発達障害学生が急増、大学の合理的配慮と高校支援の違いを考える
大学で発達障害学生が増える構造
大学で発達障害のある学生が増えているという話は、単に「発達障害そのものが急に増えた」という一文では説明できません。背景には、診断や相談につながる学生の増加、高校までの特別支援教育の浸透、大学側の窓口整備、そして障害者差別解消法の改正があります。
日本学生支援機構(JASSO)の最新調査では、2025年5月1日現在、大学・短期大学・高等専門学校に在籍する障害学生は5万9377人です。このうち発達障害は1万2706人で、精神障害に次ぐ大きな区分になっています。学生本人の学びを守るには、人数の増加だけでなく、高校と大学で支援の仕組みがどう変わるのかを理解することが欠かせません。
数字に表れた支援ニーズの急拡大
十年で四倍超に伸びた在籍者
JASSOの調査でいう障害学生は、障害者手帳を持つ学生に限られません。医師の診断や健康診断などで障害があることが明らかになった学生も含まれます。つまり、大学の支援現場で把握された「学びに支援が必要な学生」の規模を示す統計です。
2014年度の調査では、障害学生全体は1万4127人、全学生に占める割合は0.44%でした。2025年度は5万9377人、1.82%です。全体では約4.2倍に広がった計算になります。発達障害に限っても、2014年度に診断書のある発達障害学生は2722人でした。2024年度には発達障害として集計された学生が1万1923人、2025年度には1万2706人となり、長期的には4倍を超える増加です。
ただし、この比較には注意が必要です。調査年度によって障害区分や集計方法の整理が変わっており、数字は完全に同じ物差しではありません。それでも、支援を必要とする学生が大学に可視化されるようになった流れは明確です。以前なら「個性」「努力不足」「学生相談の問題」として扱われた困難が、合理的配慮や修学支援の対象として捉え直されています。
2025年度調査では、障害学生5万9377人のうち、大学等が修学支援の対象としている支援障害学生は4万1238人です。障害学生に占める割合は69.5%で、その内数として合理的配慮を提供されている学生は3万667人、51.6%に達しています。人数の増加は、支援の入口にたどり着く学生の増加でもあります。
精神障害との重なりが示す課題
2025年度の障害種別では、精神障害が2万2036人で最多、発達障害が1万2706人、病弱が1万136人です。さらに、発達障害、精神障害、知的障害、発達障害と精神障害の重複を合わせると3万8548人で、障害学生全体の64.9%を占めます。大学支援の中心課題が、身体障害への施設整備だけでなく、心理・認知・行動面の困難を含む支援へ移っていることが分かります。
発達障害には、ASD、ADHD、SLDなどが含まれます。授業で指示を聞き逃しやすい、課題の優先順位をつけにくい、抽象的な指示や急な予定変更に強い不安を感じる、読み書きや計算の一部に困難があるなど、現れ方は一人ひとり違います。大学では履修登録、レポート、ゼミ、実習、就職活動まで自己管理の比重が高まるため、高校までは何とか対応できていた困難が一気に表面化することがあります。
健康面から見ても、移行期の負荷は軽くありません。日本の大学1年生711人を対象にした2024年発表の研究では、ASDまたはADHD傾向を示した学生が8.58%で、該当群は入学直後から不安などのメンタルヘルスリスクが高い傾向を示しました。この研究は診断の有無を示すものではありませんが、入学後に困ってから初めて支援を探すのでは遅れやすいことを示唆しています。
発達障害のある学生支援は、授業上の配慮だけでは完結しません。履修計画、睡眠、通院、服薬、対人関係、アルバイト、就職活動が絡み合います。大学が用意すべき支援は、単位取得のための特別扱いではなく、学修成果を公正に評価できる状態を整えることです。
高校支援から大学配慮へ移る壁
高校の個別支援計画との接続
高校までの特別支援教育では、本人と保護者、学校が相談しながら支援を組み立てる仕組みが中心です。文部科学省の対応指針では、初等中等教育段階の合理的配慮について、本人・保護者との合意形成、個別の教育支援計画への明記、進級や進学時の引き継ぎが重視されています。
