リクルートのガチ社食が映す出社しない時代の本社再投資戦略の深層
低出社率でも社食に投資する必然
リクルートの本社社食「リCO」が注目される理由は、単に食事の質が高いからではありません。同社は早くからリモートワークを制度化し、オフィスを毎日通う場所ではなく、必要に応じて選ぶワークプレイスの一つとして位置付けてきました。その会社が、東京駅直結の本社で食堂と交流空間に投資したことに、経営上の意味があります。
コロナ禍後のオフィス戦略は、出社率を上げるか下げるかという二択で語られがちです。しかし、リクルートの施策は別の問いを立てています。出社を強制しない会社が、出社した時間の価値をどう高めるのか。リCOは、その答えを食事、動線、イベント、執務空間の組み合わせで設計した事例です。
企業分析の視点で見ると、社食は福利厚生費だけでなく、固定資産や賃借スペースの生産性、採用競争力、部門横断の情報流通に関わる投資です。費用対効果を測りにくい領域だからこそ、なぜ今この投資を行うのかを分解して読む必要があります。
リCOを交流装置に変えた空間設計
出汁と炊飯に託した来訪理由
リクルートが2023年にリニューアルした本社22階のCO-ENフロアは、セミナールーム、ラウンジ、パーゴラ、テンポラリー、ダイニング、カフェなどで構成されています。公式発表では、昆布とかつおで出汁を取ったみそ汁、かまどで炊いたご飯、カフェラテやジェラートが紹介されています。RBB TODAYの取材では、ダイニングは325席で、定食、丼、麺を日替わりで提供し、1日700〜800食が提供されていると説明されています。
この食のこだわりは、従業員に安い昼食を提供するだけの話ではありません。リモートワークが前提になるほど、従業員は「その日に出社する理由」を厳しく選びます。会議だけならオンラインで足りる場面が増え、資料作成も自宅で完結します。そこで、食事の体験を一定以上の水準に上げることは、出社の心理的ハードルを下げるもっとも日常的な手段になります。
重要なのは、食堂が単独施設ではなく、交流空間の中心に置かれている点です。GOOD PLACEの実績紹介によれば、以前は最上階にあった食堂機能と、複数フロアに点在していた飲食スペースを統合し、食堂機能を備えた「社員が集まることが可能なスペース」をつくる要望がありました。施工・PM・設備設計を担った同社は、511坪の空間に大規模厨房、ダイニング、カフェ、パーゴラ、ラウンジなどを緩やかにゾーニングしています。
つまりリCOは、食事を目的に来た人を、会話や展示、イベントへ自然に接続する導線です。食堂のメニューが強いほど、偶発的な接点の母数が増えます。社食の味や価格は表層の競争力ですが、経営上の本丸は、人が集まる確率を上げることにあります。
乗り換えフロアが生む偶発接点
HOWHEREのインタビューでは、22階がエレベーターの乗り換えフロアであり、出社時と帰宅時に従業員が立ち寄りやすい場所だと説明されています。オープンな空間にして利用シーンが見えるようにしたことで、使い方のイメージが社内に伝播する効果も狙われました。これは、オフィス運営を「箱の提供」ではなく「利用行動の設計」として捉える考え方です。
同じ記事では、場をつくっただけでは人は集まらないという前提のもと、オープン後にイベントを実施し、使い方を体験してもらったことも語られています。41階のスペースについては、存在を知らない人も多かったため、出社している人に使ってもらい、口コミで広める取り組みをしたといいます。物理空間にも、プロダクトと同じようにオンボーディングが必要だということです。
ビジネスインサイダーの取材では、リクルートは本社オフィスをグラントウキョウサウスタワーの21階から41階まで計21フロアに置き、契約フロアを2フロア増やして社食を一新したとされています。一方で、社員の出社率は全国平均で38%、本社に籍を置く社員は約1万2000人、席数は約5000席です。毎日全員が来る前提ではなく、来た時に出会いが起きやすい密度に調整している点が特徴です。
ここには会計的にも示唆があります。席数を人数分に合わせる従来型の本社投資なら、出社率低下は遊休スペースを生みます。リクルートは、席を絞りつつ共用空間を強くすることで、固定費を単なる座席コストから、コミュニケーションを生むプラットフォーム費用へ組み替えています。
人的資本投資として読む本社再編
拠点集約で守る固定費の合理性
リクルートホールディングスの会社概要によれば、2026年3月期のグループ従業員数は45,586名、連結売上収益は3兆6,973億円、連結営業利益は6,305億円です。人材マッチング、販促、SaaS、スタッフ派遣などを抱える同社にとって、人と情報の結節点をどう設計するかは、単なる総務施策ではなく事業インフラの問題です。
リクルートは2016年1月から、雇用形態にかかわらず全ての従業員を対象に、上限日数のないリモートワークを本格導入すると発表していました。リモートワークをコロナ禍の緊急避難としてではなく、個人が働く場所を選べる仕組みとして早期に制度化していた点が重要です。その延長線上で見れば、社食リニューアルはリモートからの揺り戻しではありません。
RBB TODAYは、2021年の組織再編後、都内23カ所にあった拠点を本社を含む3拠点に統合したと伝えています。全国には84拠点があり、東京駅直結の本社は最大規模の拠点です。拠点数を減らすことは賃料や運営費の合理化に見えますが、同時に残す拠点の機能密度を上げなければ、従業員にとって魅力の乏しい巨大オフィスになりかねません。
