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福山iti SETOUCHI再生が示す稼がない駅前経営の会計学

by 佐藤 理恵
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福山駅前で旧百貨店再生が問う採算軸

広島県福山市のiti SETOUCHIは、地方都市に残された巨大な旧百貨店をどう扱うかという難題に、かなり割り切った答えを出した施設です。全館をもう一度商業施設に戻すのではなく、街に接する1階だけを開き、半分を公共的な余白として残しました。

この判断は、単なるデザインの話ではありません。月額賃料、駐車場収入、オフィス利用、イベント利用を組み合わせ、施設単体の利益より駅前エリアの価値を優先する会計上の選択です。福山電業という地域企業がなぜ大型商業の常識から外れた経営を選んだのかを、確認できる資料から整理します。

家賃と公共空間で読む再生スキーム

1階限定が抑えた初期投資

iti SETOUCHIの出発点は、旧福山そごうだった大規模建物の扱いです。福山市によると、エフピコRiMは福山駅の西約500メートルにあり、1992年に福山そごうとして建てられました。そごう閉店後は市が土地と建物を取得し、商業施設と公共施設が複合する施設として運営されましたが、2020年8月末に閉店することが決まりました。

ここで通常の再開発を考えると、全館改修、解体、売却、新築という重い選択肢が並びます。公共R不動産は、福山市が公表した試算として、営業継続に必要な設備改修だけで65億円、巨大な建物を撤去して更地化する費用で約30億円という数字を紹介しています。駅前の核施設を長く閉じたままにすれば、周辺の地価や人流にも悪影響が及びます。

そこで採られたのが、1階だけを使う部分再生です。Open Aは、この建物の延床面積を地下2階から9階までで72,635.20平方メートルと示し、上階や地下に手をつけず、街と接するグランドレベルだけを再生したと説明しています。全館を稼働させるための設備更新を避け、外壁を開いて半屋外の公園のように見立てる発想です。

この割り切りは、損益計算書より先に貸借対照表を軽くする判断です。既存建物をすべて収益床として扱えば、改修費も維持管理費も大きくなります。逆に、稼働範囲を1階に限定すれば、初期投資と固定費を圧縮できます。巨大な不動産を一気に再生するのではなく、将来の選択肢を残しながら価値毀損を止める考え方です。

月額賃料が示す床の選別

福山市は2021年10月、福山電業と定期建物賃貸借契約を結びました。対象は本館1階のうち5,549.55平方メートルで、そのうちパブリックスペースは2,774.78平方メートルです。さらに第1、第2、第3駐車場も対象に含まれ、賃貸借期間は2022年4月1日から2029年4月30日まで、月額賃料は税抜き542万9,000円です。

この数字から見えるのは、床をすべて同じ収益単位として扱わない設計です。対象床のほぼ半分がパブリックスペースであるため、通常の商業施設のように、区画を細かく貸して賃料を最大化するほど収支がよくなるモデルではありません。あえて貸せる床を減らし、誰でも通れる空間やイベントの余地を残しています。

一見すると非効率ですが、旧百貨店の再生では合理的です。人が来ない大型箱で賃料収入だけを追っても、テナントの入れ替わりや空床リスクが高まります。先に通り抜けられる空間、滞在できる広場、試せるキッチンやスタジオをつくり、建物を街の動線に戻すほうが、中長期の需要を育てやすいからです。

会計的に見れば、パブリックスペースは単独では売上を生みづらい原価センターです。しかし、店舗、コワーキング、レンタルスペース、駐車場の稼働率を上げる共通インフラでもあります。iti SETOUCHIの特徴は、この原価センターを削る対象ではなく、エリア全体の収益機会を広げる投資として扱っている点です。

駐車場を組み込む収益設計

このモデルを支えるもう一つの柱が駐車場です。公式アクセス情報では、iti SETOUCHIは第1から第3まで3カ所の駐車場を案内しています。トライウェルの駐車場情報によると、第1駐車場は自走式立体で289台、第2駐車場は285台、第3駐車場は625台です。合計すれば1,199台の駐車容量になります。

