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日本の食料自給率38%が示す令和の供給不安と再建策の論点整理

by 松本 浩司
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はじめに

日本の食料自給率は、長く「低い」と言われてきました。実際、農林水産省が2025年10月10日に公表した2024年度の総合食料自給率は、カロリーベースで38%です。数字だけを見ると危機的に映りますが、この指標は国内の生産力だけでなく、私たちの食生活や畜産の飼料構造まで映し出すため、読み解き方を誤ると議論が単純化しやすい面があります。

一方で、令和の日本が直面する課題は、単に「38%は低い」という一言では片付きません。農地の縮小、担い手の高齢化、飼料や肥料の輸入依存、気候変動による収量の不安定化が同時進行しているからです。本記事では、最新の公式統計をもとに、食料自給率の本当の意味と、食料安全保障をめぐる日本の構造問題を整理します。

38%という数字の意味と指標の読み方

カロリーベースと摂取熱量ベースの違い

まず押さえたいのは、政府が公表している指標が一つではないことです。2024年度の総合食料自給率は、カロリーベースで38%、生産額ベースで64%でした。さらに、輸入原料を含まない国内由来の割合をより見やすくした「摂取熱量ベースの食料国産率」は46%です。つまり、同じ食料供給を見ても、何を基準に数えるかで見え方はかなり変わります。

カロリーベースが低く出やすい最大の理由は、日本の食生活の変化です。農林水産省によると、1人当たりの米の年間消費量は1965年度の111.7kgから、2024年度には53.4kgまで減っています。反対に、肉類や油脂類、小麦製品の比重が大きくなりました。これらは輸入飼料や輸入原料への依存度が高く、国内で加工や飼養をしても、カロリー換算では自給率が上がりにくい構造です。

この点は、畜産物を見ると分かりやすいです。農水省は、例えば牛肉は市場で見れば国産比率が4割前後あっても、飼料まで含めたカロリーベースの自給率では1割程度に下がると説明しています。豚肉や鶏肉も同様で、国内で育てていても、えさの多くを海外に頼れば、国内の食料供給力としては弱いという計算になります。38%という数字は、日本の農業だけでなく、食卓と輸入構造の組み合わせを映す指標なのです。

輸入国家でも危うさが残る理由

では、自給率が低いことは、そのまま「日本はすぐ食べられなくなる」という意味なのでしょうか。そこは分けて考える必要があります。日本は平時において、商社、食品メーカー、港湾、倉庫、外航輸送の仕組みを通じて、多くの食料を安定的に輸入してきました。小麦や大豆のように国内で不足する品目でも、市場経由で日常生活が成り立っているのはそのためです。

ただし、令和の課題は、輸入に頼れば済むという前提が揺らいでいることです。農林水産省の世界食料需給見通しでは、2050年の世界の穀物消費量は28億6千万トンに達し、2000年比で約4割増えると見込まれています。需要が膨らむ一方、輸出余力は一部の国に偏りやすく、異常気象や戦争、物流の混乱が起きると、日本のような純輸入国は価格面でも量の確保でも不利になりやすいです。自給率は「平時の供給量」だけでなく、「有事に調達できる余地」を測る物差しでもあります。

国内基盤を弱らせる構造要因

農地と担い手の縮小

国内生産を増やしたくても、その土台は細っています。農林水産省の2024年食料・農業・農村白書によると、2024年の農地面積は前年比2万5千ha減の427万haでした。新たに発生した荒廃農地は2023年度に2.5万ha、2024年3月末時点の荒廃農地面積は25.7万haに達しています。農地は一度荒れると復旧に時間も費用もかかるため、単なる面積減少以上に重い問題です。

人の面でも縮小は続いています。2024年の基幹的農業従事者は111万4千人で、平均年齢は69.2歳です。65歳以上が7割を占め、49歳以下は1割強にとどまります。新規就農者は増減を繰り返していますが、全体の高齢化を反転させる規模にはまだ達していません。担い手が減れば、作付面積だけでなく、災害時の復旧力や地域の水路管理、農地保全機能まで弱くなります。

