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時短勤務のしわ寄せでエース退職、柔軟勤務の評価と人員設計再考

by 小林 美咲
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はじめに

柔軟な働き方は、育児、介護、治療、学び直しを抱える人が仕事を続けるための重要な土台です。短時間勤務、テレワーク、時差出勤、勤務時間の中抜けは、離職を防ぎ、採用競争力を高める制度として広がっています。

一方で、制度利用者が午後4時に退勤した後の急ぎの案件、顧客対応、会議後の修正、翌朝までの資料作成を、同じ人が毎回引き受けている職場もあります。問題は、制度そのものではありません。業務量、責任、評価、代替要員を設計しないまま「助け合い」で回そうとする運用です。

本稿では、育児・介護休業法の改正、労働力調査、国内外の柔軟勤務調査を手がかりに、柔軟な働き方が現場のエースを疲弊させる構造と、管理職・人事が取るべき実務策を整理します。

制度拡大で増える柔軟勤務の選択肢

法改正で標準化する両立支援

日本の両立支援制度は、企業の任意施策から標準的な雇用管理へ移りつつあります。厚生労働省は、3歳未満の子を養育する労働者について、原則1日6時間の短時間勤務制度を事業主が講じる必要があると説明しています。2025年4月からは、短時間勤務が難しい業務の代替措置にテレワーク等も加わりました。

さらに2025年10月からは、3歳から小学校就学前の子を養育する労働者に対し、事業主が柔軟な働き方を実現する措置を2つ以上選ぶ義務が始まります。選択肢には、始業時刻の変更、月10日以上のテレワーク等、保育施設の設置運営、年10日以上の養育両立支援休暇、短時間勤務制度が含まれます。

制度の方向性は明確です。企業は「制度を使わせるかどうか」ではなく、「制度利用を前提に仕事をどう組み替えるか」を問われる段階に入っています。これは子育て社員への配慮にとどまりません。介護離職防止、慢性疾患との両立、学び直し、地域活動との両立にもつながる、働く力の再設計です。

ただし、制度が増えるほど現場の調整難度は上がります。短時間勤務者、フルタイム勤務者、在宅勤務者、出社必須の人が混在すれば、会議時間、顧客対応、締め切り、引き継ぎの粒度をそろえなければなりません。人事制度だけが先に進み、業務設計が古いままだと、柔軟性は一部社員の余白を食いつぶす仕組みに変わります。

時間の自由度が持つ大きな価値

柔軟な勤務時間への需要は、単なるわがままではありません。総務省の労働力調査では、2025年平均の非正規雇用者が2128万人となり、非正規の仕事を選んだ主な理由で最多だったのは「自分の都合のよい時間に働きたいから」の757万人でした。男性228万人、女性529万人で、男女とも最多理由です。

正社員にとっても時間の自由度は大きな価値を持ちます。リクルートワークス研究所は、全国就業実態パネル調査2024を用い、勤務時間の自由度が改善した場合の満足度上昇は、年収475.9万円の人にとって342.0万円の年収増に相当すると推計しました。中抜けの自由度にも、同じく高い満足度向上効果が示されています。

海外では、働く時間を短いブロックに分ける「マイクロシフティング」も注目されています。Owl Labsの2025年米国調査では、働く人の65%が、エネルギーや責任、作業特性に合わせて短く非連続のブロックで働くスタイルに関心を示しました。子どもの送迎、通院、介護、集中作業を組み合わせる働き方です。

この流れを採用市場の観点から軽視するのは危険です。同調査では、柔軟な勤務時間のために平均で年収の9%を犠牲にしてもよいという回答も示されています。企業にとって柔軟性は、賃上げだけでは補えない魅力になります。だからこそ、現場を壊さない運用設計が競争力の条件になります。

現場で起きるしわ寄せの構造

善意に依存するフォローの限界

短時間勤務者がいる職場で起きる典型的な失敗は、本人の勤務時間だけを短くし、チームの業務量を変えないことです。午後4時以降の問い合わせ、翌朝までの確認、会議後の追加作業は、誰かが引き受ける必要があります。その「誰か」が毎回同じ人なら、制度利用者と支援者の双方に負担がたまります。

