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悪質オワハラ被害拡大、内定辞退を脅す企業とエージェントの病理

by 小林 美咲
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はじめに

就職活動の現場で、内定承諾や他社選考の辞退を学生に迫る「オワハラ」が再び注目されています。単なる引き留めではなく、「辞退すれば採用コストを請求する」「今ここで他社に辞退の電話を入れてほしい」といった圧力が、複数の大学で注意喚起される段階に入っています。

背景には、新卒採用の早期化と人材獲得競争の激化があります。内定を得た学生が活動を続けること自体は珍しくなくなり、企業や就職エージェント側には、早く承諾を取り付けたい誘因が強まっています。問題は、その焦りが学生の職業選択の自由を侵す行為に転化している点です。

本稿では、厚生労働省や大学の公表情報、就職関連調査をもとに、オワハラの典型的な手口、悪質化する理由、学生が取るべき防衛策を整理します。キャリア教育の観点から重要なのは、「早く決めること」ではなく、「自分で選んだと納得できる意思決定」を守ることです。

悪質化するオワハラの手口

内定辞退を封じる金銭的な脅し

厚生労働省のハラスメント対策ポータル「あかるい職場応援団」は、就活ハラスメントを、就職活動中やインターンシップ中の学生らに対するセクシュアルハラスメントやパワーハラスメントと位置づけています。その例として、内定を出す条件に他社内定の辞退を迫る「オワハラ」が明示されています。

近年目立つのは、内定辞退そのものを「費用負担」と結びつけて脅す手口です。中央大学キャリアセンターは2026年3月、一部の就職エージェントによる悪質なオワハラについて、数名の学生から報告が入っていると公表しました。そこでは、内定を辞退するなら採用コストや研修費を請求すると脅される例、他社選考の継続を理由に内定を白紙にすると詰め寄られる例が挙げられています。

東洋大学も2026年4月、就職エージェントや企業によるオワハラへの注意を呼びかけました。同大学は「辞退した場合は金銭を請求される」といった脅しに加え、他社辞退の証拠提出を求める行為、後付けで大学の推薦状を求める行為を例示しています。学生にとっては、社会人経験のある相手から法的な言葉を使われるだけで大きな心理的圧力になります。

ただし、採用活動にかかった広告費や人事担当者の工数を、内定辞退した学生へ一律に転嫁する発想は極めて危ういものです。厚労省の「確かめよう労働条件」は、内定段階で労働契約が成立している場合でも、労働者の意思に反して労働契約の履行を義務づけることはできないと説明しています。個別事情によって損害賠償が問題になる余地はありますが、それは例外的な法的判断の領域であり、学生を黙らせるための定型句として使うべきものではありません。

中央大学は、企業が採用活動にかかった費用を内定辞退した学生に請求することは法的に認められないとの見解を示しています。少なくとも、面談や電話の場で「辞退したら多額の費用を払うことになる」と即答を迫る行為は、学生の合理的な判断を妨げる威嚇です。

即答を迫る面談と後付け推薦

オワハラは、明確な脅迫だけではありません。むしろ現場では、丁寧な言葉づかいや「あなたのため」という説明で包まれる場合があります。典型例は、内定承諾書への即時署名、他社への辞退連絡の同席要求、辞退メールや辞退画面の提出要求です。本人がまだ比較検討したい段階で、選択肢を物理的に閉じさせる点が共通しています。

後付け推薦も注意が必要です。大学推薦や教授推薦は、本来、大学・教員・学生・企業の信頼関係に基づく制度です。選考の途中や内定承諾の直前になって、企業やエージェントが「推薦状を出してもらえないか」と求める場合、学生が辞退しにくい状態を作る目的が疑われます。東洋大学がこの行為を注意喚起に含めたのは、キャリアセンターの支援制度そのものが囲い込みに利用されるリスクを見ているからです。

長崎大学キャリアセンターも2026年4月、新卒紹介エージェントサービスや就職関連団体について注意を促しました。そこでは、希望と合わない企業を強引に勧められる、断ったはずなのに説明会や面接を設定される、紹介企業に内定した後に辞退できないと言われる、といった相談例が挙げられています。これは、内定後の局面だけでなく、求人紹介の入口から学生の自己決定が揺さぶられていることを示します。

