退職金2000万円の受け取り方、一時金と年金の手取り差を比較
退職金受け取りで手取りが変わる税制構造
退職金2000万円は、受け取り方によって税金のかかり方が大きく変わります。一時金なら退職所得として分離課税され、勤続年数に応じた退職所得控除を使えます。年金なら公的年金等として扱われ、老齢年金などと合算して雑所得を計算します。
厚生労働省の令和5年就労条件総合調査では、退職給付制度がある企業は74.9%です。そのうち退職一時金制度のみは69.0%、退職年金制度のみは9.6%、両制度併用は21.4%でした。制度の主流は今も一時金ですが、大企業ほど併用型が増えます。
この記事では、勤続35年、退職金2000万円、65歳以上、老齢年金180万円を受け取る人をモデルにします。税率や控除は公的資料で確認できる範囲に限定し、国民健康保険料や介護保険料は自治体差があるため、税額とは分けて整理します。
一時金を選んだ場合の退職所得控除の威力
勤続35年なら課税退職所得は75万円
国税庁は、退職金を受け取ったときの退職所得について、原則として「収入金額から退職所得控除額を差し引き、その2分の1を退職所得の金額にする」と説明しています。退職所得はほかの所得と分けて計算されるため、給与や年金の多寡に直接左右されにくい点が特徴です。
退職所得控除額は勤続20年以下なら40万円に勤続年数を掛けた金額です。20年を超える場合は、800万円に70万円と20年超の勤続年数を掛けた金額を加えます。勤続35年なら、800万円+70万円×15年で1850万円です。
退職金2000万円を全額一時金で受け取ると、控除後の金額は150万円です。ここに2分の1課税を適用すると、課税退職所得は75万円になります。所得税率は課税所得195万円未満の5%に収まり、復興特別所得税を加えても所得税等は約3.8万円です。
住民税は東京都主税局の説明では、退職所得に対して都民税4%、区市町村民税6%の合計10%がかかります。課税退職所得75万円なら住民税は約7.5万円です。所得税等と住民税を合わせた税負担は約11.3万円、概算手取りは約1988.7万円になります。
| 受け取り方 | 主な前提 | 概算税額 | 概算手取り |
|---|---|---|---|
| 全額一時金 | 勤続35年、退職所得控除1850万円 | 約11.3万円 | 約1988.7万円 |
| 全額10年年金 | 老齢年金180万円に年200万円を上乗せ | 約283.2万円 | 約1716.8万円 |
| 一時金1000万円+10年年金 | 一時金部分は控除内、年100万円を上乗せ | 約151.1万円 | 約1848.9万円 |
この表の年金案は、年金部分の上乗せ所得に最低税率帯の所得税5%、復興特別所得税、住民税10%をかけた単純比較です。所得控除の残り、配偶者の有無、医療費控除、居住自治体の保険料率によって実際の手取りは変わります。ただし、同じ2000万円でも一時金が退職所得控除を厚く使える構造は変わりません。
受給申告書で避けたい20.42%源泉徴収
一時金を選ぶときに見落としやすいのが「退職所得の受給に関する申告書」です。この申告書を勤務先へ提出していれば、支払者が退職所得控除を反映した所得税等を計算し、原則として確定申告は不要です。
提出していない場合は、退職金等の支払金額に対して20.42%の所得税等が源泉徴収されます。2000万円なら408万円を超える源泉徴収になり、確定申告で精算するまで資金が手元に残りません。最終的に還付されるとしても、退職直後の生活資金や住宅ローン返済に影響します。
もう一つの注意点は、短期退職手当等と特定役員退職手当等です。勤続年数が短い退職金や役員としての勤続年数が5年以下の退職手当には、2分の1課税が一部または全部適用されない場合があります。長期勤続の会社員モデルなら影響は限定的ですが、役員退任、転職直後の退職、複数社からの受け取りがある人は別計算になります。
投資戦略として見ると、一時金の強みは、税引き後資金を早く確定できることです。退職所得控除で税負担を抑えたうえで、生活防衛資金、住宅ローン返済、個人向け国債、預金、NISAなどに分けて管理できます。まとまった資金を受け取るため使い過ぎのリスクはありますが、資金配分を自分で設計できる自由度は高いです。
年金受け取りで膨らむ総合課税と保険料
公的年金との合算で変わる課税所得
年金受け取りは、一時金より必ず不利というわけではありません。企業年金や確定拠出年金を年金で受け取る場合は、公的年金等控除の対象になります。厚生労働省の確定拠出年金制度の説明でも、給付時の税制は「年金として受給:公的年金等控除」「一時金として受給:退職所得控除」と整理されています。
問題は、公的年金等控除が「自分の年金収入全体」に対して使われることです。国税庁の速算表では、公的年金等に係る雑所得は、65歳以上で公的年金等以外の所得が1000万円以下の場合、年金収入110万円以下なら0円、110万円超330万円未満なら収入から110万円を差し引きます。330万円以上410万円未満では、収入の75%から27万5000円を差し引く計算です。
モデルケースで老齢年金が180万円だけなら、公的年金等に係る雑所得は70万円です。ここへ退職金2000万円を10年年金として年200万円ずつ受け取ると、年金収入は合計380万円になります。雑所得は380万円×75%-27万5000円で257万5000円です。
つまり、企業年金200万円を上乗せしたことで、雑所得は70万円から257万5000円へ増えます。増加額は187万5000円です。上乗せ部分に所得税5%、復興特別所得税、住民税10%がかかると、追加税負担は年約28.3万円、10年間で約283万円になります。
