読まない若者が増える大学現場で問われる読解力と書く習慣の再設計
読書離れを読解力の問題として見る理由
若者の読書離れは、単に紙の本が売れにくくなったという話ではありません。スマートフォンでは毎日文字を読んでいても、まとまった文脈を追い、要点を書き出し、他の知識と結び付ける機会が細っていることが問題です。
東京大学大学院総合文化研究科の酒井研究室などが関わった調査は、この変化を「読む」と「書く」の両面から示しました。マンガや専門書・教科書まで含めても、本や新聞・雑誌を普段読まない学生が一定数いる一方、講義内容や予定を記録しない層も見えています。
教育DXや生成AIの普及で、情報へのアクセスは速くなりました。しかし、読む前に要約を受け取り、書く前に文章案を得る環境では、理解のプロセスそのものが省略されやすくなります。いま必要なのは、紙かデジタルかの二択ではなく、読む力と書く習慣をどう設計し直すかという視点です。
学生調査が示した読む力と書く力の相関
5人に1人が本も新聞も読まない実態
一般社団法人応用脳科学コンソーシアム、東京大学、NTTデータ経営研究所、日本漢字能力検定協会などによる共同調査は、2025年3月から8月にかけて全国の18〜29歳の学生1062人を対象に実施されました。回答者の大半は大学生で、大学院生と短大生も含まれます。
この調査では、本の範囲を文学作品だけに限定していません。専門書・教科書、実用書、マンガ、パンフレット・カタログなども含めています。それでも、本や新聞・雑誌のいずれも普段読まない人は全体の20%、人数では221人でした。
紙で本を読むことがある人は74%、電子機器で本を読むことがある人は59%でした。読む人の平均時間は紙が1日43分、電子機器が40分で、中央値はいずれも30分です。専門書・教科書を紙か電子で普段読む人は38%にとどまり、高等教育で求められる体系的な読解時間が十分とは言い切れません。
大学生協連の第60回学生生活実態調査でも、2024年の大学生の1日読書時間「0分」は45.6%でした。全体平均は30.2分、読む人に限ると63.1分です。第61回調査では、2025年に読む人の平均時間が56分へ縮小し、アルバイト負担が重い学生ほど読書時間0分の割合が高くなる傾向も示されています。
文化庁の令和5年度「国語に関する世論調査」では、電子書籍を含む一方で雑誌や漫画を除いた本について、1か月に読まない人が62.6%でした。ただし、本を読まない人の75.3%は、SNSやインターネット記事など本以外の文字情報をほぼ毎日読んでいます。つまり、問題は「文字を見ない」ことではなく、長い文脈を能動的に読む機会の不足です。
講義ノートと読解問題正答率の差
同じ学生調査では、大学などの講義内容を記録しない人が10%、人数では107人いました。日常的な予定を紙または電子機器に記入して管理しない人は24%、255人です。予定管理では電子機器のみを使う人が半数近く、講義記録では紙を多く使う人が約半数という違いも出ています。
講義内容を記録する学生の中でも、3割超は「印象に残った部分のみ」という必要最低限の記録スタイルでした。紙だけで記録する人は、内容を可能な限り記録しようとする傾向が相対的に強く、電子機器を使う人は最低限の記録にとどまる傾向が示されています。
重要なのは、読書と筆記が別々の習慣ではなく、相互に結び付いている点です。本や新聞・雑誌を読む人の方が、講義記録、予定管理、日常メモ、ブログ・SNS・日記など、より多様な場面で書いていました。さらに、書く場面の数が多い人ほど、本や新聞・雑誌を読む時間も長くなっています。
追加調査では、講義内容を記録する人140人と記録しない人40人に、文章読解・作成能力検定の準2級相当の問題を解いてもらっています。国語問題の正答率は、記録する人が57±2%、記録しない人が32±3%でした。本や新聞・雑誌を読む人と読まない人の比較でも、読む人は56±2%、読まない人は39±4%と差が出ています。
