SAF増産の突破口を開くランザジェットATJ技術の全貌
はじめに
航空業界は世界のCO2排出量の約2〜3%を占め、脱炭素化が急務とされる分野です。電動化や水素エンジンといった技術が注目を集める一方、既存の航空機エンジンをそのまま使える「ドロップイン燃料」として期待されるのが、SAF(Sustainable Aviation Fuel=持続可能な航空燃料)です。
2025年11月、米国のスタートアップ企業ランザジェット(LanzaJet)が、ジョージア州ソパートンに建設した商業規模プラント「Freedom Pines Fuels」で、エタノールからジェット燃料を製造する世界初の商業生産に成功しました。この成果は、15年にわたる研究開発の集大成であり、航空燃料の歴史に新たな1ページを刻むものです。
本記事では、ランザジェットのATJ(Alcohol-to-Jet)技術がなぜ注目されるのか、従来のSAF製造法との違い、そして日本を含む世界各国での展開計画について詳しく解説します。
ATJ技術とは何か——エタノールを航空燃料に変える革新
従来のSAF製造法「HEFA」の限界
現在、SAF市場で最も普及している製造法はHEFA(Hydrotreated Esters and Fatty Acids=水素化処理エステル・脂肪酸)方式です。廃食用油や動物性油脂などを水素化処理してジェット燃料を製造するこの方式は、技術的に最も成熟しており、既に商業規模での生産が行われています。
しかし、HEFA方式には深刻な原料制約があります。主要原料である廃食用油(UCO)の世界的な供給量は限られており、SAF需要の拡大に加えて再生可能ディーゼル向けの需要も競合するため、価格上昇と供給逼迫が懸念されています。業界調査機関のSkyNRGとICFは、HEFA方式が「ティッピングポイント」に近づいていると警告しています。DNVの分析によれば、HEFA技術だけではSAF需要の30%程度しか賄えないとの試算もあります。
ATJ方式の仕組みと利点
こうした背景のなかで浮上しているのが、ランザジェットが商業化に成功したATJ(Alcohol-to-Jet)方式です。ATJ方式は、エタノールを原料としてジェット燃料を製造する技術で、ASTM D7566 Annex A5として国際規格の認証を受けています。
製造プロセスは4つのステップで構成されます。まず「脱水」工程でエタノールからエチレンを生成し、次に「オリゴメリゼーション(重合)」でエチレンを結合してイソオレフィンを形成します。続く「水素化」工程でイソオレフィンを安定したイソパラフィンに変換し、最後に「分留」で航空燃料と再生可能ディーゼルに分離します。これらはいずれも石油精製で確立された技術を再生可能原料に適用したものであり、技術的リスクが低い点が特徴です。
ATJ方式の最大の利点は原料の確保しやすさにあります。エタノールは1エーカーあたりの収量が油脂類の約6倍とされ、トウモロコシや砂糖きびなど多様な原料から製造可能です。HEFA方式の原料と比較してコストが低く、供給の安定性にも優れています。
Freedom Pines Fuels工場——世界初の商業規模プラント
3億ドル超の投資と雇用創出
ランザジェットがジョージア州ソパートンに建設したFreedom Pines Fuels工場は、3億ドル以上の投資を経て完成しました。建設期間中には300人以上の雇用を生み出し、稼働後も65人以上の直接・間接的な雇用を維持しています。
同工場は年間1000万ガロン(約3万8000キロリットル)の燃料生産能力を持ちます。最大ジェット燃料構成では、生産量の約90%がSAF、10%が再生可能ディーゼルとなります。逆に最大ディーゼル構成では、75%を再生可能ディーゼル、25%をSAFとして生産することも可能であり、市場の需要に応じた柔軟な生産調整ができる点も強みです。
15年の研究開発の集大成
この商業生産の成功は、約15年にわたる研究開発と段階的なスケールアップの結果です。ランザジェットのATJ技術は、もともと米エネルギー省(DOE)の支援を受けた研究から発展したものです。エタノールから航空燃料を製造すること自体は以前から可能でしたが、商業規模で安定的に品質規格を満たす燃料を生産できることを実証した点が画期的です。
2025年11月の発表によれば、同工場ではASTM規格に適合した燃料の生産が確認されており、製造されたSAFは従来のJet-AまたはJet-A1燃料と最大50%の比率でブレンドして使用できます。既存の航空機やインフラをそのまま活用できる「ドロップイン燃料」としての実用性が実証されたのです。
世界規模での展開——25カ国・5大陸に広がるプロジェクト
多様な投資家と戦略的パートナーシップ
ランザジェットの株主・投資家には、航空業界から物流、エネルギー、テクノロジーまで幅広い分野の企業・機関が名を連ねています。主要な投資家としては、エアバス、全日本空輸(ANA)、ブレークスルー・エナジー、IAG(ブリティッシュ・エアウェイズ親会社)、グループADP(パリ空港運営)、マイクロソフト気候イノベーション基金、三井物産、MUFG、シェル、サウスウエスト航空、米エネルギー省、英運輸省などがあります。
2026年3月には、IAGとシェルが共同リードする形で、企業価値評価額6億5000万ドルでの1億3500万ドルの増資ラウンドの第一弾として4700万ドルの調達を完了しています。既存株主であるグループADP、LanzaTech、三井物産も追加出資に参加しており、技術の有望性に対する市場の信頼が示されています。
日本での展開——三井物産・コスモ石油との大型プロジェクト
日本市場での展開も本格化しています。三井物産とコスモ石油は、ランザジェットのATJ技術を活用したSAF製造事業の共同検討を2022年に開始しました。その後、コスモ石油は2024年度に経済産業省の補助金に採択され、プロジェクトは具体的な事業計画段階に進んでいます。
計画によれば、香川県坂出市のコスモ石油坂出物流基地に製造プラントを建設し、2029年の稼働開始を目指しています。生産能力は年間約15万キロリットルのSAFと約1万7000キロリットルの再生可能ディーゼルを見込んでいます。三井物産がエタノールの調達を、コスモ石油がプラント運営と品質管理を担当し、ランザジェットが技術ライセンスを提供するという役割分担です。
