コーエーテクモ人材戦略の本質 新卒大量採用と寮拡充を支える収益力
コーエーテクモの内製人材育成戦略
コーエーテクモの人材戦略は、いまの日本企業の感覚ではかなり異色に映ります。新卒採用を重視し、自社寮や社宅を増やし、研修に長い時間をかけ、社内イベントや祝い金まで厚く整えるからです。しかもそれを単発の話題づくりではなく、IR資料や採用サイトで一貫して打ち出しています。
ただし、表面的に「バブル的な厚遇」と見るだけでは実態を見誤ります。調べると見えてくるのは、コーエーテクモが高い利益率と資産余力を背景に、ゲーム会社の生命線である内製人材を長期で育てる設計を続けていることです。本稿では、同社の制度を福利厚生の派手さではなく、収益構造、人材育成、離職抑制の観点から読み解きます。
高収益企業が人に再投資する構造
経営思想に埋め込まれた福祉重視
コーエーテクモの独特さは、採用サイトの演出よりも、会社の思想にあります。公式の基本理念では、経営の基本方針として「社員の福祉の向上」を掲げています。採用ページでも「人こそが最大の財産」と明記し、会社は社員に自己実現の場を提供する存在だと説明しています。人材をコストではなく価値創造の源泉と見る姿勢が、かなり明確です。
この考え方は、制度設計にもそのまま表れています。採用サイトの福利厚生ページでは、独身寮、出産祝い金、奨学金返済バックアップ、通信教育補助、KT会と呼ばれる部活動支援まで並びます。単独で見れば珍しい制度ではなくても、生活支援、学習支援、コミュニティ形成支援が一体で並ぶ企業は多くありません。しかもIR資料では、これらを福利厚生ではなく「安心して働ける環境の構築」という人材戦略の柱として扱っています。
重要なのは、同社がこうした制度を採用広報の飾りではなく、経営基盤強化の一部として位置づけている点です。2025年度から始まった第4次中期経営計画でも、人的資本とガバナンスが「経営基盤強化」の柱に置かれました。つまりコーエーテクモにとって人材戦略は、景気がよい時だけ厚くする可変費ではなく、成長の前提条件として固定的に積み上げる投資だと読めます。
不動産資産と利益率が支える待遇設計
では、なぜそこまで投資できるのでしょうか。最大の理由は、同社が高収益かつ資産余力の大きい会社だからです。統合報告書2025の価値創造プロセスによると、2024年度の売上高は831億円、営業利益は321億円、総資産は2,098億円、現預金・有価証券・投資有価証券は1,439億円です。人件費も2024年度に245億円まで増えていますが、それでも利益水準は高いままです。
さらに見落とされがちなのが、不動産事業を持つ会社であることです。コーエーテクモはエンタテインメント事業だけでなく、不動産事業も展開しています。統合報告書では、自社所有オフィス6棟、独身寮・社宅15棟409部屋を保有し、それらの運用管理も事業活動の一部として示しています。採用サイトでは、2025年3月に横浜駅徒歩圏の新寮を竣工し、2026年度までに寮を14物件414部屋まで増やす予定だとしています。
ここから読み取れるのは、同社の寮政策が単なる福利厚生ではなく、資産戦略と採用戦略がつながった仕組みだということです。家賃補助だけでなく、自社保有物件として生活基盤を提供できれば、遠方出身者や外国籍人材の受け入れがしやすくなります。ゲーム開発は都市部への人材集中が強い産業ですから、住居支援を自前で持つこと自体が採用競争力になります。これは、キャッシュが豊富で不動産を持つ企業だからこそ採れる戦い方です。
新卒中心で内製力を厚くする仕組み
新卒採用と育成をつなぐ長期設計
コーエーテクモは、採用サイトで「新卒採用を重んじる」と明言しています。統合報告書2025でも人材戦略の最初に「新卒を中心とした多様な人材の確保」を置き、2024年度の新卒採用人数は199人としています。統合報告書2024でも、2023年度のグループ新卒採用数は215人でした。ゲーム業界では経験者採用の重要性が高い一方、同社は新卒を毎年厚く採り、自前で育てる軸を崩していません。
しかも特徴は、採った後の教育が長いことです。採用サイトによると、研修は内定者懇親会やテーブルマナー研修から始まり、入社後は約1カ月半の新入社員研修、その後は専任の先輩が1年間伴走するブラザー制度、翌年3月のフォローアップ研修へと続きます。いわば採用、配属、定着を一本の流れとして設計しているわけです。
