英国人と駆け落ちした女性にみる国際結婚50年と日本社会の現実
半世紀の越境婚が映す日本社会
「英国美男子と駆け落ち」という強い言葉で紹介された73歳女性の歩みは、個人の恋愛譚にとどまりません。50年前の日本で、日本人女性が英国人と結婚し、日本を離れる決断をしたという事実には、当時の社会の空気、家族観、制度の不便さが凝縮されています。今の感覚では「国際結婚は珍しくない」と思いがちですが、1970年代の日本では事情がかなり違いました。
しかも、長い結婚生活の本質は、結婚の瞬間よりも、その後の生活設計にあります。言語の違い、親族関係、子育て、看病、老い、看取りまで含めて関係を維持できるかどうかが問われます。本稿では、この女性の半世紀を入り口に、日英国際結婚が置かれてきた環境と、いまも残る課題を独自調査に基づいて整理します。
1970年代の希少性と制度の重さ
少数派だった国際結婚の位置づけ
厚生労働省の人口動態統計によると、日本で「夫妻の一方が外国」であった婚姻件数は、1970年が5,546件、1975年でも6,045件でした。同じ年の総婚姻件数は1970年が1,029,405件、1975年が941,628件です。比率にすると、国際結婚はまだごく小さな存在だったことがわかります。家族や地域社会が前例を持ちにくく、結婚相手が外国人であるだけで大きな不安や反対が生まれやすい環境でした。
一方で、現在の日本は人の往来も居住も大きく変わっています。出入国在留管理庁の公表では、在留外国人数は2025年末に412万5,395人と初めて400万人を超えました。同庁の広報資料では、2015年末の在留外国人数が223万2,189人と示されており、この10年で外国人の居住が日本社会の日常へかなり入り込んだことが読み取れます。にもかかわらず、国際結婚は「増え続ける普通の選択肢」というより、ピークを経て再編されてきた分野です。nippon.comが厚労省統計を基にまとめた記事でも、国際結婚は2006年の4万4701組をピークに減少傾向が続いたと整理されています。
反対の背景と手続きの現実
家族の反対は感情論だけではありません。1998年の家族社会学研究では、夫外国人・妻日本人の国際結婚に対する親の反応には、相手の出身地域や宗教、学歴などが影響していたと報告されています。相手が欧米出身なら無条件に受け入れられたわけではなく、親世代の価値観や情報不足が強く作用していたことを示す材料です。
制度面も軽くはありません。外務省によると、日本人が外国人と外国方式で婚姻した場合、日本人側は婚姻成立日から3カ月以内に在外公館か日本の市区町村役場へ届け出る必要があり、婚姻証明書原本と和訳文、外国人配偶者の国籍を証する書面などが求められます。英国側でも、GOV.UKは、英国籍者が日本で結婚する際には婚姻可能証明に当たる affirmation または affidavit が必要で、パスポート、出生証明書、住所証明などをそろえるよう案内しています。情報取得が今より難しかった1970年代なら、当事者にとって結婚は「祝福される手続き」というより「突破する手続き」に近かったはずです。
愛情だけでは続かない生活設計
言語と家族役割の再交渉
国際結婚が長続きするかどうかは、恋愛感情の強さだけでは決まりません。1996年の研究では、国際結婚は配偶者選択の問題にとどまらず、相手国で暮らす側が言語、法的権利、親子関係の形成で追加の困難を抱えやすいと論じられています。つまり、結婚後の摩擦は「文化が違うから仕方ない」で済む話ではなく、どちらが相手の社会に合わせる負担を多く引き受けるかという非対称性の問題でもあります。
子どもがいる場合は、さらに論点が増えます。2014年の異文化間教育学会の研究では、国際結婚家庭では子どもが自然に二言語を獲得するわけではなく、どの言語で育てるかは大きな課題になると指摘されています。家庭内の言語選択には、親の意志だけでなく、周囲の学校環境や地域社会の支えも必要です。国際結婚をめぐる記事がロマンスに寄りがちなのに対し、実際の暮らしは、日々の会話、親族との距離感、子どもの言語教育といった地味で継続的な交渉の積み重ねです。
