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サバ高騰の裏にある日本の漁業資源管理の構造的欠陥

by 松本 浩司
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はじめに

かつて「庶民の魚」の代名詞だったサバが、いま食卓から遠ざかりつつあります。2026年3月のサバ小売価格は100グラムあたり169円に達し、前年同月の154円から約10%の上昇を記録しました。サバ缶も1缶300円前後が当たり前となり、100円台で買えた時代は過去のものとなっています。

この価格高騰の背景には、単なる不漁や需給の一時的な逼迫ではなく、日本の漁業資源管理が抱える構造的な問題が横たわっています。世界有数の水産資源管理国であるノルウェーと比較すると、日本の制度設計の欠陥が鮮明に浮かび上がります。本記事では、国際的な漁獲枠削減の動向と日本独自の乱獲問題を俯瞰し、サバ危機の本質に迫ります。

国内外で進むサバ資源の急減

太平洋マサバの「乱獲・枯渇」評価

日本近海のマサバ資源は深刻な減少局面にあります。水産研究・教育機構が実施した2024年度の資源評価では、マサバ太平洋系群は「乱獲・枯渇状態」と判定され、厳しい漁獲制限が必要となる限界管理基準値の周辺まで低下していると報告されました。

国内のサバ類漁獲量はピーク時の1978年に120万トンを超えていましたが、長期的な減少傾向が続いています。2023年のサバ類全体の漁獲量は約27万トンで、2018年の約54万トンからわずか5年で半減しました。2024年にはさらに減少し、約25万6,000トンにとどまっています。

水産庁は2025年度の太平洋マサバ・ゴマサバの漁獲枠を13万9,000トンに設定し、前年度比で6割の削減に踏み切りました。科学者からは8割減の6万8,000トンを推奨する意見も出ていましたが、漁業者への配慮から6割減に落ち着いた経緯があります。

ノルウェー産サバも大幅減枠の衝撃

国産サバの不足を補ってきたのが、脂のりの良さで知られるノルウェー産サバです。しかし、この輸入頼みの構図にも暗雲が垂れ込めています。

国際海洋探査委員会(ICES)は2026年の北東大西洋サバの漁獲枠について、前年比で約77%の大幅削減を勧告しました。科学的に推奨される漁獲量は約17万4,000トンで、前年の約57万7,000トンから劇的な引き下げとなります。ICSEによれば、過去5年間で科学的助言を上回る漁獲が累計100万トン以上に達しており、資源回復のための「救済措置」が不可欠な段階に入っています。

2025年12月、ノルウェー・英国・フェロー諸島・アイスランドの4か国は、2026年の漁獲枠を合計約29万9,000トンとすることで合意しました。科学勧告よりは緩やかですが、それでも前年比で約48%の大幅削減です。日本への供給量は大きく減少する見通しで、業界関係者からは「1万トンを割る可能性もある」との懸念が出ています。

「成長乱獲」という日本固有の病理

食べられない魚まで獲る構造

日本のサバ漁業が抱える最大の問題は「成長乱獲」です。これは、サバが十分に成長する前に漁獲してしまい、資源の再生産力を損なう行為を指します。

日本では「ローソク」と呼ばれるサバの幼魚が大量に漁獲されています。こうした幼魚はほとんど食用に向かず、その多くが養殖魚のエサ(フィッシュミール)として非食用に回されます。2024年にはサバ漁獲量の約6割、およそ15万トンが丸のまま非食用に仕向けられたとされています。

将来的に大きく成長し、高い商品価値を持つはずのサバを、わずかな飼料価値のために幼魚の段階で獲ってしまう。これは経済的にも資源管理の観点からも極めて非合理的な漁業のあり方です。

TACが機能しない制度設計

なぜ日本では成長乱獲が止まらないのでしょうか。その根本原因は、漁獲可能量(TAC)制度の設計にあります。

日本のサバのTAC消化率は過去10年間の平均で約61%にとどまっています。つまり、設定された漁獲枠自体が実際の漁獲能力に対して大きすぎるため、枠としての規制力がほとんど働いていません。漁業者にとっては「見つけたら獲る」という行動に何の制約もかからない状態です。

大型の巻き網漁船が群れを見つければ、サバの大きさに関係なく一網打尽にしてしまいます。漁獲枠に余裕がある以上、小型魚を選別して逃がすインセンティブが存在しないのです。

ノルウェーとの決定的な制度格差

個別割当制度が生む「選択的漁業」

ノルウェーのサバ漁業では、TACの消化率がほぼ100%で推移しています。一見すると「ノルウェーも限界まで獲っている」と映りますが、実態は正反対です。

ノルウェーでは、国全体のTACが漁船ごとに個別漁獲枠(IVQ:Individual Vessel Quota)として配分されます。各漁船に割り当てられた枠は、実際に漁獲可能な量よりも少なく設定されています。このため、漁業者は限られた枠を最大限に活用しようと、単価の高い大型のサバを選んで獲るようになります。

