メルカリとfreeeに学ぶ赤字と黒字化を見抜く財務諸表の読み方
赤字企業を倒産させない財務の見方
「赤字続きなのになぜ潰れないのか」という問いは、成長企業を見るうえで避けて通れません。損益計算書の赤字は、事業が価値を失っているサインの場合もあれば、将来の売上を取りにいく先行投資の場合もあります。
重要なのは、赤字の発生場所です。売れば売るほど粗利が出る事業で、広告、開発、人材採用に資金を投じている赤字と、売上原価だけで売上を食いつぶす赤字はまったく別物です。メルカリとfreeeの決算は、その違いを財務諸表から読む好例です。
直近では、メルカリは2026年6月期第3四半期累計で営業利益345億円を計上し、freeeも同期間に営業利益6億円を確保しています。本稿では、両社の赤字期から黒字化までを、損益、キャッシュ、KPIの3点から読み解きます。
メルカリの赤字投資を支えた資本の厚み
損益赤字と資金不足の別問題
メルカリは上場直後から、赤字が目立つ成長企業として見られてきました。2018年6月期は売上高357億円に対し、営業損失44億円、親会社株主に帰属する当期純損失70億円でした。2020年6月期には売上高762億円まで伸びた一方、営業損失は193億円、最終損失は227億円まで拡大しています。
この数字だけを見ると、赤字を垂れ流しているように見えます。しかし、倒産リスクを判断するには、損益計算書だけでは足りません。会社が支払い不能になるのは、会計上の赤字を出した瞬間ではなく、債務の支払いに必要な現金や調達余力を失ったときです。
メルカリの場合、国内マーケットプレイスという手数料型の収益基盤を持ちながら、米国事業やフィンテックなどへ資金を投じていました。赤字は、既存事業の構造的な粗利不足というより、複数の成長オプションを同時に育てるための費用として表れていた面があります。
粗利が販管費を吸収する黒字化
2026年6月期第3四半期累計のメルカリを見ると、売上収益は1,672億円、売上総利益は1,234億円です。売上総利益率は概算で7割を超え、販売費及び一般管理費885億円を吸収したうえで、営業利益345億円を残しています。
ここに黒字化のカラクリがあります。手数料型プラットフォームは、取引量が増えても売上原価が同じ比率で増えるとは限りません。一定の固定費を超えると、追加の売上が利益に落ちやすくなります。赤字期に獲得したユーザー、決済データ、出品在庫、ブランド認知は貸借対照表に大きく載りませんが、黒字転換時には収益力として現れます。
直近四半期の説明資料でも、メルカリは2026年6月期第3四半期に売上収益610億円、コア営業利益146億円を計上しています。マーケットプレイスのGMVは3,399億円、同事業のコア営業利益は141億円です。投資を抑えれば利益が出る事業を持っていたからこそ、赤字期にも時間を買うことができました。
現金残高が示す投資継続力
貸借対照表を見ると、さらに別の景色が見えます。メルカリの2026年3月末の現金及び現金同等物は1,552億円、資本合計は1,204億円です。利益剰余金も2025年6月末のマイナス30億円から、2026年3月末にはプラス164億円へ転じています。
一方で、営業活動によるキャッシュ・フローは第3四半期累計で192億円の支出でした。これは税引前利益が出ていないからではありません。決算短信では、営業債権及びその他の債権の増加、預り金の増加、金銭の信託の増加など、フィンテックを含む事業構造に伴う資金の出入りが大きく示されています。
この点は重要です。キャッシュ・フローのマイナスをすべて「本業が燃えている」と読むと、金融機能を持つ企業の実態を誤ります。資金使途、債権の質、預り金や信託との対応関係を確認し、利益を生む事業と運転資金の増減を分けて見る必要があります。
投資を再開できる黒字企業への転換
メルカリは2026年6月期の通期見通しを、売上収益2,200億円以上、コア営業利益400億円以上へ引き上げています。同時に、第4四半期には来期以降の成長に向けた投資を強め、四半期利益が下がる可能性も説明しています。
これは、赤字から黒字へ単純に一直線で進むというより、投資額を調整できる段階に入ったということです。利益を出す力がある企業は、市場環境や競争状況に応じて、利益率を高める年と投資を増やす年を選べます。メルカリの赤字期を振り返ると、倒れなかった理由は「赤字でも許された」からではなく、粗利、資本、資金調達、事業KPIが同時に残っていたからです。
freeeのSaaS赤字を黒字化した前受収益
顧客獲得費が先に出るSaaS構造
freeeの赤字は、メルカリとは別の構造です。freeeはクラウド会計、人事労務、法人カード、業務支援サービスを積み上げるSaaS企業です。SaaSでは、広告費、営業人員、導入支援、開発費が先に発生し、売上は月額課金や年額契約として時間をかけて計上されます。
上場承認時の報道では、2019年6月期の売上高は45億円、営業損失は28億円、最終損失は27億円でした。2020年6月期も売上高68億円に対し営業損失26億円で、赤字上場後もしばらくは利益より成長が優先されました。
ただし、SaaSの赤字は、獲得した顧客が継続し、単価が上がるなら投資回収が進みます。最初の契約獲得費は損益計算書上すぐに費用化される一方、継続課金の価値は将来期間に分散して表れます。この時間差が、外から見た「赤字続き」の正体です。
