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えちぜん鉄道にMBA経営者が挑んだ再建の軌跡

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はじめに

日本各地でローカル線の存続が議論される中、福井県の「えちぜん鉄道」は第三セクター鉄道の成功例として注目を集めています。前身の京福電気鉄道が半年間に2度の列車衝突事故を起こし、全線運行停止・廃止という最悪の事態から、第三セクターとして復活を遂げました。

その経営に携わったのが、アメリカで経営学修士(MBA)を取得した伊東尋志氏です。ビジネスの専門知識を地方鉄道の経営に持ち込んだ結果、何が変わったのか。本記事では、えちぜん鉄道の再建の軌跡と、MBA的経営手法が地方鉄道にもたらした変革を解説します。

京福電鉄の事故と廃止の危機

半年で2度の衝突事故

えちぜん鉄道の前身である京福電気鉄道では、2000年12月17日に越前本線で列車の正面衝突事故が発生し、運転士1名が死亡しました。さらに約半年後の2001年6月24日、同じ越前本線で再び正面衝突事故が起きました。半年間で2度もの重大事故は、鉄道事業者としての安全管理体制に致命的な問題があったことを意味しています。

国土交通省は異例の運行停止命令を出し、京福電鉄の福井県内全線が運行を停止しました。これにより、沿線住民の通勤・通学の足が突然奪われるという事態が発生しました。

廃止か存続か

京福電鉄は収支悪化もあり、2001年10月に越前本線・永平寺線・三国芦原線の廃止届を国土交通省に提出しました。「赤字路線だから廃止は当然」という声もありましたが、鉄道がなくなった沿線では交通渋滞が深刻化し、高齢者の移動手段が失われるなど、日常生活に大きな支障が出ました。

地域住民は「鉄道がなくなって初めてその価値に気づいた」と言います。福井県と沿線市町村は協議を重ね、2002年1月に第三セクター方式で鉄道を存続させることを決定しました。同年9月にえちぜん鉄道株式会社が設立され、2003年7月に一部区間で運行を再開、同年10月に全線での営業を開始しました。

MBA経営者が持ち込んだ変革

ビジネスの視点で鉄道を見直す

えちぜん鉄道の経営には、アメリカでMBAを取得した伊東尋志氏が専務取締役として参画しました。伊東氏はビジネスの専門知識を持つ経営者として、従来の鉄道業界の常識にとらわれない発想を持ち込みました。

その基本的な考え方は、えちぜん鉄道を「鉄道業」ではなく「サービス業」として再定義することでした。鉄道はあくまで移動手段を提供するサービスであり、利用者の満足度を高めることが経営の根幹であるという発想です。この視点の転換は、その後のさまざまな改革の出発点となりました。

アテンダント制度の導入

えちぜん鉄道の最も象徴的な取り組みが、開業時から導入された「アテンダント」制度です。各列車に女性アテンダントが乗務し、高齢者の乗降支援、乗車券の販売・回収、観光案内、車内アナウンスなど多岐にわたるサービスを提供しています。

地方では鉄道の乗り方自体に不慣れな高齢者も多く、アテンダントの存在は安心感を大きく高めました。えちぜん鉄道は「車内アテンダントのパイオニア」として知られ、このサービスモデルは全国の地方鉄道から注目されています。

アテンダント制度は、事故で失われた利用者の信頼を回復するという重要な役割も担いました。「人の温かさ」を前面に出すことで、冷たい機械的な交通手段ではなく、地域に根ざしたコミュニティの一部としての鉄道を実現したのです。

経営改革の成果と手法

利用者数の着実な増加

えちぜん鉄道は開業以降、利用者数を着実に伸ばしてきました。2018年には年間利用者数が約370万人を記録し、設立以来最高を更新しました。廃止の危機にあった路線が、利用者数で過去最高を達成するという劇的な復活を遂げたのです。

この成果は、単にアテンダントを配置しただけでは実現できません。地域密着型のイベント開催、新駅の設置、グッズ販売など、多角的な取り組みを組み合わせた結果です。

「社会資本」としての鉄道

えちぜん鉄道の経営においてMBA的な視点が特に発揮されたのは、鉄道を「社会資本」として位置づけたことです。単に運賃収入で採算を取ることだけを目標にするのではなく、鉄道が存在することで地域全体にもたらす便益(交通渋滞の緩和、高齢者の移動支援、観光振興など)を可視化し、自治体の支援を得る論理を構築しました。

沿線自治体が鉄道の社会的価値を認め、運営コストの一部を補填する「上下分離方式」のような仕組みにより、持続的な経営が可能になっています。これは、地方鉄道が生き残るための一つのモデルケースです。

コスト管理と収益多角化

MBA的な経営の特徴は、数字に基づく冷静な判断にもあります。コストの徹底的な圧縮と、鉄道事業以外の収益源の開拓を並行して進めました。退職者の再雇用による人件費の抑制、設備の効率的な更新、そして沿線の観光資源と連携したイベント列車の運行など、限られたリソースを最大限に活用する工夫が随所に見られます。

第三セクター鉄道への教訓

全国の3セク鉄道が抱える課題

第三セクター鉄道の経営環境は厳しさを増しています。2022年度の業績では、経常黒字はわずか2社にとどまり、38社が赤字という状況です。少子高齢化、地域人口の減少、自家用車への依存といった構造的な課題は、どの地方鉄道にも共通しています。

整備新幹線の開業に伴って並行在来線がJRから分離され、第三セクターに移管されるケースも増えており、経営基盤の弱い事業者がさらに増加する傾向にあります。

えちぜん鉄道モデルの普遍性

えちぜん鉄道の成功は、いくつかの普遍的な教訓を含んでいます。第一に、鉄道を「サービス業」と捉える発想の転換です。第二に、地域住民や自治体を巻き込んだ「共創」の仕組みづくりです。第三に、ビジネスの専門知識を活用した合理的な経営管理です。

ただし、えちぜん鉄道の成功には、福井県という地域の特性や沿線自治体の強い支援意志といった固有の条件も影響しています。同じ手法をそのまま他の地域に適用できるわけではなく、各地域の実情に合わせた応用が必要です。

まとめ

えちぜん鉄道の物語は、廃線危機からの復活という劇的なストーリーであると同時に、地方鉄道の経営にビジネスの専門知識を持ち込むことの可能性と限界を示しています。MBA的な経営手法は、サービスの改善やコスト管理において確かな成果を上げましたが、それだけでは十分ではなく、地域全体の理解と協力が不可欠です。

全国で地方鉄道の存廃が議論される今、えちぜん鉄道の経験は多くの示唆を与えてくれます。鉄道を地域の社会資本として守り育てるという発想は、今後ますます重要になるでしょう。

参考資料:

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