ここで重要なのは、農地と担い手の問題が、米だけの話ではないことです。政府が自給率向上の柱に据える小麦や大豆、飼料作物は、いずれも広い面積と継続的な輪作、機械化、乾燥調製施設などが必要です。条件不利地や中山間地でそれを維持するのは簡単ではありません。令和の課題は、単に「もっと作ろう」と号令をかけることではなく、作れる地域と人をどう残すかにあります。

飼料・肥料依存と畜産の脆弱性

自給率を押し下げる第二の構造要因は、生産資材の海外依存です。飼料コンテンツ集で農水省が示している通り、日本の飼料は約73%を輸入に頼っています。2024年度の飼料自給率も26%にとどまり、畜産は国際穀物価格と為替の影響を直接受けます。2024年の小麦輸入は米国40.5%、カナダ38.5%、豪州20.9%でほぼ占められ、大豆輸入も2024年に317万トン、その66%を米国、23%をブラジル、10%をカナダに依存しました。供給先が数か国に集中するほど、天候不順や港湾混乱の影響は大きくなります。

肥料も同じです。農水省は新基本計画関連資料で、肥料成分は輸入依存度が高く、国内資源の利用拡大が必要だと明記しています。実際、2024年の農林水産物輸入額は9兆5,461億円に達しましたが、その背後では食料本体だけでなく、肥料や飼料など生産に不可欠な資材の価格上昇が農家経営を圧迫しました。国内で作る力を高める議論をするとき、収穫量だけでなく、何で作っているのかまで見なければ実態は分かりません。

畜産や加工食品の自給率が上がりにくいのは、この二重依存のためです。肉や牛乳を国内で生産しても、えさを輸入し、化学肥料の原料も海外に頼るなら、危機時には国内供給も不安定になります。自給率の低さは「農業が弱い」というより、「国内生産が海外資材に埋め込まれている」という問題です。令和の政策論点が、飼料作物や堆肥利用、下水汚泥資源化まで広がっているのはそのためです。

国際環境と気候変動の複合リスク

世界需給の逼迫と輸入先集中

令和の食料安全保障を難しくしているのは、世界の市場環境が以前より不安定になっている点です。世界全体では人口増加と新興国の所得上昇で穀物需要が増えています。加えて、バイオ燃料需要や家畜飼料需要が増えると、食用向けとの取り合いも起きます。輸入大国の日本は、数量が確保できても価格高騰を通じて家計と外食産業に打撃を受けやすい構造です。

さらに、穀物や大豆は自由市場でいくらでも代替できるわけではありません。輸入先の集中度が高い小麦や大豆に加え、肥料原料や配合飼料も特定地域に偏っています。ロシアのウクライナ侵攻以降、肥料価格と飼料価格が急騰した経験は、日本の農政に「輸入先の多角化だけでは足りない」という教訓を残しました。調達先を分散しても、世界同時ショックが起きれば価格は逃げられないからです。

このため、近年の食料安全保障論は、単純な自由貿易か保護主義かという二択から離れつつあります。必要な輸入は確保しつつ、国内で代替しやすい作物を増やし、危機時に配分を調整できる仕組みを持つことが重要視されています。特に水田を活用した麦・大豆・飼料作物の拡大は、日本の地理条件の中で現実味のある対応策として位置付けられています。

記録的高温と適応投資

外部リスクは地政学だけではありません。気候変動は、国内生産そのものを不安定にしています。農林水産省が2026年3月27日に公表した2025年地球温暖化影響調査レポートの速報版では、2025年6月から9月の平均気温偏差は全国で平年比プラス2.36℃でした。高温耐性品種の作付面積は24.8万haまで増えましたが、全国作付面積に占める割合は18.2%です。適応は進んでいるものの、主流化にはまだ距離があります。

高温の影響は収量だけでなく、品質にも表れます。米の白未熟粒、果樹の着色不良、野菜の着果不良が広がると、見た目や歩留まりの低下を通じて市場供給は細ります。しかも高温と豪雨、渇水が組み合わさると、地域ごとの当たり外れが大きくなり、安定供給が難しくなります。日本の自給率を論じるとき、面積や労働力だけでなく、気候への適応投資を含めた「生産の持続可能性」を見る必要があります。