高校では、担任、特別支援教育コーディネーター、養護教諭、スクールカウンセラーなどが日常的に生徒の状態を把握しやすい構造があります。2018年度からは高等学校でも通級による指導が制度化され、障害による学習上・生活上の困難を改善するための特別な指導を教育課程内で行えるようになりました。文部科学省の通級資料では、高校での通級指導は年間7単位を超えない範囲で卒業に必要な単位に含められるとされています。
この仕組みは、大学進学時の重要な情報になります。たとえば、板書の負担が大きかった、提出期限の見通しを立てる支援が有効だった、グループ活動では役割を明確にすると参加しやすかった、といった記録は、大学で合理的配慮を検討する材料になります。診断名だけではなく、「どの環境で、何に困り、どの支援が有効だったか」が具体的であるほど、大学側も調整しやすくなります。
本人申請を軸に動く大学の仕組み
大学に入ると、支援の起点は大きく変わります。多くの大学では、合理的配慮は学生本人からの申し出を受け、障害学生支援室、学生相談室、保健管理センター、所属学部などが協議して決定します。保護者や出身高校が情報提供することは有益ですが、本人の同意なしに大学が広く情報共有することはできません。
JASSOの支援ガイドは、発達障害のある学生への合理的配慮について、学生本人からの要望に基づいて行われるものと整理しています。大学は、障害者手帳、診断書、心理検査の結果、専門家の所見、高校等での支援状況に関する資料などを求めることがあります。これは学生を疑うためではなく、配慮内容の妥当性や公平性を確認するためです。
一方で、根拠資料がなければ何もできないという意味でもありません。教育的な助言、履修相談、学生相談室での相談、学内情報の整理などは、合理的配慮の正式決定とは別に提供できる場合があります。重要なのは、学生が「診断名」を伝えることだけではなく、「困っている場面」と「必要な調整」を言葉にすることです。
合理的配慮で変える授業設計
合理的配慮は、学修のハードルを下げる制度ではありません。大学で教育を受ける権利を他の学生と平等に確保するため、過重な負担にならない範囲で行う必要かつ適当な変更・調整です。文部科学省の対応指針も、合理的配慮は事業の目的や機能の本質的変更には及ばないとしています。
発達障害のある学生への配慮例としては、講義資料の事前共有、重要事項の文書化、座席位置の調整、録音の許可、課題提出日の見通し提示、グループワークでの役割の明確化、試験時間の延長や別室受験、実習手順の事前確認などがあります。JASSOの2024年度概要でも、授業支援として座席の配慮、実技・実習やフィールドワークでの配慮、出席に関する配慮、グループワーク等での配慮が多いとされています。
ただし、卒業要件そのものをなくす、必修科目を無条件で別科目に置き換える、評価基準を本人だけ変えるといった対応は、合理的配慮の範囲を超える場合があります。JASSOの事例でも、不得意科目の単位を得意科目で認定してほしいという申し出に対し、卒業要件は変更できないと説明しつつ、代替科目の履修や別の単位認定方法を検討した例が示されています。
ここで大切なのは、大学が「できない」と言う前に代替案を検討することです。学生側も、希望をそのまま通すことだけを目標にするのではなく、教育目標を満たすためにどの方法なら参加・評価が可能になるかを一緒に考える必要があります。合理的配慮は一方通行の申請ではなく、建設的対話のプロセスです。
義務化後に残る支援格差の火種
2024年4月1日に改正障害者差別解消法が施行され、事業者による合理的配慮の提供は努力義務から義務に変わりました。私立大学を含むすべての大学等で、合理的配慮を提供しないことが法的問題になり得る段階に入っています。JASSOの2025年度調査でも、障害者差別解消法に関する対応要領や基本方針、規程等がある大学等は89.8%、支援の申出に対応する窓口がある大学等は95.2%に達しています。
しかし、窓口があることと、学生が必要な時期に実効的な支援を受けられることは同じではありません。文部科学省の第三次まとめは、大学等の地域差や国公私立間の格差、専門部署や支援担当者の配置、紛争防止・解決の仕組みを課題として挙げています。小規模大学では、専任スタッフの確保、教員研修、支援ノウハウの蓄積が難しい場合もあります。