ただし、この結果は因果関係の証明ではありません。記録しないから読解力が下がるのか、読解が苦手だから記録しにくいのかは追加検証が必要です。調査対象も首都圏と女性に偏りがあり、記録しない人の中にも高い正答率を示した人がいます。数字は断罪の材料ではなく、学習設計を見直す警告として読むべきです。
読み書きをセットで扱う教育DXの視点
教育現場では、読書指導とノート指導が別々に扱われがちです。しかし、脳科学の説明では、読むことは入力、書くことは出力であり、どちらも情報を構造化する言語能力に支えられています。読んだ内容を自分の言葉で整理する行為が抜けると、知識は検索可能でも使える形になりにくくなります。
SaaSや学習アプリの設計でも、ここは重要な論点です。教材を配信し、確認テストを出し、学習時間を記録するだけでは、理解の深さは測れません。どの段落で立ち止まったか、どの主張を要約したか、反論や疑問をどう書いたかまで扱うことで、読解と表現のループを作れます。
大学や企業研修で求められるのは、情報量を増やすことではありません。むしろ、読む対象を絞り、書く形式を明確にし、提出物に至るまでの思考過程を残すことです。学習DXは効率化だけでなく、考える負荷をどこに残すかを設計する段階に入っています。
紙とデジタルで変わる学習インターフェース
紙媒体が支える空間記憶と物語理解
東京大学の酒井研究室は2026年、マンガを紙で読む場合とタブレットで読む場合の違いを調べた研究成果も発表しています。参加者は2部構成のマンガの前半を紙またはタブレットで読み、後半をMRI装置内の液晶ゴーグルで読んだ後、物語に関する質問に答えました。
正答率はどちらの条件でも大きく損なわれていませんでした。一方で、前半をタブレットで読んだ人は、物語の前半と後半を統合する必要がある難しい質問への回答に時間がかかりました。紙で読んだ人は、後半読解時に言語や物語統合に関わる前頭葉領域の活動が相対的に抑えられていました。
この結果は、紙が常に優れているという単純な結論ではありません。研究チームは、紙が持つページ位置、厚み、手触りなどの安定した手がかりが、物語情報の整理を助けている可能性を示しています。画面上の情報は検索しやすい一方、空間的な記憶の支えが弱くなりやすいという設計課題があります。
マンガを使った研究である点も見逃せません。マンガは絵が多く、文字だけの本より読みやすいと受け止められがちです。それでも、媒体によって処理負荷に違いが出たことは、教科書や論文、業務マニュアルのデジタル化にも示唆を与えます。
電子教材を否定しない設計思想
一方で、デジタル教材そのものを読解力低下の原因と決めつけるのは不正確です。PISA2022で日本の読解力は平均516点で、OECD加盟国中2位、全参加国・地域中3位でした。PISAは2015年からコンピュータ使用型調査に移行しており、日本の結果はデジタル環境でも高い基礎力が維持されていることを示します。
文部科学省は、デジタルな形態も含む新たな教科書について検討を進めています。デジタル教科書には、拡大表示、音声読み上げ、検索、動画や資料への接続など、紙だけでは難しい利点があります。特別な支援が必要な学習者や、多言語環境の子どもにとっては、学習への入口を広げる可能性もあります。
問題は、画面で読むこと自体ではなく、画面が持つ別の誘因です。通知、タブの切り替え、コピー、要約、動画への遷移が常に近くにあります。教材アプリや学習管理システムが、集中して読む時間と、調べる時間、書いて整理する時間を分けて設計しなければ、読解は細切れになります。
実務的には、デジタル教材にも「紙的な手がかり」を持たせる設計が必要です。章全体の位置が見えるナビゲーション、段落単位の注釈、手書きメモ、読み返し履歴、要約前の原文表示などです。ユーザーを早く答えに運ぶだけでなく、理解の道筋を残すUIが価値になります。
短文消費から長文理解へ戻す導線
文化庁の調査が示すように、本を読まない人でも、SNSやネット記事などの文字情報には頻繁に触れています。これは悲観だけで捉える必要はありません。入口は短文でも、そこから一次資料、解説記事、書籍、講義資料へ進む導線を作れば、読解の階段になります。
