豊田通商が問うレアアース副産物トリウムと次世代原子力の現実像
レアアース供給網で浮上するトリウム問題
レアアースを巡る競争は、EVや風力発電の部材調達だけでなく、放射性物質を含む副産物の管理まで含む産業政策の問題になっています。ネオジム磁石に使われるジスプロシウムやテルビウムは、電動車の性能と供給安定を左右する一方、鉱石や残渣にはトリウムやウランが伴う場合があります。
豊田通商が重希土類の上流開発に踏み込む意味は、単なる資源確保にとどまりません。廃棄物として扱われてきたトリウムをどう管理し、将来の原子力技術とどの距離で接続するかが、鉱山権益の価値、規制対応、資源国との信頼関係を左右します。
豊田通商が資源開発で背負う外部不経済
ナミビア案件に込めた脱中国依存
豊田通商は2026年3月、JOGMECがナミビア北部クネネ州ロフダル地域で進める重希土類探査プロジェクトに共同開発事業者として参画しました。JOGMECは2020年からNamibia Critical Metalsと同地域を探鉱しており、EVモーター向け永久磁石に不可欠なジスプロシウムやテルビウムを確認しています。
同年7月には、豊田通商がTJ Namibia Rare Earths Corporationを設立し、JOGMECが最大4,766万8,000カナダドル、約55億円を投資する方針を示しました。商業化の最終判断は2026年度中を目指すとされ、日本企業がアフリカで進める初のレアアース鉱山開発案件として位置づけられています。
この動きの背景には、レアアースの加工・磁石製造が極端に集中した構造があります。IEAは2024年時点で、磁石用レアアースの採掘に占める中国の比率を約60%、精製を約91%、焼結永久磁石の生産を約94%と整理しています。日本は2010年のレアアース危機後に調達先を広げましたが、精製・磁石工程まで含めた脆弱性はなお残っています。
中国は2025年4月、サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウム関連品目に輸出管理を導入しました。対象は金属、合金、酸化物、化合物、磁石材料に及びます。IEAは、この措置で欧米などの自動車メーカーが磁石調達に苦しみ、一部で稼働率引き下げや一時停止が生じたと分析しています。
インド経験が示すモナザイトの難路
豊田通商がレアアースで蓄積してきた実務知は、インドとの関係にも表れています。Toyotsu Rare Earths Indiaは2009年に設立され、2013年から操業を始めました。事業内容はレアアースの製造・販売、輸出入で、親会社は日本の豊田通商です。
インド政府資料によれば、同国の主要なレアアース鉱石は海浜砂鉱物に含まれるモナザイトで、これはレアアース元素に加え、ウランとトリウムを含むリン酸塩鉱物です。インドでは原子力法制の下、モナザイトの生産やトリウム抽出の取り扱いに国家管理が及び、IRELが中心的な役割を担っています。
ここに豊田通商が直面する本質があります。レアアースは掘れば終わりではなく、化学処理で目的元素を分けた後に、放射性を帯びた残渣をどう扱うかが事業の成否を決めます。資源権益を確保しても、残渣処分地、環境影響評価、輸送、地域説明のいずれかが詰まれば、安定供給は実現しません。
副産物管理が権益価値を左右する構図
レアアースの「外部不経済」は、コスト表に載りにくいところに現れます。精製で使う酸、排水処理、尾鉱施設、低レベル放射性残渣の保管、長期モニタリングは、短期の鉱石価格だけでは評価しにくい負担です。環境基準が厳しい国ほど、表面上の製造コストは高くなります。
マレーシアのLynas Malaysiaは、豪州Mt Weld由来の原料を処理し、NdPr酸化物などを製造する中国外の重要な精製拠点です。同社は副産物として非放射性のNUFと、低レベルの自然起源放射性物質を含むWLPを生じると説明しています。WLPは約6ベクレル毎グラムとされ、恒久処分施設での管理が必要です。
2026年3月には、同社の操業ライセンスが2036年まで延長された一方、2031年までに放射性に分類される残渣の発生を止めることや、既存施設以外に新たな恒久処分施設を造らないことが条件と報じられました。これは、レアアース供給の国際分散が進むほど、環境・放射線規制が競争条件そのものになることを示しています。