その一方で、長く続く関係に共通する知恵も見えています。2010年の看護研究では、日本人男性と結婚した中国人女性たちが、関係構築のために「結婚生活を長期的視点でとらえる」「相手を尊重する」「思いを伝えあう」といった実践を重視していたと報告されました。国籍は違っても、半世紀単位の結婚を支える要素は、派手な価値観の一致より、違いを前提にした調整能力だと考えるほうが実態に近いでしょう。
看病と看取りまで続く夫婦関係
今回の題材が重いのは、結婚生活の終盤に介護と看取りが入ってくるからです。国際結婚の議論では、結婚までの障壁や離婚の難しさが注目されがちですが、長く連れ添った夫婦にとっては、病気になった後の支え方も決定的な局面です。2025年の緩和医療の研究でも、がん化学療法を受ける患者の家族は、介護、通院支援、社会生活の補助などを通じて身体的、精神的、経済的負担を抱えると整理されています。
ここで重要なのは、国際結婚だからこそ老後が特別に不安定になる、という単純な話ではないことです。むしろ、一般の夫婦が直面する介護負担に加えて、親族が海外にいる、母語が異なる、制度説明が複数言語にまたがる、といった負荷が乗りやすい点に特徴があります。半世紀続いた結婚を語るとき、本当に問われるのは「どう出会ったか」より、「病気や老いの局面で、互いをどう支えたか」です。
誤解されやすい論点と今後の視界
よくある誤解は二つあります。第一に、今は外国人居住者が増えたから国際結婚の苦労も薄れた、という見方です。実際には、制度手続き、多言語対応、親族関係、子どもの言語教育など、課題の中身が変わりながら残っています。第二に、国際結婚の難しさを「文化差」だけで説明する見方です。研究を見ても、問題の多くは情報格差、支援不足、役割負担の偏りとして表れます。
今後、日本社会で外国人住民がさらに増えるなら、自治体や医療機関、学校、相談窓口が、国際結婚家庭を特別視せずに支える仕組みを厚くする必要があります。とくに老いと介護の局面では、配偶者の国籍よりも、相談先のわかりやすさ、多言語での説明、家族介護者への支援が実際の生活を左右します。半世紀前に「駆け落ち」と見えた選択を、いまの社会がどこまで普通の人生設計として受け止められるかが問われています。
73歳女性の半生が問う国際結婚の生活課題
英国人と結婚するために日本を離れた73歳女性の半生は、日本社会がどこまで変わり、どこがまだ変わっていないかを映す材料です。1970年代には件数の少なさと情報不足が壁になり、現在は外国人居住者の増加で環境が開かれた一方、手続き、言語、介護の負担は依然として重いままです。
国際結婚を特別な恋愛として消費するのではなく、移動、家族、老い、ケアを含む生活の問題として読むことが重要です。今回の題材が示す価値は、異文化の華やかさではありません。違いを抱えたまま、長い時間を一緒に生き抜くために何が必要かという、きわめて現実的な問いです。
参考資料:
- 厚生労働省:人口動態統計年報 主要統計表(最新データ、年次推移)
- 出入国在留管理庁:令和7年末現在における在留外国人数について
- 出入国在留管理庁:数字でわかる出入国在留管理
- 外務省:戸籍・国籍関係届の届出について
- GOV.UK: Confirm you’re free to get married in Japan
- 国際結婚に対する社会の寛容度
- 国際結婚が家族社会学研究に与えるインパクト
- 国際結婚家庭の言語選択と社会的要因―韓日国際結婚家庭の日本語の継承を中心として―
- 国際結婚した中国人女性と日本人男性の家族関係構築にむけた知恵に根ざした諸行動
- がん化学療法が患者家族のQOLへ与える影響—Caregiver-reported outcomeによる調査
- 国際結婚に注目集まる—「マッサン」効果?
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