銀行最高益の熱狂を揺らす地銀預金流出リスクと5つの構造的火種
最高益の裏で預金が経営課題に戻る局面
銀行業界は、長く続いた低金利局面から一転し、金利上昇の恩恵を強く受けています。全国銀行協会の2025年度決算では、全国銀行の当期純利益が6兆295億円となり、前年度比32.3%増えました。地方銀行も資金利益の増加を背景に、当期純利益を大きく伸ばしています。
ただし、銀行の好決算は「預金が安く、安定的に集まる」という前提の上に成り立っています。日本銀行が2026年6月に政策金利を1.0%程度へ引き上げたことで、預金者は金利差に敏感になり、銀行は調達コストの上昇を避けにくくなりました。本稿では、最高益の持続力を、貸借対照表の負債側にある預金の質から検証します。
利ざや改善を支えた決算数字の読み方
全国銀行で膨らむ資金利益
2025年度の銀行決算を一言で表すなら、金利正常化が資金利益を押し上げた年です。全国銀行協会の資料では、全国銀行の業務粗利益は13兆7480億円と前年度比17.1%増えました。その中心にある資金利益は10兆7539億円で、同17.8%増です。国内業務部門だけを見ると、貸付金利息が7兆2402億円となり、前年度比33.0%増えています。
会計上の見え方は明快です。銀行の本業収益は、貸出金や有価証券から得る運用利回りと、預金などの調達利回りの差から生まれます。政策金利が上がると貸出金利は比較的早く上がり、預金金利は遅れて上がるため、初期局面では利ざやが広がりやすいです。これが銀行株の再評価を支えました。
しかし、同じ資料は別の重要な変化も示しています。国内業務部門の資金調達費用は、預金利回りの上昇などを背景に3兆414億円となり、前年度比170.4%増えました。まだ貸出金利息の増加が上回っていますが、預金金利の追随が進むほど、利ざや拡大の効果は薄まります。銀行の利益を見る際は、貸出金利息の増加額だけでなく、預金利息の増加率を並べて確認する必要があります。
もう一つの確認点は、利益の再現性です。全国銀行の経常利益は8兆1281億円で33.1%増、当期純利益は6兆295億円で32.3%増でしたが、株式等関係損益の改善も増益に寄与しています。政策保有株式の売却益や相場要因は、資本効率の改善につながる一方、毎期同じだけ繰り返せるとは限りません。資金利益、役務利益、株式売却益、債券損益を分けて見ると、最高益の中身がより立体的に見えます。
地銀決算に残る債券損と経費圧力
地方銀行の決算も力強く見えます。全国地方銀行協会によると、2025年度の地方銀行のコア業務純益は2兆2412億円で、前年度比34.7%増えました。当期純利益は1兆5757億円で、同38.3%増です。預金残高は348兆円で1.9%増、貸出金は269兆円で4.6%増となり、貸出金利回りは1.22%、預金利回りは0.21%でした。
金融庁が公表した地域銀行の令和8年3月期決算概要でも、当期純利益は1兆8043億円とされ、前年同期比で38%増えています。資金利益の増加と株式等関係損益の改善が、地銀の収益を押し上げた構図です。不良債権比率も1.54%まで低下しており、現時点で信用コストが急増しているわけではありません。
一方で、地銀決算には見過ごせない費用項目があります。金融庁資料では、地域銀行の債券等関係損益がマイナス1兆1557億円となり、前期から損失が拡大しました。経費も3兆886億円と増えています。金利上昇は貸出収益を増やす一方、保有債券の評価や売却損、預金金利、人件費、システム費用を通じて費用も増やします。好決算を単純な追い風と見ず、収益と費用の発生タイミングのずれを見ることが重要です。
地銀の財務分析では、貸借対照表の規模より、調達と運用の組み合わせを見るべきです。預金が増え、貸出も増え、債券ポートフォリオのリスクが抑えられている銀行は、金利上昇を本業収益へ変えやすいです。逆に、預金の伸びが弱く、貸出競争で利回りが上がらず、過去に買った長期債の損を処理している銀行は、表面上の増益ほど余力がありません。最高益の銀行が多い局面ほど、横並びの評価は危険です。
預金流出リスクを生む5つの火種
貸出超過ペースが映す調達余力の低下
