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トランプ大統領を議会が罷免できない構造的理由

by 松本 浩司
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2025年弾劾棚上げと罷免の壁

2025年1月に2期目をスタートさせたトランプ大統領に対し、民主党議員は複数の弾劾決議案を提出してきました。しかし、いずれも下院で棚上げとなり、罷免への道は一歩も進んでいません。そもそもトランプ氏は1期目でも2度の弾劾訴追を受けながら、上院で無罪となった経緯があります。

なぜ議会は大統領を罷免できないのか。そこには、合衆国憲法が定める制度上の高いハードルと、現代アメリカの党派政治が生み出す構造的な壁が存在します。本記事では、弾劾制度の仕組みから2025年の最新動向までを整理し、議会による大統領チェック機能の限界と今後の展望を解説します。

弾劾制度の仕組みと「3分の2」の壁

下院による訴追と上院による裁判

アメリカの弾劾制度は、合衆国憲法第1条および第2条に規定された二段階のプロセスです。まず下院が過半数の賛成で弾劾訴追を決議し、次に上院が弾劾裁判を開廷します。上院では出席議員の3分の2以上が有罪と判断した場合にのみ、大統領は失職します。

この「3分の2」という高いハードルは、建国の父たちが意図的に設計したものです。憲法制定会議では、立法府が行政府を容易に排除できる仕組みは三権分立を損なうとの懸念がありました。マサチューセッツ代表のルーファス・キングは、議会が大統領を裁くことは権力分立の原則を侵害すると主張し、大統領の過失は選挙で審判を下すべきだと論じています。

歴史が示す罷免の困難さ

アメリカ史上、弾劾訴追を受けた大統領は3人います。1868年のアンドリュー・ジョンソン、1998年のビル・クリントン、そして2019年と2021年のドナルド・トランプです。しかし、いずれの大統領も上院の弾劾裁判で有罪に至っていません。連邦レベルで弾劾により罷免されたのは、すべて連邦判事であり、その数もわずか8人にとどまります。

つまり、制度の設計上、大統領を議会の手で罷免することは極めて困難であり、実際に成功した前例は一度もないのです。

党派政治がもたらす「猫の鈴」問題

共和党の結束と造反のコスト

現在の第119議会(2025〜2026年)では、共和党が上下両院の多数派を占めています。仮に下院で弾劾訴追が可決されたとしても、上院100議席のうち共和党が過半数を握る状況で、3分の2の有罪票を得ることは事実上不可能です。

しかも、共和党議員がトランプ大統領に反旗を翻すことの政治的コストは、近年ますます大きくなっています。2021年1月の2度目の弾劾訴追で賛成票を投じた下院共和党議員は10人いましたが、その後の政治的運命は過酷でした。4人が予備選で敗北し、4人は再選を断念、最終的に次の総選挙に進めたのはわずか2人でした。

リズ・チェイニーの教訓

この象徴的な事例が、リズ・チェイニー元下院議員です。ディック・チェイニー元副大統領の娘であり、下院共和党ナンバー3の要職にあったチェイニー氏は、弾劾賛成票を投じた後、党内の指導的地位を剥奪されました。2022年の予備選ではトランプ氏が支持するハリエット・ヘイグマン氏に約20ポイントの大差で敗北しています。

こうした前例は、弾劾に賛成することが政治生命の終わりを意味しうるという強烈なメッセージを党内に発しています。まさに「猫に鈴をつけるのは誰か」という古典的な寓話そのものです。鈴をつければ危険を察知できるとわかっていても、実行する者はいないのです。

2025年の弾劾決議案とその顛末

相次ぐ決議案と即座の棚上げ

トランプ大統領の2期目が始まると、民主党議員は次々と弾劾決議案を提出しました。2025年4月にはシュリ・タネダー下院議員(ミシガン州)が7つの訴追条項を含む決議案を提出しています。その内容は、司法妨害、適正手続きの違反、議会歳出権の簒奪、通商権限の濫用、憲法修正第1条の侵害、違法な官職の設置、収賄・汚職、専制行為と多岐にわたるものでした。

しかし、タネダー議員の決議案は、民主党内からも強い反発を受けました。採決の5分前に本人が決議案を撤回するという異例の事態となっています。

2025年6月には、アル・グリーン下院議員(テキサス州)がイランへの軍事攻撃を理由とする弾劾決議案を提出しました。トランプ大統領が議会の承認なくイランの核施設への空爆を命じたことが、議会の宣戦布告権を侵害したという主張です。この決議案も下院で棚上げ動議が可決され、審議に進むことはありませんでした。

民主党内の温度差

注目すべきは、弾劾をめぐる民主党内の分裂です。グリーン議員の決議案に対しては、23人の民主党議員が反対票を投じ、さらに47人が「出席」票(事実上の棄権)を選択しました。弾劾は「どこにも行き着かない」として、党の政策アジェンダから注意をそらすだけだと考える議員が少なくなかったのです。

2025年12月の採決では、140人の下院議員が弾劾条項の審議推進に賛成しましたが、これは下院の過半数にも届かず、上院での3分の2という最終ハードルからはほど遠い数字でした。

2026年中間選挙と弾劾制度の限界

2026年中間選挙が変える権力バランス

トランプ大統領自身が2026年1月、共和党下院議員の政策会議で「中間選挙で共和党が敗れれば、3度目の弾劾に直面する」と警告しています。実際、共和党の選挙戦略家たちは、弾劾の脅威を中間選挙の争点として活用する方針を打ち出しています。

仮に2026年11月の中間選挙で民主党が下院の多数派を奪還すれば、弾劾訴追の可決は現実味を帯びます。ただし、上院で共和党の多数派が維持される見通しが高いため、罷免に至る可能性は依然として低いと分析されています。

弾劾制度の構造的限界

弾劾は本来、大統領の権力濫用に対する議会のチェック機能として設計されました。しかし、現代の高度に党派化した政治環境では、弾劾は司法的な判断というよりも政治的な投票行動となっています。党派を超えた合意が形成されない限り、制度は機能しにくい構造にあります。

戦争権限法のように、大統領の行動を制約する法的枠組みは存在するものの、実効性には常に疑問が付きまとっています。1973年に制定された同法は、議会の承認なき軍事行動を60日以内に停止することを求めていますが、歴代大統領はしばしばこの規定を無視してきました。

3分の2要件と共和党圧力の構図

トランプ大統領を議会が罷免できない理由は、大きく3つに集約されます。第一に、上院で3分の2の賛成が必要という憲法上の高いハードル。第二に、共和党が上院の多数派を占める政治的現実。第三に、党の方針に反する投票が政治生命を脅かすという強烈な党内圧力です。

弾劾制度は民主主義の安全弁として重要な仕組みですが、党派対立が深まるほど機能しにくくなるというジレンマを抱えています。2026年の中間選挙がこの構図を変えうる次の分岐点となるでしょう。権力に対するチェックの在り方を、アメリカ社会全体が問い直す局面が続きます。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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