肢が増えていきます。2015年度の「子育て住宅」から、通り庭、土間、インナーテラス、職住一体、上下階利用、ニコイチecoまで、施工事例には幅のある企画が並びます。

この公募型の設計は、マーケティング上も有効です。通常の賃貸募集では、家賃、駅距離、築年数が比較軸になりやすく、築古団地は不利になります。ところが、テーマ性のあるリノベ住戸は、検索時点で「ここにしかない間取り」として認識されます。築年数を隠すのではなく、既存構造を生かした企画として見せることで、価格競争から少し距離を置けます。

実績面でも注目度は高いです。2017年度のグッドデザイン賞受賞時の公表資料では、2015年度の開始から2年間で茶山台団地に7プラン9戸を施工し、入居募集で平均倍率7倍を記録する物件もあったとされています。2021年時点の業界団体の掲載情報では、累計30プラン36戸が満室だったと紹介されています。数字だけで見ると小規模ですが、老朽住戸の稼働改善策としては、需要検証の意味が大きい実績です。

公社住宅経営から見る満室化の収益構造

建替えではなく延命を選ぶ経済合理性

茶山台団地のニコイチは、財務の視点で見ると「建替えない選択」の価値を示しています。公的賃貸住宅の建替えは、土地活用や耐震性、バリアフリー化の面で有効ですが、建設費、金利、工期、既存入居者対応の負担が大きい投資です。特に5階建て階段室型の中層団地では、エレベーター未設置や設備更新の課題がある一方、全面建替えの採算が常に合うとは限りません。

堺市の泉北ニューデザイン推進協議会の議事録では、公社が泉北ニュータウンに5,300戸を保有し、そのうち923戸が泉ヶ丘地域の茶山台団地に所在すると説明されています。また、公社資産の60%以上が築50年以上で、金利や建設物価、労務単価の上昇から建替えには限界があるとの認識も示されています。これは、老朽化した住宅ストックを持つ事業者に共通する経営課題です。

ニコイチは住戸数を2戸から1戸へ減らすため、単純な戸数ベースでは供給数が減ります。しかし、空き住戸が長く埋まらない場合、戸数の維持には収益上の意味がありません。2戸分の低稼働資産を、競争力のある1戸へ転換し、募集倍率や入居継続の可能性を高めることができれば、実質稼働率と家賃収入の安定性は改善します。会計的には、遊休化した資産を除却せずに収益化するストック活用策といえます。

もちろん、改修費の回収には慎重な検証が必要です。水回りを2戸分すべて刷新するのか、一部を残すのか、玄関を両方使うのか、配管更新をどこまで行うのかで投資額は変わります。ニコイチecoのように、既存内装や設備を可能な範囲で再利用する発想は、デザイン性だけでなく投資回収期間を短くする狙いとも整合します。賃料を大きく上げにくい公的住宅では、仕様の魅力と改修原価のバランスが収益性を決めます。

子育て世帯誘引と地域サービスの相乗効果

茶山台団地の再生が単なる住戸改修で終わっていない点も、経営上の重要な要素です。公社の物件紹介では、茶山台団地を団地再生のリーディングプロジェクト団地と位置づけ、ニコイチやリノベ45に加え、DIY支援、茶山台としょかん、ちゃやマルシェ、まちかど保健室などの取り組みを紹介しています。団地内の空き住戸や共用空間を、暮らしのサービス拠点として使う発想です。

この「住戸」と「地域サービス」の組み合わせは、若年・子育て世帯の誘引に効きます。広い部屋だけでは、築古、駅距離、階段、設備の古さという弱点を完全には打ち消せません。子どもが使える公園や児童施設、買い物環境、地域の見守り、DIY相談、食の拠点があることで、住まいを選ぶ理由が複数になります。住戸商品と団地全体の体験価値を一体で高める戦略です。