統合報告書2025では、一人当たりの総研修時間は2024年度実績で49.6時間、各部署主幹研修時間は20.1時間でした。さらにキャリアステージ研修を2024年度に92人が受講し、社内公募制度の受講者数は515人に達しています。新卒教育だけでなく、中堅以降にも再学習と配置転換の機会を持たせている点が重要です。若手を採って終わりではなく、社内で職能を伸ばし続ける前提で制度を組んでいます。
この設計は、ゲーム会社にとって合理的です。ゲーム開発では、技術力だけでなく、IP理解、開発文化、品質管理、納期感覚、プロジェクト間連携など、社内でないと身につきにくい知見が多くあります。コーエーテクモが新卒を大量に取り込み、ブラザー制度や部門研修で吸収させるのは、外から完成品人材を買うより、内製の共通言語を育てる方が長期的に有利だと判断しているからだと考えられます。
離職抑制と多様人材受け入れの基盤
人材戦略は採用人数だけでは完成しません。定着しなければ意味がないからです。この点でコーエーテクモは、生活面の支援をかなり厚くしています。統合報告書2025では、奨学金返済サポート制度、厚生資金貸付制度、10年連続のベースアップ、独身寮や社宅の提供を列挙しています。育児面でも、2024年度の育休取得率は女性100%、男性80%としています。採用サイトでも、時短勤務や祝い金制度、学習補助制度を強く打ち出しています。
こうした仕組みは、若手と外国籍人材の定着に効きやすい制度です。統合報告書2025によると、連結社員数は2,684人、外国籍社員数は783人で、外国籍社員比率は29.1%です。寮や社宅、生活立ち上げ支援が厚ければ、日本国内での生活コストや手続き負担が下がり、入社ハードルが下がります。2024年度の離職率が4.7%にとどまっているのも、こうした総合支援の効果が一定程度出ている可能性があります。
業界全体の環境と比べると、この意味はさらに大きく見えます。CESAの「ゲーム開発者の就業とキャリア形成2024」では、有効回答512サンプルの典型的な回答者について、現在の職場での経験年数が3年未満であると整理されています。個人年収の平均は679.4万円でした。人材流動性が高く、各社が賃上げ競争も意識する市場で、コーエーテクモは住居、教育、評価、コミュニティまで含めて囲い込む方向に振っているわけです。ここが「独特」に見える本質です。
新卒200人と離職率5%以下の前提条件
もっとも、このモデルには前提条件があります。第一に、高収益と厚い資産基盤です。寮を持ち、10年連続でベースアップし、研修時間を積み上げるには、短期業績のぶれに耐える財務余力が必要です。第二に、不動産事業や自社保有オフィスを含む会社の資産構成です。ゲーム会社ならどこでも模倣できるやり方ではありません。
第三に、新卒中心モデルには時間がかかります。大規模開発の即戦力が必要な局面では、中途採用や外部協業の柔軟性も欠かせません。実際、同社も経験者採用を積極募集しており、新卒一本足ではありません。したがって、この戦略を正しく見るなら、「古い日本型雇用への回帰」ではなく、「高収益企業が内製力を守るために新卒パイプラインを太くしている」と捉えるのが適切です。
今後の注目点は三つです。新卒採用200人規模を維持できるか、研修時間60時間以上という2030年目標に近づけるか、そして社員数5,000人規模という長期像に向けて離職率5%以下を保てるかです。制度の豪華さではなく、これらの指標が維持されるなら、コーエーテクモの人材戦略は話題性ではなく競争優位として評価されるはずです。
コーエーテクモの人材再生産モデル
コーエーテクモの人材戦略は、福利厚生が派手だから独特なのではありません。高収益、豊富な資産、不動産の活用、新卒大量採用、長期育成、生活支援を一つの体系にしているから独特なのです。寮や社宅、祝い金、研修、ブラザー制度は、それぞれ別の制度ではなく、内製の開発人材を長く活躍させるための連動装置と見るべきです。
ゲーム業界ではヒット作や新作ラインアップが注目されがちですが、長く勝つ会社は人材の再生産の仕組みを持っています。コーエーテクモのケースは、その仕組みをかなり露骨なまでに可視化している例です。今後は制度の派手さよりも、離職率、採用人数、育成時間、外国籍人材の活躍がどう積み上がるかを追うと、同社の強さがより立体的に見えてきます。
参考資料:
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