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日本中古電車の輸入再開で露呈するインドネシア国産化政策の深い壁

by 佐藤 理恵
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輸入再開論が浮上したジャカルタ通勤鉄道

インドネシアで、日本の中古電車を再び輸入する案が現実味を帯びています。2023年には「国内産業を優先する」として中古KRL(電車)の輸入に否定的だった政府方針が、2026年9月以降は条件付きの容認に傾きました。背景にあるのは、ジャカルタ首都圏の通勤鉄道需要の増加と、国産車両供給の立ち上げが同じ時期にぶつかったことです。

焦点は、単なる「中古か新車か」ではありません。国営鉄道KAI、通勤鉄道を担うKAI Commuter、国産メーカーINKA、そして輸入規制を所管する省庁の間で、公共交通の継続性と産業育成の優先順位が再調整されています。財務と供給能力の両面から見ると、今回の輸入再開論は国産化政策の失敗ではなく、急成長する都市交通に産業政策が追いつくまでの時間をどう買うかという問題です。

老朽車両と需要増が生んだ供給ギャップ

2023年判断の前提

2023年に中古KRL輸入が退けられた時点では、政府側には「現有車両で対応できる」という見立てがありました。国営監査機関BPKPのレビューに基づき、当時の運用可能なKRLは1114両とされ、休止中48両や一時転用中36両も把握されていました。混雑はピーク時に偏っているとの説明もあり、政府は運行管理や未稼働車両の活用を優先する姿勢を示しました。

同時に、産業政策上の論理も明確でした。工業省は2023年5月、中古KRL輸入への推薦を出さない方針を維持し、国内生産を支えるP3DN(国産品使用拡大)政策との整合性を重視しました。政府は中古輸入を止める代わりに、新造車両の購入、既存車両の改修、INKAへの発注を組み合わせる道を選んだのです。

ただし、この判断には大きな前提がありました。需要増が予測の範囲内に収まり、INKAの納入が計画通り進み、既存の日本製中古車両が安全に運用できることです。2026年に入ると、この三つの前提が同時に揺らぎました。

需要増と老朽化の同時進行

KAIの公表値では、KAI Commuterは2026年1〜7月に2億4293万2764人を運び、前年同期比で6.65%増えました。このうちJabodetabekのCommuter Lineだけで2億1046万8029人を占め、同地域が事業の中核であることが分かります。2026年1〜8月ではKRL Jabodetabekの利用者が2億7720万人に達したとの発表もあり、2015年の2億5700万人、2025年の4億100万人という長期増加の延長線上にあります。

問題は、利用者が増える一方で、主力車両の高齢化が急速に進んでいる点です。KAIのボビー・ラシディン社長は、2028年には一部の日本由来車両が45年級に達し、部品確保や金属疲労が制約になると説明しています。KAIは2031年までに少なくとも87編成の更新が必要と見ており、2026年だけでも納入遅れや13編成の保全措置により最大22編成の不足を見込んでいます。

日本の中古電車は、ジャカルタの輸送力を長く支えてきました。JICAの調査は、2000年以降の日本製中古車両の移転が輸送力不足による混雑緩和に寄与してきたと整理しています。つまり中古車両は、安い代替品というより、KAI Commuterの保守・運行ノウハウと一体化した既存システムです。この蓄積が、短期調達の選択肢として再評価されています。

編成長が左右する即効性

KAIが示した中古KRL輸入案は、合計23編成です。内訳は12両編成のSF-12が7編成、8両編成のSF-8が16編成とされています。すべてを12両化しないのは、駅のホーム長や設備がまだ対応できない区間があるためです。車両を買えばすぐ輸送力が増えるわけではなく、編成長、ホーム、信号、留置線、検査設備がそろって初めて増発余地が生まれます。

それでも中古車両には時間面の優位があります。KAIは、中古車両なら承認後1〜2カ月程度で導入に動ける一方、新車輸入は1〜2年を要し、国内生産の需要を奪う可能性があると説明しています。今回の輸入再開論が「恒久的な輸入依存」ではなく「橋渡し」と呼ばれるのは、このためです。老朽車両の退役時期と国産車両の量産時期のずれを埋める、会計上は一種の暫定投資に近い位置づけです。

INKA育成策を揺さぶる納入と品質の壁

INKA受注の財務的な重さ

国産化政策の中心にいるのが、国営車両メーカーのINKAです。KAIグループはINKAとの車両調達・近代化で総額14.68兆〜14.88兆ルピア規模の投資を掲げています。都市鉄道向けでは、Commuter Line新造車両と改修プログラムを合わせた投資額が約4.07兆ルピアで、そのうち16編成192両の新造KRLが約3.83兆ルピアとされています。

この規模は、単なる一企業の設備投資ではありません。KAIは運行会社であると同時に、国内鉄道産業を育てる政策装置にもなっています。KAI Commuterの2024年統合報告書を見ると、同年の資本的支出は計画1.588兆ルピアに対して実績1.037兆ルピア、進捗率65.32%でした。項目にはINKA製KRL16編成、輸入新造KRL、改修案件が並び、車両更新が財務計画の中心であることが読み取れます。