2018年に開設された「やまわけキッチン」は、高齢者の買い物支援や孤食予防を意図した惣菜店として紹介されています。同時期の資料では、茶山台団地の入居世帯798件のうち、65歳以上の契約名義人が368件、46%だったとされています。高齢化した団地に若い世帯を呼ぶには、既存住民の生活支援も欠かせません。若者だけを呼び込む施策ではなく、世代混在を成り立たせる基盤づくりが必要です。

ここに公的事業者らしい強みがあります。民間賃貸の単棟改修では、住戸の収益性が最優先になりがちです。一方、公社は団地全体の入居率、地域コミュニティ、自治会、行政計画との整合性を見ながら投資できます。短期利益だけでは評価しにくい地域価値を、長期稼働率や退去抑制に結びつける経営が可能です。茶山台団地の取り組みは、その実験場になっています。

老朽団地リノベが越えるべき採算と制度の壁

ニコイチの成功は、すべての老朽団地にそのまま移植できるものではありません。第一の壁は、需要地かどうかです。茶山台団地は泉ヶ丘駅から徒歩圏にあり、駅前には商業施設や公共施設が集まります。泉北ニュータウン全体は人口減少と高齢化の課題を抱えますが、計画的な緑道、公園、学校、商業機能という都市基盤が残っています。広さを売りにできる立地でなければ、2戸を1戸にしても十分な家賃や入居期間を確保できません。

第二の壁は、建築・設備の制約です。住戸同士をつなぐには、構造壁、避難経路、防火区画、配管、電気容量、換気、浴室や給湯の更新を確認する必要があります。国土交通省は既存建築物の活用促進に向け、現況調査や改修時の基準法上の考え方を整理していますが、築古建物ほど設計図書や検査履歴の確認が難しい場合があります。発想が優れていても、実施設計と法適合でつまずく可能性があります。

第三の壁は、戸数減少に伴う経営判断です。2戸を1戸にする改修は、空室が多い局面では合理的ですが、将来需要が回復する地域では機会損失になり得ます。また、家賃を2戸分まで上げられない場合、投資回収は長くなります。公社の複数戸賃貸制度「ニコカリ」のように、同一世帯が2戸を借りる選択肢も存在するため、物理的につなぐ改修と、契約制度で複数戸利用を認める方法を使い分ける必要があります。

全国的な文脈も厳しさを増しています。総務省の2023年住宅・土地統計調査速報では、全国の空き家は900万戸、空き家率は13.8%で過去最高となりました。大阪府の空き家率も14.3%と示されています。空き家が増える市場では、古い住宅を少し直しただけでは選ばれません。立地、広さ、断熱、コミュニティ、価格、契約の柔軟性を組み合わせ、入居者が「ここを選ぶ理由」を明確にする必要があります。

住宅ストック経営として読む茶山台モデル

茶山台団地のニコイチは、リノベーションの奇抜さよりも、空き住戸を経営資源に読み替えた点に本質があります。既存ストックを壊さず、面積の不足を2戸統合で解決し、設計公募で商品性を高め、地域サービスで住み続ける理由を補強する。これは、人口増加期の「大量に建てる住宅政策」から、人口減少期の「選ばれるように使い直す住宅経営」への転換です。

今後、読者が注目すべき点は3つです。第一に、募集倍率ではなく長期入居率です。人気住戸として話題になっても、退去後の再募集や修繕費が重ければ収益性は弱まります。第二に、ニコイチecoのような低コスト・環境配慮型の標準化です。個性的な一点物だけでなく、再現可能な改修仕様に落とし込めるかが拡大の鍵になります。第三に、16棟活用など住棟単位のコンバージョンです。住戸改修から棟全体の用途再編へ広がれば、茶山台団地は公社住宅再生の実験から、郊外ニュータウン経営のモデルへ近づきます。

建替えか廃止かという二択では、築古団地の価値を十分に引き出せません。茶山台団地の事例は、住まい手の生活変化と事業者の財務制約を同時に見れば、古い団地にもまだ選択肢があることを示しています。ただし、再生はデザインの勝利だけでは続きません。投資額、稼働率、地域サービス、制度対応を一体で管理する力こそが、次の団地再生の競争力になります。

参考資料:

佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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