kinyukeizai.com
kinyukeizai.com

ユーラシア中央回廊が変える国際物流の未来

by 松本 浩司
URLをコピーしました

中央回廊の台頭と7年5倍の貨物量

ユーラシア大陸を横断し、東アジアと欧州を結ぶ新たな物流動脈「中央回廊(ミドル・コリドー)」が、急速に存在感を高めています。正式名称は「トランス・カスピ国際輸送ルート(TITR)」。中国を起点に、カザフスタン、カスピ海、アゼルバイジャン、ジョージアを経由して欧州に至るこのルートは、2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、ロシアを経由しない代替ルートとして世界的な注目を集めています。

貨物量は7年間で5倍に急増し、日本の国土交通省も実証調査に乗り出しました。本記事では、中央回廊が注目される背景、現在の整備状況、そして日本への影響について解説します。

中央回廊とは何か

ルートの概要

中央回廊は、中国西部からカザフスタンを横断し、カスピ海を船で渡ってアゼルバイジャンのバクー港に到達。そこからジョージアを経由してトルコ、さらに欧州各国へと貨物を運ぶ多国間の物流ルートです。

従来、アジアと欧州を結ぶ陸上ルートとしては、ロシアのシベリア鉄道を経由する「北部回廊」が主流でした。しかし、ロシアに対する国際的な経済制裁と地政学的リスクの高まりにより、ロシアを通らない代替ルートの確保が各国の喫緊の課題となっています。

なぜ今注目されているのか

中央回廊への関心が急速に高まった最大の理由は、地政学的リスクの回避です。ロシア経由ルートの不確実性が増したことに加え、スエズ運河を通る海上ルートも紅海周辺の安全保障上のリスクを抱えています。

中央回廊は、これら既存の物流ルートのリスクを分散できる「第三の選択肢」として、各国政府や物流企業から高い関心を集めているのです。

急成長する貨物量

7年で5倍の伸び

中央回廊の成長は数字に明確に表れています。アスタナ・タイムズの報道によると、トランス・カスピ国際輸送ルートの年間貨物量は7年間で5倍に増加しました。

具体的な推移をみると、2023年に276万トンだった年間貨物量は、2024年に62%増の約448万トンに急増。2025年には約412万トンとなり、高い水準を維持しています。

コンテナ輸送量は25倍に

特に注目すべきはコンテナ輸送の伸びです。2024年に中国からTITR経由で輸送されたコンテナ量は2万7,000TEU(20フィートコンテナ換算)を超え、前年比で実に25倍という驚異的な伸びを記録しました。

2025年には約7万7,000TEUが輸送され、2029年には30万TEUへの拡大が目標として掲げられています。コンテナ列車の運行本数も、2025〜2026年の年間600本から、2027年に1,000本、2029年に2,000本へと段階的に増加する計画です。

インフラ整備の現状と課題

カスピ海横断がボトルネック

中央回廊の最大のボトルネックは、カスピ海の横断区間です。カザフスタン側のクリク港からアゼルバイジャン側のアラト港までのフェリー輸送は、天候の影響を受けやすく、船舶数も限られています。

この課題に対して、アゼルバイジャン政府はバクー国際港の処理能力拡大を計画しています。カザフスタン側でもクリク港の浚渫工事が2026年初頭に着手され、港のアプローチ水路を水深5メートルまで掘り下げることで、年間を通じた航行を可能にする計画です。

さらに、クリク〜アラト航路には2026年前半に新型フェリー2隻が就航予定で、2028年までにさらに追加されて計6隻体制となる見通しです。

3カ国の合弁物流会社が始動

中央回廊の効率的な運営に向けて、カザフスタン、アゼルバイジャン、ジョージアの3カ国は2023年に合弁物流会社「ミドル・コリドー・マルチモーダル」を設立しました。同社はアスタナ国際金融センター(AIFC)に登記され、ルート全体の一元的な管理と運営を担います。

多国間の物流を円滑にするためには、通関手続きの簡素化、鉄道のゲージ(軌間)の違いへの対応、デジタル化による書類手続きの削減など、多くの課題が残っています。しかし、3カ国の政府が協力して取り組む体制が整ったことは、大きな前進といえます。

日本の取り組み

国土交通省が実証調査を実施

日本もこの動きに積極的に対応しています。国土交通省は2024年11月から2025年2月にかけて、中央回廊を利用した実証輸送を実施しました。日本からトルコ(2件)、イタリア、ドイツ、フランスの5カ所向けに貨物を輸送し、ルートの実用性を検証しています。

この実証調査は、国際物流の多元化・強靭化を目指す政策の一環です。ロシア経由ルートへの依存度を下げ、安定的な供給網を確保するための戦略的な取り組みといえます。

中央アジアへの関心の高まり

日本経済新聞の報道によると、日本は中央アジアの資源確保でも中国やロシアを追う立場にあり、地理的制約から物流ルートの整備に注力しているとされています。中央回廊は資源輸送の観点からも重要な位置づけにあり、今後の日本の中央アジア外交にも大きな影響を与えることが予想されます。

輸送コスト15%低減と10年3〜4倍予測

輸送コストと時間の課題

中央回廊は代替ルートとしての価値がある一方、輸送コストと所要時間では既存ルートに対してまだ劣る面があります。カスピ海のフェリー横断や、複数国をまたぐ通関手続きによるタイムロスは、商業利用の拡大に向けた課題です。

ただし、2026年のアゼルバイジャン・アルメニア平和条約の進展により、コストが15%程度低減する可能性があるとの分析もあり、地政学的環境の変化がルートの経済性を大きく改善する余地があります。