ARRと粗利率が示す継続収益
freeeの2026年6月期第3四半期資料では、プラットフォームARRが424億円、前年同期比23.2%増まで拡大しています。有料課金ユーザー企業数は71万2,000件超、ARPUは5万9,600円です。法人セグメントだけで見ると、ARRは327億円、ARPUは12万3,900円まで高まっています。
損益面でも、黒字化の芽は粗利に表れます。2026年6月期第3四半期単体の売上高は109億円、売上総利益は90億円、売上総利益率は82.6%です。第3四半期累計では売上高308億円、売上総利益250億円に対し、販管費は244億円でした。ここまで来ると、売上成長が少し続くだけで営業利益が出やすくなります。
実際、同累計期間の営業利益は6億円です。前年同期の営業利益11億円より小さいものの、赤字ではありません。第3四半期単体の調整後営業利益も4億4,500万円、調整後営業利益率は4.1%で推移しています。成長投資を続けながら、損益分岐点を越え始めた状態と読めます。
前受収益という倒れにくさ
freeeで特に見るべき勘定科目は、前受収益です。2026年3月末の前受収益は166億円で、2025年6月末の146億円から増えています。前受収益は、顧客から先に受け取った料金のうち、まだ売上として認識していない部分です。会計上は負債ですが、キャッシュの面では資金繰りを支えます。
もちろん、前受収益は返済不要の資金ではありません。会社は契約期間にわたってサービスを提供し続ける義務を負います。それでも、銀行借入と違い、顧客基盤そのものが資金の源泉になる点がSaaSの強さです。
同社の第3四半期資料では、2026年6月期上期の調整後フリー・キャッシュ・フローが54億円のマイナスだったと説明されています。主因はサーバーコストやAI関連ツールの前払費用などの季節性要因で、下期には前受収益の積み上がりによるキャッシュインを見込む構造です。赤字期に潰れなかった理由を探すなら、損益だけでなく、前受収益と資金繰りの季節性を必ず見るべきです。
黒字化しても投資を止めない設計
freeeは2025年6月期に売上高332億円、営業利益6億円、親会社株主に帰属する当期純利益13億円となり、創業後初の黒字化を達成しました。公式IRメッセージでも、サービス利用顧客が60万以上、ARRが340億円を突破したことが説明されています。
2026年6月期の通期見通しでは、売上高419億円、調整後営業利益25億円、調整後フリー・キャッシュ・フロー12億円から25億円が示されています。黒字化したから投資を止めるのではなく、AI、業種別プロダクト、M&Aでラインナップを広げながら、利益率を少しずつ上げる方針です。
この構造では、短期利益だけを見て「まだ利益率が低い」と判断すると、企業価値の読み違いが起こります。見るべきは、ARRの伸び、ARPUの上昇、粗利率、販管費率、前受収益の積み上がりです。これらが同じ方向に進むなら、赤字期の投資は将来利益の土台になり得ます。
良い赤字を悪い赤字に変える三つの兆候
成長企業の赤字は、すべて良い赤字ではありません。まず警戒すべきは、粗利率の低下です。売上が伸びても売上原価が同じ速度で膨らみ、売上総利益が販管費を吸収できない場合、規模拡大が利益を生むとは限りません。
次に、KPIの質です。メルカリならGMVやMAUが広告依存で一時的に伸びているだけでは不十分です。freeeならARRが増えても、解約率が高い、ARPUが伸びない、導入支援コストが増え続ける場合、顧客獲得費を回収しにくくなります。
三つ目は、資金調達と運転資金の重さです。メルカリのフィンテック事業では信用残高の拡大が成長を支える一方、債権管理や回収率が重要になります。freeeでも前受収益は資金繰りを助けますが、サービス提供義務を伴います。資金が入っているように見えても、将来のコストが過小評価されていないかを確認する必要があります。
また、調整後利益にも注意が必要です。株式報酬費用やM&A関連償却を足し戻す指標は、事業の実力を見るうえで有益です。ただし、調整後だけを見て会計上の利益や営業キャッシュ・フローを無視すると、資本コストや希薄化の影響を見落とします。良い赤字は、損益、キャッシュ、株主資本の三つを同時に見て初めて判断できます。
投資家が確認すべき財務諸表の順番
メルカリとfreeeが赤字期を乗り越えた共通点は、損益計算書の赤字を上回る事業の耐久力を持っていたことです。メルカリは厚い粗利とプラットフォームの取引量、freeeはARRと前受収益を積み上げ、黒字化のタイミングを自ら近づけました。
投資家や経営者は、まず売上総利益率を見て、売上が増えたときに利益が残る構造かを確認すべきです。次に、現金、純資産、前受収益、借入金を見て、成長投資を続ける時間があるかを見ます。最後に、GMV、ARR、ARPU、ユーザー数などのKPIが、将来の粗利に変わるかを検証します。
赤字は悪ではありません。しかし、説明できない赤字は危険です。良い赤字とは、資金繰りに裏付けられ、粗利を増やし、将来の継続収益を生む赤字です。黒字化のカラクリは、派手な成長ストーリーではなく、財務諸表の地味な勘定科目に表れます。
参考資料:
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