貿易統計が示す輸出10兆円超とホルムズ危機下の日本経済の底力
輸出10兆円超が映す危機下の底堅さ
日本経済を「資源を輸入し、製品を輸出する国」とだけ捉えると、ホルムズ海峡危機は輸出にも即座に打撃を与えるように見えます。実際、原油とナフサの調達不安は、石油精製、石油化学、物流、家計の燃料費に重くのしかかっています。
それでも財務省の貿易統計では、2026年3月と4月の輸出額が連続して10兆円を超えました。4月の輸出は10兆5073億円、前年同月比14.8%増です。3月も速報段階で11兆33億円と過去最高水準に達し、エネルギー危機のさなかでも輸出の名目額は崩れていません。
この数字が示すのは、日本経済が危機に無傷ということではありません。むしろ、輸出産業の高付加価値化、アジアを中心とする需要、円安による円建て金額の押し上げ、備蓄と代替調達の政策対応が重なり、資源制約を時間差で吸収しているという姿です。問題は、その底堅さがどこまで続くかにあります。
10兆円輸出を支えた品目と地域の分散
半導体関連と非鉄金属の伸長
4月の輸出増を支えた中心は、半導体等電子部品、非鉄金属、原動機です。財務省の4月分速報では、半導体等電子部品の輸出額が前年同月比41.6%増、非鉄金属が48.8%増、原動機が23.3%増でした。輸出の数量指数も108.0と前年同月比3.4%上昇しており、円安だけでなく実物面でも一定の増加が確認できます。
この構図は、かつての「完成車一本足」の日本とは少し違います。自動車は依然として重要ですが、AI投資、データセンター、電力・産業設備、半導体サプライチェーンに関わる部材と機械が輸出額を押し上げています。世界的な設備投資の焦点がデジタル基盤と省力化に移るなかで、日本企業は部品、素材、製造装置、精密機器の供給者として需要を取り込んでいます。
3月分の統計でも、輸出は前年同月比11.7%増の11兆33億円でした。増加品目には半導体等電子部品、非鉄金属、原動機が並びます。4月分の推移表では3月の輸出額は10兆9814億円と修正後も10兆円台を維持しており、単月の偶然ではなく、2025年末からの輸出回復が続いていることがわかります。
米国・EU・アジアへの販路
地域別に見ると、4月の対米輸出は1兆9318億円、前年同月比9.5%増でした。対EU輸出は1兆622億円で26.9%増、対アジア輸出は5兆7981億円で16.1%増です。中国向けも1兆8229億円、15.5%増となり、少なくとも4月時点では主要地域が同時に輸出額を押し上げました。
中東向け輸出そのものは、湾岸諸国向け自動車の比重が高く、ホルムズ海峡の通航制限を受けやすい分野です。ジェトロの整理では、2025年の中東向け輸出で自動車は2兆4483億円、構成比52.8%を占めました。UAEやサウジアラビア、クウェート、カタール向けは物流面の制約を受けやすく、ここは明確な弱点です。
ただし、日本の輸出全体で見れば、中東は主力市場の一部にとどまります。米国、中国、台湾、EU、ASEANなどに需要が分散しているため、中東向けの詰まりが直ちに全体の10兆円台を崩す構造ではありません。輸出額の底堅さは、特定市場への過度な依存を避けてきた結果でもあります。
円安が押し上げた名目輸出額
もう一つの重要な要因は為替です。4月の税関長公示レートの平均は1ドル159.27円で、前年同月の147.70円から7.8%の円安でした。ドル建てや現地通貨建てで決済される輸出が円に換算されると、円建て金額は膨らみます。
これは輸出企業の採算を改善する一方、輸入物価を押し上げる両刃の効果を持ちます。4月の輸入額も10兆2054億円、前年同月比9.7%増でしたが、輸入数量指数は97.4と3.4%低下しました。数量が減っても金額が増えるのは、資源・エネルギー価格と円安が輸入側にも効いているためです。
したがって、輸出10兆円超は「日本の実力がすべて増した」という単純な話ではありません。高付加価値品の需要増、円安、価格上昇が重なった名目値です。それでも、貿易収支が4月に3019億円の黒字を維持したことは、輸入コストの上昇を輸出がかなり吸収したことを意味します。
原油とナフサ不足を吸収した政策余力
中東依存の高さと備蓄の厚み
ホルムズ海峡危機が日本にとって深刻なのは、原油輸入の中東依存度が極めて高いからです。資源エネルギー庁のエネルギー動向では、2023年度の原油輸入に占める中東地域の割合は94.7%でした。資源エネルギー庁の中東情勢対応ページも、原油の中東依存度は9割超、LNGの中東依存度は約1割と説明しています。
一方で、日本には石油備蓄という政策的な緩衝材があります。資源エネルギー庁によると、2026年1月末時点の石油備蓄は7289万キロリットル、製品換算で7006万キロリットル、約8カ月分に当たる248日分でした。危機が起きても、ただちに製油所や物流が止まるわけではない理由はここにあります。
経済産業省は4月15日、第2弾の国家備蓄石油放出として約20日分の放出を決めました。あわせて民間備蓄義務量を70日分から55日分へ15日分引き下げる措置を継続しました。5月15日には、ホルムズ海峡を通らない原油の代替調達について、5月は約6割、6月は7割以上に目途が立ったとして、第3弾の国家備蓄放出を見送りました。
ナフサをめぐる石化産業の耐久力
原油以上に産業現場で目詰まりを起こしやすいのがナフサです。石油化学工業協会の統計では、2024年の石油化学用原料ナフサ輸入のうち中東は73.6%を占めました。UAE、クウェート、カタール、サウジアラビアなど、ホルムズ海峡の影響を受ける調達先が多い点が脆弱です。