学生側が最も避けたいのは、「自分が優柔不断だから悪い」と抱え込むことです。複数企業を比較し、内定後も就職活動を続けることは、現在の採用環境では珍しい行動ではありません。むしろ就職先は、初任給や知名度だけでなく、仕事内容、勤務地、育成環境、配属可能性、働き方、価値観との適合を見て決めるべき長期的な選択です。

背景にある早期化と成果報酬型紹介

27年卒の早すぎる内定保有

オワハラが起きやすい土壌の一つは、新卒採用の早期化です。就職みらい研究所の2027年卒学生調査では、2026年3月1日時点の大学生の就職内定率は38.1%でした。内定取得者のうち2社以上内定を取得した学生は51.7%で、内定取得後も就職活動を続ける学生は74.4%に上っています。

マイナビの2027年卒キャリア意向調査でも、2026年3月1日時点の内々定率は46.0%、活動継続率は84.1%でした。就職活動を継続する学生が今後受験予定の企業数は平均9.6社とされ、内々定を持っている学生でも追加で選考を受ける前提が見えます。つまり、企業が「内定を出したのに学生が決めてくれない」と感じる場面は増えていますが、それは学生側の不誠実さだけで説明できるものではありません。

厚生労働省と文部科学省が公表した2026年3月卒業予定者の就職内定状況でも、2026年2月1日時点の大学生の就職内定率は92.0%と高水準でした。人手不足が続く中、企業は採用予定数を満たすために早期接触と早期内定を進めます。一方で、学生は早く内定を得ても、より納得できる選択肢を探し続けます。この時間軸のずれが、企業側の焦りと学生側の不安を同時に膨らませています。

採用の早期化は、キャリア形成上の課題も生みます。大学3年次の早い段階で選考が進むと、学生は授業、研究、課外活動、自己分析、業界研究を並行して進めなければなりません。十分に比較検討する前に「早く決めた人が勝ち」という空気が広がれば、内定承諾の判断は学びではなく防衛行動になってしまいます。

エージェント型採用のインセンティブ

もう一つの要因は、就職エージェントを介した採用の広がりです。エージェントは学生にとって、非公開求人に出会える、面接対策を受けられる、企業との連絡を代行してもらえるといった利点があります。就職支援の入口が多様化すること自体は否定されるべきではありません。

しかし、成果報酬型のビジネスモデルでは、学生の納得よりも承諾の早期獲得が優先されるリスクがあります。テレビ朝日の報道では、立教大学でエージェントに関する学生相談が直近1年間で167件に上ったとされます。また、就活イベント関係者の発言として、エージェントの報酬は年収の30%前後、1人あたり70万〜100万円前後とされ、学生の内定承諾時に紹介料が支払われる構造が紹介されています。

この構造では、学生が内定を辞退したり活動を続けたりすると、エージェント側の売上機会が失われます。すべての事業者が不適切な行為をしているわけではありませんが、個々の担当者に強い成果目標がある場合、紹介先への承諾を急がせる誘因が働きます。希望と違う企業を強く勧める、断った面接を設定する、辞退を認めないと告げる行為は、支援ではなく営業上の圧力です。

企業側にも責任があります。エージェント経由で採用する企業は、候補者への連絡や承諾確認の過程を「委託先の問題」として切り離せません。採用ブランドは、面接官の態度だけでなく、紹介会社が学生にどのような説明をしたかによっても形成されます。入社前に不信感を抱かせる採用は、入社後の定着やエンゲージメントにも悪影響を残します。

学生と大学が取るべき防衛策

証拠を残す相談導線

学生が最初に取るべき行動は、即答しないことです。「家族と相談します」「大学のキャリアセンターに確認します」「書面で条件をください」と伝え、場を離れるだけで圧力は弱まります。相手が本当に正当な説明をしているなら、書面化や第三者確認を拒む理由はありません。