ここで見落とされやすいのは、気候変動が輸入先でも起きていることです。つまり、日本は国内不作と海外不作が同時に起きる複合リスクにさらされています。輸入で埋めればよいという発想が通用しにくくなるのは、この同時多発性のためです。令和の食料安全保障は、国内生産の底上げと国際調達の安定化を別々ではなく、一体で設計しなければ機能しません。

政策転換の現在地

新基本計画の目標設定

こうした危機認識を受け、政府は2025年4月11日に新たな食料・農業・農村基本計画を閣議決定しました。2030年度の総合食料自給率目標は、カロリーベース45%、生産額ベース69%、摂取熱量ベース53%です。単に数字を上げるだけでなく、麦・大豆・飼料作物の増産、水田政策の見直し、スマート農業、価格転嫁の改善を一体で進める構図になっています。

ただし、目標は掲げるだけでは達成できません。2030年度までに7ポイント引き上げるには、作付転換、機械投資、集荷・乾燥施設の整備、加工適性の改善、実需者との契約拡大まで進める必要があります。国産小麦や国産大豆は、収量だけでなく品質の安定がなければ実需が広がりません。ここが、単年度の補助金では解決しにくい難所です。

その意味で、新基本計画の成否は、農家支援の厚さ以上に、産地と実需者の長期契約をどこまで広げられるかにかかっています。自給率は供給側の数字に見えますが、実際にはパン、麺、豆腐、飼料、外食といった需要側の仕様が国産転換を左右します。令和の課題は、農政だけでなく、食品産業政策と消費行動の調整問題でもあります。

有事法制と平時の備え

もう一つの転換点は、食料供給困難事態対策法が2025年4月1日に施行されたことです。この法律は、国民生活や国民経済に大きな影響が出るおそれがある場合に、政府が情報収集、計画作成、出荷や供給の調整要請などを行える枠組みを整えるものです。平時に見えにくかった「危機時の指揮系統」を法制度として可視化した点に意味があります。

ただし、この法律だけで食料は増えません。危機対応法制は、供給が不足した時の調整装置であって、生産基盤そのものを再建する政策ではないからです。平時の備えとして必要なのは、農地保全、担い手育成、国産飼料の拡大、肥料原料の国産資源化、備蓄の適正化、輸入先の多角化を地道に進めることです。法制度は最後の安全網であり、その前段にある基盤整備が弱ければ、実効性は限定されます。

注意点・展望

食料自給率をめぐる議論では、二つの誤解が広がりやすいです。第一に、カロリーベース38%だけを見て、日本の農業全体が極端に弱いと決めつける見方です。実際には、生産額ベースでは64%、摂取熱量ベースでは46%であり、野菜、果実、コメ、畜産の一部には強みもあります。第二に、逆に「輸入できるから問題ない」と軽視する見方です。令和の日本は、輸入食料だけでなく、国内生産を支える飼料と肥料まで海外に頼るため、平時と有事の落差が大きいのです。

今後の焦点は、量の確保と採算改善を両立できるかにあります。国産麦や大豆、飼料作物は、自給率向上に効きやすい一方で、米より収益が不安定になりやすいです。価格転嫁の改善、実需との契約栽培、気候適応品種の普及、農地の集積が進めば、2030年度目標へ近づく可能性はあります。しかし、担い手減少のスピードを考えると、政策が遅れれば目標未達に終わる公算も小さくありません。令和後半の日本農政は、危機対応よりも前に、平時の採算と再投資をどう回復するかが問われます。

まとめ

日本の食料自給率38%は、単なるショッキングな数字ではありません。食生活の変化、畜産の輸入飼料依存、農地と担い手の縮小、そして気候変動が重なった結果として現れた構造指標です。したがって、改善策も「国内生産を増やす」の一言では足りません。

必要なのは、麦・大豆・飼料作物への転換、肥料と飼料の国産化、農地保全、需要側の国産転換、危機時法制の整備を束ねた長期戦略です。食料自給率の議論は、農業の話であると同時に、日本経済と生活コストの話でもあります。令和の課題は、輸入に依存した豊かさを前提にするのではなく、平時でも有事でも持続する供給力をどう再設計するかにあります。

参考資料:

松本 浩司

マクロ経済・国際経済

国際経済の潮流を、通商政策・為替・新興国の動向から多角的に分析。グローバル経済の「次の震源地」を見極める。

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