たとえば、ニュースアプリや学習SaaSは、短い要約の下に「根拠資料」「反対意見」「長文解説」「自分の要約欄」を置けます。要約だけで完結させず、次に読むべき原文を提示し、読んだ後に100〜200字で書かせるだけでも、情報消費から学習へ変わります。
企業でも同じです。新入社員研修やオンボーディングでは、動画教材の視聴完了率だけでなく、仕様書を読み、議事録を取り、意思決定の理由を短く書く訓練が欠かせません。SaaS企業やDX部門ほど、チャットで流れる断片情報を、ドキュメントとして再構成する能力が成果を左右します。
読む力は、国語の授業だけの能力ではありません。プロダクト仕様、契約書、顧客要望、障害報告、研究論文を読む力です。書く力も、作文の技術だけではありません。判断の根拠を残し、他者が再利用できる形にする業務基盤です。
生成AI時代に広がる外部化学習の落とし穴
大学生協連の第60回学生生活実態調査では、ChatGPTなど文章生成系AIの利用経験がある学生は2023年の46.7%から2024年に68.2%へ増えました。レポート作成の参考、翻訳、プログラミング、相談など、用途は学習の中心領域に入っています。
生成AIの活用自体は避けるべきものではありません。むしろ、問いを広げ、文章を比較し、表現を磨く補助ツールとしては有効です。問題は、読む前に要約を受け取り、考える前に構成案を得て、書く前に完成文を受け取る使い方です。
この使い方が定着すると、学習者は自分がどこを理解していないのかに気づきにくくなります。読解で詰まる、メモが散らかる、要約が浅いという負荷は不快ですが、そこに理解の手掛かりがあります。AIが負荷を消しすぎると、便利さと引き換えにメタ認知が弱まります。
教育機関と企業は、AIの使用可否だけでなく使用順序を設計する必要があります。まず原文を読み、自分の要約と疑問を書く。その後にAIで別解や反論を得る。最後に出典へ戻って検証する。この順序を課題や業務フローに組み込むことが、生成AI時代の読み書き教育になります。
大学と企業が整える読み書き環境の条件
若者の読書離れを個人の意欲だけに帰すと、対策は「本を読みなさい」で止まります。しかし、調査が示しているのは、読む時間、書く場面、媒体設計、AI利用が重なった構造的な変化です。対策も、環境設計として考える必要があります。
大学では、講義ノートを取ること自体を評価するのではなく、読んだ資料の要点、疑問、反論、次に調べることを短く残す課題が有効です。企業では、会議の議事録、仕様変更の背景、顧客課題の整理を新人だけでなくチーム全体の習慣にすることが重要です。
読者個人が始めるなら、1日15分だけでも原文を読み、3文で要約し、1つ疑問を書くことです。紙でもデジタルでもかまいません。大切なのは、読む入力と書く出力を切り離さないことです。教育DXとAI活用が進むほど、人が自分の頭で構造化する時間の価値は高まります。
参考資料:
- デジタル時代の学生に対し読み書きの実態を調査|日本漢字能力検定協会
- 書字と読書における使用メディアについてのアンケート添付資料
- デジタル時代の学生に対し読み書きの実態を調査|東京大学
- Printed manga may give the brain a storytelling advantage|The University of Tokyo
- 第60回学生生活実態調査 概要報告|全国大学生協連
- 第61回学生生活実態調査 概要報告|全国大学生協連
- 令和5年度「国語に関する世論調査」の結果について|文化庁
- 令和5年度「国語に関する世論調査」の結果の概要|文化庁
- 国語に関する世論調査|文化庁
- OECD生徒の学習到達度調査(PISA)の調査結果|文部科学省
- OECD生徒の学習到達度調査(PISA)|国立教育政策研究所
- PISA2022のポイント|文部科学省・国立教育政策研究所
- PISA2022の日本の結果|文部科学省
- デジタルな形態も含む新たな教科書について|文部科学省
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