支援格差は、学生の自己責任に見えやすいところが危険です。発達障害のある学生は、困りごとを説明すること自体に負荷を感じる場合があります。メールの書き方が分からない、窓口に行くタイミングを逃す、診断書の取得に時間がかかる、教員に知られることを不安に感じる、といった障壁があります。申請主義だけに頼ると、最も支援を必要とする学生ほど制度からこぼれ落ちます。
大学側には、ウェブサイトでの手続き公開、入試前相談の明確化、配慮決定までの標準期間、教員への配慮依頼文書の運用、再相談や不服申立ての仕組みを見える化することが求められます。学生本人の意思を尊重しながらも、困難が明白な場合には相談を促す姿勢も必要です。
学生と家族が入学前に整える情報
発達障害のある学生にとって、大学選びは偏差値や学部名だけでは決めきれません。確認したいのは、入試での配慮、入学後の相談窓口、教員への情報共有方法、実習や資格課程での対応、休学・復学の制度、就職支援との連携です。オープンキャンパスや進学相談では、一般的な「支援できますか」ではなく、「試験時間延長」「資料の事前配付」「グループワークの役割調整」など、具体的な場面で尋ねるほうが有効です。
高校までに受けてきた支援は、できるだけ文書化しておくことが重要です。診断書や検査結果だけでなく、個別の教育支援計画、通級での指導内容、定期試験での配慮、担任や支援担当者の所見、本人が自分で使ってきた工夫を整理しておくと、大学での対話が進みやすくなります。
入学後は、最初の学期が重要です。履修登録、初回授業、課題提出、実験・実習、ゼミ配属など、大学生活のつまずきは早い段階で起こります。困ってから診断書を取り寄せ、窓口を探し、教員調整を始めると、単位評価に間に合わないことがあります。配慮が必要になりそうな学生は、合格後から入学前までに相談を始めるのが現実的です。
発達障害学生の増加は、大学教育が特別扱いを迫られているという話ではありません。多様な学生が同じ教育目標に到達できるよう、学びの環境を調整する時代になったということです。大学は制度を整え、学生は自分の困りごとを言語化し、家族や高校は移行期の情報整理を支える。この三者の接続が、進学後の孤立と不調を防ぐ最も確かな土台になります。
参考資料:
- 令和7年度(2025年度)障害のある学生の修学支援に関する実態調査 | JASSO
- 「令和7年度(2025年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査」結果の概要について | JASSO
- 令和6年度(2024年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果(概要) | JASSO
- 平成26年度(2014年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書 | JASSO
- 障害のある学生の修学支援に関する検討会報告(第三次まとめ)について | 文部科学省
- 文部科学省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針の策定について | 文部科学省
- 障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律についてのよくあるご質問と回答 | 内閣府
- 令和6年版 障害者白書 第1章 改正障害者差別解消法の施行 | 内閣府
- 通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果(令和4年)について | 文部科学省
- 高等学校における通級による指導 | 文部科学省
- 1-4.合理的配慮とは | JASSO
- 6.発達障害(4)支援を行なう場合の注意点 | JASSO
- 支援・配慮事例 発達障害 | JASSO
- Frequency and Mental Health Condition of Students with Developmental Disabilities Among First-Year Japanese University Students | Springer Nature
関連記事