次に、記録を残すことです。面談日時、相手の会社名、担当者名、発言内容、同席者、送られてきたメールやメッセージを保存します。電話の場合は、終了後すぐに「本日の電話では、辞退時に費用請求の可能性があるとの説明を受けました。理解に誤りがあればご指摘ください」と確認メールを送る方法もあります。相手が不適切な発言を否定するなら、その時点で圧力を撤回させる効果があります。

相談先は、大学のキャリアセンター、就職・キャリア支援課、公共の労働相談窓口、新卒応援ハローワークなどです。厚労省の採用ルールに関する案内でも、事業主に対し、学生の意思に反して就職活動の終了を強要するオワハラなどで自由な就職活動を妨げないよう求めています。大学は、個別相談だけでなく、注意喚起の公表、悪質事業者の利用停止、学内勧誘の管理を通じて学生を守る役割を持ちます。

辞退連絡そのものは、誠実に行う必要があります。内定を承諾しないと決めたら、できるだけ早く、簡潔に、感謝と辞退意思を明確に伝えます。ただし、辞退理由を過度に詳しく説明する義務はありません。他社名、他社条件、辞退証拠の提出を求められても、進路選択に必要のない情報まで開示する必要はありません。

企業側に必要な採用倫理

企業が採用難の中で内定承諾率を高めたいなら、学生の選択肢を狭めるより、選ばれる理由を具体化する必要があります。仕事内容の解像度、配属や転勤の考え方、育成制度、評価基準、働き方の実態を明確に伝える方が、長期的にはミスマッチを減らします。

内定承諾期限を設ける場合も、合理的な期間と説明が必要です。極端に短い期限、面談室での即時署名、他社辞退の電話を目の前で求める行為は、承諾の質を下げます。学生が納得しないまま入社しても、早期離職や配属後の不満につながりやすく、企業にとっても採用投資の回収を難しくします。

エージェントを利用する企業は、紹介契約の中に候補者対応の禁止事項を明記すべきです。金銭請求の示唆、他社辞退の強要、本人同意のない面接設定、大学推薦の不適切な要請を禁じ、違反時には取引停止を含む措置を取る必要があります。採用活動のコンプライアンスは、人事部門だけでなく、経営が管理すべきリスクです。

注意点・展望

注意したいのは、「内定辞退は常に自由だから、どんな辞退でも問題ない」と単純化しないことです。厚労省の解説が示すように、内定の態様によっては労働契約の成立が問題となり、信義則に反する極端なケースでは損害賠償が論点になる余地はあります。だからこそ、学生は辞退を先延ばしにせず、意思が固まった時点で誠実に連絡することが重要です。

一方で、その例外論を利用して、一般の学生に「採用コストを払え」「研修費を請求する」と迫ることは別問題です。法律上の可能性を断片的に持ち出し、合理的な説明もなく進路選択を拘束する行為は、教育機関と行政が継続して監視すべき領域です。

今後は、生成AIを使った大量スカウト、オンライン面談、就活コミュニティ経由の紹介など、学生と企業をつなぐ経路がさらに多様化します。利便性が上がるほど、誰が責任を持って学生の意思決定を守るのかが曖昧になります。大学のキャリアセンターは、単なる求人紹介窓口ではなく、外部サービスを見極めるリテラシー教育の拠点になる必要があります。

まとめ

オワハラの本質は、内定辞退をめぐるマナー問題ではなく、学生の職業選択の自由をどこまで尊重するかという採用倫理の問題です。内定承諾を急がせる圧力は、新卒採用の早期化、複数内定の一般化、成果報酬型エージェントの構造と結びついて強まっています。

学生は、即答しない、記録を残す、大学や公的窓口に相談するという基本動作を徹底すべきです。企業は、承諾を奪う採用から、納得して選ばれる採用へ転換する必要があります。就職活動のゴールは、内定数を競うことでも、早く終えることでもありません。自分の意思で選び、その選択を説明できる状態をつくることです。

参考資料:

小林 美咲

キャリア・教育

キャリア形成・教育改革・リスキリングなど、人と学びの接点を取材。変化する時代に求められる「働く力」を問い続ける。

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