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サッカー日本代表がピンとこない理由 サブスク化と放映権の高騰

by 佐藤 理恵
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はじめに

日本代表は弱くなったわけではありません。むしろ2025年3月20日にはバーレーン戦に勝ち、FIFAワールドカップ2026出場を史上最速級で決めました。それでも、かつての三浦知良、中田英寿、本田圭佑ほど、今の代表選手が国民的な顔として共有されているかといえば、答えに迷う人は少なくないはずです。

この違和感の中心にあるのは、選手の実力や個性の不足ではなく、見る機会の構造変化です。地上波テレビが作っていた「みんなが同じ試合を同じ時間に見る」環境が弱まり、代表戦、欧州クラブ戦、ハイライト、SNSが別々の導線に分かれました。本稿では、公開情報だけを使って、なぜ今の代表選手が強いのに「ピンとこない」のかを整理します。

共通体験を生んだ地上波の強さ

W杯という一斉視聴の装置

サッカー選手の知名度は、実力だけでなく接触回数と接触密度で決まります。その点で、地上波テレビが持つ到達力は今も圧倒的です。ビデオリサーチによると、FIFAワールドカップカタール2022のグループステージ日本戦3試合は、日本全国で到達人数ベース約7526.1万人に達しました。これは単なる視聴率ではなく、「一度は見た人」が全国規模で積み上がった数字です。

2025年3月20日のワールドカップ最終予選、日本対バーレーンも同じ構図を示しています。この試合はテレビ朝日系列で地上波独占生中継され、TVerでも同時配信されました。ビデオリサーチの関東地区データでは、世帯視聴率21.7%、個人視聴率14.3%でした。ワールドカップ本大会ほどではなくても、無料で広く開かれた代表戦にはまだ大きな集客力があります。

ここから読み取れるのは、代表選手の知名度を作ってきたのは「強いから自然に有名になる」という単純な話ではなく、無料で大きな母集団に届く一斉視聴の装置だったということです。中田英寿や本田圭佑の時代は、代表戦が広く見られ、翌日の学校や職場でも同じ映像が会話の土台になりました。名前とプレーが社会全体で共有されやすかったのです。

代表戦が国民的話題になった条件

逆に言えば、代表選手の知名度は「試合の価値」だけでは足りません。国民的話題になるには、試合後に同じプレーを同じ文脈で語れる人が多いことが必要です。地上波中心の時代には、ゴールシーンもインタビューも翌日のワイドショーやニュースで繰り返し流れ、選手個人の物語まで一気に浸透しました。

いまも大舞台になればその現象は起きます。しかし、それが代表の常態ではなく、ワールドカップ本大会や出場決定試合のような「イベント時」に限られるようになりました。普段から見続けていない人にとっては、名前を知る機会が点になり、線になりにくいのです。

サブスク化で細る日常接触

ホームとアウェーで変わる到達範囲

現在の代表戦は、同じ最終予選でも視聴環境が大きく異なります。JFAの公開情報を見ると、2025年3月20日のホーム・バーレーン戦はテレビ朝日系列の地上波独占生中継で、TVer同時配信とDAZN配信もありました。一方で、2024年9月11日のアウェー・バーレーン戦はJFAの放送ページでDAZNのLIVE配信のみと案内されています。実際、DAZNは2024年8月のリリースで、日本代表アウェー戦を含むAFCアジア予選をDAZNで視聴でき、日本戦のアウェーは独占配信だと打ち出していました。

同じ日本代表でも、ホームは無料で広く届き、アウェーは加入者中心になる。この差は知名度形成に直結します。アウェー戦は深夜や早朝開催も多く、2024年9月11日のバーレーン戦は日本時間1時キックオフでした。熱心なファンは追えても、ライト層が日常的に接触するには条件が厳しいと言えます。

この構図の難しさは、DAZNだけの問題ではありません。競技団体やリーグにとって放映権収入は強化資金そのものであり、無料開放だけでは成り立たない現実があります。つまり、競技の成長と認知の拡大が、同じ方向に動かない局面が増えたわけです。これがタイトルにある「サブスク時代のジレンマ」の中身です。

欧州クラブ視聴の分散

代表選手を日常的に知るには、代表戦だけでなく所属クラブでのプレーに触れる必要があります。しかし、ここでも導線は細かく分かれています。U-NEXTは2024年7月にプレミアリーグと7年間の基本契約を結び、日本国内で全試合を独占配信すると発表しました。さらに同社のサッカーパックでは、プレミアリーグに加えてラ・リーガやFAカップなども扱っています。

一方で、UEFAチャンピオンズリーグはWOWOWが2025-26シーズンに続き2030-31シーズンまで5シーズン、独占生放送・全試合ライブ配信すると2026年3月に発表しました。つまり、三笘薫を見たい人、久保建英を見たい人、欧州最高峰の大会を見たい人でも、同じ入口に集まるわけではありません。視聴契約は複数に分かれ、視聴習慣も分散します。

かつての国民的スターは、代表戦とニュース露出だけでなく、「見ようと思えば大体どこかで見られる」環境の恩恵を受けていました。今は熱心なファンほど深く追える一方、一般層は入口を失いやすい。視聴体験の深さは増したのに、共通体験の幅は狭くなったのです。