料金は第1、第2駐車場が30分150円、24時間最大700円、第3駐車場が30分150円、24時間最大800円です。第1、第2では入庫後1時間無料、買い物利用でさらに1時間無料という案内もあります。短時間の来訪を促しながら、長時間利用や通勤利用にも対応する設計です。

駐車場は、商業床よりも収益の見通しを立てやすい資産です。全区画が満車でなくても、時間貸し、最大料金、月極・パス、サービス券販売を組み合わせられます。トライウェルは駐車場運営について、周辺市場や現状稼働を調査し、在車時間や空車台数を把握して商品企画を行うと説明しています。つまり、店舗売上だけに依存しない収益の緩衝材になります。

福山市の公募スキームでは、大規模商業施設周辺の3つの市営駐車場をセットで貸し付け、駐車場収入を事業者の収入にする構造が採られました。来街者が増えれば駐車場も動き、駐車場が動けば施設運営の余力が生まれます。旧百貨店の1階を公共的に開くための裏側には、床ではなく車室でキャッシュフローを支える発想があります。

稼がない余白が生むオフィスと人流

レンタブル比を下げる逆張り

一般的な商業施設では、貸せる床を増やすほど賃料収入は増えます。空調、清掃、警備、修繕といった共通費を負担する以上、できるだけ多くの区画をテナント化したくなるのが自然です。しかしiti SETOUCHIは、公式サイトで半分以上が公園のようなパブリックスペースだと説明し、公共R不動産もレンタブル比が約50%という点を特徴として挙げています。

この逆張りは、旧百貨店の過去の失敗を前提にしています。公共R不動産によると、福山そごう後の建物は福山ロッツ、エフピコRiMとして運営されましたが、いずれも10年以内に撤退しました。百貨店型の大きな売り場を、同じような商業施設として埋め直す発想には限界があったということです。

貸せる床を減らすと、短期の売上は小さく見えます。ただし、空床が多い商業施設では、テナントが入らない床も維持費を食い続けます。空床を無理に隠すより、最初から余白を空間価値として設計し、イベント、展示、出店、滞在、通り抜けに使うほうが、建物全体の印象を保ちやすくなります。

ここでの稼がない空間は、無駄な空間ではありません。目的が決まっていないからこそ、市民や事業者が後から用途を持ち込めます。シェアキッチン、スタジオ、ポップアップ屋台、ケージ、iti_BAのような機能は、完成した商業施設を消費するのではなく、利用者が小さく試すための設備です。

働く機能が補う平日需要

商業施設の弱点は、休日とイベント日に需要が偏りやすいことです。駅前で日常的な人流を戻すには、食事や買い物だけでなく、平日に働く人、学ぶ人、打ち合わせをする人を呼び込む必要があります。iti SETOUCHIがコワーキングとレンタルオフィスを重視する理由はここにあります。

公式サイトのWorkingページでは、大小20室のレンタルオフィスがあり、1名で使えるタイプから最大8名までの3タイプを用意していると説明されています。法人の駅前拠点、個人オフィス、書斎、小商いの場として使える設計です。さらにコワーキングスペースtovioは、フリーアドレスデスク、個室ブース、会議室を備えています。

福山市の広報ページでも、tovioは福山電業がATOMicaと連携して運営し、働く空間づくりと地域コミュニティ形成を狙う施設だと紹介されています。これは単なる貸席ビジネスではありません。起業家、クリエイター、学生、地域企業が施設内に滞在することで、昼間の稼働を底上げし、店舗やイベントとの接点を増やす役割を担います。