今後10年で輸送量は3〜4倍に

長期的な見通しとして、中央回廊を通過する輸送量は今後10年間で3〜4倍に増加すると予測されています。インフラ整備が進み、運用の効率化が実現すれば、中央回廊はアジアと欧州を結ぶ物流の主要ルートの一つに成長する可能性を秘めています。

中央回廊の成長と国交省実証調査

中央回廊は、地政学的リスクの高まりを背景に、アジアと欧州を結ぶ「第三の物流ルート」として急速に発展しています。貨物量は7年で5倍、コンテナ輸送は1年で25倍と、その成長スピードは目覚ましいものがあります。

日本の国土交通省も実証調査に乗り出すなど、サプライチェーンの多元化に向けた取り組みが進んでいます。カスピ海横断のボトルネック解消やインフラ整備が進めば、国際物流の地図は大きく塗り替わる可能性があります。貿易や物流に関わるビジネスパーソンにとって、中央回廊の動向は引き続き注視すべきテーマです。

参考資料:

松
松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

関連記事

P-1哨戒機の低稼働が映す日本防衛航空産業の深刻すぎる構造不全

会計検査院が低調な可動状況を指摘した海上自衛隊P-1哨戒機。F7-10エンジン腐食、電子機器不具合、部品調達遅延が重なった背景には、防衛省の試験設計、維持整備、経産省の航空機産業育成の弱さがある。可動率を数字だけでなく要求定義から補給までの製造業的な詰まりとして解説。

ソリウム現実化で浮上するカザフスタンのトリウム資源戦略最前線

レアアース開発で副産物となるトリウムは、溶融塩炉や核燃料サイクルの研究で再評価が進む。ウラン生産で世界首位のカザフスタンが、希土類投資、原発建設、研究炉基盤を結び、次世代エネルギー拠点を狙う現実性と課題を、放射性残渣、技術成熟、対中依存、ロシア関与、鉱山実装と日本企業への実務的示唆から丁寧に読み解く。

陸自USB感染が示す身近な媒体リスクと防衛現場の調達運用の盲点

陸上自衛隊中部方面総監部で見つかった感染USBは、情報窃取よりも調達経路、例外運用、検査徹底の弱さを浮かび上がらせました。三重県の一斉点検や政府答弁、JPCERT-CC、NIST、Microsoftの知見を踏まえ、クラウド時代にも残る可搬媒体リスクと、調達・棚卸し・端末制御・教育で企業が取るべき実務策を解説。

熊本地震で示された半導体産業の耐震力と供給網強靭化の今後の課題

2026年7月の令和8年熊本地震で、JASMやソニー、東京エレクトロン九州など熊本の半導体拠点は退避・点検を迫られた。建屋被害の限定性や段階復旧は、2016年後に進んだBCP強化とデータ活用の成果を映す。工場設計、装置復旧、地域インフラ依存、供給網の弱点、耐震投資の評価軸を経営者向けに現場目線で解説。

日本企業の中国離れ実態と進出拡大の意外業種ランキング分析最新版

中国事業を縮小する企業が目立つ一方、JETRO調査では拡大21.3%、現状維持64.3%と撤退は少数派です。対中直接投資や海外現地法人統計を照合し、情報通信・食料品・小売など拡大比率の高い業種、拠点再編の財務判断、地政学リスクまでも具体的に整理。中国離れの実態と、企業が残す機能の見極め方を読み解く。

最新ニュース

猫2匹と100種の植物が共存、壁を傷めない賃貸DIYの安全設計

築34年の賃貸マンションで、猫2匹と100種超の植物が安全に共存する住まいをどうつくるのか。有毒植物を購入前に学名で照合する方法、壁に穴を開けない突っ張り柱と自立棚の使い分け、荷重・地震・湿気・害虫への備え、猫の逃げ場と動線、退去時の原状回復まで、園芸経験者の発想を一般の賃貸住宅で再現する設計手順を解説する。

無料訪問は怪しい?ホームスタートが孤立する親子を支える仕組み

無料で自宅を訪ねるホームスタートは、研修を受けた子育て経験者が傾聴と協働で親子に寄り添う家庭訪問型支援です。週1回約2時間、4〜6回の活動内容、オーガナイザーによる調整と安全管理、家事代行・託児との違い、2025年度に3271家庭へ届いた実績、利用前に確認したい地域差や限界と相談先まで詳しく解説します。

日本の原潜保有論が再浮上、68年の検討史と国家決断の条件とは

日本の原子力潜水艦構想は、1958年の民間試設計から68年を経て安全保障3文書改定の論点に浮上した。小泉純也元防衛庁長官の「造る意思なし」と孫・進次郎防衛相の「選択肢を排除しない」を起点に、原子力基本法、NPT・IAEA保障措置、建造費、人材、AUKUSの教訓を検証し、導入判断に必要な条件を読み解く。

しまなみ海道の外国人客が3割超 映画ロケ地人気を支える観光設計

映画『汝、星のごとく』の舞台として脚光を浴びる、尾道と今治を結ぶしまなみ海道。2024年度はレンタサイクル13万5735台の32.2%を外国人が占めた。70キロのブルーライン、乗り捨て、電動化、無料の橋梁通行、島文化が生む体験価値を整理し、急増客を滞在消費へ変える地域課題と旅行者が守るべきマナーを読み解く。

恋愛が怖い若者へ、傷つく不安を越えて関係を育てる心の実践処方箋

恋人がいる未婚者は男性19.6%、女性27.8%――最新の出生動向基本調査が示す若者の恋愛離れを、拒絶への敏感さ、男子校・女子校の交流経験、SNS時代の評価不安から分析。林真理子さんの「欲望」を手がかりに、本人が無理なく踏み出す方法と、親が干渉せず自律を支える具体策、安全な関係の境界線まで解説する。