kinyukeizai.com
kinyukeizai.com

「終わった」はずの香港市場が世界首位を奪還した理由

by 松本 浩司
URLをコピーしました

HKEX世界首位奪還と香港復活劇

「香港は終わった」——2020年の国家安全維持法の施行以降、こうした言説が世界中で飛び交いました。外資企業の撤退、人材の大量流出、国際金融センターとしての地位低下。かつてアジア最大の金融都市と呼ばれた香港の輝きは失われたと多くの人が考えていました。

しかし2025年、香港証券取引所(HKEX)はIPO(新規株式公開)調達額で6年ぶりに世界首位を奪還しました。ハンセン指数は年間で約28%上昇し、2017年以来の好パフォーマンスを記録しています。この劇的な復活はなぜ起きたのでしょうか。

本記事では、香港市場の「復活劇」の背景にある構造的な変化と、今後の展望について解説します。

IPO市場で世界首位を奪還した香港

6年ぶりの快挙を支えた要因

KPMGの報告によると、2025年にHKEXでのIPO調達総額は約2800億香港ドル(約360億米ドル)に達し、前年比で218%の大幅増加となりました。これはニューヨーク証券取引所やインドの証券取引所を上回り、2019年以来初めての世界首位です。

この急成長を牽引したのが、中国本土企業によるA+H株の同時上場です。上位10件のIPOだけで約1547億香港ドルを調達し、全体の半分以上を占めました。1件あたりの平均調達額も前年比で137%増加しており、大型案件の集中が顕著でした。

活発な上場申請が示す勢い

2025年12月時点で、HKEXには過去最高となる300件超の上場申請が待機中でした。そのうち92件がA+H株の上場申請であり、中国本土企業の香港市場への関心の高さを物語っています。

PwCの予測では、2026年のIPO調達額は3200億〜3500億香港ドルに達する見込みです。香港市場は一過性のブームではなく、構造的な成長軌道に乗りつつあるといえます。

DeepSeekが点火したAIテック相場

中国AIの台頭がもたらした転換点

2025年1月27日、中国の新興AI企業DeepSeekが低コストで開発した大規模言語モデル「R1」を公開しました。この出来事は香港株式市場にとって大きなターニングポイントとなりました。

DeepSeekの成功は、中国のテクノロジー企業が米国に対抗しうる技術力を持つことを市場に再認識させました。これを受けて、香港に上場するテック企業の株価が急騰しています。

ハンセンテック指数の強気相場入り

2025年2月、ハンセンテック指数は1月の安値から20%以上の上昇を記録し、強気相場入りを果たしました。同指数で大きなウェイトを占める小米(シャオミ)やアリババグループはそれぞれ約30〜40%の値上がりを見せています。

2026年初頭には、中国のAI半導体企業である上海壁仞科技(Biren Technology)が香港市場にIPOし、初日に約120%の急騰を記録しました。AIチップ分野での注目度の高さが、香港市場全体への資金流入を後押ししています。

中銀国際はDeepSeekの成功を受けて、ハンセン指数の目標値を従来の22000ポイントから25700ポイントに引き上げました。

中国本土マネーの大量流入

不動産不況が生んだ資金シフト

香港市場の復活を語るうえで欠かせないのが、中国本土からの資金流入です。中国では不動産市場の長期低迷により、行き場を失った巨額の余剰貯蓄が存在しています。その資金がストックコネクト制度(サウスバウンド取引)を通じて香港市場に流れ込んでいます。

香港取引所の2025年4〜6月期の純利益は前年同期比41%増の44億香港ドルとなり、四半期として過去最高を更新しました。中国本土の投資家による活発な売買が、この好業績を支えています。

外資に代わる新たな資金の担い手

国家安全維持法の施行後、一部の外資系金融機関が香港から撤退しました。しかし、その空白を中国本土の投資マネーが埋める構図が鮮明になっています。

香港に拠点を置く米国企業数は2022年時点で1258社と4年連続で減少しました。一方で、中国本土からの資金流入は年々拡大し、香港市場の取引高に占める本土投資家の比率は着実に上昇しています。市場の性格が「国際金融センター」から「中国マネーのゲートウェイ」へと変質しつつあるともいえます。

国際金融センターとしての地位と課題

GFCI(世界金融センター指数)での評価

2025年9月に発表されたGFCI第38号では、香港はニューヨーク、ロンドンに次ぐ世界第3位の地位を維持しました。4位のシンガポールとの差はわずか1ポイントまで縮小しているものの、香港が上位を保っている状況です。

2025年3月のGFCI第37号では香港がシンガポールに10ポイントの差をつけており、年を通じてその優位性が徐々に縮まる展開が続いています。

人材流出への対策

国家安全維持法施行後の人口流出に対し、香港政府は「トップタレントパス」と呼ばれるビザ制度を導入しました。この制度を通じて約5万9000人が承認を受けており、高度人材の呼び込みを進めています。

ただし、表現の自由や司法の独立性に対する懸念は依然として残っており、欧米の金融専門人材にとって香港の魅力が完全に回復したとはいい切れない面もあります。

本土依存と米中対立が揺らす2026年香港

香港市場の復活は目覚ましいものがありますが、いくつかのリスク要因も存在します。

まず、市場の中国本土依存度の高まりです。外資の存在感が薄れ、中国本土マネーへの依存が強まることは、中国経済の減速がそのまま香港市場の下落につながるリスクを意味します。