HRzineが報じたMS-Japanの2025年調査では、育休や時短社員の業務を代替・支援した経験者の77.6%が課題を感じたと回答しました。課題の最多は「業務量の増加による負担・疲労」の65.4%です。通常業務への支障、ワークライフバランスの崩れ、評価や報酬の不十分さも挙がっています。

同調査で、業務代替者への手当や新たな人員配置など、何らかの制度または実質的対応がある企業は35.3%にとどまりました。制度や対応がない企業は64.7%です。つまり、両立支援の制度利用は広がっても、支える側の制度設計はまだ追いついていません。

マンパワーグループも、時短勤務者と一緒に働く社員に起きる不満として、業務のしわ寄せ、評価への不公平感、会社や上長のサポート不足を挙げています。特に、増員やアウトソーシングがないまま業務だけが上乗せされると、支援者は制度利用者本人ではなく、会社の運用に対して不信感を強めます。

不公平感を生む評価と報酬の空白

職場の不公平感は、単に「自分の方が長く働いている」という感情から生まれるわけではありません。多くの場合、見えない引き継ぎ、突発対応、調整役、心理的な待機時間が評価されないことから生まれます。制度利用者の退勤後に仕事を閉じる人ほど、評価面談では「通常業務をこなしただけ」と扱われがちです。

筑波大学の小野宏美氏による2025年の研究は、男性の長期育休を取った同僚を知る男性労働者への聞き取りから、支援的な職場風土が育休への支持を促す一方、過度な業務負荷や仕事の引き受けへの否定的感情が不公平感につながることを示しました。最初は賛成していた人でも、負担が積み上がれば支持が弱まるという構図です。

これは育休に限らず、時短勤務、介護休暇、治療との両立、マイクロシフティングにも共通します。制度を利用する人を責めない文化は必要ですが、それだけでは足りません。支援者の時間と成果を正当に扱わなければ、両立支援は「声を上げた人だけが守られ、黙っている人が削られる制度」と受け止められます。

燃え尽きのリスクも見逃せません。SHRMの2024年調査では、米国の被雇用者1405人のうち44%が仕事で燃え尽きを感じ、45%が感情的に消耗し、51%が一日の終わりに使い切られた感覚を持つとされました。燃え尽きた人は転職活動に向かいやすく、組織への追加貢献も下がります。

現場のエースが辞表を出すのは、1回の残業が原因ではありません。「困ったときは彼に頼む」という例外処理が日常化し、感謝はされても設計は変わらず、評価も報酬も変わらない状態が続くからです。柔軟な働き方の副作用は、制度利用者と支援者を対立させることではなく、会社が負担配分の責任を曖昧にすることです。

マイクロシフティング導入の実務条件

成果単位と引き継ぎ単位の再設計

マイクロシフティングは、単に「好きな時間に働く」制度ではありません。Owl Labsは、個人のエネルギー、責任、生産性の波に合わせて短い非連続ブロックで働く構造として説明しています。Indeedも、Owl Labsが2025年調査でこの言葉を用いたと紹介し、職種や個人により実践形態は大きく異なると整理しています。

日本企業が取り入れるなら、最初に必要なのは成果単位の分解です。会議に出る、メールを返す、資料を作るという活動単位ではなく、何をいつまでに、どの品質で、誰に渡すかを明確にします。たとえば「顧客Aへの一次回答を15時までに作成」「法務確認に回す論点を3点に整理」「翌朝会議用の意思決定案を作る」という粒度です。

次に必要なのは、引き継ぎ単位の設計です。短時間勤務者が午後4時に退勤するなら、午後3時30分時点で未完了リスク、判断待ち事項、顧客への次回連絡、代替担当者の権限範囲を共有する仕組みが要ります。チャットに「よろしくお願いします」と残すだけでは、受け手は前提確認から始めることになり、実質的な作業時間が膨らみます。

会議設計も変える必要があります。Owl Labsの調査では、米国労働者の59%が通常の勤務時間中に私用の予定を入れ、82%が午後4時までに会議を終えたいと回答しています。日本でも、子どもの迎えや介護サービスの時間は動かしにくいものです。重要会議を夕方に固定する運用は、柔軟勤務者だけでなく、支援者の残務も増やします。

