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新宿駅近くの千駄ヶ谷住宅跡地が更地で残る本当の理由と国有地行政

by 佐藤 理恵
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新宿駅南西六百メートルの国有空白地

新宿駅から南西へ約600メートル。文化学園大学やオフィスビルに近い渋谷区代々木三丁目に、旧国家公務員宿舎「千駄ヶ谷住宅」の跡地があります。関東財務局の概要図では、所在地は東京都渋谷区代々木3丁目19番1外1筆、面積は9,471.25㎡、用途地域は商業地域、建ぺい率80%、容積率500%です。

これだけの条件を見れば、民間不動産なら「なぜすぐ開発されないのか」と疑問が出ます。ところが、この土地は単なる未利用地ではありません。宿舎削減、自治体取得、価格交渉、留保財産制度、解体撤去という複数の意思決定が重なった、国有財産行政の縮図です。会計的に見ても、売却すれば収入になる土地を国が持ち続ける判断には、短期の現金化だけでは測れない論点があります。

売却益より保有を選んだ国有財産の転換点

宿舎削減から生まれた跡地

千駄ヶ谷住宅跡地の出発点は、国家公務員宿舎の大幅な削減です。財務省は2012年、全国10,684住宅のうち5,046住宅を廃止する方針を示しました。老朽化、耐震性、売却収入、法定容積率の利用状況、業務上の必要性などを見て、今後5年を目途に宿舎戸数を削減するという考え方です。削減によって5.6万戸程度の削減幅を達成し、跡地売却などで約1,700億円の財源を見込む説明もありました。

この文脈では、都心の宿舎跡地は本来、財政貢献のための売却候補になりやすい資産です。新宿駅徒歩圏の土地であれば、売ればまとまった歳入になります。しかし、千駄ヶ谷住宅跡地はその後、一直線に売却へ進みませんでした。理由は、この土地が「売れる土地」であるほど、同時に「再取得できない土地」でもあったためです。

渋谷区議会の2023年6月の委員会記録では、千駄ヶ谷住宅は細い区道を挟んで左右に3棟ずつ、計6棟の宿舎があったと説明されています。地域では「代々木2・3丁目公務員住宅跡地」と呼ばれ、2015年9月に閉鎖されることが決まっていたとされています。2013年には地域住民が南新宿まちづくり検討会を立ち上げ、2014年には閉鎖後の跡地に子育て世帯や高齢者が安心して使える施設を求める要望を区に出しました。

百億円超に見える土地評価

資産価値をざっくり把握するには、近傍の公示地価が参考になります。国土交通省の2026年地価公示で、代々木2丁目20番5外「代々木2-20-12」の標準地は1㎡当たり220万円です。この地点は新宿駅から560メートル、用途地域は商業地域、指定建ぺい率80%、指定容積率500%で、千駄ヶ谷住宅跡地と条件の一部が近い標準地です。

この220万円を9,471.25㎡に単純に掛けると、約208億円になります。もちろん、公示地価は標準地の正常価格であり、9,000㎡超の大規模地の実際の売買価格ではありません。接道、形状、文教地区、解体費、土壌、開発条件、公共利用の制約で価格は変わります。それでも、100億円を大きく超える潜在価値を持つ土地と見るのは自然です。

さらに新宿駅に近い代々木2丁目11番13外「代々木2-11-15」の2026年地価公示は1㎡当たり1,110万円です。こちらは甲州街道沿いの高度な商業地で、千駄ヶ谷住宅跡地とそのまま比較できませんが、新宿駅周辺の地価レンジがいかに広いかを示しています。つまり、この跡地の扱いは「空き地をどうするか」ではなく、国のバランスシート上の大型資産を、いつ、誰に、どの条件で使わせるかという問題なのです。

価格差で止まった渋谷区取得構想の核心

地域要望と福祉施設構想

渋谷区議会では2015年、代々木2・3丁目公務員住宅跡地を区に払い下げてもらえるよう国に要請する請願が採択されたと説明されています。取得後の用途としては、区民住宅、認可保育園、特別養護老人ホームを含む複合施設が想定されていました。都心部で高齢者福祉、子育て、住宅の用地をまとめて確保するのは難しく、地域にとっても区にとっても希少な機会だったわけです。