若年層と海外組が広げる認知の段差

20代のテレビ時間とネット時間

総務省の「令和5年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」は、この変化をかなり明確に示しています。全年代では2023年度の平日平均でインターネット利用が194.2分、テレビのリアルタイム視聴が135.0分でした。休日でもインターネットは202.5分と、テレビの176.8分を上回っています。

差がより鮮明なのは若年層です。20代は平日のテレビのリアルタイム視聴が72.9分だったのに対し、インターネット利用は264.8分です。休日はテレビ89.6分に対し、インターネット330.3分でした。若い世代ほどテレビを起点に偶然サッカーへ触れる確率が低く、能動的に配信を選ばなければ試合にたどり着きにくいわけです。

この点はスポーツ観戦調査とも整合します。クロス・マーケティングの2022年調査では、観戦経験者のうち9割が無料のテレビ放送・ネット配信で観戦し、有料の放送・動画配信サービスは16%にとどまりました。視聴が有料化した瞬間に、到達母数はどうしても絞られます。強い関心を持つ人には問題なくても、「なんとなく見る」層の参加障壁は一気に上がります。

海外組中心編成と深夜視聴

もう一つ大きいのが、代表選手の活動場所です。JFAが2025年3月20日バーレーン戦向けに掲載した招集メンバーを数えると、27人中22人が海外クラブ所属でした。現在の日本代表は、欧州主要リーグで戦う選手が主軸です。競技レベルの面では理想的ですが、認知の面では「国内で日常的に見かけないスター」が増えることを意味します。

欧州クラブの試合は日本時間の深夜から早朝に集中しやすく、さらに権利もサービスごとに分散しています。結果として、選手の顔と名前は熱心なサッカーファンの間では強く共有されても、一般層には断片的にしか届きません。久保建英や三笘薫のような看板選手ですら、代表の試合だけ見ている人には「すごいらしい選手」で止まりやすいのです。

ここで起きているのは人気低下というより、認知の二層化です。濃いファンは以前より多くの試合、戦術、データ、舞台裏に触れられます。だが、その知識はコミュニティ内で深まる一方、社会全体へ広がる回路は細くなる。代表選手の知名度は、熱量の不足ではなく分布の偏りによって見えにくくなっています。

知名度低下ではなく共有面の崩れ

笹川スポーツ財団の2024年調査でも、テレビでスポーツを観戦した人は79.0%と2004年以降で最低になり、インターネット観戦は24.2%へ伸びました。サッカー日本代表戦のテレビ観戦率は36.4%で高水準を保っていますが、ネットでのスポーツ観戦が増えるほど、同じ競技を見ていても視聴体験は共通化されにくくなります。

ここで重要なのは、「見られていない」のではなく「同じ場所で見られていない」という点です。代表戦を地上波で見る人、アウェー戦だけDAZNで追う人、プレミアリーグをU-NEXTで見る人、チャンピオンズリーグをWOWOWで見る人では、選手の印象形成がまったく違います。昔は一人のスターが全国区のテレビで共有されましたが、今は一人のスターが複数の小さな観客席に分割されているのです。

そのため、「昔は誰でも知っていたのに、今は知られていない」と感じるのは半分正しく、半分は見え方の問題です。サッカーファンの内部では、いまの代表は歴代でもかなり層が厚く、選手個々の評価も細かく共有されています。ただし、その共有は国民的な共通知識ではなく、サービス加入と視聴習慣を前提にしたコミュニティ知識へ変わりました。

注意点・展望

この問題を単純に「サブスクが悪い」と結論づけるのは正確ではありません。放映権収入はリーグや協会、制作体制、選手育成を支える重要な財源です。Jリーグや欧州リーグの中継品質が上がり、見逃し配信やハイライトが整備されたのも、配信プラットフォームの投資があってこそです。競技の中身を深く楽しめる環境は、むしろ以前より充実しています。

ただし、競技の強化とスターの可視化は別の政策課題です。今後必要なのは、完全無料化ではなく「無料で触れる窓口」をどう設計するかでしょう。代表戦の一部を地上波やTVerで確保すること、短尺ハイライトやドキュメンタリーを無料開放すること、選手の所属クラブでの活躍をニュース番組が継続的に拾うことが、入口の再建につながります。

日本代表の主力が欧州に散る流れ自体は、今後も続く可能性が高いです。だからこそ、強い代表を「知っている代表」に変えるには、試合の放送権だけでなく、日常的な露出設計まで含めた戦略が欠かせません。放映権を売ることと、スターを育てることを別々に考える時代は終わったと言えます。

まとめ

今のサッカー日本代表選手がピンとこない最大の理由は、能力不足でも人気低下でもありません。ホーム戦は地上波、アウェー戦はサブスク、所属クラブ戦はさらに別サービスへと分かれ、しかも主力の多くが欧州で深夜帯にプレーしています。強さは高まっているのに、社会全体で共有される接点は減っているのです。

言い換えれば、問題はスター不在ではなく、スターが見える面の細分化です。ワールドカップ本大会になれば再び日本代表は国民的な話題になりますが、その間の「日常視聴」が分断されたままでは、選手の名前は点でしか浸透しません。サブスク時代の課題は、競技の収益化と、偶然の出会いをどう両立させるかにあります。

参考資料:

佐藤 理恵

企業分析・M&A

会計士としての経験を活かし、企業の財務構造やM&A戦略を深掘り。数字の裏にある経営者の意思決定を読み解く。

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