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パキスタンとアフガニスタンの戦争が南アジア情勢を揺るがす

by 松本 浩司
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核保有国パキスタンとタリバンの衝突

アメリカとイスラエルによるイラン攻撃に世界の耳目が集まるなか、そのすぐ隣で「もう1つの戦争」が進行しています。2026年2月下旬、パキスタンとアフガニスタンの間で本格的な軍事衝突が勃発しました。パキスタン国防相が「公然たる戦争」を宣言し、カブールへの空爆にまで発展したこの紛争は、核保有国パキスタンとタリバン政権下のアフガニスタンという特殊な組み合わせにより、南アジア全体の安全保障に深刻な影響を及ぼしています。

この記事では、紛争の経緯と背景にある構造的な対立、深刻化する人道危機、そして中国をはじめとする国際社会の対応について、多角的に解説します。

紛争の経緯と「ガザブ・リル・ハク作戦」

2月の衝突勃発

2026年2月21日、パキスタン空軍はアフガニスタンのナンガルハール州、パクティーカー州、ホースト州に対し空爆を実施しました。パキスタン側は、イスラマバード、バジャウル、バンヌで相次いだテロ攻撃への報復として、パキスタン・タリバン運動(TTP)とイスラム国ホラサン州(ISKP)の拠点7カ所を標的にしたと説明しています。

この空爆に対し、アフガニスタン側のタリバン暫定政権は民間人18人が死亡したと発表。2月26日にはアフガニスタンが越境反撃作戦を開始し、事態は一気にエスカレートしました。

パキスタンの「開戦」宣言

2月27日、パキスタン国防相はアフガニスタンと「公然たる戦争(open war)」状態にあると宣言。「ガザブ・リル・ハク作戦」(正義の怒り作戦)と名づけた大規模軍事作戦を開始しました。この作戦では、カブール、カンダハール、パクティア、ナンガルハール、ホースト、パクティーカーの各州にあるタリバンの軍事拠点に対し、空爆と地上攻撃が実施されています。

カブール空爆と国際的非難

3月16日には、カブール近郊の薬物リハビリテーション施設がパキスタンの空爆を受け、タリバン当局によると400人以上が死亡、265人以上が負傷しました。この攻撃は国際的な非難を招き、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)は「緊張緩和と即時停戦」を強く求めました。

紛争の根深い背景

デュランドライン問題

パキスタンとアフガニスタンの対立の根底には、19世紀に英国が引いた「デュランドライン」と呼ばれる国境線の問題があります。1893年に英領インドとアフガニスタンの間で設定されたこの境界線は、パシュトゥーン人の居住地域を分断するものでした。1947年の独立後、パキスタンはこの国境線を正式に認めていますが、アフガニスタンは歴代政権がこれを「押し付けられた国境」として認めていません。

この領土問題は、両国間の信頼関係を根本から損なう構造的な対立要因として、現在に至るまで影響を及ぼし続けています。

TTP問題と越境テロの連鎖

今回の衝突の直接的な引き金となったのが、パキスタン・タリバン運動(TTP)の存在です。TTPはアフガニスタンのタリバンとは別組織であり、パキスタン国内でテロ攻撃を繰り返してきました。パキスタン政府は、2021年にタリバンがカブールを掌握して以降、TTPがアフガニスタン領内に安全な拠点を確保し、そこからパキスタンへの越境テロを計画・実行していると主張しています。

一方、タリバン暫定政権はTTPへの支援を否定しつつも、パキスタンが求めるTTPの取り締まりには消極的な姿勢を示してきました。この「匿っているのか、取り締まれないのか」という曖昧さが、パキスタンの不信感を増幅させ、今回の軍事行動につながったとみられています。

深刻化する人道危機

民間人の犠牲と大規模避難

国連人権高等弁務官のフォルカー・ターク氏は、この紛争が「悲惨の上に悲惨を重ねている」と述べ、対話による解決を強く訴えました。UNAMAの発表によると、6日間の戦闘だけで少なくとも民間人42人が死亡し、104人が負傷しています。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、アフガニスタン国内で約11万5,000人、パキスタン側で約3,000人が戦闘により避難を余儀なくされたと報告しています。