ナフサはプラスチック、合成ゴム、溶剤、塗料、包装材などの出発点です。輸出産業だけでなく、建設、物流、医療、日用品にも波及します。輸出額が強くても、川上の素材供給が詰まれば、時間差で国内生産や輸出品の部材調達に影響が出ます。
ただし、ここでも企業と政府は完全に受け身ではありません。ジェトロが紹介した石油化学工業協会の発表では、2月末以降、会員企業は国内石油精製からのナフサ調達、中東以外からの輸入拡大、製品在庫の活用で供給継続を図っています。4月の生産量は前年同月比でエチレン37%減、低密度ポリエチレン27%減、高密度ポリエチレン34%減、ポリプロピレン24%減と弱いものの、ポリエチレンやポリプロピレンなど主要製品の在庫は国内需要の3カ月以上とされました。
つまり、危機は生産現場に確実に出ていますが、在庫、代替調達、備蓄放出が「輸出統計に出る大崩れ」を遅らせています。強いのは需要だけではなく、危機を一定期間吸収する制度と企業の調達能力です。
LNGと世界市場の波及
LNGは原油に比べて日本の中東依存度が低く、資源エネルギー庁は電力・ガス会社が2026年3月1日時点で400万トン弱の在庫を持ち、ホルムズ海峡経由のLNG輸入量の1年分に相当すると説明しています。電力と都市ガスの面では、原油ほどの即時的な供給不安は出にくい構造です。
それでも世界市場の価格波及は避けられません。米エネルギー情報局は、ホルムズ海峡の閉鎖後、東アジアのJKM先物価格が4月24日までに51%上昇し、16.02ドル/MMBtuになったと分析しました。カタールからのLNG供給が細ると、欧州とアジアはスポット市場で競合しやすくなります。
日本経済の意外な強さは、エネルギー制約を完全に克服した強さではありません。原油は備蓄、LNGは調達分散、ナフサは在庫と代替輸入で時間を稼ぐ構造です。その間に輸出産業が世界需要を取り込み、貿易収支の悪化を抑えていると見るべきです。
輸出好調の裏側に残る三つの下振れ圧力
第一のリスクは、数量ではなく価格に支えられた輸出額の限界です。4月の輸出数量指数は増えましたが、名目輸出額の伸びには円安の寄与が大きくあります。円安がさらに進めば輸出企業には追い風でも、輸入物価と家計負担を通じて内需を削ります。
第二のリスクは、素材供給の遅れです。ナフサ由来の製品は、統計上は在庫でしばらく持ちこたえても、特定の溶剤、塗料、樹脂、包装材では需給が局所的に締まりやすい分野です。大企業の輸出統計が堅調でも、中小製造業や物流現場に先に痛みが出る可能性があります。
第三のリスクは、中東向け輸出の物流制約です。ジェトロは、原油や自動車の空輸は困難で、UAEやサウジアラビアの迂回・代替ルートはペルシャ湾沿いの港湾能力と比べて限定的だと指摘しています。中東向け自動車は2025年に過去最高を更新した重要市場であり、ここが長引けば完成車メーカーと部品企業に下押しが広がります。
内閣府の2026年1-3月期GDP速報では、実質GDPは前期比0.5%増、年率2.1%増でした。財貨・サービスの輸出は実質1.7%増で、純輸出の寄与度も0.3%ポイントでした。年初時点の日本経済は輸出に支えられていましたが、4-6月期以降はエネルギー制約がどれだけ実体経済に食い込むかを見極める局面です。
6月第2週に確認すべき貿易統計の焦点
読者が注視すべき指標は三つあります。第一に、5月以降の輸出数量指数です。10兆円台の名目輸出が続いても、数量が落ちれば実体面の勢いは弱まっています。第二に、原粗油、石油製品、ナフサ関連の輸入数量と地域別輸入額です。代替調達が進んでいるかは、ここに表れます。
第三に、対アジアと対中東の輸出差です。半導体関連や素材がアジア向けに伸びる一方、中東向け自動車が落ち込むなら、強い輸出の中身はさらに偏ります。輸出10兆円超という見出しの裏で、地域と品目の勝ち負けが広がる可能性があります。
ホルムズ危機下の日本経済は、弱さと強さが同時に見える局面にあります。弱さは原油とナフサの中東依存、強さは高付加価値輸出、調達分散、備蓄政策です。投資家や企業担当者は、輸出額だけで景気を判断せず、数量、為替、素材在庫、代替調達率を組み合わせて読む必要があります。
参考資料:
- 令和8年4月分貿易統計(速報)の概要
- 令和8年3月分貿易統計(速報)の概要
- Trade Statistics of Japan Ministry of Finance
- 日本関税協会 Value of Exports & Imports
- 中東情勢を踏まえた石油及び関連製品等に関する対応
- 民間備蓄義務量の引き下げの維持を継続します
- 第2弾の国家備蓄石油の放出を行います
- 今こそ知りたい、日本の「石油備蓄」のしくみとは?
- 第1章 第3節 一次エネルギーの動向
- Amid regional conflict, the Strait of Hormuz remains critical oil chokepoint
- Hormuz closure and related production outages are key drivers in EIA’s latest forecast
- International LNG prices rise amid Strait of Hormuz closure
- 日本と中東の貿易とホルムズ海峡封鎖の影響
- 石油化学用原料ナフサ
- 2026年1-3月期四半期別GDP速報(1次速報値)資料1
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