第一の火種は、貸出の伸びが預金の伸びを上回っていることです。全国銀行の2025年度末預金は1084兆6812億円で前年度末比3.8%増えました。一方、貸出金は758兆2825億円で6.1%増です。2026年6月末の速報でも、実質預金は前年同月末比2.7%増だったのに対し、貸出金は4.7%増でした。
これは、ただちに預金流出が業界全体で起きているという意味ではありません。全銀協の6月末速報では、実質預金の前年同月末比は237カ月連続で増加しています。問題は、伸び方の差です。貸出需要が強いまま預金の伸びが鈍れば、銀行は市場性調達、譲渡性預金、社債、外貨調達により頼ることになります。調達の安定性が下がるほど、同じ貸出残高でも利益の質は悪くなります。
第二の火種は、預金金利の上昇が遅れて利益を削ることです。2026年6月末の全国銀行実質預金は、前月末比で3兆8852億円、0.4%減りました。賞与や法人資金の季節要因もあるため単月で判断はできませんが、預金者が金利差を比較する環境に入ったことは確かです。普通預金、定期預金、決済性預金のどれが残り、どれが動きやすいかを分けて見る局面です。
預貸率の上昇は、成長と緊張を同時に示します。地域企業の設備投資や運転資金を支える貸出増加は、地銀にとって望ましい本業回帰です。しかし、預金の伸びが追いつかなければ、成長のための原資を高い価格で買うことになります。会計上は貸出金利息が増えていても、資金繰り上は流動性バッファーを厚くする必要があり、余剰資金を大胆に運用へ回しにくくなります。
家計資金を奪い合うNISAと国債
第三の火種は、家計資金の選択肢が増えたことです。日本銀行の資金循環統計では、家計金融資産は長期的に現金・預金中心で積み上がってきました。内閣府も、2024年3月末時点の家計金融資産が約2200兆円まで拡大し、現金・預金を中心に増えてきたと整理しています。この巨大な預金基盤が、日本の銀行の低コスト調達を支えてきました。
しかし、資産形成の制度環境は変わっています。金融庁はNISA口座の利用状況について、口座数と買付額を継続的に集計しています。投資信託協会の統計も、投資信託市場の月次データを2026年6月分まで更新しています。銀行預金は安全性と決済機能を持ちますが、物価上昇と金利上昇が同時に進むと、預金者は「眠らせる資金」と「運用する資金」を分け始めます。
第四の火種は、個人向け国債や高金利預金との競争です。全国銀行協会の2026年7月の会長会見では、個人向け国債の商品性改善によって銀行預金から資金シフトが過度に進むと、信用創造機能や成長資金の供給に影響が出る可能性があるとの問題意識が示されました。これは銀行業界自身が、預金の移動可能性を経営課題として認識し始めたことを示します。
預金ベータ上昇が変える利益率
第五の火種は、預金ベータの上昇です。預金ベータとは、市場金利や政策金利の上昇に対して、預金金利がどれだけ追随するかを示す考え方です。低金利時代には、普通預金金利をほとんど動かさなくても預金は残りました。ところが、政策金利が1.0%程度まで上がると、預金者は銀行間の差を比較しやすくなります。
ここで重要なのは、銀行ごとに預金の粘着性が違うことです。給与振込、公共料金、法人決済、地元企業との取引に結びついた預金は残りやすいです。一方、金利目的で置かれた大口資金や余裕資金は動きやすいです。地銀にとって、預金残高の量だけではなく、どの預金がコア預金として長く残るかを見極める力が収益力を左右します。
預金ベータが上がれば、貸出金利の上昇分を預金金利の上昇が吸収します。銀行は利上げ局面で一時的に利益を伸ばしやすいものの、競争が強まるとその利益は預金者へ移転します。株式投資の観点では、金利上昇の恩恵を受ける銀行と、調達競争で利益率を落とす銀行を分ける必要があります。
デジタル化は、この預金ベータをさらに上げます。かつて預金移動には店舗来店や書類手続きが必要でしたが、いまはスマートフォンで残高を確認し、ネット銀行や証券口座へ資金を動かせます。法人でも、資金繰り管理の高度化により、余剰資金を複数金融機関へ分散する動きが出やすくなっています。銀行にとって預金は「置いてもらうもの」から「選ばれ続ける商品」へ変わっています。
金利正常化で試される預金の粘着性