オフィスは、駅前再生の会計において安定収入の候補です。飲食や物販の売上は天候や季節に左右されますが、月額契約のオフィスや会員利用は平準化しやすい収入です。公式ページでは入居企業として建設、住宅、プログラミング教室、鑑定、システム、マッサージ、福山オフィスなど多様な事業者名が掲載されています。業種の混在は、単一業態への依存を避ける意味でも重要です。

評価された商業に頼らない設計

iti SETOUCHIは、2023年度のグッドデザイン賞でベスト100に選ばれました。福山市は、百貨店の廃業やその後の活用が全国的な課題となる中、1階だけを使うこと、最小限かつ効果的な施設設計、商業に頼らないプログラムなどが評価されたと説明しています。

この評価は、財務面でも示唆的です。地方都市の大型商業再生では、売上を増やすために大型テナントを誘致する発想に傾きがちです。しかし、人口減少、ネット通販、郊外大型店という環境を考えると、同じ商業の土俵で勝つのは簡単ではありません。むしろ、駅前にしかできない交流、実験、創作、仕事、学びを組み合わせるほうが、需要を分散できます。

Open Aは、既存エスカレーターや仕上げを残し、自然通風やスポット空調を使いながら、竣工という概念を放棄してつくり続ける施設として捉えています。完成度を上げすぎないことは、初期投資を抑えるだけでなく、利用者が関与する余地を残す経営判断でもあります。

企業分析の視点では、iti SETOUCHIは高収益施設というより、地域のオプション価値を買う投資です。短期の営業利益だけを見れば、半分を貸さない床は不利に見えます。しかし、駅前に挑戦者が集まり、周辺店舗や駐車場、公共空間の利用が増えれば、福山電業が関わるエリア全体の価値は上がります。個別施設のP-Lから、地域ポートフォリオの価値へ評価軸を移しているのです。

短期契約モデルに残る投資回収リスク

iti SETOUCHIの最大の論点は、契約期間の短さです。福山市との賃貸借期間は2022年4月から2029年4月までで、約7年です。公共R不動産は、この期間を本格再生の前の実験期間として位置づけています。実験である以上、次の更新や再投資の判断が将来に残ります。

リスクは三つあります。第一に、駐車場収入への依存です。車で来る人を取り込める一方で、駅前再生の方向性が歩行者中心に進むほど、駐車場をどう位置づけるかは変わります。第二に、公共空間の維持費です。稼がない余白は魅力の源泉ですが、清掃、警備、修繕、イベント調整には継続的な人件費がかかります。

第三に、2階以上の扱いです。1階再生が成功しても、巨大建物全体の将来方針が固まらなければ、設備更新、所有、売却、追加投資の論点は残ります。部分最適が全体最適に接続できるかが、2029年前後の焦点になります。

そのため、iti SETOUCHIを見る際は、単年度の黒字赤字だけで評価しないほうが正確です。見るべきは、来館者の滞在、駐車場稼働、レンタルオフィス契約、イベント開催、周辺地価、駅前の新規出店といった複数指標です。公共的な施設ほど、収益と外部効果を分けて把握する管理会計が必要になります。

地域企業が次に検証すべきKPI

iti SETOUCHIの意義は、廃墟化した百貨店を一気に再生したことではなく、全館再生を急がず、1階と駐車場を使って街の需要を測り直したことにあります。福山電業のモデルは、稼がないのではなく、すぐには賃料化しない価値を先に育てる経営です。

今後のKPIは、施設売上よりも広く見る必要があります。3駐車場の稼働、コワーキングとレンタルオフィスの継続率、イベント後の出店や起業の件数、周辺回遊、2階以上の活用提案が重要です。特に2029年の契約期限が近づくほど、暫定利用で得たデータを次の投資判断に変換できるかが問われます。

地方の旧百貨店再生に必要なのは、懐かしい商業を復元することではありません。固定費を抑え、収益源を分散し、公共空間をエリア価値のエンジンとして管理することです。iti SETOUCHIは、その難しい会計を地域企業が引き受けた実験として、他都市にも参照価値があります。

参考資料:

佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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