アフガニスタンの既存の人道危機との複合

この紛争は、アフガニスタンが既に直面していた深刻な人道危機をさらに悪化させています。アフガニスタンでは約2,200万人(人口の約半数)が人道支援を必要としており、そのうち1,160万人以上が子どもです。2026年の人道支援アピールでは17億1,000万ドルが必要とされていますが、3月時点での資金充足率はわずか10%にとどまっています。

さらに、パキスタンが2025年から進めてきたアフガン難民の大量強制送還により、2025年12月までに100万人以上がアフガニスタンに送還されました。人道危機の最中に行われたこの措置は、国際社会から厳しい批判を受けています。

国際社会の対応と中国の存在感

中国による仲介外交

この紛争において、最も積極的な仲介役を果たしているのが中国です。王毅外相は3月10日にパキスタンのダール副首相兼外相と、13日にはアフガニスタンのムッタキ外相代行と相次いで電話会談を実施。さらに、岳暁勇アフガニスタン問題担当特使が3月7日から14日にかけて両国を訪問し、即時停戦と対話を通じた解決を呼びかけました。

中国にとってパキスタンは最大の貿易相手国であり、650億ドル規模の中国パキスタン経済回廊(CPEC)を含む一帯一路構想の要です。紛争の長期化はこれらの経済プロジェクトに直接影響するため、中国は自国の利益を守る意味でも積極的な仲介に動いています。習近平国家主席自らがメッセージを送るなど、中国の仲介は戦闘の強度を大幅に低下させることに貢献したと評価されています。

サウジアラビア・カタール・トルコの役割

イスラム諸国も仲介に乗り出しました。サウジアラビア、カタール、トルコの要請を受け、3月18日にパキスタンはイード・アル=フィトル(断食明けの祭り)に合わせた5日間の一時停戦を宣言。これに呼応してTTPも3日間の停戦を発表しました。カタール外務省はこの停戦を「緊張緩和に寄与する前向きな姿勢」と歓迎し、持続的な停戦合意への足がかりになることを期待すると表明しています。

インドの戦略的ポジション

注目すべきは、この紛争においてインドが戦略的優位を得ている点です。タリバン政権がパキスタンとの対立を深める中、アフガニスタンはインドとの関係強化に動く動機を持つようになりました。これはインドにとって、中央アジアへの影響力を拡大し、パキスタンと中国の連携を牽制する好機となっています。

一時停戦の脆弱性と核保有国リスク

停戦の脆弱さ

イードに合わせた一時停戦は前向きな動きですが、パキスタン情報相は「越境攻撃やテロがあれば直ちに作戦を再開する」と警告しており、恒久的な和平にはほど遠い状況です。2025年10月にカタールの仲介で合意された停戦も長続きしなかった前例があり、楽観は禁物です。

構造的課題の解決が不可欠

TTP問題とデュランドラインという2つの構造的課題が解決されない限り、衝突の再燃は避けられません。しかし、タリバン暫定政権にTTPを完全に制圧する能力があるかは疑問であり、デュランドラインの問題は100年以上にわたる歴史的係争です。短期的な停戦の先にある根本的な解決への道筋は、依然として見えていません。

核保有国の戦争というリスク

パキスタンは核保有国であり、この紛争が制御不能なレベルにまでエスカレートした場合、その影響は南アジア全体に及びます。イランやインドなど周辺国を巻き込む形で紛争が拡大すれば、中東・南アジアの安全保障環境は根底から覆されかねません。

TTP越境テロとデュランドラインの複合紛争

パキスタンとアフガニスタンの軍事衝突は、TTPの越境テロとデュランドラインをめぐる歴史的対立が重なった複合的な紛争です。中東のイラン情勢に世界の関心が集まるなか、この「もう1つの戦争」は深刻な人道危機を引き起こし、南アジアの地政学的バランスを大きく変えつつあります。

中国やサウジアラビアなどの仲介によりイード期間の一時停戦は実現しましたが、恒久的な和平への道のりは険しいままです。核保有国パキスタンが関わるこの紛争の行方は、中東・南アジアの安全保障にとって極めて重要な意味を持っています。国際社会の持続的な関与と、両国間の構造的課題に向き合う外交努力が求められています。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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