日本銀行は2026年6月の金融政策決定会合で、無担保コールレートを1.0%程度で推移させる方針を決めました。公表文では、今後も経済・物価・金融情勢に応じて政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整する方針が示されています。主な意見でも、物価上振れリスクや中立金利に近づける必要性に触れた意見がありました。
利上げが進むほど、銀行経営は資産側より負債側の管理が難しくなります。貸出金利の改定は契約条件である程度読めますが、預金者の行動は市場心理に左右されます。ネットで資金を移せる時代には、地域密着や長年の取引関係だけで預金が残るとは限りません。特に若い世代や資産形成層は、銀行窓口より証券口座やスマートフォン上の利回り比較に慣れています。
日本銀行の金融システムレポートは、金融システム全体の安定性を維持していると評価しつつ、物件費や人件費の増加、人口や企業数の減少による収益率への下押しを指摘しています。地銀にとっては、単に預金金利を上げて資金を集めるだけでは採算が崩れます。法人取引、決済、相続、資産運用、事業承継を組み合わせ、預金者に残る理由を作れるかが競争力になります。
預金流出リスクは、突然の取り付け騒ぎだけを意味しません。より現実的には、安い預金が少しずつ高い預金へ置き換わり、貸出増加を支えるために市場調達が増え、利ざやが狭まる形で表れます。最高益が続くかどうかは、金利の高さよりも、預金者に支払う対価と貸出先から得る収益のバランスで決まります。
今後のシナリオは三つに分かれます。第一は、貸出金利の改定が進み、預金金利の上昇を吸収できる軟着陸です。第二は、貸出競争で運用利回りが伸びず、預金金利だけが上がる収益鈍化です。第三は、調達不安を避けるために貸出や有価証券運用を抑え、成長機会を逃す防衛的な運営です。どのシナリオに近づくかは、各行の預金基盤、地域経済、法人取引の深さで変わります。
銀行決算で確認すべき3つの指標
銀行株や地銀再編を読む読者が確認すべき第一の指標は、預貸金利回り差です。貸出金利回りだけでなく、預金利回りがどれだけ上がったかを見ます。地銀協の2025年度データでは、地方銀行の預貸金利回り差は1.01%でした。この差が拡大している銀行は利上げの恩恵を受けていますが、預金競争が強まれば縮小に転じる可能性があります。
第二の指標は、預金と貸出の伸び率差です。貸出が預金より速く伸びる銀行は、成長力がある一方で調達負担も増えます。法人向け融資を伸ばすほど、安定預金をどこから集めるかが問われます。第三の指標は、債券損益と自己資本です。金利上昇は保有債券に損を出し、売却すれば期間損益に表れます。
企業分析の視点では、預金フランチャイズを無形資産として見ることも大切です。M&Aや地銀再編では、店舗網や貸出残高だけでなく、低コストで粘着性の高い預金を持つかが買収価値を左右します。地元の給与振込、自治体、公金、医療法人、学校法人、中小企業の決済口座をどれだけ押さえているかは、決算書の預金残高だけでは見えにくい競争力です。
銀行業界の「わが世の春」は、まだ終わったわけではありません。むしろ金利正常化は、銀行本来の収益機会を取り戻す局面です。ただし、これからの勝ち負けは、貸出を増やす力だけでなく、預金を安定的に残す力で決まります。最高益の見出しより、負債側の粘着性と調達コストの変化を追うことが、次の銀行評価の出発点になります。
参考資料:
- 地方銀行の決算|一般社団法人全国地方銀行協会
- 全国銀行の2025年度決算の状況(単体ベース)|全国銀行協会
- 全国銀行 預金・貸出金速報 2026年6月末|全国銀行協会
- 地域銀行の令和8年3月期決算の概要|金融庁
- 金融市場調節方針の変更について|日本銀行
- 金融政策決定会合における主な意見|日本銀行
- 金融システムレポート(2026年4月号)|日本銀行
- 資金循環統計(速報)(2026年第1四半期)及び遡及改定について|日本銀行
- 家計金融資産(資金循環統計)主要時系列統計データ表|日本銀行
- 第3章 第1節 家計の金融資産投資構造の現状と課題|内閣府
- NISA口座の利用状況に関する調査結果の公表について|金融庁
- 統計データ|投資信託協会
- 加藤会長記者会見(みずほ銀行頭取)|全国銀行協会
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