3歳未満の幼魚を大量に獲れば、枠をすぐに使い切ってしまい、利益が出ません。結果として、漁業者自身が経済合理性に基づいて小型魚の漁獲を避けるという好循環が生まれています。漁獲を逃れた幼魚は成長して産卵し、資源の持続性を支えます。

「獲らない合理性」と「獲り尽くす非合理」

日本とノルウェーのサバ漁業の違いは、制度設計が漁業者の行動にどう影響するかを端的に示しています。

ノルウェーでは、枠が漁船ごとに厳格に管理されているため、「獲らない」ことが経済的に合理的です。大きく育ったサバを獲った方が、キロあたりの単価が高く、枠あたりの収益が最大化されるからです。実際、ノルウェー産サバの輸出単価は日本産の約2倍に達するとされています。

一方、日本では漁獲枠が大きすぎ、かつ個別漁船への配分が不十分なため、「獲れるうちに獲る」という早い者勝ちの競争(オリンピック方式)が続いています。漁業者個人を責めるのは筋違いで、制度が非合理な行動を誘発している構造こそが問題の核心です。

国際交渉の難航と公海の管理空白

NPFCでの攻防

サバ資源の問題は、日本近海だけにとどまりません。北太平洋の公海上では近年、遠洋漁獲国による漁獲が急増しています。

2025年3月に大阪で開催されたNPFC(北太平洋漁業委員会)の年次会合では、公海におけるマサバのTACが焦点となりました。日本政府代表団は50%の削減を提案しましたが、中国の反対もあり、最終的には29%減の7万1,000トンで合意するにとどまりました。

WWFジャパンは、この削減幅について「不十分」と指摘しています。科学的な資源評価が示す深刻な資源状態に対して、国際交渉の場での合意形成は常に政治的な妥協を伴い、必要な措置が先送りされがちです。

「合意なき過剰漁獲」の連鎖

北東大西洋のサバ漁業でも同様の問題が生じています。ICSEが各国に割り当てた漁獲枠の合計と、実際に各国が独自に設定する漁獲枠の合計との間には、常に大きな乖離が存在します。過去5年間で累計100万トン以上が科学的助言を超えて漁獲されてきた事実は、国際的な資源管理の限界を象徴しています。

各国が自国の漁業利益を優先し、科学的助言よりも多く獲り続ける。この構造は「コモンズの悲劇」の典型であり、サバという回遊魚の管理を一層困難にしています。

日本の漁業改革の現在地と課題

漁業法改正の理念と現実

日本でも漁業資源管理の改革は進められています。2018年に成立した改正漁業法では、TAC対象魚種の拡大と、個別割当(IQ)方式の導入が柱として掲げられました。大臣許可漁業については、2023年度までにTAC魚種を主な漁獲対象とする漁業にIQ管理を原則導入する方針が示されています。

しかし、改革の実効性には疑問符がつきます。IQ制度が導入されても、もとのTAC自体が科学的推奨値より大幅に緩い水準であれば、個別枠の効果は限定的です。2025年度の太平洋マサバの漁獲枠が、科学者推奨の6万8,000トンではなく13万9,000トンに設定された事実は、政策決定において漁業者への短期的配慮が資源保全よりも優先される現実を物語っています。

求められる抜本的な転換

サバ資源の回復には、漁獲枠の科学的根拠に基づく厳格な設定と、個別漁船への枠配分の徹底が不可欠です。ノルウェーの成功事例が示すように、制度設計を変えれば漁業者の行動は自然と変わります。

同時に、非食用向けの幼魚漁獲を制限する具体的な措置も急務です。養殖のエサとしてサバ幼魚を大量消費する構造は、養殖飼料の代替手段の開発と併せて見直す必要があります。

注意点・今後の展望

サバの価格高騰を「一時的な不漁」と捉えるのは危険です。太平洋系群のマサバが限界管理基準値の周辺まで低下しているという評価は、資源が回復不能な水準に近づいていることを意味します。

今後の注目点は、2026年度以降のTAC設定において、科学的助言がどこまで反映されるかです。NPFC等の国際交渉の場でも、日本が自国近海の資源管理を厳格化しなければ、他国に削減を求める説得力を持ちません。

消費者の立場からは、サバの価格上昇は今後も続く可能性が高いと認識しておく必要があります。ノルウェー産の供給減と国産の漁獲制限が同時に進行する以上、需給の改善は短期的には見込めません。

まとめ

サバの価格高騰は、日本の漁業資源管理の構造的欠陥が長年にわたって蓄積した結果です。食用にならない幼魚まで獲り尽くす「成長乱獲」、実効性を欠くTAC制度、国際交渉での合意形成の難航——これらが複合的に重なり、かつての大衆魚を高級品へと変えつつあります。

ノルウェーの事例は、適切な制度設計によって資源の持続的利用と漁業の高収益化を両立できることを証明しています。日本が「獲り尽くす漁業」から「育てて獲る漁業」へ転換できるか。その答えは、制度改革の速度と本気度にかかっています。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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