その他のグローバル展開
日本以外にも、ランザジェットは25カ国以上・5大陸にわたるプロジェクトを推進しています。2025年5月にはコロンビアのBioD社とフィージビリティスタディを開始し、中南米初のSAF製造プラントの可能性を探っています。オーストラリア、インド、英国、EU、中東、カザフスタンなどでもプロジェクトが進行中です。
各国の政策が後押しするSAF需要の拡大
EUの混合義務化「ReFuelEU Aviation」
EU(欧州連合)は2023年に「ReFuelEU Aviation」規則を採択し、SAFの混合義務化を段階的に導入しています。2025年から域内空港で供給される航空燃料の2%をSAFとすることが義務付けられ、2030年には6%、2035年には20%、2050年には70%へと引き上げられます。さらに、2030年からは合成燃料(e-fuel)の1.2%混合も義務化される予定です。
違反した場合にはSAFと従来燃料の価格差の2倍以上の罰金が科されるほか、次の報告期間での不足分の補填も求められます。この厳格な規制が、SAF市場の成長を強力に牽引しています。
日本の2030年目標と制度整備
日本政府も航空分野の脱炭素化を加速させています。経済産業省と国土交通省は「SAF官民協議会」を設置し、2030年までに国内航空会社の燃料使用量の10%をSAFに置き換えるという目標を掲げています。エネルギー供給構造高度化法に基づく制度設計も進められており、2019年度の国内ジェット燃料によるGHG排出量の5%相当量以上をSAFで代替する目標が設定される見通しです。
世界の生産量と課題
IATAによると、2025年のSAF生産量は約190万トン(24億リットル)に達し、2024年の約100万トンから倍増する見込みです。しかし、これは世界の航空燃料消費量のわずか0.6%に過ぎません。2026年は約240万トンに増加する見通しですが、それでも0.8%にとどまります。
さらに懸念されるのは、発表されたSAF生産設備の実際の稼働率です。Nature Communications誌に掲載された研究によれば、2024年までに発表された年間910万トンの生産能力のうち、実際に予定通り稼働したのはわずか24%にとどまっています。技術的課題だけでなく、資金調達の遅れや規制環境の不確実性が障壁となっています。
注意点・今後の展望
ATJ技術が万能の解決策というわけではありません。いくつかの課題を認識しておく必要があります。
まず、原料となるエタノールの持続可能性です。トウモロコシ由来のエタノールは食料との競合が指摘されることがあり、原料の選定と調達先の多様化が重要になります。セルロース系エタノールや廃棄物由来のエタノールなど、よりサステナブルな原料への移行が今後の課題です。
次に、コスト面の課題です。ATJ方式はHEFA方式と比較して原料コストは低いものの、設備投資(CAPEX)が高くなる傾向があります。エタノールの脱水やオリゴメリゼーションに特殊な設備が必要なためです。商業規模での量産が進むにつれてコスト低減が期待されますが、従来の化石燃料との価格差は依然として大きいのが現状です。
今後の展望としては、ランザジェットのFreedom Pines Fuels工場の安定稼働が実証されれば、世界各地でのATJ方式プラント建設が加速する可能性があります。特に日本では、2029年の三井物産・コスモ石油プロジェクトの稼働が、国内SAF供給の大きな転換点になるとみられています。HEFA方式が原料制約に直面するなか、ATJ方式が「第二の柱」としてSAF供給を支える構図が現実味を帯びてきています。
まとめ
ランザジェットによるFreedom Pines Fuels工場の商業生産成功は、SAF産業にとって重要な転換点です。エタノールからジェット燃料を商業規模で製造できることが実証されたことで、原料制約に直面するHEFA方式への依存から脱却する道筋が見えてきました。
EUのReFuelEU Aviation規則や日本の2030年目標など、各国・地域の政策的後押しもSAF市場の成長を加速させています。三井物産・コスモ石油との日本国内プロジェクトを含め、25カ国以上で展開するランザジェットの動向は、航空業界の脱炭素化の行方を左右する重要な指標となるでしょう。航空分野の脱炭素化に関心を持つ方は、各国のSAF義務化スケジュールとATJ技術の商業展開の進捗を注視しておくことをおすすめします。
参考資料:
- LanzaJet Makes History as the World’s First to Produce Jet Fuel from Ethanol at Commercial-Scale Plant
- LanzaJet Freedom Pines Fuels
- LanzaJet Announces $47M in New Capital and First Close of Equity Round at $650M Pre-Money Valuation
- LanzaJet, Mitsui & Co., and Cosmo Oil Secures Government Funding
- IATA - SAF Production Growth Rate is Slowing Down
- ReFuelEU Aviation - European Commission
- SAFの導入拡大をめざして - 資源エネルギー庁
- 次世代航空燃料SAFの製造 米LanzaJet社 - 三井物産
- Global HEFA technology faces feedstock wall - S&P Global
- Can the alcohol to jet pathway solve the growing SAF demand challenge? - Worley
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