ただし、公共施設を整備するには、土地代だけでなく建設費、運営費、将来修繕費まで含めた長期負担が発生します。国から見れば、安く売れば国有財産の処分として説明責任が問われます。区から見れば、高すぎる価格で買えば、福祉施設整備の財源を圧迫します。民間M&Aでいえば、売り手は希少資産の市場価値を重視し、買い手は取得後の投資回収や公共サービス効果まで含めて価格を考える構図です。

議会記録によると、2018年の区長答弁では2018年度中の取得を目指す考えが示されていました。しかし、2020年2月に国と区の見積合わせは不調に終わりました。議会での説明では、両者の鑑定価格に大きな開きがあったとされています。ここが、この土地の運命を分けた重要な節目です。

見積合わせ不調後の留保財産化

見積合わせがまとまらなかった後、国は2020年9月、この土地を留保財産としました。関東財務局の留保財産一覧でも、東京都渋谷区代々木3丁目19番1外1筆、面積9,471.25㎡、用途地域商業、建ぺい率80%、容積率500%、留保財産決定年月日2020年9月17日と確認できます。

留保財産とは、有用性が高く希少な国有地を売却せず、国が所有権を持ったまま、地域や社会のニーズを踏まえて定期借地権による貸付けで活用する仕組みです。財務省の資料では、都市部のまとまった国有地は一度売ると再取得が難しく、将来のまちづくり需要に対応できなくなるという考え方が示されています。

この制度転換は、千駄ヶ谷住宅跡地にとって決定的でした。売却なら、区が買うか、民間が買うか、価格で決着しやすい面があります。定期借地なら、国は所有権を残せますが、利用方針の策定、地方公共団体との協議、民間ニーズ調査、公的利用要望、二段階一般競争入札など、手続きは長くなります。土地は財務上の資産であると同時に、将来の政策オプションになるからです。

関東財務局の2026年8月19日時点のページでは、旧千駄ヶ谷住宅跡地は留保財産一覧のNo.15に載っています。一方で、同じページの「利用方針の策定状況」には、目黒区駒場、昭島市、文京区小日向、渋谷区神宮前などの利用方針が掲載されているものの、No.15の利用方針は確認できません。公開情報で見る限り、所有権を留保する方針は決まったが、具体的に何を入れるかはなお難航していると読めます。

解体契約後も残る利用方針未定の重さ

2024年には、管理段階から解体段階への移行が見えました。関東財務局東京財務事務所の旧千駄ヶ谷住宅警備委託業務の入札公告では、業務期間を2024年4月1日から2025年3月31日までとしつつ、期間内に解体工事を予定しているため、解体工事の請負契約が締結された場合は契約日の前日までを警備期間とする旨が示されています。

さらに関東財務局の契約一覧では、2024年7月18日に「令和6年度国有建物等解体撤去工事(渋谷区代々木三丁目)」が契約されています。場所は東京都渋谷区代々木3-19-1ほか、期間は2024年7月18日から2026年2月27日まで、契約金額は3億7,840万円、応札者は3者です。建物を壊すだけでも数億円規模の支出が先行する点は見落とせません。

ただし、解体はゴールではありません。建物がなくなれば、防犯や火災の懸念は減りますが、土地の使い道が決まらなければ、白い囲いの状態は続きます。会計上は、未利用資産を保有する間も管理コストと機会損失が発生します。周辺住民から見れば、地域の安全や街並みの問題です。国から見れば、将来世代に残すべき希少地を急いで売らない判断です。この三つの時間軸がそろわないことが、跡地問題を長引かせています。

読者が追うべき公開資料と判断材料

今後の焦点は、関東財務局が旧千駄ヶ谷住宅跡地の利用方針案をいつ示すかです。利用方針に福祉、住宅、防災、広場、商業、教育などの機能がどう位置づけられるかで、地域への影響も収益性も変わります。定期借地なら、借地期間、事業者選定方式、公的利用要望の有無も重要です。

不動産として見るなら、地価だけでなく、容積率500%をどこまで実際に使えるか、前面道路や周辺環境の制約、文教地区との関係を確認すべきです。公共資産として見るなら、売却収入を得る機会を捨ててでも、国が所有権を残す合理性があるかを見なければなりません。千駄ヶ谷住宅跡地は、都心の空き地ではなく、国有財産の「現金化」と「公共的オプション」の衝突が表面化した土地なのです。

参考資料:

佐
佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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