資本政策としての難しさは、需要の山が先に来て、供給能力の拡張が後から追いかける点です。INKAの生産能力を年15〜16編成へ高める構想が示されていますが、設備、人員、品質保証、サプライヤー網は短期間で完成しません。KAIとINKAが2026年7月に統合的な協業プロセスを始め、2040年までに国内で約156編成のEMU需要を見込むと発表したことは、裏を返せば長期需要に合わせた産業育成がまだ途上であることを示します。

初期量産で表面化した信頼性

INKA製KRLの導入は進んでいます。KAIによると、16編成のうち7編成84両はすでに運用入りし、残り9編成は生産、試験、認証、運用準備の段階です。さらにKAIはJabodetabek向けに計27編成324両を調達しており、CRRC製11編成とINKA製16編成で構成されます。2026年7月時点では、このうち18編成216両が営業投入済みとされています。

ただし、初期量産の立ち上げには信頼性の課題も出ています。2026年9月、INKA製iE305/CLI 225の7編成が段階的な点検・整備の対象となりました。KAIはシステム、技術部品、安全面を包括的に確認すると説明し、1編成を先行復帰、3編成を9月25日、残り3編成を10月9日までに完了させる計画を示しました。報道では、9月7日以降の運用離脱により、Bogor〜Jakarta Kotaのピーク時17本が削減され、Tanjung Priok系統や空港鉄道車両の振り替えで対応したとされています。

ここで重要なのは、点検そのものを過度に問題視することではありません。新形式の車両では、初期不具合や保守手順の洗い出しは避けにくい工程です。むしろ経営上の論点は、7編成という投入済み車両の大部分が一時的に運用から外れると、首都圏輸送の余裕度がすぐに失われることです。国産化政策は製造能力だけでなく、営業運転後の可用性、部品供給、検査周期、現場教育まで含めて評価されます。

国産化を支えるはずの輸入活用

中古輸入の再開は、INKAを切り捨てる選択ではありません。2026年9月23日、インドネシア国会第6委員会はKAIによる日本の中古KRL輸入を認める方向を示しましたが、条件としてINKAとの連携強化、技術成熟度と製造成熟度の引き上げを求めました。これは、輸入を国産化の代替ではなく、国産化を持続させるための時間稼ぎとして位置づける考え方です。

会計的に見ると、この考え方には一定の合理性があります。すべてを新造車両で賄うと、KAIやKAI Commuterの投資負担は大きくなり、政府の資本注入や補助金への依存が強まります。一方、中古車両は耐用年数が短く、更新費用の再発も早いですが、混雑悪化によるサービス低下や運賃収入機会の逸失を抑えられます。短期のキャッシュアウトを抑えながら、INKAの量産改善期間を確保する選択です。

中古電車輸入に残る規制と財務リスク

輸入再開がそのまま実行されるとは限りません。最大の関門は、商業省が所管する中古資本財輸入規制です。商業相は2026年9月25日、中古KRLは「輸入が管理される品目」に当たり、関係省庁の技術推薦が必要だと説明しました。さらに中古車両の年齢は原則20年までとされる一方、KAIが想定する車両は25年級と報じられています。

運輸相も、需要はあるがINKAの生産制約もあるとして、関係省庁での調整が必要だと述べています。ここで安易な例外を認めれば、2023年に掲げた国産化政策の一貫性が崩れます。しかし規制を厳格に適用しすぎれば、通勤鉄道の混雑と老朽車両リスクが高まります。政策当局は、年齢だけでなく、走行距離、整備履歴、台車や主電動機の状態、部品供給契約を含めた実質的な耐用性を審査する必要があります。

もう一つのリスクは、車種の多様化です。Jabodetabekでは日本由来の中古車両、CRRC製新造車両、INKA製新造車両が混在します。車両形式が増えるほど、運転士教育、予備品在庫、検査設備、故障解析の負担は増えます。2024年の国会調査資料も、中国製KRL導入に際して、システムや技術差、保守人材の育成、安全確認を課題として挙げていました。中古車両を入れる場合も、調達価格だけでなく、10年間運用する総保有コストで判断する必要があります。

読者が注視すべき三つの経営指標

今回の輸入再開論を読むうえで、注目すべき指標は三つです。第一は、23編成案が規制上どこまで認められるかです。20年規制に対して25年級車両をどう扱うかは、今後の中古資本財輸入にも影響します。第二は、INKA製KRLの復帰率と残り9編成の納入ペースです。ここが安定すれば、中古輸入は本当に橋渡しで済みます。

第三は、KAI Commuterの輸送量と投資負担のバランスです。利用者が増えても、車両不足で運行本数を維持できなければ、公共交通としての信頼性が落ちます。逆に投資を急ぎすぎれば、KAIグループや政府財政の負担が重くなります。日本の中古電車輸入再開は、インドネシアの国産化政策が後退したという単純な話ではありません。成長する都市鉄道を止めずに、国内産業をどう成熟させるかという、より難しい経営課題が表面化したものです。

参考資料:

佐
佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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