次に、米中関係の不確実性です。テクノロジー分野での対立が続くなか、中国テック企業への制裁が強化されれば、香港市場にも直接的な影響が及ぶ可能性があります。

また、2026年3月時点でハンセン指数は年初来で約4%の上昇にとどまり、月間では一時6%以上の下落を記録するなど、地政学リスクによるボラティリティも高まっています。

一方で、IPO市場の好調が続く見通しや、AIテック分野での中国企業の成長期待は、香港市場にとって強力な追い風です。2026年もIPO調達額で世界トップの座を守れるかどうかが、香港の「復活」が本物かを測る一つの指標となるでしょう。

IPO首位・AI相場・本土マネーの二面性

「終わった」と見なされた香港市場は、IPO世界首位の奪還、AIテック相場の活況、中国本土マネーの大量流入という3つの柱に支えられ、力強い復活を遂げています。

ただし、その市場構造は以前とは大きく異なります。国際的な多様性から中国本土依存へとシフトしつつあり、それが強みにも弱みにもなりうるという二面性を持っています。

投資家にとっては、香港市場の「復活」の質を見極めることが重要です。IPOの実績やテック株の動向に加え、資金フローの構造変化や地政学リスクを総合的に評価したうえで判断することが求められます。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

関連記事

Starlinkが変えるSpaceXの収益構造と巨額AI戦略

日本のauやSoftBankでも衛星スマホ通信が始まるなか、SpaceXのIPO資料で浮かんだ主役はロケットではなく、10.3百万契約を抱えるStarlinkだった。Direct to Cellで圏外市場を広げる一方、xAI統合と軌道上データセンター構想は巨額投資と半導体リスクを伴う。収益構造と投資判断の焦点を解説。

Credo株急騰の理由、AIデータセンター配線覇者の実力と死角

AIデータセンターの高速接続で存在感を高めるCredo。AEC市場シェア、2026年度売上13.35億ドル、光接続への拡張、顧客集中と高バリュエーションのリスクを踏まえ、株価急騰が利益成長で正当化されるのかを、銅線と光の技術競争、主要顧客の投資サイクル、粗利益率の変化から今後の焦点を整理し投資家目線で読み解く。

三菱重工のAI電力需要とGTCC利益率改善を読む長期投資視点

三菱重工はFY2025に受注7.65兆円、事業利益4322億円を計上し、GTCCと防衛が成長を牽引した。AIデータセンターの電力需要、アフターサービス収益、工場改革、海外防衛案件が利益率をどこまで押し上げるかを、株式市場の評価軸、受注残、キャッシュフロー、リスク要因まで含めて深く投資家目線で読み解く。

SKハイニックス米ナスダック上場、AI半導体覇権争奪の資金戦略

SKハイニックスが米ナスダックでADR上場を計画し、45.45兆ウォン規模の資金調達を狙う。HBM首位の技術力、NVIDIA向け需要、EUV投資、韓国市場とMicronへの波及を整理。単なる二重上場ではなく、供給制約下で設備能力と投資家基盤を同時に拡張する戦略として、AI半導体競争の次の焦点を読み解く。

AI外骨格Hypershell Xが登山を変える可能性と課題

Hypershell Xは腰のモーターとAI制御で脚上げを補助する消費者向け外骨格です。高尾山のような低山で効く場面、公式価格899ドルからの現実味、電池・装着感・下り坂・混雑路の課題、医療機器ではない限界を、電動アシスト自転車との違いも含め、実機レビューと公式仕様から技術と産業動向の両面で読み解く。

最新ニュース

日本の施工能力不足で再開発も公共工事も止まる建設費高騰の真因

建設投資は2026年度に80兆9400億円へ拡大する一方、技能者はピーク比65.3%に縮小。資材指数、労務単価、主要40社の決算、入札契約調査を照合し、再開発と公共工事を止める施工能力不足、受注選別、予定価格の硬直性、下請け網の薄さという建設費高騰の真因と、発注者・投資家が見るべき実務上の指標を読み解く。

Credo株急騰の理由、AIデータセンター配線覇者の実力と死角

AIデータセンターの高速接続で存在感を高めるCredo。AEC市場シェア、2026年度売上13.35億ドル、光接続への拡張、顧客集中と高バリュエーションのリスクを踏まえ、株価急騰が利益成長で正当化されるのかを、銅線と光の技術競争、主要顧客の投資サイクル、粗利益率の変化から今後の焦点を整理し投資家目線で読み解く。

自宅ルーター悪用の深刻な現実、IoT犯罪中継から家を守る最新対策

家庭用ルーターやネットワークカメラが乗っ取られると、DDoS攻撃や不正アクセスの発信元に見える危険があります。NOTICEの2026年5月観測では推測容易なID・パスワード機器が月1万1315件。米司法省のSOHOルーター事案も踏まえ、警察沙汰を避ける点検、更新、買い替え判断を家庭側の実務として解説。

最新版有名企業400社就職率トップ50で読む大学選びの新基準

有名企業400社実就職率ランキングで豊田工業大学が57.6%で首位となった背景を、大学通信の算出方法、理工系上位校の構造、厚労省の就職率98.0%、リクルートワークスの大卒求人倍率1.66倍をもとに検証。就活支援の実態や大学院進学率の影響も含め、知名度だけで進学先を選ばないための確認ポイントを解説。

グリーンランドレアアースで問われるトリウム備蓄と日本の責任論

グリーンランドなどのレアアース開発では、ウランやトリウムを含む放射性副産物の管理が避けられません。中国が2025年に重希土類の輸出管理を強め、供給網の脆さが露呈しました。JOGMECの国家備蓄、インド型の資源管理、環境責任を手がかりに、日本が「使うだけ」の立場を超える条件と資源外交の論点まで読み解く。