そのため、リCOの投資は「縮小と充実」を同時に進める再配置と読めます。分散していた食堂やカフェを集約し、イベントや展示、懇親会に使える空間を重ねることで、床面積あたりの役割を増やしています。固定費の削減だけを狙うなら、社食を簡素化する選択もあります。しかし、リクルートは残す床に体験価値を積み上げる方向を選びました。
食堂が担う採用と定着のシグナル
福利厚生の中で「食」は地味に見えますが、労働市場では伝わりやすいシグナルです。JILPTの2026年調査では、勤務先の福利厚生制度として「食堂」があると答えた労働者は24.4%でした。全ての企業が大規模社食を持てるわけではないからこそ、実物を伴う社食は採用候補者や従業員に、会社が職場体験へどの程度投資しているかを示します。
東京都の2026年公表調査では、都内企業のテレワーク導入率は64.0%でした。一方、NIRA総合研究開発機構の速報では、2026年2月1週目の全国のテレワーク利用率は12%、東京圏は18%です。企業の制度としては残りつつ、実際の利用は低下傾向にあるというねじれが見えます。こうした局面では、出社を命じる会社と、出社したくなる環境をつくる会社の差が出やすくなります。
CBREの2025年オフィス利用調査は、一般社員の全国出社率が72.2%である一方、一般社員はすべての世代で今後の出社頻度を減らしたいと希望していると指摘しています。森ビルの東京23区調査でも、オフィス環境づくりの支出を「投資」または「どちらかといえば投資」と見る企業が54%に上りました。職場環境は、コスト削減の対象であると同時に、人材確保のための競争条件になっています。
リクルートにとって、リCOは採用広報のためだけのショールームではありません。自律的に働く個人が、必要なタイミングで集まり、知識や関係性を更新するための共通基盤です。人材が競争優位の源泉だとする企業ほど、従業員の接点を偶然に任せるリスクは大きくなります。食堂は、その偶然を日常の中に埋め込む装置です。
高コスト社食に残る測定不能リスク
リCOのような社食投資には、当然ながらリスクもあります。第1に、利用率が高く見えても、利用者が特定部門や特定曜日に偏れば、部門横断の交流という目的は限定されます。座席数、食数、予約率だけでは、組織内の弱いつながりが増えたかまでは測れません。
第2に、食の魅力が強いほど、福利厚生としての公平性が問われます。地方拠点、在宅勤務者、営業で外出が多い従業員は、本社社食の恩恵を受けにくいからです。本社に象徴投資を行うなら、他拠点やリモート勤務者に対する代替的な支援とのバランスも必要になります。
第3に、オフィス体験は運営で劣化します。HOWHEREのインタビューで語られたように、リクルートはアンケートを取り、使いづらさや要望を集めてPDCAを回していました。これは裏を返せば、完成時点で価値が固定される設備投資ではないということです。メニュー、イベント、予約ルール、混雑管理、来客利用の設計を更新し続けなければ、初期投資は短期的な話題で終わります。
会計上は、賃料、内装、厨房設備、運営委託費、人件費補助などが別々に見えます。しかし経営上は、これらをまとめて「出社体験の獲得コスト」として見る必要があります。リCOの成否は、豪華さではなく、出社した従業員がどれだけ新しい意思決定、事業仮説、協働関係を持ち帰ったかで判断されるべきです。
投資家が見るべき社食経営の指標
投資家や経営企画が見るべきなのは、社食の単価や話題性だけではありません。出社率、食堂利用率、部門横断イベント数、来客利用、従業員満足度、採用候補者の反応、離職率、プロジェクト組成の速度を合わせて見ることが重要です。単独のKPIでは、社食が生む価値を過小評価します。
リクルートのリCOは、出社回帰の象徴ではなく、選択型ワークプレイス時代の本社再投資です。人が毎日来ないなら、来た日に何が起きるべきかを設計する。その思想が、社食を福利厚生から人的資本投資へ押し上げています。
他社が同じ施策を模倣する必要はありません。重要なのは、自社の事業モデルにとって、対面でしか生まれにくい価値は何かを定義することです。食堂、ラウンジ、会議室、イベントスペースは、その定義に従って初めて投資対象になります。リCOが示したのは、オフィス不要論への反論ではなく、オフィスの役割を再定義する経営の実験です。
参考資料:
- リクルート、本社オフィスをリニューアル!こだわりの社食や多種多様な「集まる」・「出会う」場を創出し出社を前提としない働き方でも、集まりたくなるオフィスへ
- 出社率たった“4割”のリクルート、東京駅直結の本社を増床・リニューアルした「勝算」
- 株式会社リクルート ダイニング・カフェ・コミュニケーションスペース
- リクルートが本社オフィスを大改革。「CO-EN」というコンセプトに込めた思いとは?
- 【進化するオフィス】コミュ率UPの理由は超社食!? かまど炊きご飯に社員が並ぶ……リクルート
- 会社概要 | リクルートホールディングス
- 決算関連資料 | リクルートホールディングス
- 上限日数なし・雇用形態にかかわらず全ての従業員を対象としたリモートワークを2016年1月より本格導入
- テレワークに関する実態調査の結果をお知らせします!
- 第4回デジタル経済・社会に関する就業者実態調査(速報)
- オフィスの利用状況に関するテナント調査2025
- 2025年 東京23区オフィスニーズに関する調査
- 調査シリーズNo.263「福利厚生に関する労働者調査」および「財形貯蓄制度に関する労働者調査」
- 社員食堂の設置・利用状況と利用に関連した社会人口統計学的要因および理由
- 出社の価値を考える
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