ここで重要なのは、年金の源泉徴収額と最終税額を混同しないことです。国税庁は、公的年金等の支払い時には一定の控除額を差し引いた額に5.105%を乗じた金額が源泉徴収されると説明しています。ただし、公的年金は年末調整されないため、最終的には確定申告や住民税計算で精算されます。
公的年金等の収入金額が400万円以下で、かつ公的年金等以外の所得金額が20万円以下なら、所得税の確定申告不要制度の対象になります。しかし、これは「税金がかからない」という意味ではありません。源泉徴収や住民税申告、医療費控除などの還付申告とは別に考える必要があります。
10年年金と併用案の概算手取り
全額年金案の弱点は、税率だけではありません。年金収入が増えると、国民健康保険料、後期高齢者医療保険料、介護保険料に波及することがあります。厚生労働省の公的年金シミュレーターQ&Aも、税・社会保険料の試算は概算で、実際の税・保険料率は市区町村で異なるとしています。
自治体の国民健康保険料の説明を見ると、所得割の計算に給与、事業、年金所得等を含める一方、退職所得は含めない扱いが一般的です。長岡京市は令和8年度の国民健康保険料で、所得割に使う前年中の総所得に年金所得等を含める一方、退職所得は含まないと明示しています。
この構造は手取り比較に効きます。一時金は退職時の税額でほぼ完結し、国保料の所得割に反映されにくい一方、年金は毎年の所得として現れます。65歳以上では介護保険料の所得段階にも関わるため、所得税・住民税だけで判断すると年金案を過大評価しやすくなります。
併用案は、この中間です。たとえば1000万円を一時金、残り1000万円を10年年金で受け取るとします。勤続35年なら一時金1000万円は退職所得控除1850万円の範囲内に収まるため、一時金部分の税額は0円です。
一方、年金部分は年100万円です。老齢年金180万円と合わせると年金収入は280万円になり、公的年金等に係る雑所得は170万円です。老齢年金だけの雑所得70万円との差額は100万円です。上乗せ部分に同じく15.105%をかけると、税負担は年約15.1万円、10年で約151万円です。
全額一時金の税負担約11.3万円と比べると、併用案でも税だけで約140万円の差があります。年金受け取りに運用利息や保証利率がつき、受取総額が増える制度なら、その増加分で税と保険料の差を埋められるかを確認する必要があります。税引き前の受取総額だけで「年金の方が多い」と判断するのは危険です。
併用判断を左右する制度改正と損益分岐
2026年以降の受け取り設計では、iDeCoや企業型DCの一時金との順番も重要です。財務省の令和7年度税制改正の大綱では、確定拠出年金の老齢一時金を受けた後、前年以前9年内に会社の退職手当等を受ける場合、退職所得控除額の計算で勤続期間等の重複排除の対象にする改正が示されています。適用は、2026年1月1日以後に老齢一時金を受けている場合で、同日以後の退職手当等に関係します。
簡単にいえば、iDeCoを一時金で先に受け、その後に会社退職金を受ける人は、退職所得控除を二重に大きく使えない可能性が高まります。会社員の退職金2000万円だけを見ると一時金が有利でも、iDeCo、企業型DC、DB、中小企業退職金共済、小規模企業共済が絡むと、受け取り順で結果が変わります。
損益分岐点は、年金受け取りで増える税・保険料を、年金の受取総額増加が上回るかです。今回のモデルでは、全額一時金の税負担は約11.3万円、全額10年年金の税負担は約283.2万円です。差は約271.9万円なので、税負担差だけを埋める最低ラインとして、受取総額に約272万円の上積みが必要です。実際には上積み分にも税や保険料がかかるため、損益分岐はさらに高くなります。
併用案でも同じです。1000万円を10年年金にする場合、税負担差は約140万円です。年金部分の総額が税前で140万円増えることが最初のハードルですが、上積み分の課税と保険料を考えると、必要な増加額はそれを上回ります。予定利率、保証期間、本人死亡時の遺族給付、受給開始年齢、途中一時金化の可否を、勤務先や運営管理機関の資料で確認する必要があります。
また、退職金は投資原資でもあります。一時金で受け取れば、低リスク資産と成長資産を自分で配分できます。年金で受け取れば、資産寿命を延ばしやすく、使い過ぎを抑えられます。金融商品として比較するなら、税引き後キャッシュフロー、運用利回り、流動性、相続時の扱いまで同じ表に置くべきです。
退職前に決めたい受給設計の優先順位
退職金2000万円の受け取り方は、税制だけなら一時金が有利になりやすいです。勤続35年のモデルでは、退職所得控除1850万円と2分の1課税により、税負担は約11万円に抑えられます。年金案は公的年金等控除を使えるものの、老齢年金との合算で毎年の所得が増え、税と保険料の両面で重くなりがちです。
退職前に確認すべき順番は、まず勤続年数と退職所得控除額、次に一時金と年金の税引き後総額、最後に健康保険料と介護保険料です。iDeCoや企業型DCがある人は、会社退職金との受け取り順も確認します。
最適解は「一時金か年金か」ではなく、生活費の安定、投資に回せる余裕資金、制度上の利率、家族構成を合わせた受給設計です。退職金は老後資金の中核です。支給明細を受け取ってから慌てるのではなく、退職予定の1年前から勤務先、金融機関、税理士や社会保険労務士に確認し、手取りベースで比較することが合理的です。
参考資料:
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