学校でいい子の発達障害グレーゾーン児が家で荒れる理由と支援策
学校では問題なく見えるのに帰宅後に癇癪や無気力が出る子は、発達障害グレーゾーンの特性を一日中抑えている可能性があります。文科省調査の8.8%やCDC資料を基に、過剰適応、感覚過敏、宿題で崩れる理由、学校との情報共有、医療・福祉につなぐ目安、家庭でできる観察と環境調整、親が抱え込まない支援の順番まで解説。
65歳父のタイミー体験が映す発達障害就労の壁と新しい現場の作法
65歳でタイミーを始めた父親の事例を手がかりに、シニア就業47万人、スポットワーク人口452万人、障害者雇用率2.7%時代の働き方を分析。ASDのある人にも届く業務設計、合理的配慮、現場マネジメント、家族が仕事を理解する方法まで、短時間雇用が開く可能性と限界、採用現場の次の課題と具体策を実践的に解説。
発達障害学生増加と大学支援の課題、筑波大モデルからいま考える
JASSO最新調査で障害学生は5万9377人、発達障害は1万2706人に増えました。高校まで見えにくかった困難が履修登録や課題管理で表面化する背景を、筑波大学BHEのアセスメント、ピア支援、キャリア支援から読み解き、合理的配慮と高大接続、相談につながりにくい学生を見逃さない体制づくりの要点を詳しく解説。
発達特性・グレーゾーンの子に起きる静かな反抗期と不登校の背景
不登校が過去最多となる中、発達障害やグレーゾーンの子の反抗期は、怒鳴るより黙る、休む、動けない形で表れます。文科省調査、医療情報、睡眠研究を基に、親が見落としやすいサイン、家庭での声かけ、学校・医療と連携する支援、二次的な不調を防ぎ、親子関係を壊さず再登校だけを目標にしない家庭の実践策を丁寧に解説。
境界知能の見過ごされる困難と学校職場地域で急がれる支援の設計
IQ70〜85前後に位置する境界知能は診断名ではなく、学校・就労・生活の困難が見逃されやすい。文科省調査や海外研究、療育手帳制度の課題を手がかりに、通常学級に在籍する子どもから若手社員まで、本人を責めない授業改善、職場の指示設計、進路移行、地域相談のつなぎ方を整理し、家庭と企業が今日からできる支援を解説。
最新ニュース
猫2匹と100種の植物が共存、壁を傷めない賃貸DIYの安全設計
築34年の賃貸マンションで、猫2匹と100種超の植物が安全に共存する住まいをどうつくるのか。有毒植物を購入前に学名で照合する方法、壁に穴を開けない突っ張り柱と自立棚の使い分け、荷重・地震・湿気・害虫への備え、猫の逃げ場と動線、退去時の原状回復まで、園芸経験者の発想を一般の賃貸住宅で再現する設計手順を解説する。
無料訪問は怪しい?ホームスタートが孤立する親子を支える仕組み
無料で自宅を訪ねるホームスタートは、研修を受けた子育て経験者が傾聴と協働で親子に寄り添う家庭訪問型支援です。週1回約2時間、4〜6回の活動内容、オーガナイザーによる調整と安全管理、家事代行・託児との違い、2025年度に3271家庭へ届いた実績、利用前に確認したい地域差や限界と相談先まで詳しく解説します。
日本の原潜保有論が再浮上、68年の検討史と国家決断の条件とは
日本の原子力潜水艦構想は、1958年の民間試設計から68年を経て安全保障3文書改定の論点に浮上した。小泉純也元防衛庁長官の「造る意思なし」と孫・進次郎防衛相の「選択肢を排除しない」を起点に、原子力基本法、NPT・IAEA保障措置、建造費、人材、AUKUSの教訓を検証し、導入判断に必要な条件を読み解く。
しまなみ海道の外国人客が3割超 映画ロケ地人気を支える観光設計
映画『汝、星のごとく』の舞台として脚光を浴びる、尾道と今治を結ぶしまなみ海道。2024年度はレンタサイクル13万5735台の32.2%を外国人が占めた。70キロのブルーライン、乗り捨て、電動化、無料の橋梁通行、島文化が生む体験価値を整理し、急増客を滞在消費へ変える地域課題と旅行者が守るべきマナーを読み解く。
恋愛が怖い若者へ、傷つく不安を越えて関係を育てる心の実践処方箋
恋人がいる未婚者は男性19.6%、女性27.8%――最新の出生動向基本調査が示す若者の恋愛離れを、拒絶への敏感さ、男子校・女子校の交流経験、SNS時代の評価不安から分析。林真理子さんの「欲望」を手がかりに、本人が無理なく踏み出す方法と、親が干渉せず自律を支える具体策、安全な関係の境界線まで解説する。