豊田通商がトリウムに向き合う理由は、次世代原子力への期待だけではありません。レアアース事業を資源国、需要家、規制当局、地域社会に受け入れられる形にするため、従来は「厄介者」とされた物質の責任ある管理が避けられないからです。
トリウムを資源に変える次世代原子力の射程
燃料になり切らない肥沃性の意味
トリウムは、ウランのようにそのまま核分裂しやすい燃料ではありません。主な同位体であるトリウム232は「親物質」であり、中性子を吸収してウラン233に変換されて初めて燃料として利用できます。そのため、プルトニウムや濃縮ウランなど、核分裂を始める別の物質が必要です。
IAEAは、トリウムが地殻中に比較的多く存在し、ウランより多い資源量を持つ可能性を指摘する一方、商業燃料としてはまだ確立していないと整理しています。World Nuclear Associationも、トリウム資源はモナザイトなどレアアース鉱物と関係が深く、燃料利用には研究開発と経済性の確認が必要だとしています。
重要なのは、トリウムが「すぐ使える夢の燃料」ではない点です。むしろ現時点では、レアアース精製で発生する放射性副産物の管理問題が先に存在します。将来の燃料化は、その副産物を安全に回収し、化学的に分離し、核物質管理の枠組みに載せられる場合にだけ意味を持ちます。
溶融塩炉で進む国際的な実証
それでも、トリウムが次世代原子力の議論に戻ってきた理由は明確です。溶融塩炉は、燃料や冷却材に溶融塩を使う設計で、トリウム燃料サイクルとの相性が良いとされます。液体燃料を使う方式では、燃料交換や核種管理の考え方が従来の軽水炉と異なります。
中国科学院系の上海応用物理研究所は、甘粛省武威の実験炉TMSR-LF1で、2025年11月にトリウムからウランへの燃料転換に関する成果を発表しました。報道によれば、この実験炉は熱出力2MW級で、トリウム在庫は約50キログラム、2023年10月に初臨界に到達しています。
同研究所は2035年までに100MW級の実証を目指すとされています。商業炉にはまだ距離がありますが、トリウムが研究室だけの概念ではなく、運転データを伴う技術課題になった意味は大きいです。資源戦略から見れば、放射性残渣の管理技術と、将来の燃料サイクル研究が細く接続し始めた段階です。
廃棄物から燃料在庫への転換条件
OECD-NEAは、トリウム燃料サイクルについて、可能性と障害を短期から長期で評価する必要があるとしています。さらに2025年には、溶融塩炉の燃料管理や廃棄物処理を扱うCREAMM活動が始まり、燃料中から除去すべき元素、分離技術、廃棄物形態などが検討対象になりました。
これは、トリウムを「捨てるか使うか」という単純な二択で見られないことを意味します。将来に備えて分離・保管するなら、その時点で核物質防護、保障措置、輸送、長期貯蔵の制度設計が必要です。市場価格がない物質にコストをかける合理性を、誰がどう負担するかも問われます。
豊田通商のような商社にとって、ここは技術投資というよりリスク配分の問題です。鉱山会社、精製会社、自動車メーカー、政府系機関、資源国政府の間で、残渣管理の費用と将来価値を契約に落とし込む力が必要になります。これができなければ、トリウムは潜在資源ではなく、地域社会にとっての負債として残ります。
また、日本の次世代原子力政策は、現時点では革新軽水炉、小型軽水炉、高速炉、高温ガス炉、フュージョンエネルギーを中心に進んでいます。トリウム溶融塩炉が直ちに主流になるわけではありません。だからこそ、商業炉の有無に依存せず、レアアース開発の副産物管理を先に成熟させる必要があります。
残渣規制と社会受容が握る事業化の関門
トリウムをめぐる最大のリスクは、技術の遅れだけではありません。資源国が付加価値化を求め、環境基準を強め、国内雇用や下流産業の育成を条件にする流れが広がっています。インドはレアアース永久磁石の国内生産を拡大し、2025年に7,280億ルピー規模の支援策を承認しました。2026年度予算では、オディシャ、ケララ、アンドラプラデシュ、タミルナドゥの希土類回廊も掲げています。