エース社員を孤立させない人員配置

人手不足の時代には、柔軟勤務の導入がさらに難しくなります。厚生労働省の2024年版労働経済白書は、2010年代以降の人手不足が長期かつ粘着的に生じている可能性を指摘しました。小売・サービス分野では、人手不足事業所ほど離職率が高く、離職防止には賃金、有給休暇、時間外労働など労働環境の整備が重要だと整理しています。

ここで重要なのは、人手不足だから柔軟勤務を諦めるのではなく、人手不足だからこそ属人化を減らすことです。白書は、小売・サービス分野の正社員について、バックヤード業務負担の軽減、多様な働き手が活躍できる環境、仕事の内容やスキルを評価して給料に反映する仕組みを人手不足緩和に効果的な取組として挙げています。

柔軟勤務の現場でも同じです。特定のエースだけが顧客事情、例外処理、社内調整、人間関係を知っている状態では、誰かの勤務時間が短くなるたびにその人へ負担が集中します。業務マニュアルを増やすだけでなく、判断基準、権限移譲、代替担当者、繁忙時の応援ルールを日常的に整える必要があります。

具体策は3つあります。第1に、フォロー業務を評価項目に入れることです。HRzineの調査では、あったらよい制度として「フォローへの貢献を人事評価に反映」が40.0%、「手当の支給」が39.5%でした。支援を美談にせず、成果と負荷として扱うことが出発点です。

第2に、業務量を本人単位ではなくチーム単位で減らすことです。短時間勤務者が1日2時間短く働くなら、チームの総稼働は減っています。会議、報告資料、二重入力、承認待ちなどを削らずに「効率化で吸収」と言うだけでは、吸収する人が固定化します。業務棚卸しは、制度利用の前後ではなく制度導入時点の必須工程です。

第3に、代替要員を常に正社員採用だけで考えないことです。派遣、業務委託、社内副業、短時間の応援枠、RPAや生成AIによる下処理など、仕事の一部を外へ出す選択肢があります。ただし、外部化すべきなのは判断そのものではなく、定型作業、記録、集計、下書き、日程調整のような周辺業務です。判断業務を支える余白を作ることが目的です。

注意点・展望

柔軟な働き方をめぐる最大の誤解は、制度利用者と支援者のどちらかを悪者にすることです。時短勤務者が早く帰ることは、制度上も生活上も正当な選択です。同時に、支援者が負担の偏りに不満を持つことも正当です。対立の原因は人ではなく、負担配分を見える化しない管理にあります。

もう1つの誤解は、成果主義にすれば自然に解決するという考え方です。成果だけを見る制度では、調整、引き継ぎ、緊急対応、他者の仕事を止めないための準備が過小評価されます。柔軟勤務の評価制度には、個人成果、チーム貢献、フォロー負荷、業務改善の4つを分けて扱う視点が必要です。

今後は、育児だけでなく介護と治療の両立がより大きな課題になります。介護は開始時期も終わりも読みにくく、短時間勤務より突発的な離脱が増えやすい領域です。マイクロシフティングのような働き方は、介護や通院には相性がよい一方、チーム運営には高い設計力を求めます。

企業が取るべき方向は、制度を増やすことだけではありません。利用申請のしやすさ、業務量の調整、支援者への評価、代替要員の予算、会議時間のルールを一体で整えることです。柔軟勤務は福利厚生ではなく、組織学習と人材定着の仕組みとして扱う段階に来ています。

まとめ

柔軟な働き方は、人材確保と離職防止に欠かせない選択肢です。短時間勤務やマイクロシフティングは、働く人の生活制約を職場に持ち込む制度ではなく、生活制約を前提に仕事を続けるための現実的な設計です。

しかし、制度利用者の勤務時間だけを変え、仕事量と責任を変えなければ、負担は静かに支援者へ移ります。現場のエースが限界を迎える前に、企業はフォロー業務を見える化し、評価と報酬に反映し、業務量と人員配置を組み替える必要があります。

次の一歩は、制度一覧を増やすことではありません。誰が、いつ、何を引き受け、どの負荷が評価され、どの業務を減らすのかをチーム単位で決めることです。助け合いを持続可能にするには、善意を制度で支える設計が必要です。

参考資料:

小林 美咲

キャリア・教育

キャリア形成・教育改革・リスキリングなど、人と学びの接点を取材。変化する時代に求められる「働く力」を問い続ける。

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