ナミビア案件でも、鉱山開発は鉱石品位や埋蔵量だけで判断できません。Namibia Critical Metalsは、2024年推定でロフダルの測定・概測資源量を5,850万トン、TREO品位0.16%と示していますが、同時に水供給、尾鉱施設、環境影響評価などがPFSの主要項目に含まれています。資源量は経済性を保証するものではなく、DFSで資本費、処理技術、残渣管理が精査されます。
加えて、レアアースは副産物の需給バランスが難しい産業です。高価なジスプロシウムやテルビウムを得るために、セリウムやランタンなど低価格品も同時に出ます。IEAは、こうした共産構造が投資判断を複雑にすると指摘しています。トリウムが加われば、価値のない副産物ではなく、規制コストを伴う特殊物質として扱う必要があります。
社会受容も軽視できません。放射性物質を含む残渣は、科学的な線量評価だけでは合意形成が進みにくい分野です。情報開示、第三者監視、恒久処分の責任主体、閉山後の費用積み立てが曖昧なら、資源安保の名目だけでは地域の理解を得られません。豊田通商が問われるのは、調達力だけでなく、負担を見える形で引き受ける統治能力です。
投資家が読むべき資源戦略の分岐点
レアアースとトリウムの接点は、短期の株価材料よりも長期の産業条件として見るべきです。豊田通商のナミビア案件では、2026年度中の商業化判断、JOGMECとの資金分担、オフテイク契約、精製先、尾鉱・残渣管理の具体化が最初の確認点になります。
次に、中国の輸出管理が一時的な摩擦で終わるのか、制度化された地政学リスクになるのかを見極める必要があります。IEAは、中国外の磁石用レアアース需要が2035年までに大きく増える一方、採掘、精製、磁石製造の分散能力が不足すると見ています。ここに日本企業の参入余地があります。
最後に、トリウム燃料サイクルは過度に先取りしない姿勢が重要です。溶融塩炉の実証は前進していますが、商業化、規制、保障措置、廃棄物処理は未解決です。それでも、残渣を透明に管理できる企業ほど、資源国から選ばれやすくなります。レアアースの次の競争力は、掘る力ではなく、厄介なものを引き受ける力に移りつつあります。
参考資料:
- 豊田通商、JOGMECのナミビアにおけるレアアース開発事業に参画
- Establishment of a Special Purpose Company for Heavy Rare Earth Development in the Republic of Namibia and Investment by JOGMEC
- ナミビア共和国における重希土類探査プロジェクト権益の一部譲渡について
- Strategic Partnership with Toyota-Tsusho and JOGMEC to Advance the Lofdal Heavy Rare Earths Project
- Rare Earth Elements - Executive summary
- Global Critical Minerals Outlook 2026 - Market overview
- With new export controls on critical minerals, supply concentration risks become reality
- 中国、中・重希土類7種のレアアース関連品目で4月4日から輸出管理を実施
- Announcement No.18 of 2025 on export control of medium and heavy rare earth related items
- Thorium Resources as Co- and By-products of Rare Earth Deposits
- World Thorium Occurrences, Deposits and Resources
- Thorium
- Introduction of Thorium in the Nuclear Fuel Cycle
- Molten salt reactor fuel cycles: Building a common language for future development
- Kuantan, Malaysia - Lynas Rare Earths
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